文字サイズ: 標準

2021/07/06

第7回 チュンダの供養ー大乗仏教1ー

仏教研究

佐藤直実(宗教情報センター研究員)

 第5回から,釈尊に捧げられたチュンダの最後の供養について考察しています。第6回では,小本〈涅槃経〉について取り上げ,釈尊と人々とで,チュンダの供養の評価が正反対である点を指摘しました。今回からは,大本〈涅槃経〉に記されるチュンダの供養の場面を紹介したいと思います。

 大本〈涅槃経〉には,サンスクリット断片が3種類,漢訳が3本,チベット語訳が2本現存します。小本〈涅槃経〉よりもはるかに大部の経典で,内容や構成も異なります
資料については第5回を参照[i]。本記事では,原典からの翻訳である六巻本,北本,翻訳チベット語訳(以下,チベット語訳)を用います。

 小本〈涅槃経〉が,マガダ国から各地をめぐり,クシナガラに至る数ヶ月の釈尊の旅の様子を描くのに対し,大本〈涅槃経〉は,クシナガラにおける入滅当日の様子だけを描きます。

 また,チュンダが釈尊に最後の供養を捧げる場所は,小本〈涅槃経〉ではパーパーという町ですが,大本〈涅槃経〉ではクシナガラであり,このような相違が多くあります。

 大本〈涅槃経〉でチュンダが登場するのは,次の2章です。なお,漢訳で示される「品 
ほん」とは「章」を指します。
 

  • 北本「寿命品 じゅみょうぼん
六巻本「長者純陀品」,南本「純陀品」,チベット語訳「アヒンサーの蘊 うん[ii] 
 
  • 北本「一切大衆所問品 いっさいたいしゅうしょもんぼん
六巻本「随喜品」,南本「一切大衆所問品」,チベット語訳「天・人・アスラ・キンナラ・ヴィドヤーダラ・ラークシャサなどの集会の問い」

 「寿命品」には,チュンダが釈尊に供養を願い出る様子から,食事の用意のためにいったん自宅に帰る場面までが記されます。「一切大衆所問品」では,再び戻ってきたチュンダが供養を捧げる場面を記します。「寿命品」と「一切大衆諸問品」の間にはいくつもの逸話が記され,チュンダの不在中にも釈尊と弟子たちとの問答は続きます。
 

◎大本〈涅槃経〉の概要


 まずは大本における流れを概観しましょう。

〈北本・寿命品〉
  • クシナガラにて,釈尊の顔から光明が放たれると,世界中から最後の供養を施そうと神々をはじめ多くの生類が馳せ参じる。
  • チュンダも仲間と共に参じ,釈尊に供養を懇請する。釈尊はそれを承諾し,チュンダを讃える。
  • 参集者もチュンダを称賛し,チュンダに,釈尊に延命を願い出るよう要請する。
  • そこに突如,文殊菩薩が現れ,如来が常住であることや食事によって保たれる体ではないことなどについてチュンダと議論する。
  • 釈尊の顔から再び光明が放たれ,入滅が近いことを告げられたチュンダは悲しい心を立て替えて,食事の準備のため自宅に戻る。
     
※チュンダ不在中に,迦葉菩薩 かしょうぼさつ が登場し,釈尊と〈常楽我浄〉〈四依〉〈四聖諦〉〈闡提成仏〉などについて問答します。

〈北本・一切大衆所問品〉
  • チュンダが再び仲間と共に戻ると,神々はチュンダに施食を中止するよう願い出るが,釈尊は顔から光明を放ち,施食を許す。
  • 釈尊に供養を断られていた大衆たちが再び願い出ると,釈尊は毛穴から仏とその眷属を化現 けげん(神通力で現し出)し,彼らにそれらの供養を受けとらせた。釈尊自身はチュンダの供養を受け取ると,その施物を神通力でその場にいる比丘たちに配る。
  • 釈尊の入滅が近いことを知った大衆に対し,釈尊は如来の常住を説く。それを聞いた大衆は安堵し,歓喜する。

 以上の内容を,六巻本,北本,チベット語訳をもとに詳しくみてまいります。


 

1 釈尊の顔より光明,諸衆の来集


 釈尊の顔から光明が放たれ,入滅が近いことが世界中に伝わると,比丘
 びく(男性出家者),比丘尼 びくに(女性出家者),優婆塞 うばそく(男性在家者),優婆夷 うばい(女性在家者),諸菩薩をはじめ,王侯貴族から下層階級の人々,神々や天龍八部衆,鬼神,マーラに至るまで,あらゆる人々が釈尊に最後の供養を捧げようと馳せ参じます。しかし,釈尊は,まだその時期ではないという理由で,それらを悉く断ります[iii]。ところが,そこに仲間と共に鍛冶屋(金細工師)の青年チュンダが現れると,彼の供養はあっさりと承諾されます。

 入滅の兆候として顔から光明を放つという様相は小本〈涅槃経〉にも記されますが,その時期や場所は異なります。小本〈涅槃経〉では,釈尊がチュンダの供養を受け取った後,クシナガラを目指す途上で生じますが,大本〈涅槃経〉では経典の冒頭でまず最初に生じます。光明は,その後も入滅が近いことを知らせるために,何度も放たれます。
 

2 チュンダ,仲間と共に参集

 

 釈尊の光明を感じたチュンダは,仲間と共にクシナガラに馳せ参じますが,仲間の人数が伝承によって異なります。
 

 六巻本

その時,会衆の中に拘夷城(クシナガラ)の長者がおり,純陀(チュンダ)という名前であった。500人の長者の息子と共に威儀を正して並んだ[iv]
 

 北本

その時,会衆の中に優婆塞で,拘尸那城(クシナガラ)の工巧の子がおり,純陀という名前で,仲間15人と一緒であった[v]
 

 チベット語訳

それから,彼ら取り巻きの中に,クシパ町(クシナガラ)の金属細工師の息子で優婆塞のチュンダと呼ばれる者が,金属細工師の息子15人と一緒にやって来て,…[vi]


 北本とチベット語訳が15人,六巻本は500人で,大きな開きがあります。なぜこのような違いが生じたのでしょうか。次の2つの可能性が考えられます
[vii]
 

  • 参照したインド原典が異なる。

  • サンスクリットで「15」を示す pañca-daśabhiḥ と,「500」を示す pañca-śataiḥ が混同された。


 なお小本〈涅槃経〉では,チュンダは単身,釈尊のもとに参っており,「仲間を伴う」という記述はありません。

 なぜ大本〈涅槃経〉では仲間を伴っているのか,その意義は明らかではありませんが,より多くの者を釈尊と出会わせ,仏法の理解者を増やすことを重視していたのかもしれません。つまり,「仏法の宣説」という実践の大切さを示すためと考えられます。

 また,チュンダの施食の場所が,小本〈涅槃経〉ではパーパーであるのに対し,大本〈涅槃経〉ではクシナガラとなっています。

 チュンダの職業については,北本とチベット語訳は,いずれも小本〈涅槃経〉と同様に「職人」と記しますが,漢訳・六巻本のみ「長者子」,すなわち大商人の息子と記します。六巻本は全体的に,独自の伝承が多い点は注意が必要です。

 

3 チュンダ,最後の供養を懇請


 釈尊の入滅が近いことを知ったチュンダは,釈尊のもとに到着するとすぐに最後の供養を願い出ます。

 

 六巻本

世尊よ,どうか大衆のために哀れに思って,我々の最後の供養をお受けになってください。まさに私と一切衆生を解脱させてください[viii]
 

 北本

世尊及び比丘たちよ,どうか哀れに思い,私たちの最後の供養をお受けください。無量の衆生を救うために。世尊よ,私たちはこれ以後,主なく,親なく,救済者なく,保護者なく,帰依処なく,赴くところなく,貧しく飢え渇くことになります。[それ故]如来にお越し頂き,食事を提供したいと願います。どうか哀れにお感じになって,私たちのわずかな供養をお受けになり,その後,般涅槃に入られますように[ix]


 チベット語訳

世尊よ,私は一切衆生を解脱させるために,比丘僧団と共にある世尊・如来・阿羅漢・正等覚者に最後の食事を捧げたく思います。私は,主なく,友もなく,依り処もなく,希望もほとんどないので,世尊は私による振る舞いの食事をお受けになって,般涅槃なさってください[x]


 チュンダが供養を申し出る理由として,六巻本とチベット語訳は「衆生を解脱させるため」であるのに対し,北本は「衆生を救うため」とあり,表現が異なりますが,いずれも利他的な内容です。これに対し,小本〈涅槃経〉にはそのような内容は記されません。

 

4 釈尊の承諾


 チュンダの懇請を釈尊が承諾すると,そこに集った大衆もチュンダを賞賛します。

 六巻本

その時,一切智者である世尊は,一切の時を知って純陀[xi]に告げた。「如来,応供 おうぐ(阿羅漢),正等覚者は大衆のためにお前の請う最後の供養を受けよう[xii]


 北本

その時,一切智者で無上調御士の世尊は純陀に言った。「よいかな,よいかな,私は今,お前の貧窮を除断するために無上の法雨を降らせ,お前の身田に法芽を芽生えさせよう。お前は今,私に寿命・色・力・安穏・[無礙]弁才を求めた。私は必ずお前に常なる命・色・力・安穏・無礙弁才を施そう。なぜならば,純陀よ,施食(供養)には二つあり,[それらの]果報に差はないからである。二つとは何か。一つは[供養を]受け終わって無上正等覚を得るもの,二つは[供養を]受け終わって涅槃に入るものである。私は今,お前の最後の供養を受けよう。お前に布施波羅蜜を全うさせよう[xiii]。…」


 チベット語訳

それから,世尊,一切智者,王,無上人は鍛冶屋の息子チュンダに次のように言った。「チュンダよ,如来・阿羅漢・無上正等覚者はお前の最後の食事,大いなる布施波羅蜜をお受けになるだろう[xiv]…」


 六巻本,チベット語訳は単に承諾の言葉だけを述べますが,北本は小本〈涅槃経〉と同じく,チュンダの供養には「成道時の供養と等しい果報がある」こと,また,その果報として寿命・色・力・安穏・弁才を挙げます。

 また,北本とチベット語訳は最後の供養を「布施波羅蜜 
ふせはらみつ」と位置づけ,六巻本は布施波羅蜜への言及がありませんが,六巻本は次のセリフで最後の供養を「布施波羅蜜」と記しますので,三本はいずれも「最後の供養」とは「布施波羅蜜」と考えていると言えます。
 

5 最後の供養は為しがたい


 供養を承諾されたチュンダは,そのことを喜ぶ一方で,釈尊が入滅することを憂い嘆いたため,釈尊に最後の供養は成しがたいことであるから嘆いてはならないと諭されます。

 六巻本

純陀よ,その通りである。仏が世にあることは得難いことである。あたかも海岸でダイヤモンドの粒[を見つけるか]の如くである。[汝自身が]人間として生まれることはこれ以上に得難いことである。信心をそなえることも大変難しいことである。あたかも盲目の亀が浮木の穴に巡り合うかの如くである。如来が般涅槃 はつねはん しようとする場にあって,最後に布施波羅蜜を供えることはそれよりも難しい。まるで優曇華 うどんげ が1輪咲くようなものである。純陀よ,お前は今,憂い悩みを生じてはならない。大いに歓喜すべきである。なぜなら,次のように考えるべきだからだ。今日,如来は大衆のために私の最後の大いなる供養の施しを受けられた。この善利の故に,まさに歓喜すべきである[xv]


 北本

その通りである,その通りである。お前が説いた通りである。仏が世に出る難しさは優曇花 うどんげ の如くである。仏に会って信心を生じることも大変難しい。仏の涅槃に立ち合い,最後に施食し,布施[波羅蜜]を供えることはその倍ほど大変難しいことである。純陀よ,お前は今,大いに愁い苦しんではいけない。まさに躍り上がって自らの幸せを喜びなさい。如来への最後の供養の機会を得て,布施波羅蜜を成就したのであるから[xvi]


 チベット語訳

それから世尊はチュンダに言った。「チュンダよ,それはその通りである。それはその通りであって,仏が生じることはウドゥンバラ(優曇華)の花の如く,実に得難いことである。信心も得難いことである。法を聴聞することも得難いことである。如来が般涅槃する時に最後の食事の布施波羅蜜を成就することも得難いことである。しかし,チュンダよ,お前は悲しむことはなく,苦しむことはなく,『私は如来に最後の食事の布施波羅蜜を成就した』と考えて,喜びを生じなさい。…」[xvii]


 このくだりは,3訳でほぼ一致しています。チュンダの供養がいかに得難く尊いものであるかを,三千年に一度しか咲かないと言われているウドゥンバラ
(Udumbara,優曇華)の花や,盲亀が大海で流木の穴に遭遇することに喩えています。

6 延命の懇請


 チュンダは大衆に「あと一劫の間,寿命を延ばすよう釈尊にお願いしてほしい」と懇願され,そのとおりにしますが,釈尊は「諸行は無常であり,肉体はいつか滅びるものである」「肉体が消滅しても,仏身は常住であり,そのことを一切衆生に了解させるために,私は般涅槃を表すのだ」と述べます。


7 文殊との議論,釈尊の顔から光明


 そこに,突如,文殊師利法王子
 まんじゅしりほうおうじ(マンジュシュリー)が登場し,チュンダと議論をします。最終的にはチュンダに軍配が上がり,そこで釈尊の顔が輝き始めます。いよいよ入滅が近いことがわかると,チュンダは食事の準備のためにいったんその場を退きます。六巻本や南本では,ここで章が終了します。

 チュンダの不在中は,新たに迦葉菩薩
が登場し,釈尊との問答がなされ,常楽我浄,闡提成仏といった大本〈涅槃経〉にとって重要な教説が説かれます[xviii]

 二人の問答が終わると,釈尊の顔から再び光明が放たれ,入滅の時が近いことを知ったチュンダは最後の供養のためにクシナガラに戻ってまいります。ここからが「一切大衆所問品」の内容になりますが,それについては次回,お話したいと思います。

 

前回←     →次回


参考文献

下田正弘1997/2000『涅槃経の研究―大乗経典の研究方法試論』春秋社.
下田正弘1993『蔵文和訳『大般涅槃経』(1)』山喜房佛書林.
下田正弘1991「『原始涅槃経』の存在—『大乗涅槃経』の成立史的研究(1)」(『東洋文化研究所紀要』113号:1-126).
横超慧日1981『涅槃経』(サーラ叢書26)平楽寺書店.
松田和信1988『中央アジア出土大乗涅槃経梵文断簡集−スタイン・ヘルンレ・コレクション−』東洋文庫
高楠順次郎編1924-1932『大正新脩大蔵経』全100巻,大蔵出版.

略号

大正:高楠順次郎編1924-1932『大正新脩大蔵経』全100巻,大蔵出版.

 


[i] その他に,釈尊の入滅を描く有名な経典として,鳩摩羅什訳『佛垂般涅槃略説教誡經(通称,遺教経)』全1巻がありますが,同経は馬妙作の『ブッダ・チャリタ(仏所行讃)』や『仏本行経』全7巻との関係が深く,本稿が取り上げる大本〈涅槃経〉とは異種のものである。

[ii] 北本「寿命品」は,六巻本では「序品」「大身菩薩品」「長者純陀品」「哀歎品」「長寿品」の5つに,南本では「序品」「純陀品」「哀歎品」の3つに分品されている。チベット語訳は北本と同じく1章にまとめられている。なお,諸本の対照表は横超1981の巻末に付されている。

[iii] 北本:大正12,pp.367a17-19, 六巻本:大正12,pp.854b4-7, 南本:大正12,pp.606b22-24。

[iv] 大正12,pp.857c28-29。

[v] 大正12,pp.371c14-15。

[vi] デルゲ版20b4,北京版21a6。

[vii] 仲間の人数に関しては,下田1993,p.111注(3)参照。六巻本が「五百」と記す解釈については下田1991,pp.39-40も参照のこと。

[viii] 大正12,pp.858a3-5。

[ix] 大正12,pp.371c19-22。

[x] デルゲ版20a5,北京版21a7。なお,北京版やデルゲ版の読みでは,最後の一文が「般涅槃しないでください」と否定文になっているが,本稿では,漢訳に沿って東京写本やトクパレス写本のヴァリアントを採用して読むこととする。下田1993,p.112でも肯定文を採用している。

[xi] 六巻本は,この箇所のみ「淳陀」と記す(大正12, pp. 858a11)が,宋・元・明の三本と宮内庁図書館寮本では「純陀」とある。法顕は小本〈大般涅槃経〉では「淳陀」と翻訳している。

[xii] 大正12,pp.858a9-11。

[xiii] 大正12, pp. 372a3-10。

[xiv] デルゲ版21a5,北京版21b8。

[xv] 大正12,pp.858c22-29。

[xvi] 大正12,pp.373a19-23。

[xvii] デルゲ版22b3,北京版23a5。

[xviii] 北本「寿命品」と「一切大衆所問品」の間には「金剛身品」「名字功徳品」「如来性品」の3品がある。チベット語訳も同様に3章分が入り,六巻本と南本は間に14品が入る。