研究員レポート
2016/03/06
2015年の国内における宗教関係の出来事と2016年の展望 |
宗教情報 |
藤山みどり(宗教情報センター研究員)
2015年は、イスラム国やイスラム過激派が国際社会を騒がせた1年だった。「イスラム国(IS)」が勢力を伸ばし、共鳴者によるテロが世界各地で勃発した。年頭には日本人2人もISの犠牲になった。現状に不満をもつ若年層を惹きつけている点で、ISとオウム真理教とが重ねて論じられることも多い。
事件があるたびに、イスラム教関連機関やイスラム教スンニ派の最高権威機関「アズハル」などは、「イスラムの教えとは相容れない」などの声明を発表している。だが、民間人を無差別に殺傷する行為の是非について、アズハルのナンバー2、アッバース・ショマーン師は、パレスチナ武装組織によるイスラエル市民への攻撃を容認する発言をしており、「テロに二重基準がある」と指摘されている[1]。「宗教」にまた、厳しい視線が注がれ始めている。
日本は戦後70年にあたり、阪神大震災やオウム真理教による地下鉄サリン事件から20年という節目が重なった年でもあった。安全保障関連法案(9月成立)を巡って議論が高まり、戦争や平和に関する宗教団体の活動が目立った一年でもあった。そこで、2015年の国内の宗教関係の出来事を振り返ってみたい。なお、国内ニュース、海外ニュースの詳細は3月初旬発刊の「宗教と現代がわかる本2016」をご覧いただきたい。
<2015年の宗教関係の出来事>
1月1日 | 天皇陛下、新年のご感想で満州事変に異例の言及 |
1月20日 | IS、ジャーナリスト後藤健二さんら日本人人質2人の殺害予告 |
2月25日 | カトリック、戦後70年メッセージ発表 |
3月21日 | 臨床仏教研究所(全国青少年教化協議会)、「臨床仏教師」6人認定 |
4月1日 | 「渋谷区男女及び多様性を尊重する社会を推進する条例」施行 |
4月2日 | 高野山開創1200年記念大法会(~5月21日) |
4月9日 | 天皇皇后両陛下、ペリリュー島で戦争犠牲者を追悼 |
4月30日 | オウム元信者・高橋克也被告、東京地裁が無期判決 |
5月19日 | 開創以来初めて、高野山で天台座主(半田考淳師)を導師に法会 |
6月1日 | 神社に油、キリスト教系宗教団体創設者男性に逮捕状と報道 |
6月9日 | 真宗大谷派宗議会、「非戦決議2015」採択 |
7月15日 | 浄土宗総本山知恩院、「終戦70年戦没者追悼法要」 |
7月21日 | 「幸福の科学」、最高裁で敗訴確定、信者に永代供養料等を返還 |
8月4日 | 天台宗、延暦寺阿弥陀堂にて「戦後70年全戦没犠牲者慰霊法要」 |
8月26日 | 統一教会、「家庭連合」に改称 |
9月19日 | 安保法成立に、真宗大谷派、立正佼成会、孝道教団などが声明 |
9月27日 | 1951年開始のラジオ放送「東本願寺の時間」終了 |
10月21日 | 釜堀浩元・延暦寺善住院住職、千日回峰「堂入り」満行、戦後13人目 |
11月23日 | 靖国神社の公衆トイレで爆発音、12月に韓国人逮捕 |
11月27日 | 東京高裁、オウム真理教元信者・菊地直子被告に逆転無罪判決 |
12月8日 | 真宗大谷派、最高裁で本願寺維持財団に敗訴確定、「お東紛争」終結へ |
12月8日 | amazonで「お坊さん便」取り扱い開始 |
では、2015年の出来事から今後の宗教界の課題となりそうな8つのテーマ、(1)戦後70年・安全保障関連法案に対する動き、(2)政治が絡む事件、(3)教団が絡むトラブル、(4)僧侶の不祥事、(5)布施と葬儀をめぐる問題、(6)メディアの変化、(7)心のケア、(8)パートナーシップ制度、についてみていこう。
(1)戦後70年・安全保障関連法案に対する動き
天皇陛下は「忘れてはならない4つの日」として、沖縄慰霊の日(6月23日)、広島・長崎の原爆の日(8月6日、9日)、終戦記念日(8月15日)を1981年に挙げた。戦後50年に際しては長崎・広島、沖縄などを訪れ、戦後60年には激戦地サイパンを訪れた。戦後70年となる2015年の元旦に発表された恒例の「ご感想」では、「この機会に、満州事変に始まるこの戦争の歴史を十分に学び、今後の日本のあり方を考えていくことが、今、極めて大切なことだと思っています」と述べた。新年の感想で満州事変に言及したのは初めてで、安倍晋三首相の戦後70年談話への牽制である、自民党の改憲姿勢に対して否定の意を示した、などの憶測を呼んだ[2]。ちなみに天皇陛下は2013年のお誕生日に際して「平和と民主主義を守るべき大切なものとして、日本国憲法を作り、様々な改革を行って、今日の日本を築きました」と述べており、現憲法を評価している。
2015年4月には「慰霊の旅」として天皇皇后両陛下は激戦地パラオのペリリュー島に赴き、犠牲者の追悼を行った。12月に82歳となった天皇陛下は、2016年1月にも皇后陛下とフィリピンを訪れ、日比両国の戦争犠牲者を追悼するなど、太平洋戦争の慰霊活動を精力的に行っている。
これに対して、皇室の尊厳維持運動を活動の第一とする「神道政治連盟(神政蓮)」(神社本庁が母体)や「神政連国会議員懇談会」の方向性は異なるようである。後者の会員304人(2016年2月12日時点)のほぼ全数を占めるのは自民党議員[3]である。会長である安倍首相を含めて第3次安倍改造内閣の閣僚20名のうち17名(2015年10月時点)が名を連ねていた。安倍政権は、集団的自衛権の行使を限定容認する安全保障関連法案(安保関連法案)を2015年9月に成立させた。神政連はまた、日本会議[4]とともに2016年7月実施予定の参議院選挙における「憲法改正国民投票」の実現と憲法改正の成立をめざす「美しい日本の憲法をつくる国民の会」(2014年10月設立)による一千万人の賛同署名運動を推進している。
憲法や平和主義についての考え方は、宗教界といっても、神道系の多くの教団と他の教団とは一線を画す。戦後70年ということもあり、キリスト教、伝統仏教、新宗教などの教団からは平和・非戦を訴えるメッセージの発表が相次ぎ、安保関連法案に抗議する声明発表やデモなども行われた。下表は、戦後70年に際して非戦・平和や、安保関連法案に懸念の声明を表明した宗教界関連の動きである。教団名をみると、カトリック(日本カトリック司教団、日本カトリック正義と平和協議会)、真宗大谷派、立正佼成会など、ほぼ同じ顔ぶれである。
● 「宗教界の戦後70年と安保関連法案に関する主な動き」関連年表は こちら
だが、こうした動きが注目されたかというと、やや疑問である。安保関連法案に関してメディアで大きく取り上げられたのは、国会周辺でデモを率いた学生組織SEALDsだった。創設メンバーで1992年生まれの奥田愛基(あき)の父親は日本バプテスト連盟のキリスト教会の牧師であるが、組織や活動は宗教色とは無縁であった。このほかメディアに注目されたのは、創価学会の一会員による署名活動、創価大学などの「有志の会」の活動などである。創価学会は、法案成立を目指す連立与党・公明党の支持母体であり、ニュースバリューがあると判断されたからであろう。
神政連国会議員懇談会の会員は304名。与党・自民党の議員が302名と大多数で、閣僚比率も高い。同様の会である浄土真宗本願寺派の「築地聞真会」(100名前後)、真宗大谷派の「真宗大谷派国会議員同朋の会」(2013年と古い数値だが59名)、浄土宗の「浄光会」は45名と格段の違いがある。2016年7月予定の参院選でも与党・自民党の圧勝が予測されているなかで、教団としての主張と党派の主張が近いこともあるが、今後の政治は神社本庁が主張する方向性になっていきそうである。
立正佼成会は2016年2月に、2014年の集団的自衛権の行使容認の閣議決定や、2015年の安保関連法の成立により日本国憲法の平和主義の精神が脅かされているという危機感から、「政治活動推進本部」を設置した[5]。このような動きは今後、宗教界に広まるだろうか。
●「宗教団体に関連する国会議員の会」
宗教団体名 | 国会議員の会の名前 | 会員数、国会議員側の世話人など |
神社本庁 | 神道政治連盟国会議員懇談会 | 304名(2016年2月12日時点) 会長・安倍晋三(自民党・首相) ※伊吹文明、大島理森も会員 |
浄土宗 | 浄光会 | 45名(2016年1月時点) 世話人・安倍晋三(自民党・首相) |
浄土真宗本願寺派 | 築地門真会 | 100名前後(2016年2月時点) 代表世話人・野田毅(自民党・元自治相) 会員には野田佳彦(民主党・元首相)なども。 |
真宗大谷派 | 真宗大谷派国会議員同朋の会 | 59名(2013年5月時点) 代表世話人・伊吹文明(自民党・元衆院議長)と大島理森(自民党・衆院議長) |
(2)政治が絡む事件
政治と関連が深い事件としては、「イスラム国(IS)による日本人人質殺害事件」、「靖国神社のトイレでの爆発音事件」がある。強いていえば、「統一教会の名称変更」も挙げられるだろう。ISに殺害された人質のうち湯川遥菜氏は、2014年8月にシリアで拘束されたという一報が入った。10月にはジャーナリスト後藤健二氏が湯川氏を捜すためISの支配地域に入り、消息を絶った。
この事件では、2015年1月17日に中東歴訪中の安倍首相がエジプトで、「ISと闘う周辺各国に2億ドル(約240億円)を支援する」と語ったことがISに巧みに利用された。ISは身柄を拘束していた湯川さんと後藤さんの人質2人の身代金として、2億ドルを要求した。だが、ISが「日本政府が(身代金を)支払わないことも分かっていた。第二次大戦後、西洋の奴隷になった日本政府に恥をかかせるのが目的」[6]とのちに機関誌『ダビク』で述べたように、交渉は、自国軍パイロットがISに拘束されていたヨルダン政府を巻き込んで複雑化した挙げ句、人質2人もヨルダン軍パイロットも殺害されて終わった。さらに、ISは「(支援表明前は)日本の標的としての優先順は低かったが、今やあらゆる場所で標的になる」と、日本への警告も行った。
10月にはバングラデシュで日本人男性が射殺され、ISの支部を名乗るグループが犯行声明を出し、ISも機関誌で11月に犯行声明を出した。同国の政権側はISの関与を否定しているが、日本が敵対勢力としてISに認識されている以上、今後も日本人が標的となる可能性は大きい。
11月に靖国神社の公衆トイレで爆発音が起きて不審物が見つかった事件の背景には、日韓の政治摩擦があるだろう。靖国神社は、韓国では日本の「軍国主義の象徴」とされる。「反日無罪」「愛国無罪」といった土壌がある彼の国においても、この事件については「軍国主義の象徴だとしても公共施設の爆破を試みたことは許されない」(朝鮮日報社説)との意見も出た[7]。12月28日には従軍慰安婦問題で、「最終的かつ不可逆的な解決」という日韓合意に達したものの、慰安婦像撤去は実現せず、韓国側世論も収まっておらず、火種はくすぶっている。
その韓国で発祥し、霊感商法などで数々の問題を起こしてきた「世界基督教統一神霊協会(統一教会)」が、8月に「世界平和統一家庭連合(家庭連合)」に名称変更した。故・文鮮明教祖が1997年に名称変更を指示して以来、日本でも文化庁に名称変更を申請してきたが、文化庁は応じなかった。名称変更によって教団の悪いイメージが一新され、勧誘しやすくなる危険性があったためである。それが急に認められたのは、文化庁と関連が深いある有力な政治家による圧力があったからという噂が流れている[8]。統一教会の政治組織である「国際勝共連合」は、保守系の政治家とのつながりがよく話題になる。有力な政治家との関係の有無が、教団の存続をも左右するようだ。
(3)教団が絡むトラブル
2015年はまた、オウム真理教による地下鉄サリン事件から20年の節目でもあった。4月には東京地裁が、特別手配されて約17年間逃亡していた元信者・高橋克也被告の裁判員裁判で、地下鉄サリン事件など4事件に関与したとして求刑通り無期懲役の判決を言い渡した。一方、「走る爆弾娘」の異名をとり、同じく特別手配されていた元信者・菊地直子は11月の東京高裁の控訴審判決で、懲役5年とした一審・東京地裁の裁判員裁判による判決を破棄され、逆転無罪となった。この判決には、一審の裁判員から不満の声も上がったが、オウム真理教による事件を追及してきたジャーナリスト・江川紹子氏は、「事実と環境の両面から彼女の内心を推し量っており、妥当な結論」[9]とコメントした。2015年3~5月にかけては、国宝の東寺(京都府)や出羽三山神社(山形県)、金峯山寺(奈良県)など16都府県、48の寺社や城で、油のような液体が撒かれる被害があった。6月に建造物損壊容疑で逮捕状が出されたのは、在日韓国人の両親のもとに東京で生まれ、日本に帰化した米国在住の男性医師(52歳)だった[10]。男性は宣教の激しさで知られる韓国のキリスト教系宣教団体インターコープ[11]の幹部だったが、2013年に日本でキリスト教系宗教団体IMM(インターナショナル・マーケットプレイス・ミニストリー)を設立した[12]。男性は、東日本大震災を機に日本の寺社などを油で清めるよう神に命じられたという[13]。キリスト教では「病者の塗油」などの儀式で油を使うことはあるが、鶴岡賀雄・東京大学教授によると油でお清めをするという考え方はないので、特殊な教義と言える。男性のパスポートは10月に失効したが、米国には滞在したままで、2016年2月現在、逮捕されていない。
文化庁は一連の被害を受け、4月に文化財の防犯強化を求める通知を出した。防犯以前に、この事件や靖国神社のトイレでの爆発音事件、韓国人らによる長崎県対馬市の仏像窃盗事件の背景には、日韓関係の悪化が反映しているようにもみえる。防犯強化よりも関係改善が有効ではないだろうか。
(4)僧侶の不祥事
2015年5月には、日経BP社の記者にして浄土宗正覚寺副住職でもある鵜飼秀徳氏による地方寺院のルポ『寺院消滅』(日経BP社)が発表され、衝撃をもって受け止められた。石井研士・國学院大学教授によると25年後には35%の宗教法人が消滅するが、現在、全国にある寺院約7万7千のうち、すでに2万カ寺が無住寺院で、人口減少が顕著な地方では、運営が厳しい寺院が多い[14]。ただし、地方人口の減少という解決しがたい要因ではなく、僧侶の資質からの寺院崩壊もあり得るかもしれない。例年、僧侶の不祥事は話題になるが、2015年は高野山真言宗と浄土真宗本願寺派に目立った。高野山真言宗は、2月に和歌山県で起きた男児殺害事件で7日に逮捕された容疑者(22歳)の父親が高野山大学教授で密教文化研究所所長の僧侶だったために週刊誌等がこぞって取り上げた。「成人した子供の責任を親が取る必要があるのか」という意見もあろうが、空海の教えを説く身であるがゆえに父親の責任を追及する論調がみられた[15]。一連の報道から、僧侶とは人々の心を救うもの、不殺生を説くのが教えという一般認識が伝わった。この事件について、宗派では24日からの春季宗会の開会前に内局と議員が事件の対応を秘密会で協議し、施政方針演説に先だって添田隆昭(りゅうしょう)宗務総長が、被害者の冥福を祈り、遺族に哀悼の意を表すとともに、「(容疑者が)本宗教師の家庭で育っていたのは痛恨の極み。私どもの日ごろの説教、教育がいかに建前に過ぎず、上滑りのものであったかを思い知らされた。誠に慚愧に堪えない」と宗団の見解を述べた[16]。
同宗はまた、2013年に発覚した資産損失問題で、内部規定に反するリスクの高い資産運用で多額の損失を出したとして、庄野光昭・前宗務総長と前財務部長を提訴する方針を9月に決定した[17]。和歌山地裁への提訴は2016年1月21日付で、両者に対して求めた損害賠償額は計約8億7500万円であった。高野山真言宗で2015年は、高野山開創1200年記念大法会が営まれた尊い年であったが、残念ながら慶事一色では済まなかった。
浄土真宗本願寺派では、6月に飲酒運転や殺人、詐欺(元職員のカラ出張)と僧侶が逮捕される事件が相次ぎ、さらに宗派の僧侶を養成する中央仏教学院の専門学校生が大麻所持で現行犯逮捕された。殺人容疑で逮捕された事件を受けて、逮捕翌日に浄土真宗本願寺派の石上智康(いわがみ ちこう)総長は、被害者と遺族への遺憾の思いを表明したうえで「宗派としても厳正に対処する」との談話を発表し、本山・本願寺で予定されていた、第25代専如門主が法義の伝統を継承されたことを阿弥陀如来と親鸞聖人に奉告する伝灯奉告法要を告知する高札の立札式を延期した[18]。
また、これらの不祥事を受けて石上総長は、3万人超の全僧侶に対して「従来の子弟教育、僧侶としての人格教育、人材育成が十分であったのかを厳正に検証し、同じ過ちを繰り返さぬよう制度的にも務めなければならない」としたうえで、僧侶としての自覚と努力精進を要請する文書を6月25日付で送付した[19]。
僧侶の質の低下は、宗教界の社会的地位の低下の現れであろうか。高野山真言宗では、容疑者が僧侶の家族ということで、浄土真宗本願寺派に比べると宗派との関係が薄いと思われたのかもしれないが、宗派としての対応が後手にまわり、密教文化研究所の公式サイト[20]にも不備が見受けられる。僧侶の修行機関でも暴行事件などの不祥事が頻発する昨今、僧侶の教育を十分にするだけでなく宗派の当局にも企業広報と同様のリスク管理が求められる時代になったようだ。
(5)布施と葬儀をめぐる問題
伝統仏教界には、2015年12月に通販大手のamazonに株式会社「みんれび」が「お坊さん便」という僧侶派遣サービスを出品したことが業界の危機として認識されたであろう。法事・法要への僧侶の手配が3万5千円~、戒名が2万円という価格設定である。営利企業が布施を定額表示することに対して全日本仏教会は理事長談話を発表し、「お布施はサービスの対価ではない」「『戒名』『法名』も商品ではない」と宗教をビジネス化していると批判した[21]。2016年3月には米国のamazon本社と日本法人に販売中止を要望した[22]。2009年に大手小売業イオンが明朗価格を売りに葬祭業に乗り出したときと同様の対応である。しかし、価格提示に慣れた人々が増加してきた時代に、いつまでもこの対応が続けられるとは思えない。仏教界が批判するのは、「宗教行為の『商品化』や『ビジネス化』が広がると宗教法人への税制優遇の根拠が揺らぎかねないと懸念しているから」[23]とみられている。「宗教行為と対価性」の問題には、「幸福の科学」も直面した。元信者4人が「幸福の科学」に布施の返還を求めた訴訟で、7月に「幸福の科学」が最高裁で敗訴し、確定した一審・東京地裁の判決では、納骨壇使用料と永代供養料を対価性があるものとして返還を認めた[24]。
これに対して「幸福の科学」は、不当な決定として反論した[25]。納骨壇と永代供養を機縁としたお布施が信仰行為として行われているのに、納骨壇の利用や永代供養の読経行為などの外形的行為と対応する有償契約と捉えること自体がおかしいと、信教の自由と政教分離を保障した憲法と相容れない違憲判決であると主張する。
また「対価性」については、この件に関して駒澤大学の洗建(あらい・けん)名誉教授も破魔矢などを例に挙げ、「金額(奉納の目安)が定まっていること自体でお布施としての宗教的な意味が失われるわけではない」として宗教団体側に何らかの瑕疵がない限り原則的には返還の義務はないとする「意見書」を最高裁に提出した。
洗名誉教授は、価格を明示しているからといってお布施の意味が損なわれることはないと主張する。そうであるならば、イオンや「みんれび」のように葬儀の明朗会計が広く求められている現在、仏教界も布施を明示する方向に転換してもよさそうである。
現場の寺院では、戒名や葬儀の布施を明示しているところもある。埼玉県熊谷市にある曹洞宗の寺院「見性院」[26]では、2012年に檀家制度を廃止した。代わりに自前の葬儀と、宗教や宗派を問わず墓地の分譲を行うこととした(寄附や年会費、維持費は不要)。葬儀のお布施や永代供養プランも一覧で明示し、「明朗会計」をうたっている。この大改革により信徒が増えたため、成功事例として各種メディアで取り上げられた。見性院では、ボランティアの僧侶グループによる僧侶紹介サービスも低料金・明朗会計で行っている。社会のニーズに応じて寺院のあり方を変えていかなければ、宗教離れがますます進むであろう。
(6)メディアの変化
2015年は、カトリックの聖パウロ女子修道会の月刊誌『あけぼの』(1956年創刊)が後継者不在により休刊し、真宗大谷派のラジオ番組「東本願寺の時間」(1951年放送開始)が終了してポータルサイト「浄土真宗ドットインフォ」での動画配信に切り替わるなど、伝道メディアの交代が印象づけられた年でもあった。現時点では、もっとも幅広い層が受容するメディアであろうテレビでは、深夜枠に放送されていた「お坊さんバラエティ ぶっちゃけ寺」(テレビ朝日系)が好評を得て4月から月曜19時からのゴールデンタイムに進出した。伝道メディアも時代に応じて新旧交代を迫られる。2015年11月には、キリスト新聞社から2014年に発行された聖書を題材にしたカードゲーム[27]が若者にヒットしたことにヒントを得て、臨済宗妙心寺派の僧侶が制作した「御朱印集め」というボードゲームが販売され、こちらも注目された。12月にはAmebaから2016年に配信されるオンラインRPG(ロールプレイング)ゲーム「なみあみだ仏!」の事前登録が始まった[28]。死後の世界の審理に関わるとされる十三仏がイケメンのキャラクターとして登場する。このRPGゲームには、タイの仏教団体「Knowing Buddha」が、若者に誤った仏教観を植え付けているとして抗議した[29]。前者2つのゲームは、宗教者が布教の意図をもって制作したゲームであるが、それでも「御朱印集め」には「御朱印で遊ぶとは何事だ」という批判もあったという[30]。保守的な世界で新しい試みはとかく批判されがちであるが、若者離れを防ぐためにも時代に応じた変化もやむを得ないのではないか。
(7)心のケア
このほか2015年に目立った動きは、宗教界の臨床分野への進出である。2月には浄土真宗本願寺派が、死に直面した患者の不安や悩みに対応しようと「西本願寺 医師の会」を発足させ、僧侶や門徒の医師を中心に90人が入会した[31]。4月には、全国青少年教化協議会(全青協)の臨床仏教研究所が2013年から開始した第1期臨床仏教師養成プログラムが終了し、「臨床仏教師」6人が誕生した。100時間以上の実践研修と厳しい考査を経て認定されたが、資格の有効期限は5年で更新が必要となる。活動現場は各自が見つけなければならず[32]、一般に浸透するには時間がかかりそうだ。
一方、2012年度に東北大学実践宗教学寄附講座で養成が開始された「臨床宗教師」は、大学が養成する超宗教・宗派の宗教者ということもあってか、順調に活躍の場を広げている。2015年末時点の講座修了者は、138人に達した[33]。11月には国内初の臨床宗教師が駐在するホスピス型共同住宅「メディカルシェアハウス アミターバ」が岐阜県の沼口医院の隣接地に開設された。
2014年春から、京都府と龍谷大は自死対策への臨床宗教師の活用を検討してきたが、2016年3月に2カ所で臨床宗教師が自死遺族などの心のケアにあたる傾聴喫茶を開くこととなった。行政機関が自死対策に臨床宗教師を活用するのは初めてという[34]。
12月には、臨床宗教師を養成している東北大と龍谷大、高野山大、28年度から養成講座を開講する種智院大と武蔵野大のほか、上智大、鶴見大、愛知学院大が「臨床宗教師」の資格化に向けて、2016年2月に認定機関を設立すると発表された[35]。
2015年9月には、「公認心理師法」が成立した。遅くとも2017年9月までに法律が施行され、文部科学省、厚生労働省を主務官庁とした心理職の初の国家資格が誕生する。指定試験機関による試験の受験資格は、4年制大学と大学院で6年間の学習が基本となる。心のケアにあたる宗教者にも、この「公認心理師」と同レベルの宗教的なケアを期待したい。
(8)パートナーシップ制度
今後の国内の宗教界の課題となりそうなものとしては、全国で初めて東京都渋谷区で2015年4月に施行された、いわゆる「同性パートナップシップ条例(渋谷区男女及び多様性を尊重する社会を推進する条例)」が挙げられる。渋谷区は、同性カップルを結婚に相当する関係と認める「パートナーシップ証明書」を発行し、病院や不動産業者など区内の事業者に夫婦と同等に扱うよう求め、著しい人権侵害があった場合には事業者名を公表できるようになった。神道政治連盟は、同性婚に準ずるパートナーシップの規定について、「地方自治体は法律の範囲内で条例を制定することができるとする憲法第94条に違反する」「婚姻は両性の合意のみに基づいて成立すると定めた憲法第24条と整合性がとれない」「事業所等における男女の性差に応じた役割分担までをも不当とされる虞(おそれ)がある」など、我が国の伝統・文化に極めて重大な影響を及ぼす虞があるとして、条例案に反対する要望書を提出していたが、3月末に条例が成立し、翌4月1日に施行された[36]。
渋谷区のように条例化せずとも、性的少数者の尊重と多様性の重視という名のもとで同性カップルをパートナーと認める証明書を発行する動きは2015年には東京都世田谷区で、2016年には三重県伊賀市、沖縄県那覇市へと他の自治体にも広がりつつある。また、ソニーやパナソニックなどの大手企業でも、同性のパートナーを配偶者と同等に扱い、福利厚生の対象とする動きが広がっている。
2015年に国立社会保障・人口問題研究所が実施した世論調査では、同性婚に「反対(やや反対を含む)」は41%、「賛成(やや賛成を含む)」が51%と賛成が過半数だった。同性婚への態度は、20代と30代では「賛成」が7割超で、高年齢層ほど「賛成」が少なくなる。ただし、同性愛者だった場合「嫌だ(「どちらかといえば嫌だ」を含む)」と思うのは、近所な人や同僚の場合は4割であるが、自分の子供では7割超と、まだ抵抗感が強い[37]。
とはいえ、同性婚を認める社会的な動きは留まることはないだろう。世界を見渡しても2015年6月には米国の最高裁が、同性婚を合憲とする判決を下すという大転換があった。同性婚を否定するローマ・カトリック教会のトップ、ローマ教皇フランシスコは同性愛者にも理解を示すが、10月に開催された「世界代表司教会議」の開催前日にはバチカン教理省の神父が同性愛者であることを告白して解任され、会議の最終報告書でも同性愛者への差別には反対の姿勢を示しながらも、同性婚の合法化を否定し、同性婚容認の法制化を途上国への援助条件にする動きを非難した[38]。だが2016年には、そんなバチカンのお膝元のイタリアでも、同性カップルに結婚に準じた法的権利を与えるシビル・ユニオン法案が成立する見込みが高くなっている[39]。
カトリックと同じキリスト教でも日本基督教団には、性同一性障害に苦しみ男性から女性になった牧師や同性愛者であることを公表してから牧師となった男性がいる。国内の宗教界も、遅からず性的少数者や同性婚などに柔軟な対応が求められるようになりそうである。
このほか2015年の宗教界におけるテーマやトピックスは、「宗教と現代がわかる本2016」でぜひ、お読みください。
「なぜ、息子の『心の平和・調和』を気づかうことができなかったのか」「息子だけでなく、父親も生涯をかけて罪を償うべきだろう」
https://happy-science.jp/info/2015/13753/