研究員レポート
2026/03/10
古典インドの藁智慧 6本目:動かない樹陰、動いた枝 その4 |
エッセイ |
入山仰世(Takase Iriyama)
(その3からつづく)先ほどまでの威勢はどこに。はるばる持ち来った飲食を手にしたまま、動けないチュンダでした。釈尊は言って聞かせます[1] 。
…・…・
ati-dur-labhas tathāgatasyotpāda udumbara-puṣpa-vat / durlabhā śraddhā / ・・・・・・ api tu cunda mā rodīḥ mā śocaḥ tvayā khalu prītir utpādayitavyā ・・・・・・ naivaṃ tvayā punar api tathāgato yācitavyas tiṣṭhatu bhagavān iti /
「無条件に生きる者 (tathāgata-[2] )が世に顕れる、などということは滅多にない、ウドゥンバラの花がそうだろう[3] 。道を求める心はなかなか得られるものではない。〔中略〕それなのにチュンダ、泣いてはいけない、悲しまなくていい。君なら悦びになれるはずだ。〔中略〕こうして君はまたしても、無条件に生きている者にねだったりしてダメじゃないか。『ずっとこのままいてください、幸いなる御方よ』だなんて。
・・・・・・ sarveṇa martavyam avaśyam asmin āyuḥ su-bahv apy upayāti nāśam / ・・・・・・ ahaṃ tu saṃtīrṇa-mahā-bhavaugho duḥkhāny atīto ’smi sukhaṃ prasannaḥ / ・・・・・・
〔中略〕どんなものも死ななければならない。どうしたってこの世にあってはね。命はどれだけ長いといっても朽ち果ててゆくだろう。〔中略〕でもわたしは、生死のくりかえしという大暴流を渡り切ってね。ままならぬ思いを数多乗り越え、いまは思いのまま心安んじているのだよ。〔中略〕
・・・・・・
jarā na me mṛtyu-roga ca nyastaḥ sadā kṣayo nāyuṣo vidyate me /
mā sma kṣayaṃ mā praticintayadhvaṃ //
・・・・・・
tvaṃ mā rudo gocaro ’yaṃ jinānām //
〔中略〕
老いも死も病いもわたしは棄てた、いかなるときも寿命がつきることはわたしにはない。
わたしのことを”もう終わりだ”と愚図愚図考えているようではいけない。
〔中略〕
君が啼くまでもない。打ち克った者はこういう境界にいるのだよ。」
・・・・・・ icchāmi tv ahaṃ bhagavan tathāgatasya cira-sthitiṃ na tu nirvāṇaṃ vidagdhānna-vat //
「〔中略〕 それでも幸いなる御方よ、わたしは無条件に生きている御方にずっと居てほしい。逝ってしまう (nirvāṇa[4] -)なんていやです、それなら消化された食べものと変わらないではないですか (vidagdhānna-vat)[/寂かなる境地 (nirvāṇa-)なんて糞くらえだ (vidagdhānna-vat)]。[5] 」
…・…・
地に芽吹き実った食物は、人の口から取り込まれるとその栄養分は生きる力に変じ、残りかすは排泄される。釈尊また、生来の求道を実らせて語り明かした真理は、人の耳から聞き入れられると、互いを照らす心と行いに変わり、伝え尽くせばその老身はやがて葬り去られる定め。
とうとうチュンダは血涙落として、仲間とともに持ち来った供養をおささげします。
すると釈尊は神力をあらわし、チュンダの願いを思いがけない形で叶えます。釈尊はそのわずかなはずの飯食供養を、自身のみならず、最期の供養をささげに参じた天神鬼人の一切に行き渡らせたのです。これでだれも無常から脱皮できる。道はつけたから大丈夫と。
このあと、参じた他の者もぞくぞくと釈尊へご供養に。そして時を超えていまも釈尊に惹かれるのは、自身を超えようと苦しむときとしたら。それは最期の供養をおささげし受け取っていただけるときなのか。巨儒シャンカラがnitya-を謳ったときもそうなのだろうか。
ところでマッラ国といえば、その北辺に聳えるヒマーラヤの奥から、ガンダック川が東辺を南行してガンガーへ流れ入る。その辺りは釈尊がようやく道拓いて、ひとびとと歩きつづけた地。一方マッラ国の西辺に接しているのはシャーキャ族の領土です。とすれば、東のパーヴァ―から西北のクシナーラーへと今向かう先には、若き釈尊が出城するまで過ごした都カピラヴァストゥが待っていた。
辿りつく前に自ら決めて命を棄てた釈尊。そっと弟子たちに覚らせようとしたのでしょうか。別れを惜しんでもいい。このとおり、実は私も、と。
(その5へつづく)
脚注
- 以下引用の底本:サンスクリット断簡(スタイン写本。漢訳『大般泥洹経』(六巻)「長者純陀品」また『大般涅槃経』(四十巻)「寿命品」相当。)を基に誤写を訂正またチベット語訳から再構成したサンスクリット文。出典:松田和信『インド省図書館所蔵 中央アジア出土大乗大般涅槃経梵文断簡 -スタイン・ヘルンレ・コレクション-』東洋文庫, 1988, pp. 40-41.↩
- 仏縁の奇しさに喩えられる花。実際は毎年開花しているが、外からは見えないため、“三千年に一度咲く”とされる。仏の真体は常に世にはたらいているが、肉眼にはそれと映らない。世を無条件に生きる者が示現すること、そして生を受けてその示現に巡り会うこと、さらにその真体を拝せるチャンスがいかに稀であるか。ここではチュンダが釈尊に巡り会って名実ともに仏(無条件に生きる者と、その真体)に見え、求める心を懐けるあまりの有り難さをいう。↩
- tathāgata-. “如来”と訳させるなど、さまざまに解されるが未詳。ここでも一つの試みとして、いったん語法に立ち返り、その指すところを求めてみたい。
分解するとta(d)+thā。
まずtad。指示ないし第三人称の代名詞。“彼(女)、それ”。指示代名詞のうちでは遠いものを指す。第三人称は、第一人称(話し手)ないし第二人称(聞き手)といった話者間の関係性を超えた客観、よって主観が介在しない俯瞰ひいては神的な視点へも通ずる。
-thāは様態“~のように”を表す接尾辞。
併せたtathāは、“そのように”を意味する副詞。会話においては指示即諾の言としても聴かれる。たとえばUpaniṣad(哲学)における師に対する弟子、また戯曲にあっては座頭に対して補佐役の主演俳優などが、指示そのままを受け入れる際の“ハイ”。
そしてgata-。動詞語根√gam“行く”の過去受動分詞“行った”は、様態化すると“~という状態にある”を意味する。
以上を合するのがtathāgata-。ここでは名詞化させて釈尊を指すから、“無条件に生きている者”と試訳した。釈尊は出城のときのように、自身の死期も自在に決めている(パーリ『大般涅槃経』)。↩
- nirvāṇa-(音訳して“涅槃”)。「迷いが吹っ切れた」に通ずると思われる(筆者には経験がないので、以下は文法の点などからの妄想におわる。)
まず“迷い”とは仏教によれば、“この世(例:筆者の拙文)”。よって仏典が釈尊についていうときのnirvāṇaは、“死(身体としての存在がこの世を去ること)”と“安楽(心のはたらきが迷いを去ること)”の孰れか、あるいは両義を同時にもたされる。文法ではnir-√vā“吹き消す/消える、和らぐ”からつくられた動作名詞で、他動/自動両れにもはたらくから、主体客体混然とした境をよく言い当てている。
パーリ『大般涅槃経』の釈尊は、“死”して火葬分骨し祀られてゆき、大乗の同名経が描く釈尊は、横たわりまた身を起こしてはその御口から光言放ち、皆それぞれの足許にはじまる“明るく安らいだ”道を照らし見させる。さらにはこれを場面設定の、夜闇から曙光への移り変わりに象徴させている。
描き方は違えても、両経ともこれにmahā-(大いなる)pari-(完い)を加えて経名とし、釈尊の生き死に様(nirvāṇa-)を、“天晴れな大往生”と謳って一致する。
また、“死”と“安楽”といえば。釈尊入滅をテーマとする図像に描かれる寝姿を“獅子臥 (Pāli: sthaseyyā- 右脇を下にする。もし左脇が下であれば死者の臥法)”という。獅子は王権を象徴し、その寝姿も王にゆるされる安らぎの構えとされた。つまり死床に見せて獅子臥する釈尊を見れば、死に終わらぬ安楽の境を連想し得た。↩
- ここは散文ではあるが、サンスクリット詩論においてよく知られる修辞法のひとうśleṣa 掛詞:一文に二重義をもたせる)を想わせる。
śliṣṭam iṣṭam anekārtham ekarūpānvitaṃ vacaḥ / (Kāvyādarśa 2.310a)
複数の意味をもち、一つの形をそなえた文章が、śleṣaであると規定される。
(底本:Kāvyādarśa of Daṇḍin, Poona, 1970 (2nd ed.).)
経編者は技巧に通じて、チュンダの胸の内を忍ばせたのか。ただここは字面に美しさを欠いている、というより超えている。↩
