文字サイズ: 標準

2019/02/01

第1回 釈尊の降魔ー成道直前

仏教研究

佐藤直実(宗教情報センター研究員)

 宗教情報センター研究員の佐藤直実です。
 今月から、仏教について、さまざまな角度からわかりやすく述べていきたいと思います。
 本日は「釈尊の降魔(ごうま)」についてご紹介します。

 12月8日は釈尊が「成道(じょうどう)」された日です。この日、35歳の釈尊はさとりをひらき、真理(ダルマ)を獲得しました。穏やかで苦しみのない境地に達し、かつ、その境地に達する方法を見出したのです。つまり、この日こそが、仏教の始まりといえます。

 しかし、釈尊は、あっさりと成道したわけではありません。その直前に、魔(マーラ)から種々の攻撃を受けていました。魔王の攻撃は、名声や愛着に対する誘惑、危害への恐怖などをかきたてるものでしたが、釈尊はそれらを見事にしりぞけた末に、さとりをひらいたのです。こうした、さとりをひらく前後の逸話は「降魔成道(ごうまじょうどう)」とよばれ、いろいろな伝承が残されています。その一つをご紹介します。

*****

 お釈迦さまは、菩提樹の下に座すと、「苦しみから逃れる方法を見出すまではこの座を離れません」と決意し、禅定(祈り)を深めます。すると、魔王がやってきて、あの手この手で妨害します。「さとりなど、どうせ得られるはずがない。早々に国に帰って王位を継ぎなさい」とそそのかしたり、娘たちを遣わして色香で誘惑したり、猛獣をけしかけて怖がらせたり、あらゆる手段を使って禅定を阻害します。 
しかし、お釈迦さまはそれらをものともせず、逆に魔王に次のように詰め寄ります。
「お前が魔王になれたのは、過去になしたたった一つの善い行いの功徳にすぎない。それに対し、私は数え切れないほどの過去世で、多くの善い行いをしてきた。その積み重ねの功徳で、今ここに座っている。お前ごときの攻撃で揺るぎはしない」
 すると魔王は、
「自らボロを出したな! 私の善行は、今まさにお前が証明したが、お前の善行の証人は誰もいない!」
と言い返しました。それを聞いたお釈迦さまは、
「生類を支えるこの大地が証人である!」
と言い放ち、右手で大地に触れると、次のような偈を唱えました。
「この大地は、全てを支え、全てに対して平等である。大地よ、私の証人になれ」
すると、大地が大きく揺れ、女神が現れました。それを見た魔王は、まいりましたとばかりに退散し、その後、お釈迦さまは決意通りにさとりをひらかれました。

*****

 

 「降魔」の逸話には、様々なヴァージョンがあります。大地に手を触れるくだりがないものや女神が登場しないものもあります。上でご紹介した逸話は『ラリタヴィスタラ』という大乗経典に記されたもので、釈尊が大地に手を触れ、女神が湧出する内容としては最古の伝承です。『ラリタヴィスタラ』は、釈尊の生涯を記す仏典の一つで、誕生直前の様子から最初の説法「初転法輪(しょてんぽうりん)」までの半生を記しており、漢訳も伝承されているため、日本で広く読まれています。
 そして、この逸話をもとに、成道直前の釈尊の姿として、右手を大地につけた「触地(そくじ/そくち)」の像が作られました。日本ではあまり馴染みのない形ですが、東南アジアの仏教圏ではよく見られます。この「触地」の手の形は、やがて「降魔」、すなわち「自らの煩悩に打ち勝つ姿」の象徴として定型化され、「触地印」あるいは「降魔印」と呼ばれるようになります。
 ところで、この釈尊の「触地印」像と同じ形で描かれる如来がいます。密教における阿閦(あしゅく)如来です。阿閦如来(阿閦仏)は、金剛界曼荼羅(こんごうかいまんだら)の東方に配される尊格で、もとは東方にある妙喜(みょうき)世界という仏国土の主宰者でした。西方・極楽世界を主宰する阿弥陀如来(阿弥陀仏)と対をなす仏として、般若経や法華経など多くの仏典にも登場します。
 それでは、なぜ阿閦如来は触地印の姿で描かれるのでしょう? 釈尊の降魔と関係があるのでしょうか? それについては、また別の機会にお話したいと思います。