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CIRの活動

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活動報告

2016/07/03

CIR Seminar for the Study of Japanese Culture and Religion 2016(CIRセミナー2016)報告・論文ダウンロード

2016年6月4日(土)・5日(日)、東京・半蔵門の友心院アネックス7階でCIRセミナー2016が開催されました。イタリアとアメリカ合衆国から大学院生の日本宗教・日本文化研究者を招き、日本語での発表・討論を行ないました。報告者、アドバイザー、聴講者を含め総勢20名の参加者が集い、実りある学術交流の機会となりました。両日の模様は、以下のとおりです。当日の報告論文も以下でダウンロードできるようになりました。
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 2016年6月4日(土)・5日(日)の2日間、東京・半蔵門の友心院ビルにて、日本宗教文化研究セミナーが開かれました。海外で活躍する日本研究者を含め20名ほどの参加者たちが、宗教をテーマに報告と議論、そして情報交換・交流のひとときをもちました。
 セミナーでは、4つの報告発表が行われました。また、海外の日本宗教文化研究者から、現在取り組んでいる研究の紹介もしていただきました。以下はそのタイトルと報告・紹介者です。
 
発表1 矯正と心:刑務教誨と宗教倫理の実践
   ハーバード大学 Adam J. Lyons(アダム・ライオンズ)
発表2 現代的な僧侶の育成:明治時代から昭和初期までの仏教系大学と僧侶の職業化  
   南カリフォルニア大学 Victoria Montrose(ビクトリア・モントローズ)
発表3 特殊を普遍に:日本仏教を世界宗教として位置づけた南条文雄の役割
   シカゴ大学 Paride Stortini(パリデ・ストルティーニ)
発表4 中世曹洞禅宗における五位説の創造:峨山禅師を中心に
   カ・フォスカリ大学 Marta Sanvido(マルタ・サンヴィド)
 
研究紹介 在家禅へ — 近代における臨済宗に関する改革・発展
デューク大学 Rebecca Mendelson(レベッカ・メンデルソン)
 
 ライオンズ氏は、米国の刑務所における教誨師の活動を事例として紹介・考察しつつ、主に、罪を犯した人間である入所者たちの「心(内面)の変化」とその心に働きかける教誨師らの救済観について論じました。氏の提示した全国教誨連盟による『教誨マニュアル』や元・法務省矯正局長の中尾文策による「教誨論」、金光教や浄土真宗などの教誨論は、参照資料として非常に興味深く、死刑囚の「心情の安定」という機能だけには収まらない宗教者による教誨実践の広がりは、今後より深く考察されるべきテーマとして重要だと思われます。
 モントローズ氏は、明治期に設立された仏教系大学における「高等教育と仏教の教えとの関係」を歴史的に追いました。主な事例として、浄土真宗大谷派のプロトタイプの大学としての「護法場」を取りあげ、急速に近代化する明治期の学知の中で、仏教学が抱えた危機感がどのように近代日本の仏教教育へと反映されたかを論じました。宗派や教学の教育機関が近代教育機関としての大学へと移行する過程で、「人材育成、人材登用の場としての大学」という目的が明確になっていったとのことです。仏教大学の草創期はもちろん、現在でもそれが仏教系大学のアイデンティを形づくっている主要素であるという指摘は、仏教系か否かを問わず広く宗教系大学を評価・考察し、また宗教と教育のあいだを考える重要な分析です。
 ストルティーニ氏は、漢訳仏典の英訳、梵語仏典と漢訳仏典の対校等に従事した南条文雄(1849-1927)を取りあげ、南条と留学先の師マックス・ミュラーとの学術的交わりの意義も併せて、国際学術交流者としての南条の歩みを考察しました。南条が刊行したChinese Translation of Buddhist Tripitaka, the sacred canon of the Buddhist in Chinaは、Nanjo-Catalogという名で、今日も広く仏教学者たちに用いられている名著です。南条は、ミュラーが重視する言語学の科学的な方法に影響を受け、サンスクリットからの仏典解釈を行ない、漢語を経由しない、より原典研究に近い仏教へのアプローチを展開しました。それによって南条は、日本の仏教研究を国際的な仏教学のアリーナへと開くことを可能にしたわけです。ストルティーニ氏はここに、南条文雄の重要性を見出しています。そして、ローカル地域における研究がグローバルな学術交流の場で評価される条件のいくつかを、今回の報告を通して示唆しました。
 サンヴィド氏は、2015年に650回の大遠忌を迎えた曹洞宗の重要人物・峨山韶碩について研究報告を行ないました。特に、宗派・教団としての曹洞宗の隆盛を担った峨山禅師の「五位説」について、その思想的意義を中心として考察しました。道元は宗派を名乗ることもなく、禅定こそが仏教の本質だと考え、それを実践しました。道元の後継の祖らは、禅の境位を説明する思想を「五位」と称して練り上げていきました。但し、この五位説の創唱者・創成過程にも諸説あるとされています。サンヴィド氏は、峨山および曹洞宗における五位説の生成において易学の影響があったという点を重視しています。「峨山大和尚五位之図并法語」(慶長18年、1613年)という切紙(教えや奥義を伝えるために師資間で交わされた重要メモのこと)にも、易の思想をもとにした五位の解釈がみて取れるということです。中世の曹洞宗の動向に目を向け、禅仏教の思想生成を問い直すサンヴィド氏の研究は、非常に意欲的で重要な取り組みです。
 メンデルソン氏は、英語圏における禅研究が1990年代に脱構築され始めたという点にふれ、臨済宗における禅の実践の歴史的・社会的背景と現代的な意味についての自身の研究計画を紹介しました。特に、在家禅の指導者が伝統的な禅の教えをどのように解釈し現場へと応用してきたのかという点や、在家の人びとの組織化、公案体系の再評価・検討、グローバル時代における禅の意味の再構築についてのお話は興味深く、また、現代日本仏教を国際的な文脈に位置づける作業であり、今後の研究発展が楽しみだと言えます。
 
 2日間にわたるセミナーでは、個別報告とともに参加者全員による共同討論も行われました。コメンテーターとして、遠藤潤先生(國學院大学)、奥山倫明先生(南山大学)、鈴木正崇先生(慶應義塾大学)、西村明先生(東京大学)、モリー・ヴァラー先生(明治学院大学)がご参加くださいました。
 海外の若手研究者・大学院生らが日本語で研究報告を行なう国際学術交流の機会は、数えるほどしかありません。したがって今回のCIRセミナーは、非常に有意義なひとときとなりました。日本人研究者にとっても、日本宗教研究の旬な動向を知ることができ、また海外の大学院生にとっては、文献資料精査やフィールドワークで日本語に接するだけでなく、研究成果の一端を日本語で報告するチャレンジのひとつになったと思われます。たくさんの討論の話題の中、「各テーマを研究することで、これまでの宗教理解、日本理解がどう変わったか」という問いが出されました。これは、日本人の宗教研究者にとっては常に念頭にある問いのひとつです。しかし、社会・文化的背景の異なる海外の日本宗教研究者が、自身のそうした背景をふまえて日本の宗教を研究し発見していくものは、日本人の研究者とはまた別様のものなのではないかと思われます。今回の日本宗教文化研究セミナーでも、討論と対話を通して見えてきたのは、それぞれの「宗教観」「文化観」の共通点と相違点です。学術研究を通してのこうした交流は、いろいろな場所で続けていくことができればと思います。
(宗教情報センター研究員 佐藤壮広)