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2026/05/09

古典インドの藁智慧 10本目:無憂 ~見せる親心、見えない親心~ その2

エッセイ

入山仰世(Takase Iriyama)

 
(その1からつづく)

  そもそも、『マハーバーラタ (Mahābhārata)』が(ぎん)じる戦闘は、バラモン教最古の聖典『リグ・ヴェーダ (Ṛg-veda 7.18.5-21)』にみつかる十王戦争の敷衍(ふえん)とも云われる。[1]

  史実の反映はどれほどか、十王戦争は、大河インダスが東方へ支流を拡げる肥沃な五河(パンジャーブ “五+水”)地方で起きた、諸部族間の抗争である。このときバラタ族はトリツ族と組み十王の側を破る。

  そして王バラタの血を引くクル族が、近親間の確執に端を発して同族を二分、クルクシェートラ(現デリー北方のハリヤーナー州西部か)を主舞台に、インド亜大陸全域をひろく巻きこみ繰りひろげるのが、『マハーバーラタ』描く十八日間の大戦闘である。
  生き残る戦士はわずか。そのひとりとなるのがクル族のアルジュナ (Arjuna)で、乗り立つ戦車には、馭者(ぎょしゃ)(ふん)するクリシュナ(Kṛṣṇa. 神ヴィシュヌ Viṣṇuの化身)が馬の手綱を握っている。

  天啓の声は(うた)う。
 


रथे॒ तिष्ठ॑न्नयति वा॒जिन॑: पु॒॒रो यत्रयत्र का॒मय॑ते सुषार॒थिः ।
अ॒भीशू॑नां महि॒मानं॑ पनायत॒ मन॑: प॒श्चादनु॑ यच्छंति र॒श्मय॑: ॥

優れた馭者[2]は戦車に立って、どこへでも望むところへ軍馬を前進させる。
馬勒(ばろく)の威力を(たた)えよ。手綱は(馬の)血気を後ろから制し御する。

 

(『リグ・ヴェーダ』6.75.6)[3]


  アルジュナは自身も、(いかづち)を威力とする軍神インドラ (Indra)の子で、その手が握るのはかつて父神も手にした弓ガーンディーヴァである。
  ならば今、戦場を駆ける車上からアルジュナが雨と降らせる矢は必中、だから。

  陽炎(かげろう)か、諸処に軍旗立(のぼ)り、軍鼓の(とどろ)きまた士気を舞い上がらせるなかをアルジュナは進み出、両陣営のあいだに戦車を止めた。そのとき、いまは敵として陣を()き拡げる親族師友の姿に、勇士の戦意が立ち消える。
 


ससीदन्ति मम गात्राणि मुखं च परिशुष्यति ।
वेपथुश्च शरीरे मे रोमहर्षश्च जायते ॥
गाण्डीवं स्रंसते हस्त्तात्त्वक्चैव परिदह्यते ।
न च शक्नोमि अवस्थातुं भ्रमतीव च मे मनः ॥
・・・・・・
अहो बत महत्पापं कर्तुं व्यवसिता वयम् ।
यद्राज्यसुखलोभेन हन्तुं स्वजनमुद्यताः ॥
・・・・・・
योत्स्य इति गोविन्दमुक्त्वा तूष्णीं भबूव ह ॥

「われが手足は力入らず、口は渇いてカラカラに、
からだは震え総毛立つ。
ガーンディーヴァは手を滑り落ち、皮肌(かわ)()めくれ、
身の置き場なく心またさ迷うよう。
・・・・・・
ああなんと大きな罪をわれわれは犯すことにしてしまったのか。
王権の喜びを貪りたいばかりに親族の殺戮を画策するという。
・・・・・・
わたしは戦わない。」そうクリシュナに言うと黙り込んでしまった。

 

(「神の歌(バガヴァッド・ギータ―)」『マハーバーラタ』 6.23.29-30,45; 24.10b)[4]


 
  アショーカなら迷わず、いや待ちきれず攻めかける場面か。
  ひきかえアルジュナは弓矢まで投げ出してメソメソ、つまらぬことをグダグダ。車上の神はニンマリ。占めたとばかり振り返ってその涙目を見据えると言い放った。

  「生死もなにも一切は、実はこのわたしである。あなたがわたしに献げ切る思いでことを行うなら、そのときそのままあなたはわたしの本懐と一つになる。願ってもない大戦闘の火蓋が切られる今このとき。武者としての本分を尽くさないでどうするつもりか」と。

 
(myクリシュナのみなさまに伴われて、この回も乗り切れますように。
 何頭立てか・・・その3へつづく)
 

脚注

  1. 聖仙が受けた天啓は聖典(ヴェーダ)として、叙事詩『マハーバーラタ』など聖賢による作と分けて伝承された。『マハーバーラタ』の主筋担う部族クルは、祖族が勝利する十王戦争を伝える『リグ・ヴェーダ』編纂への係わりを指摘されている。(天啓については本コーナー1本目の註記1、また『マハーバーラタ』については前回注記2もご参照ください。)

  2. sārathi-はクシャトリヤを父に、バラモンを母にもつ雑種身分の馭者をいう。

  3. 底本: Rig-Veda-Sahitā: The Sacred Hymns of the Brāhmans together with the Commentary of Sāyanāchārya, F. Max Müller (ed.), Vol. II, Varanasi, 1983 (2nd. ed.).

  4. Bhagavadgītā, “神 (Bhagavad-)の歌 (gītā)”。大叙事詩『マハーバーラタ』の第6巻(第25-42)章)に収められる(紀元後1世紀ごろ成立か)。邦訳には上村勝彦『バガヴァッド・ギータ―』(岩波文庫, 1992)がある。(底本:The Mahābhārata, V. S. Sukthnankar & Belvalkar, S. K. (eds.), Poona, 1947.)