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宗教情報センターの研究員の研究活動の成果や副産物の一部を、研究レポートの形で公開します。
不定期に掲載されます。


2017/01/11

企画展「梅棹情報学・文明学とコンピューター ~生態系から文明系へ ~」参加記

宗教情報

佐藤壮広(宗教情報センター研究員)

rondokreanto主催 展覧会とシンポジウム「梅棹忠夫と未来を語る」 参加記
                                      
■企画・会場・参加者
 2016年12月17日、京都のギャラリーrondokreanto(ロンドクレアント)が主催する展覧会とシンポジウム「梅棹忠夫と未来を語る」・第1回企画展「梅棹情報学・文明学とコンピューター ~生態系から文明系へ ~」へ参加してきました。

 rondokreantoは、国立民族学博物館初代館長で人類学者だった梅棹忠夫(1920-2010)の旧宅を改装したアート・スペースです。rondokreantoとは、エスペラント語の造語で「クリエーターの仲間が集う場」の意味とのこと。現在、梅棹忠夫の次男・梅棹マヤオさんがギャラリーを運営しています。そして、定期的に様々な展覧会やミニコンサート、研究会などがここで開かれています。館内には、今回の展覧会のために梅棹忠夫が調査データをまとめ、発想を自在に組むために使ったB6版「京大式カード」の展示や、梅棹忠夫に関係する写真展示、訪問者の声(京大式カードに書き込んだもの)の掲示があり、梅棹忠夫の著作を並べた書棚が常設されています。また、珈琲(\500-)を飲んでくつろぐための居間もあり、梅棹家の当時の様子を想像することができる造りとなっています。

 梅棹マヤオさんから伺ったところでは、梅棹忠夫は外で飲食・宴会するよりも自宅に知人の学者やジャーナリスト、作家そして学生・院生たちを呼んで、ワイワイと歓談するのを好んだとのことです。海外調査から戻ると、その資料とスライドをまとめ、自宅でさっそく報告会を開いていたそうです。マヤオさんは、その“梅棹サロン”の知的雰囲気が大好きだったとのこと。マヤオさんは20代の頃から陶芸家として活躍していますが、京都の高校を卒業後にカナダの芸術大学へ進学したのは、そのサロンでの刺激に満ちた交流と知の吸収があったからと振り返っています。

 今回のシリーズ「梅棹忠夫と未来を語る」は、没後6年の梅棹忠夫の足跡と成果を振り返り、情報学や文明学といった現代的なテーマをいち早く探究したその知的遺産を継承することを目指して組まれたものです。但し、学者・研究者だけでなはなく企業人、ジャーナリスト、芸術家、作家、宗教家など広い分野の「表現者たち」をネットワークすることも視野に入れた企画となっています。マヤオさんは今回の企画に寄せ、「梅棹忠夫を肴にして、多くの人に未来につながる議論をしていただこう」とも語っています。この点はまさに、人と情報のネットワークが新たな知を産み出すとし、それを実践してきた梅棹情報文明学の理念を色濃く反映しているところでしょう。
 
 12月17日(土)に法然院で開かれた討論「情報と文明の未来」へも、三十名余の多彩な人々が参加しました。また、法然院の一室が会場となったのも、この企画のユニークな点だと思います。
 
*参考
シリーズ「梅棹忠夫と未来を語る」の詳細は、以下ウェブを参照。
http://rondokreanto.com/2016-12-06-12-18-umesaotadao_kikakuten/
 

■討論会の様子
シリーズ「梅棹忠夫と未来を語る」
第1回「梅棹情報学・文明学とコンピューター ~生態系から文明系へ」

(ENYSi Presents「一味会」)
 
 会はまず、梶田真章さん(法然院第31代貫主)の講話のあと、今回の企画の協賛企業である株式会社ENYSiの池田健と高橋真人の両氏から主旨の説明があり、以下に続きました。
 
<第1部>
□服部桂さんのお話
「メディアの過去、現在、未来~マーシャル・マクルーハンからケビン・ケリーまで」

 服部桂さんは、1994年に「インターネット」という言葉をメディアで紹介した元朝日新聞記者。当時は「ニューメディア」の語で、新しい情報技術が語られるようになっていました。1985年に電気通信事業法が制定され、情報系機器類は「計算機」から「コンピューター」へと呼称が変わりました。情報学・メディア学で大切な点は、人間の活動のもとにある原理や特徴を探ることであり、グーテンベルグの活版印刷技術の発明とその広がりの背景には、人間どうしの「知の共有」への欲求があることを知っておくべきだとの主張に、みな大きく頷いていました。
 
 服部さんは、自訳書から情報学者ケビン・ケリーの情報社会論の次の12のキーワードを紹介し、未来の情報社会を考察しました。

1-BECOMING ビカミング
2−COGNIFYING コグニファイング
3−FLOWING フローイング
4−SCREENING スクリーニング
5−ACCESSING アクセシング
6−SHARING シェアリング
7−FILTERING フィルタリング
8−REMIXING リミクシング
9−INTERACTING インタラクティング
10—TRACKING トラッキング
11—QUESTIONING クエスチョニング
12—BEGINNING ビギニング

(ケビン・ケリー『<インターネット>の次に来るもの 未来を決める12の法則』服部桂訳、NHK出版、2016年)

 この中の、6—共有と7—篩にかけるが、特にSNS社会では重要な振る舞いとなります。またその上で、11−問いを出すことが新しい社会づくりには欠かせないとも。さらに、視点を変えることが一番大切なことだという主張もあり、服部さんのお話はまさに情報活用の肝を提示した報告でした。
 
 
□暦本純一さんのお話「ケビン・ケリーと梅棹忠夫~生態系から文明系へ」
 人工知能、コンピューターサイエンスを研究する暦本純一さんのお話の要点をひとことで言えば、「人類が道具を発明したのではなく、道具が人類を発明したのである(Tools invented Man.)」(A.C.クラーク『未来のプロファイル』より)ということです。これは、情報技術を使う主体が人間であるという従来の考えから、情報技術が新しく人間を作るという作用に視点を置く考えです。
 
 この考えを詳述したのが、1990年代に雑誌WIREDを立ち上げて編集長もつとめたケビン・ケリー。彼は「テクニウム」という独自の概念で、テクノロジーと人間との相互作用を分析しました。暦本さんは、優れた情報技術または浸透した情報技術は、「カーム・テクノロジー」(静かな技術)として社会の背景へと退くと述べ、梅棹忠夫が「秩序としづけさ」(『知的生産の技術』)で語った情報社会観と呼応すると指摘しました。AI(人工知能)の研究をしている暦本さんは、人間とAIとの統合的関係(Human-AI Integration)こそ、未来の情報技術社会の姿だと報告を締めくくりました。
 
*参考
ケビン・ケリー『テクニウム テクノロジーはどこへ向かうのか』(服部桂訳 みすず書房 2014)書評
http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2014090700003.html
 

□久保正敏さんのお話「梅棹情報学と文明学~情報とは何か」
 コンピュータ民族学者の久保正敏さんは、梅棹忠夫の情報学の来歴とその特徴を解説しました。梅棹が語った知的生産の技術とは「情報を小分けにし、それを繰り返し組み替えるなかから、思わぬ関連性を発見し、情報を新たに生みだすための技術」であり、コンピュータ時代を先取りした発想だったと言えます。

 ひと口に「情報検索」と言っても、目的を持って狩猟するハンティング型と、めぼしいものを探してうろうろするブラウジング型があります。梅棹はこのブラウジング型の検索を重視しており、これが思わぬ発見をもたらすものだと梅棹が考えていたと、久保さんは強調しました。また久保さんは、「分類」は思考のワクを狭める作業であり、分類を越えた何かの発見を促す仕掛けや仕組みが求められるとも述べました。これは、人類学のフィールドワークの基本にも当てはまる考え方であり、予めフォームが決まった調査表やワク組みの定まった方法を調査フィールドへと持ち込んでも、インパクトのある成果は得られません(=問題発見的な調査・研究にはならない)。

 久保さんは、ミクロ事象とマクロ事象との間を往還する梅棹忠夫の大胆な姿勢を評価しています。そして、梅棹がそうしたバランスのとれた思考が出来た一因として「櫟社の散木になりたや」(『荘子』のことば)をモットーとしたその生き方があったと指摘。あくまでも細部、一見がらくたに見えるモノにも目を配ることが、結果として新しい何かを生み出すことになると述べました。
 

<第2部>
パネルディスカッション「コンピューターの未来と文明の未来」

 第2部は、第1部の各報告をふまえ、フロアの参加者を交えての活発な質疑応答が行なわれました。フロアからの質問として、自分は次のことを問いかけてみました。「宗教と情報との関係について、報告者の皆さんはどうお考えになるか」と。この質問には、「ネット時代の聖を求めて」という論考もある(『宗教と現代がわかる本 2010』所収)服部桂さんが、次のようなお話で応答くださいました。
 
 人類が技術をもとに繋がる社会を作るという理念は、宗教が目指している社会そのものだ。皆を幸せにしたい、よいことをシェアしたいという宗教的な思いを最も合理的に実現しようとすれば、情報技術のネットと端末(PC,スマートフォンなど)を充実させることが必要となる。つまり、宗教的理念と情報技術社会の広がりには、深い関わりがあるといえる。
 
 このあとさらに数名の質疑応答などで、第2部も20時半すぎまで充実したお話が交わされました。