研究員レポート
2020/05/17
新型コロナに対して宗教界はどう対処せよと説いたか? |
宗教情報 |
藤山みどり(宗教情報センター研究員)
2019年12月に中国・武漢から発生した新型コロナウイルス感染症は、特効薬がないまま全世界に広がった。日本でも感染者数が増加し、政府は4月7日に7都府県を対象に発出した緊急事態宣言を20日には全都道府県に拡大し、外出自粛や休業・休校などを要請した(5月14日39県解除)。感染への不安、外出自粛によるストレス、休業に伴う経済的困窮などが人々の安寧を妨げ、感染者や医療従事者への嫌がらせも起きた。外出自粛の要請に加え、韓国やマレーシアの宗教団体で集団感染が発生したこともあるのだろう。国内の宗教団体は感染防止のため、法要・礼拝などの中止やオンラインへの切り替えを行った。
この状況に、宗教界からは声明の発表、要職者が語る動画の公開などが相次いだ。この状況に宗教界は、どのようなことを説いたのだろうか。
1. 新型コロナウイルスをどう捉えるのか
まず宗教界は、新型コロナをどう捉えたのだろうか。災厄が起きた時には、天譴(てんけん)論が付きものである。天譴とは、天のとがめ、天罰を意味する。2011年の東日本大震災時には、石原慎太郎都知事(当時)が震災に関して「天罰」と発言し、批判を浴びて謝罪する一幕があった(宗教情報レポート参照)。石原都知事の発言は、『立正安国論』の影響とも指摘された1。
『立正安国論』は、日蓮宗の宗祖・日蓮が1260年に鎌倉幕府に提出した国家諌暁(かんぎょう=いさめること)の書である。当時も、飢饉や疫病、大地震などに襲われていた。これらの災厄を日蓮は、正しい教え(『法華経』)に帰依していないからだとして、そのころ主流だった念仏の教えを批判した。このままでは他国侵逼難(たこくしんぴつなん=外国からの侵略)と自界叛逆難(じかいほんぎゃくなん=国内の争乱)が起きると警告したが受け入れられず、支持者が増えるのは、元寇(1274年文永の役)と二月騒動(1272年北条氏の内紛)が起きてからである。
◆天譴あるいは天意(神意・仏意)
今回、天譴論に近い論調は、いずれも信者(内部)向けの次のような文面に見られた。
前人未到の「百万枚護摩行(不眠不休で百日間、燃え盛る護摩壇に木をくべる行)」を成就して“炎の行者”の異名をとる池口惠觀・高野山真言宗別格本山清浄心院住職は、真言宗専門誌『六大新報』(4月5日号)で、こう説いた。
「……このたびの新型コロナウイルス禍は、この自然界・地球・大宇宙を冒涜し、破壊している人間世界に対する、神仏の怒りが背景にあります。(中略)人間の身勝手な所業に、宇宙そのものである神仏が怒りを表しているのではないかということであります。その『天の怒り』を鎮めることが、疫病の蔓延を止め、自然災害を少なくしていくのだと痛感しています」。2
『法華経』を所依の経典とする新宗教・立正佼成会の國冨敬二理事長は5月1日に信者向けに「会員の皆さまへ」というメッセージを発表した。そこに仏罰などの強い表現はないが、自省を促す仏意とみている。
「法華経の如来寿量品では、目の前に現れるすべての現象に無駄なものは何一つなく、仏の境地に至るためにふさわしいものと教えられています。移動が制限されたこの機会は、従来の価値観を見直しなさいという仏さまからのメッセージではないでしょうか。例えば、二酸化炭素排出の増加による地球温暖化を招いた大量生産、大量消費といういわば『貪欲』にもとづいたライフスタイルを『少欲知足』へと転換させるときでもあるはずです」(立正佼成会・國冨敬二理事長「会員の皆さまへ」5/1)。3
新型コロナ禍を地球環境に悪影響を与える人間への警告とみるのも、全くの的外れとは言えないだろう。新型コロナ対策に関して、地球環境保護と結びつく示唆に富んだ報告が相次いでいる。英国に拠点を置く気候変動分析サイト「カーボン・ブリーフ」は、2020年の世界の温室効果ガス排出量は年間減少率としては過去最大の前年比5.5%という予測を発表した4。また、世界各地で都市封鎖によって交通量が減少し、経済活動が停滞したため、大気汚染が改善している5。米スタンフォード大の研究者は、「中国で大気汚染の改善によって救われた命は、新型コロナ感染で失われた命の20倍に上る可能性が大きい」と発表した6。独マルティン・ルター大学と米ハーバード大学が各々行った調査で、大気汚染が深刻な地域ほど感染後の致死率が高くなる傾向があるという同じ結果がでた7。大気汚染の改善は一時的なものであろうが、これを機に、環境改善をすべく生活の見直しが必要という機運が高まってもおかしくはない。
これらに対して、「幸福の科学」が感じ取る天意は他と隔たる。「幸福の科学」の大川隆法総裁は、3月11日の法話において、自然災害や新型コロナウイルスの感染拡大など想定外のことが起きたときこそ「天意」を感じ取り、人智を越えた存在に対する畏怖の念をもつことが大切と説いた8。疫病の大流行の背景には、社会の乱れに対する神仏の警告、天意が込められていることが多くあり、伝染病の流行や天変地異は人々が「神意」に気づくまで反省を促すため続くという9。
教団本部広報局は、「神を信じない共産主義独裁国家・中国による人権弾圧と覇権主義の魔手が世界に広がる危険性に対する神の警告」と説明する10。
大川総裁は、「あの世」の存在や宇宙人などのリーディング(霊査)を行っている。大川総裁が2月7日に霊査したところ、宇宙的存在が現われて、次のように語ったという。
新型コロナウイルスは何らかの形で中国・武漢の生物兵器研究所から出た生物兵器で、中国共産党の「殺したい」想念によって悪性化したウイルスである。この時期に感染拡大したのは、中国に、香港や台湾への弾圧をやめて内政問題に集中させるためで、中国人が「中国本土に問題があるのではないか」という天意を感じるところまで続く。
(大川隆法『中国発・新型コロナウィルス感染霊査』幸福の科学出版、2020年2月)
あくまでも宇宙的存在の意見であり、「幸福の科学」グループの見解とは矛盾する場合もあるというが、同会の「中国発・新型コロナウィルス感染撃退祈願」には、「中国の反省のみを促したまえ」という文言がある11。
新型コロナウイルスの発生源をめぐっては、米中が責任を転嫁し合っており、真相は不明である。だが、「幸福の科学」は、そのような話題を迅速に取り上げて霊査している。
◆自らを振り返る時
立正佼成会のメッセージで言及された、『法華経』の如来寿量品に説かれるような“あらゆる現象に肯定的な意味がある”という考え方は、心理療法でも活用されている。物事を新たな枠組みで捉え直す「リフレーミング」と呼ばれる手法である。同じ出来事でも違う見方をすれば、気分も変わる。物事がうまくいかなかったときに「失敗した」と落ち込むのではなく、「成功へのステップになる」と前向きに捉えれば、心は明るくなる。現状を“コロナ禍=災い”ではなく、良い機会と捉えるメッセージは多い。とくに信者向けのメッセージでは、信仰生活や日々の生活の見直しの機会と肯定的に捉えている様子がうかがえる。
立正佼成会のメッセージでは、「本会の信仰活動の在り方も大いに見直しできる機会を頂戴した」として、今こそ日ごろ培った信仰の成果や功徳を発揮するときと、会員を鼓舞している。また、「この新型コロナウイルスを一つの縁としてとらえ、世界中の人々の不安や心配を取り除き、安心を与えられる『抜苦与楽』の菩薩の精神を胸に刻ませていただきたい」「このときを、仏さまから頂いたご法の習学の時間として受けとめ」、教えを深めることなども大切と述べている。ちなみに、抜苦与楽(ばっくよらく)とは、慈悲のはたらきであり、苦しみを取り除いて安楽を与え、幸せにすることである。
他宗派の声明にも、信仰活動の休止や自粛生活に寄せて、次のような言葉がみられる。
真宗大谷派は他宗派に先駆けて3月23日に、信者向けの「宗務総長からのメッセージ」を動画と文章で発表した。
「このような状況を閉塞感で捉えるのではなく、これまでの自らの在り方を立ち止まって振り返る時とすることが重要です」(真宗大谷派(東本願寺)・但馬弘宗務総長「かけられた願いに立ち返る~人間性回復の道への出発点」3/23)12
曹洞宗は宗務総長が総長談話を先行きが見えない4月3日に緊急に出し、さらに状況が厳しくなった4月28日により強い気持ちを表明した(後述参照)。
「私たちのこころの健康を保つためにも、この自粛生活を、自分自身を見つめ直す機会といたしましょう」(曹洞宗・鬼生田俊英宗務総長談話「新型コロナウイルス感染症 感染症拡大防止にあたり」4/28)13
日本カトリック司教協議会会長談話は、「日本のカトリック教会の皆様と共有したい」という4項目から成る。「1.神に祈る」「2.人間の偉大さと脆(もろ)さを再認識し、神への信頼を新たにする」「3.信仰生活を見つめ直す」と、手洗いや消毒など医療的感染予防策を記した「4.わたしたちがしなければならない努力」となっている。
「……そのような中で多くの人たちが家庭生活、人間関係や自然との関係について新しい気づきや発見をしていることは注目に値する」(日本カトリック司教協議会・高見三明会長談話「新型コロナウイルス感染のただ中で」4/3)14
◆日常のありがたさに気づく
新型コロナウイルス問題によって自らを振り返り、あらためて日常のありがたさに気づく、ということを語るものも多い。この気持ちを忘れずにいることが大切なのであろう。今回、米国発の「エッセンシャルワーカー」なる言葉を日本でもよく目にするようになった。医療、スーパーマーケット、配送など社会生活に欠かせない人だという。新型コロナ最前線で働く彼らに感謝の意が示されるのは当然であろう。だが、外出自粛という閉塞した環境に追い込まれると、今は切り捨てられているレジャーや娯楽もすべてが「エッセンシャル(必要不可欠)」だったと思えるのではないだろうか。
「(注:伊藤唯真・浄土門主の「平生だった人々の生活が異常になり、異常になった時に私たちが気付いたのは、いかに平生が有難かったかということであります」という言葉のように)……これまでの日常の有り難さを思い知らされるところであります」15(浄土宗・川中光教宗務総長「この難局を<ともいき>のこころで」4/30)16
「……信仰生活についていえば、主日のミサが中止になることで、あらためて主日のミサの意味を考え、ありがたさを噛みしめている方もおられるのではないでしょうか」(日本カトリック司教協議会・高見三明会長談話「新型コロナウイルス感染のただ中で」4/3)17
◆人類が一丸となるとき
一方、新型コロナウイルスを“戦うべき相手”と捉える論調では、新型コロナウイルスへの対処とも重なるが、人類共通の敵に対する一致団結が呼びかけられている。臨済宗妙心寺派の管長の「おことば」は動画での発信である。このあと4月8日には宗務総長による宗派声明も発表されている。
「この目に見えない恐怖との戦いは、私達人類に課せられた試練でもあります。国や人種といった境界を越え、今こそ一丸となる時です。私達は一人ひとり異なる存在ではありますが、心を同じくすることで必ずやこの難局を乗り越えることができるはずです」(日蓮宗・中川法政宗務総長「新型コロナウイルスに関する声明文-命を護ることは、心を護り強く生きる力を得ること-」4/17)18
「戦争や紛争など争いばかりを繰り返してきた人類が、今この時に、争いごとをやめ、お互いが手を取り合い、智慧を出し合い、この難局を地球レベルで協力して乗り切り、未来に続く真の人類のあり方を築く、その機会ととらえて参りたいと存じます」(臨済宗妙心寺派・小倉宗俊管長「新型コロナウイルス感染症に対するおことば」3/31)19
この感染拡大阻止に全人類の協力を呼びかけているのは、宗教界だけでない。国連のアントニオ・グテレス事務総長は3月23日、新型コロナウイルスの感染拡大で紛争地域の民間人が壊滅的な影響を受ける恐れがあるとして、世界各国の紛争当事者に即時停戦を求めた。国連は4月3日には、シリアやイエメンなど11カ国の紛争当事者が要求を受け入れたと発表したが、現実にはまだ戦闘が続いている20。イラクやシリアなどでは、政府が新型コロナウイルス対策に傾注している間隙を縫って過激派組織「IS(イスラム国)」の活動が再燃するなどの問題も起きている。
また、新型コロナウイルスは新たな火種ともなった。宗教界の呼びかけもむなしく、世界的大流行の責任を巡って米中対立が激化している。
2. 新型コロナウイルス流行下に、どう対処すべきか
では、この新型コロナウイルスの流行下に、どう対処すべきと説いたのだろうか。宗教界のなかでも伝統仏教界からの声明について、宗教専門紙『文化時報』(4月25日付)の社説は、「何のための声明か」と厳しい論評を加えた。①誰に読んでもらいたいのか、「門徒のみなさまへ」と明記した真宗大谷派以外の教団は社会全体へ向けて発信したと思われる、であるならば浄土真宗本願寺派のように難読漢字にふりがなを付ける配慮が必要、②教義を易しく説こうとするあまり説明を省略した声明はかえって分かりづらい、どの教団にも通底する仏教思想ならば僧侶以外でも語ることができる、知の巨人が「利他」を語ったならば喜ぶのではなく、なぜ自分たちでは教えが伝わらないのか考えるべき、など手厳しい21。
各宗派の声明などは、発信対象を明記していないものもあるが、内容からすると従来の宗教活動が停止した状況下における信者向けメッセージと思われるものもある。いずれにせよ、一般の人々には理解しづらい用語が多く使われている。
◆共に支え合う、共に生きる、互いを思いやる
浄土真宗本願寺派(西本願寺)の「新型コロナウイルスの感染拡大に伴うすべての人へのメッセージポスター」(4/23、写真参照)のコピーに難解な仏教用語は皆無である22。念珠をかけて合掌した手の写真のみが、仏教を連想させる。掲示やSNSでの発信における利用を念頭に公開したというので、一般の人々が見ることを前提に作成したものとみられる。
キャッチコピーは、次のとおり「いのちを大切にすること」を呼びかける。
いま私にできること
私のいのちを大切にすること
他の人のいのちを大切にすること
そして、「いのちを大切にする」ためにできることとして、5つの項目を挙げている。
- 自分は大丈夫と 過信しない。
- 必要なものは 人と分かち合う。
- 根拠のない情報に 振り回されない。
- 不安が生み出す偏見や差別の心を 持たない。
- 厳しい状況の中 力を尽くしている方々に
感謝する。

▲新型コロナウイルスの感染拡大に伴う
すべての人へのメッセージポスター(4/23)
最後は「『つながり』のなかで 生かされている私たちは 共にささえあい 力をあわせ 誰もが安心して生活できる社会を 取りもどしてまいりましょう」と結んでいる。
平易な内容で「仏教の智慧が入っていない」と思われそうだが、この「つながり」という言葉は、仏教用語「縁起」の言い換えであることが同派の「新型コロナウイルス感染症に関する『念仏者』としての声明」からわかる。
「……このような時にこそ、人と喜びや悲しみを分かち合う生き方が大切ではないでしょうか。仏教には、『あらゆるものは因縁(いんねん)によりつながり合って存在しており、固定した実体はない」という「縁起(えんぎ)」の思想があります。(略)世界的な感染大流行という危機に直面する今だからこそ、私たちは仏教が説く「つながり」の本来的な意味とその大切さに気づいていく必要があります。
今重要なことは、仏智(ぶっち)に教え導かれ、仏さまの大きな慈悲(じひ)のはたらきの中、共に協力し合って生きる大切さをあらためて認識し、感染拡大をくい止めることです。(略)
それぞれの立場において、この難局で法灯(ほうとう)や伝統を絶やさないために何ができるかを考え、「そのまま救いとる」とはたらいてくださるお念仏の心をいよいよいただき、共々に支え合い、力を合わせるのです」(浄土真宗本願寺派・石上智康総長「新型コロナウイルス感染症に関する『念仏者』としての声明」4/14)23
仏教の「縁起」の思想から「つながり」へと話を展開させ、「共々に支え合い、力を合わせる」ことを呼びかけている。これは、新型コロナウイルスの流行に対して人類が「一丸となる時」などと述べた日蓮宗や臨済宗妙心寺派の声明も同じ類型といえる。
これと同じように「共に」を語っているのは、浄土真宗の真宗大谷派(東本願寺)や浄土宗である。浄土真宗の宗祖・親鸞は浄土宗の宗祖・法然を師と仰いでいたので、同じ系統の宗派といえる。どちらも、これまでも人類が疫病を乗り越えてきたことに触れ、感染者への差別を戒めながら、共に生きる姿勢を求めている。
「今第一に心すべきことは、思いもよらず発病してしまった方々とその家族を孤立させないことです。それらの方々を排除する風潮が広まっていますが、このような時であるからこそ、「共に悩み、共に苦しむ」という仏の智慧に学ぶ姿勢が求められています。(略)私どもにかけられた仏の願いに共に立ち返ることを通して、この難局を人間性喪失の迷路ではなく、人間性回復の道への出発点としたいものであります」(真宗大谷派(東本願寺)・但馬弘宗務総長「かけられた願いに立ち返る~人間性回復の道への出発点」3/19)24
信者向けのメッセージである。信者には、文中の「仏の願い」とは、浄土真宗の本尊・阿弥陀仏が、「仏(ほとけ)」となる前の段階の「菩薩(ぼさつ)」と呼ばれる修行中の身だった時に立てた「すべての人々を救いたい」という願い(本願)の意とわかるであろう。
「……昔から変わらない『ともいき』の心を込め、感染者に対する差別や自己中心的な行動をすることなく、お互いを思いやって過ごすことが今の私たちに求められています」(浄土宗・川中光敎宗務総長「この難局を『ともいき』のこころで」4/30)25
発信対象は明記されていない。「ともいき」の意味は、信者でなければ通じないだろうが、逆に、興味をもたせるという手もあるかもしれない。「ともいき」は漢字で「共生」と書く。通常の「共生(きょうせい)」は、「今の世での生きものとの共生」を指すが、それだけでなく「過去から未来へつながっている“いのち”との共生」も合わせて、縦横のいのちのつながりを「共生(ともいき)」と指すのだという。出典は浄土宗の宗祖・法然が師と仰いだ中国の善導大師の教えの一文「願共諸衆生 往生安楽国(願わくは、もろもろの衆生とともに、安楽国(極楽)に往生せん)」で、「願共」の「共」と「往生」の「生」を合わせて「共生ともいき」と表現しているという。浄土宗は、2007年に宗祖の名前を冠して「法然共生(ともいき)」というメッセージシンボルを制定したが、どこまで浸透しているのだろうか。
◆利他の精神、菩薩の心
自分と他人とが“互いに協力する”ということよりも一歩進んで、「自分のことよりもまず他人のために」という「利他」の精神を呼びかける宗派もみられた。
「今重要なのは利他の精神ではないでしょうか。伝教大師は、利他を実践する菩薩僧こそが護国の良将であり、国家の大災を防ぐ力を持つと述べられ、比叡山にて菩薩僧の養成に心血を注がれましたが、それは僧侶に限ったことではありません」(天台宗・杜多道雄宗務総長「新型コロナウイルス感染拡大に関する声明」4/17)26
「仏教では自他共に救われる道が説かれており、本会では、『まず人さま』の菩薩行のなかに幸せがあると教えられています。今、人さまにどのようにしたら安心してもらえるか、何が喜ばれるかを考え、実践していただきたいと思います」(立正佼成会・國冨敬二理事長「会員の皆さまへ」5/1)27
いずれにも「菩薩(ぼさつ)」という言葉が出てくる。天台宗の声明にある伝教大師とは、宗祖・最澄のことである。伝教大師(最澄)は、菩薩について「いやなことは自分で引き受け、よいことは他人に与え、自分自身のことは忘れて他の人を利益すること、それが究極(きゅうきょく)の慈悲(じひ)である」と述べている。28
立正佼成会のメッセージにある「菩薩行(ぼさつぎょう)」とは、菩薩としての実践である。同会では、菩薩行を「他人の幸せを願うはたらき」と説明する29。
◆釈迦、曹洞宗の祖師ならば、どう説くか
曹洞宗の鬼生田俊英宗務総長が出した4月28日付の総長談話でも、行動の指針として利他を述べている30。この談話は、曹洞宗がハンセン病への差別を広げた過去への反省から、4月3日付の総長談話よりもさらに、罹患者や医療従事者とその家族への差別や風評被害への憂慮を強調し、次のような内容を付加したものである。
- 科学的根拠のない不正確な情報や迷信に振り回されない
- 火葬後に葬儀が行われることは正規の供養なので安心を
- 感染症犠牲者の葬儀のあり方に他人が哀れみの言葉をかけることは慎む
また、4月3日付の談話では説明不足だった仏教語をかみ砕いて説明し、一般の人々にもわかりやすくなっている。仏教の開祖・釈迦、曹洞宗を日本に伝えた道元、教団の礎を築いた瑩山(けいざん)の教えに学ぶべきことが多いとして、彼らの教えを一般にできるコロナ対策へと展開している。本文は一読をおすすめしたい滑らかな文調であるが、端折って要点を下に記す。
- 釈迦は、「病」・「死」という「苦」に向き合い、正しく見、正しく語り、正しく実践すべき事を説いた。
新型コロナウイルス感染症について正しく理解し、風評被害や差別を起こさないように努め、知らないうちに罹患し、また他人に感染させないように慎ましく行動を。
- 道元は、疫病や飢饉のなかでも仏道を疎かにしてはならないと力説した。
「自未得度先度他」の心に学び、困難に直面しているのは自分だけではないことを弁え、他人へ思いやりを忘れず、「布施」・「愛語」・「利行」・「同事」という「四摂法」に従って、冷静な行動を。
- 「布施」
- 「貪らざるなり」という通り、買い占めを慎むことも「布施」の菩薩行。
- 「利行」
- 「利行は一法なり、普く自他を利するなり」
手指の消毒に努め、咳エチケットを守ることも、自分への感染を防ぐだけでなく、家族や他人に感染させないように行うので利他行となる。
道元の「自未得度先度他(じみとくどせんどた=自分よりも他人を救いたいと思うこと)」や「四摂法(ししょうぼう)」など、難しい言葉はあるが、言葉の意味がわからずとも具体的な行動指針があり、そちらに重点がおかれているので、言いたいことが伝わるだろう。
「四摂法」は仏教一般で用いられる言葉だが、曹洞宗では、道元が「菩薩」が社会のなかでできる四つの修行としてあえて「四摂法」を説いている。「四摂法」は「気持ち良く生きるための4つの定理」とも言い換えられる31。道元は、いろいろな場面に応用できる基本的な定理を述べたのであって、応用の仕方は状況に応じてさまざまである。
- 布施(ふせ)
- 自分のためではなく、他のため世のために何かを行うこと。
- 愛語(あいご)
- どんな相手にも、その人を第一に考え、ためになる言葉をかけること。
- 利行(りぎょう)
- 他人の利益になることに力を尽くすこと。
- 同事(どうじ)
- 相手を思い、相手と同じ立場に身をおき、行動を共にすること。
(参考:曹洞宗のラジオ番組「禅のこころ-曹洞宗」「四摂法」)32
3. 言葉では伝わりにくい宗教者ならではの新型コロナウイルスへの対処法
宗教界からのメッセージに、一般の呼びかけと異なる“何か特別なこと”を期待する人も多い。だが、信仰者のなかでも宗教の深淵な領域がわかっている人もいれば、そうでない人もいる。信者向けメッセージであったとしても、その受け手となる信者の多くは後者で、世間一般の社会生活を営んでいる。曹洞宗の談話にもみられるように、宗教的に説かれたことを社会生活に落とし込めば、ごく当たり前と思われるようなことになる。それを期待はずれと思う人のなかには、フランスの作家アンドレ・ジッドの名言「平凡なことを毎日平凡な気持ちで実行することが、すなわち非凡である」ではないが、 “ごく当たり前のことを続けるのが、実は難しい”ことに気づかない人もいるのではないだろうか。
また、「文章や言葉」といった頭で理解するものに期待しがちであるが、宗教とはそのようなものではない部分も大きい。むしろ、そうでない部分が大きいのではないだろうか。
◆坐禅、唱題行、信仰・信頼
曹洞宗の4月28日付総長談話の続きを読むと、そのような新型コロナへの対処が示されている。
- 瑩山は、あらゆるものを慈しみ愛し、相手の苦しみを我がこととして受け止め共感する「慈悲の心」をもって坐禅に精進することを説いた。
自宅で坐禅を。足を組むのが難しければ「いす坐禅」も。
坐禅は、呼吸を調(ととの)え、自分自身を見つめ直す契機となると共に、感染への恐怖、不安や悲しみを静め、慈しみのこころを育む。
曹洞宗は、坐禅の実践によって得る身と心のやすらぎが「仏の姿」であると自覚する教えである。心の安らぎが疫病への感染の恐怖などを静めるのに役立つという。
日蓮宗の声明文にも、信仰者でないものには言葉では伝わらないであろう一文がある。
「自粛や我慢の中に希望の燈を灯さなければなりません。この燈こそ、強い信仰心であり、お題目によるエネルギーなのです」(日蓮宗・中川法政宗務総長「新型コロナウイルスに関する声明文-命を護ることは、心を護り強く生きる力を得ること-」4/17)33
日蓮宗のお題目(だいもく)とは、「南無妙法蓮華経」のことである。「南無」は仏を信じることで、「妙法蓮華経」の五字には、釈迦の智慧と慈悲の功徳が備わっているとされる。日蓮宗は、「南無妙法蓮華経」のお題目を唱えることで、自分のなかにある仏の心を呼び現わしていこうとする34。このお題目「南無妙法蓮華経」を共に唱える伝統的な修行法が「唱題行(しょうだいぎょう)」である。
日蓮宗では、新型コロナウイルスの感染拡大で高まるストレスや不安を分かち合い、心の穏やかさを取り戻せるようにと、外出自粛のさなかの5月4日に「オンライン唱題行」というウェブイベントを開催した。ZOOMというウェブ会議システムを用いて、各自が自宅からパソコンやスマホを使って参加できるようにした初めての試みであった。参加者は信者に限定せず、参加費無料。僧侶が唱題行の作法を説明し、参加者一同による唱題行を15分ほど修したあと、僧侶が参加者からの質問に答える「寺カフェタイム」を設け、全一時間。初回は100人の参加人数枠に入りきれない人が続出。枠を拡大して翌週も開催され、多くの参加者から高い評価を得た。
オンラインを通じてとはいえ、大勢と心を一つにしての唱題行には、心を安定させる力があるようである。また、外出自粛で途切れた人との「つながり」を渇望する人々には潤いを与えたであろう。宗教(英語religion)の原義は「つながり(ラテン語religio)」である。これまでは、寺院や教会に集まる形で人と人(あるいは神・仏と人)がつながっていたが、社会の変化に応じてオンライン上での「つながり」を併用することも有り得るだろう。
「幸福の科学」も「信仰のもつ力」に言及する。感染症には免疫力を高めることが有効であるとして、大川隆法総裁は2月15日に「免疫力を高める法」と題する法話を行った。大川総裁には数多くの著書があり、免疫力の高める方も随所で語っている。『心と体のほんとうの関係。』35では、免疫力を高めるために必要なのは「信仰心」と「情熱」と述べている。
免疫力は、実は、信仰の力、信じる力を持つと、かなり上がってきます。
それは本人の意志としての想念の力でもありますが、
日々、「仏のため、神のために、菩薩として頑張ろう」と思っていると、
強い積極的な善念が体全体に満ちてきて、全細胞にじわじわと行き渡るため、
免疫力が高まるのです。36
心の安定や免疫力を高めることは、経済的困窮に役立たないと思われるかもしれないが、心身の健全さが保たれてこそ、良い対策が浮かぶこともあろう。また、希望を持ち続けることは、苦難に立ち向かう活力にもなる。
日本カトリック司教協議会の会長談話では、「……わたしたちは、キリストを離れるなら何もできないということをこころにとめて、何ものをも恐れずひたすら神に信頼を置き、救いへの希望を持ち続けたいと思います」と、ストレスを抱え、仕事や日常生活に悪影響が及んでいるなかでも、神を信頼して希望を持ち続けることの大切さが訴えかけられている37。
◆祈り
宗教界が発したメッセージでは、宗教者に求められた宗教的な行為として、「祈り」の呼びかけも多い。
「わたしたちは、感染者、亡くなられた方々、医療従事者、為政者、経済的に大きな打撃を受けた方々など、すべての人々に必要な助けと力が与えられるよう、主キリストを通して父である神に祈りと願いをささげましょう」(日本カトリック司教協議会・高見三明会長談話「新型コロナウイルス感染のただ中で」4/3)38
日本カトリック司教協議会では、祈りを呼びかけるとともに司教団が認可した「新型コロナウイルス感染症に苦しむ世界のための祈り」39を発表した。
真如苑の動画によるメッセージは臨済宗妙心寺派の動画などと異なりテロップが無かったため、文字起こしは著者の責任である。
「私も真剣に祈っております。この自分たちもまた、全世界で苦しみにあう方々に寄り添い、苦難の鎮静化へ善なる祈りを捧げていきましょう」(真如苑・伊藤真聰苑主「苑主のメッセージ」3/6)40
新型コロナウイルスを“神の怒り”と捉えた池口惠觀・高野山真言宗別格本山清浄心院住職は、高野山で3月第1日曜恒例の「高野の火まつり(柴燈大護摩供)」が感染拡大防止のため若干規模を抑えられたと耳にし、「このような国難の時だからこそ、高野山は挙げて、新型コロナウイルスの退散・終息に向けた祈りを、身口意をフル回転させて勤めるべき」と憤る41。そして、真言宗の開祖・弘法大師(空海)が国家のために51回も祈りを実践し、その効果がすぐに顕れたと確信していたことから、国家の危機の際にはすぐに国家のために祈りを捧げる弘法大師の行動力を見習うべきとして、『六大新報』(4月5日号)への寄稿を次のように結んでいる。
「全国の高野山真言宗、真言密教、真言集団の僧侶とその信者の方々が、一斉に『新型コロナウイルス退散・終息』の祈りを一心に捧げれば、その願いは全世界の患者さんに届き、希望の光をもたらすに違いないのです。 合掌」42
高野山だけでなく宗教界では、新型コロナウイルス感染拡大防止のため、各種行事の縮小や中止が相次いだ。八坂神社(京都市)の例祭で7月の風物詩でもある祇園祭の山鉾巡行は4月20日に中止が発表された。祇園祭は平安時代に疫病が流行したとき、疫病退散を願った祈園御霊会(ごりょうえ)が起源である。宗教学者の島⽥裕⺒は、「本来、疫病退治のためにやっていた祭礼を中止するのは象徴的」と、新型コロナによって宗教の無力さが浮き彫りになり、新型コロナ後の社会では無宗教化がより進むだろうと語っている43。
だが、平安時代と現代は異なる。10万人を超える見物客が集まる巡行の中止は、医学的見地から「3密(密閉空間、密集場所、密接場面)」の回避が求められていることもあり、やむを得ないのではないか。八坂神社は4月8日、新型コロナウイルス感染の早期終息を願う特別神事「国家安寧祈願 祇園御霊会(ごりょうえ)」を営み、12日からは異例となる郵送での特別祈祷の受付も始めた。
宗教には、守り継がねばならないものと、時代に応じて変わらねばならないものがある。外出自粛の折、宗教行事への参集を中止する代わりに、教会や寺社などでは行事のライブ配信が増えた。全国8万の神社を包括する神社本庁は、2006年にインターネットを利用した「ヴァーチャル参拝」、お札やお守りのネット頒布は信仰の尊厳を損なうとして、都道府県神社庁長に注意を促した。それから約15年経て、インターネットは社会の必需品となった。東京都の小野照崎神社では、5月1日から10日まで疫病早期終息祈願祭を執行し、自宅から願いごとを託す「オンライン参拝」、祈祷のライブ配信を行った44。消えるものもあれば、生まれるものもある。中世の黒死病(ペスト)の流行は、西欧のカトリック教会の権威を失墜させたが、宗教改革の要因のひとつともなって、新しい宗教(プロテスタント)を生み出した。宗教が無くなったのではなく、あり方が変容しただけである。
4. これからの宗教は
新型コロナウイルス感染拡大による危機を乗り越えるため、宗教の力を結集しようと、4月24日に仏教・神道・キリスト教の宗教者が華厳宗総本山東大寺(奈良市)に集まり、宗教宗派を超えて「正午の祈り」を行うよう呼びかけた。
東大寺の大仏は、奈良時代に聖武天皇が疫病(天然痘)や飢饉などに際して天下安泰を願って造立したものである。東大寺は4月1日から毎日正午に大仏殿で、新型コロナウイルスの早期終息と罹患者の早期快復、犠牲者供養のための祈り(法要)を始めた(当面5月31日まで)。さらに、「同じ時間に各自の場所で祈りましょう」と公式サイトやSNSなどで呼びかけたところ、全国の宗教宗派を超える宗教者が応じ、24日にあらためて「正午の祈り」を呼びかけることとなったのである。
東大寺では感染拡大防止のため24日から拝観を停止した。その代わりに通常は閉じている中門を開き、大仏の顔を遠くから拝めるようにした。さらに動画配信サービス「ニコニコ動画」で正午の法要を含めて大仏の24時間定点生中継も始めた。中継映像では、画面に視聴者の投稿コメントが流れて共有される。視聴者が一体感を味わっているようであった。
◆「祈り」とエビデンス
こうした早期終息のために捧げる宗教者たちの「祈り」については、「意味がない」という指摘もある。このような声に対して、浄土真宗本願寺派の僧侶でもある宗教学者の釈徹宗(しゃく・てっしゅう)は、「少なくとも、そこには個人の都合を超えた祈りがあります。どれだけ誠実に暮らしていても、日常は簡単に壊れてしまう。問題を解決するかしないかという枠を超え、ただ祈るしかできないという人間の限界を示す態度とも言えるでしょう。尊い行為だと僕は思います」と語る45。
「祈り」については、宗教者でも所属する宗教宗派によって考え方が異なるかもしれない。伝統仏教を例にとると、浄土真宗は阿弥陀仏への信心を重視して加持祈祷を否定するが、鎮護国家の思想が根底にある天台宗や高野山真言宗などは加持祈祷を肯定する。
高野山真言宗・千光寺住職で名古屋大学医学部非常勤講師も務める大下大圓(おおした・だいえん)は、「祈り」には大きな効果があると訴える。世界では「祈りの科学的根拠(エビデンス)が証明されつつある」として、『高野山時報』(5月1日付)で、世界各国の「祈り」についての科学的な研究成果6例を紹介している46。
「祈り」を受ける側の効果としては、患者の遠隔治療に「祈り」が有効であった研究結果が好例である。一方、「祈り」をする側の効果としては、臨床的に統合失調症や心臓血管機能の改善などに有効性があったという報告から裏付けられる。大下は、「……こんな時こそ工夫をして場をつくり、祈りの効果を積極的に宣揚し、檀信徒と共に有用なる寺院活用を果たすべきなのではないだろうか」とも提案している。
昨今は、宗教的な瞑想から宗教的要素を省いたマインドフルネス瞑想が、ビジネス界でも脚光を浴びている。『サピエンス全史』などが世界的ベストセラーとなった歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリは、ヴィッパサナー瞑想の講習を受けた2000年以来、毎日2時間の瞑想を実践している。研究成果は、瞑想の実践による集中力と明晰さの賜物とも述べている。ハラリは、瞑想への脳科学者のアプローチについて疑義を呈し、「もし自分で瞑想する代わりに、誰か別の瞑想者の脳の電気的活動をモニターしたら、瞑想の持つ可能性の大半を見落としてしまう」と述べる47。脳科学者が瞑想を研究対象ではなく道具として使う課程は、まだ黎明期だという。真剣な瞑想を行うには途方もない量の修練が必要で、研究者が膨大な時間と労力を注ぎ込まねばならないからである。
◆声明やメッセージでは伝わらないもの
宗教とはエビデンスとは相容れないものであり、そこに宗教の強みがある。だが、エビデンスが必要と叫ばれる現代社会では、宗教もある部分では、「祈り」や坐禅、唱題行などの効果を大下が列挙したような研究成果によって証明するのも一つの手である。この分野の研究は推進されてしかるべきであろう。(……ただし、現代人がエビデンスを重視するようになったから、宗教が受容されなくなったとは言い切れないだろう。エビデンスがなくとも、受容されるものもある。この2月以来、妖怪アマビエが流行している。アマビエとは、江戸時代に肥後の国(熊本県)に現われ、「疫病流行の際に私の姿を描いて人々に見せよ」と告げたという妖怪である。人々が競ってアマビエを描く背景には、ご利益信仰の要素が感じられる。アマビエ人気に、アマビエをあしらった護符を配布した神社もあった。江戸時代から、日本人の宗教的なものへの態度は、それほど変わらない部分もあるようだ。)
一方で、科学的研究にはなじみにくい宗教のもつ効用(という言い方が不適切なのは承知であるが)については、ハラリではないが、やはり実践を通しての証明でなければ見逃される部分が大きいのではないか。
ドイツの神学者シュライエルマッハーは、宗教の本質は超越的存在への「絶対依存の感情」にあると説いた。このような定義に則ると、宗教とは、祈りなどの“行為”ではなく、“信心”という考えもあるだろう。しかし、「信じる」こともある意味では“行為”である。
いずれにせよ、結論は同じである。感染防止のため休校が始まった3月初めから人々の不安が高まった。今が宗教教団にとっては人心をつかむチャンスではないかと、宗教界がどのようなメッセージを発するのか心待ちにしていた。しかし、発せられたメッセージは一読しただけでは、わかりづらいものが多く、時間をかけて読んで、ようやく得心することができた。これは、文面から理解しようという当方の姿勢にも問題があったのかもしれない。日蓮宗の唱題行イベントに参加して、ようやく何かつかめた感じを得た。やはり、宗教は「信じる」なら「信じる」、「行う」ならそれが祈り、坐禅、唱題、念仏であろうと「行う」ことをしなければ、その良さが感じられない。その試みをさせる企画が必要ではないか。もちろん、そこに誘うのが難しいというのは、重々承知しているのだが……。
だからといって、声明やメッセージに意味がないというわけではない。「信じる」あるいは「行う」ことへの入り口は、人によってさまざまだからである。
今回の声明やメッセージは、動画で要職者が呼びかける形の発信も多かった。動画に映し出された、その姿は、視聴者を惹きつける対象として重要である。人間は6秒で人を判断するという。語る言葉の内容ではなく、直観で判断するのである。声明の内容を疎かにしてもよいというのではない。容貌、声、雰囲気など、視聴者に言葉以上の情報を付加して伝えられることを利点にできるということである。
しかし、従来のように声明やメッセージを一方的に発表するだけでなく、公式サイト上で声明やメッセージと連動した参加型の企画を行うなど、別な形のさまざまなアプローチもあり得たのではないか。「祈り」を呼びかけるならば、東大寺のように法要のライブ動画を公開して視聴者らの「祈り」と共有する、日蓮宗のように「お題目のエネルギー」を訴える声明のあとにウェブ会議システムによる「オンライン唱題行」イベントを行うなど。
現代は、双方向型のメディアが多くなっている。とくに外出自粛の折には、メディアを介した参加型の行事は有効だったであろう。ただし、これも緊急事態宣言が解除されて、外出可能になれば、また状況は変わるだろう。時宜をみての対応が必要である。タイミングを外すと、せっかくの良い試みも無意味になる。市中にマスクが山積みになっても、まだ届かないアベノマスクのように。
(宗教情報センター研究員 藤山みどり)

▲妖怪「アマビエ」の流行を取り上げる新聞各紙
<新型コロナウイルス感染症に関する宗教界の対応の一例>
- 公式サイトでの新型コロナウイルス感染症に関する声明やメッセージの発表
真如苑(3/6動画)、真宗大谷派(動画と文書3/19付)、曹洞宗(4/3、4/24)、臨済宗妙心寺派(3/31動画、4/8)、浄土真宗本願寺派(4/14、4/23)、日蓮宗(4/17)、天台宗(4/17、4/24)、曹洞宗大本山永平寺(4/18)、念法眞教(4/24)、西本願寺(4/27動画と文書)、浄土宗(4/30付)、立正佼成会(5/1)、日蓮宗総本山身延山久遠寺(日付不明)、全日本仏教会(5/7)、…… - マスクやレインコートなどの医療機関ほかへの提供
天台宗、真如苑、立正佼成会、…… - 新型コロナウイルス終息を祈念した特別な配布
真言宗御室派総本山仁和寺…薬師如来の梵字を押した特製覆面(和紙製マスク)の拝観者への配布(3/1~)
廣田神社(兵庫県西宮市)……アマビエの護符配布(3/19~)
桜山八幡宮(岐阜県高山市)……アマビエの護符の授与(3/26~)
国領神社(東京都調布市)……アマビエの御朱印の授与(※公式サイトからの無料ダウンロード)(4/20~) - 新型コロナウイルス流行時の法要や葬儀の指針発表
真言宗豊山派(4/2)、浄土宗(4/9)、曹洞宗(4/30) - 新型コロナウイルス終息のための祈祷や護摩など
春日大社「悪疫退散の特別祈願」(1/31~)
幸福の科学「中国発・新型コロナウィルス感染撃退祈願」(1/31~)
日蓮宗大本山池上本門寺「新型コロナウイルス病魔退散 疫病退散大祈願会」(2/21)
真如苑「真如特別法要」※犠牲者廻向と被害鎮静化の護摩(2/24)
日蓮宗大本山池上本門寺「百万遍唱題祈願」(3/1~5/30)
真言宗御室派総本山仁和寺「新型コロナウイルス感染の終息を祈願する法会」(3/4)
金峯山修験本宗総本山金峯山寺(大峯山寺と合同)
「みんなようなれ!とも祈り・疫病退散大祈祷会・大護摩供」(3/6)
天台宗総本山延暦寺「比叡の大護摩」※終息を祈願(3/13)
ローマ法王庁 ローマ教皇による“祈りの時”(日本時間3/28)
八坂神社「国家安寧祈願 祇園御霊会」(4/8)
真言宗醍醐派総本山醍醐寺「病魔退散祈願法要」(4/15)
法相宗大本山興福寺「新型コロナウイルス早期終息御祈祷」(4/18~)
曹洞宗大本山永平寺「高祖大師報恩法会」(4/23~29)※疫病退散等を祈祷
東大寺など「新型コロナウイルス早期終息を願う祈り」の呼びかけ(4/24)
高野山真言宗「新型感染症物故者追悼法会並びに早期終息祈願法会」(5/3) - 新型コロナウイルスの感染拡大への不安などへの対応ほか
浄土宗総本山知恩院スマートフォン専用サイト「知恩院サウンドセラピー」(1/28~)
臨済宗妙心寺派「おうち写経~心と身体をリフレッシュ」無償提供( ~6/末)
日蓮宗公式サイト「家にいる子どもたちへ(折り紙、ぬり絵・写仏等)」掲載(4/17~)
臨済宗大本山建仁寺派塔頭両足院「オンライン座談会 雲是」(4/21~)
高野山真言宗公式サイト動画館「高野山の情景(金剛流御詠歌)」の動画掲載(4/30)
日蓮宗「オンライン唱題行イベント~新型コロナウイルスの感染拡大への不安解消支援プロジェクト」(5/4、5/10、5/24、6月も開催)
高野山真言宗「おうち六波羅蜜(写経、瞑想、御朱印、仏具の音色の4つのオンライン講座)(5/27)
浄土宗公式サイト”ブッダ流癒し系コンテンツ”「いっしょ いっしょ」(6/10~)
曹洞宗英語坐禅会「ZEN class(ゼン・クラス)」オンライン配信にて再開(6/18~月1回~2021/3)
※補追
新型コロナウイルス対策のため、神からの預言を一人ひとりに伝えるキリスト教プロテスタントの預言カフェ「キングダムカフェ預言/使徒的実現チャーチ東京(東京都武蔵野市)」では、カフェに来た客に対面で預言をする方式を4月から変更。預言は電話で、銀行振込で自由献金をする形式(要予約)にして対応した。
- 1『中外日報』2012年2月14日
- 2池口惠觀「惠觀講話(100)コロナウイルス禍に終息の祈りを」『六大新報』令和二年四月五日
- 3國冨敬二「会員の皆さまへ」立正佼成会公式サイト2020年5月1日
- 4『東京新聞』2020年5月3日
- 5「中国、大気汚染改善で死者大幅減」共同通信社 2020年3月24日
「肺炎でCO2排出量が激減、中国 大気汚染も一部改善」共同通信社 2020年2月23日
「『ヒマラヤが見えた』 インド都市封鎖で大気汚染が改善」SankeiBiz 2020年5月4日 - 6新型ウイルス対策で中国の大気汚染が改善、数万人が救われた可能性」CNN 2020年3月18日
- 7「大気汚染、致死率に影響か コロナ感染、欧米で調査」共同通信社 2020年5月3日
- 8「コロナ問題で中国はWHOに武漢の研究所を調査させるべき」大川総裁が仙台市で法話「光を選び取れ」The Liberty Web、2020年3月14日
- 9「新型コロナウィルスから身を護る"信仰ワクチン"とは」「幸福の科学」公式サイト 2020年4月11日
- 10小川寛大「宗教vs新型コロナ 創価学会と幸福の科学 2大新宗教の対照的すぎる感染対策現場」『週刊ポスト』2020年4月3日号
- 11大川隆法『中国発・新型コロナウィルス感染 霊査』幸福の科学出版 2020年2月
- 12宗務総長からのメッセージ「かけられた願いに立ち返る~人間性回復の道への出発点」真宗大谷派(東本願寺)公式サイト 2020年3月23日
- 13「【4/28付】総長談話(新型コロナウイルス感染症 感染拡大防止にあたり)」曹洞宗公式サイト 2020年4月28日
- 14「新型コロナウイルス感染のただ中で 日本カトリック司教協議会会長 談話」カトリック中央協議会公式サイト 2020年4月3日
- 15総本山知恩院御影堂落慶御遷座法要(2020年4月13日)伊藤唯眞猊下による御垂示「粛然と念仏に生きる」4月13日浄土宗公式サイト 2020年5月7日
- 16新型コロナウイルス感染拡大に伴う宗務総長からのメッセージ 「この難局を〈ともいき〉のこころで」 浄土宗公式サイト 2020年4月30日
- 17「新型コロナウイルス感染のただ中で 日本カトリック司教協議会会長 談話」カトリック中央協議会公式サイト 2020年4月3日
- 18新型コロナウィルスに関する声明文「-命を護ることは、心を護り強く生きる力を得ること-」日蓮宗公式サイト2020年4月17日
- 19「新型コロナウイルス感染症に対するおことば」(動画)臨済宗妙心寺派公式サイト 2020年3月31日
- 20「新型コロナ対応、11カ国で停戦受け入れ 国連総長発表」日本経済新聞電子版 2020年4月4日
- 21小野木康雄「社説 何のための声明か」『文化時報』2020年4月25日
- 22「新型コロナウイルスの感染拡大に伴うすべての人へのメッセージポスター」浄土真宗本願寺派公式サイト 2020年4月23日
- 23「新型コロナウイルス感染症に関する『念仏者』としての声明について」浄土真宗本願寺派公式サイト 2020年4月14日
- 24宗務総長からのメッセージ「かけられた願いに立ち返る~人間性回復の道への出発点」真宗大谷派(東本願寺)公式サイト 2020年3月23日
- 25新型コロナウイルス感染拡大に伴う宗務総長からのメッセージ 「この難局を〈ともいき〉のこころで」浄土宗公式サイト 2020年5月1日
- 26「新型コロナウイルス感染拡大に関する声明」天台宗公式サイト2020年4月17日
- 27國冨敬二「会員の皆さまへ」立正佼成会公式サイト 2020年5月1日
- 28「伝教大師最澄 伝教大師のめざした仏教 菩薩を育てる」天台宗 祖師先徳鑽仰大法会公式サイト
- 29「立正佼成会データ 信仰」立正佼成会公式サイト
- 30【4/28付】 総長談話(新型コロナウイルス感染症 感染拡大防止にあたり)曹洞宗公式サイト 2020年4月28日
- 31「迷える中年ライターが『修証義』を書き写してみた ~曹洞宗のお経を一般人が読むと?(第4章・第21節)」~ 曹洞宗公式サイト 2018年6月20日
- 32ラジオ法話「四摂法」平成23年8月第2週放送 曹洞宗関東管区教化センター
- 33新型コロナウィルスに関する声明文「-命を護ることは、心を護り強く生きる力を得ること-」日蓮宗公式サイト 2020年4月17日
- 34「お題目とは」日蓮宗公式サイト
- 35大川隆法『心と体のほんとうの関係。』幸福の科学出版2008年6月
- 36新型コロナウイルスから身を護る“信仰ワクチン”とは 幸福の科学グループ創始者兼総裁 大川隆法法話「免疫力を高める法」より2020年4月11日「幸福の科学」公式サイト
- 37「新型コロナウイルス感染のただ中で 日本カトリック司教協議会会長 談話」カトリック中央協議会公式サイト 2020年4月3日
- 38「新型コロナウイルス感染のただ中で 日本カトリック司教協議会会長 談話」カトリック中央協議会公式サイト 2020年4月3日
- 39「新型コロナウイルス感染症に苦しむ世界のための祈り」(2020年4月3日 日本カトリック司教協議会認可)カトリック中央協議会公式サイト
- 40「苑主メッセージ」真如苑公式サイト 2020年3月6日
- 41池口惠觀「惠觀講話(100)コロナウイルス禍に終息の祈りを」『六大新報』令和二年四月五日
- 42池口惠觀「惠觀講話(100)コロナウイルス禍に終息の祈りを」『六大新報』令和二年四月五日
- 43「イスラム社会秩序に危機 宗教学者の島⽥裕⺒氏 コロナ後の資本主義」日本経済新聞電子版 2020年4月27日
- 44「オンライン神社」小野照崎神社公式サイト
- 45「いま文化は 新型コロナ 宗教学者・釈徹宗さん 柔軟な心、保つべき時 「待つ」「許す」を大切に/危機を超え、次の社会へ」『毎日新聞』2020年4月30日大阪夕刊
- 46大下大圓「今こそ密教瑜伽と祈りのエビデンスを発揮する時」『高野山時報』令和2年5月1日
- 47ユヴァル・ノア・ハラリ著、柴田裕之訳『21 Lessons』河出書房新社2019年11月