研究員レポート
2025/12/22
インド古典を専門とする入山仰世 (淳子 慶應義塾大学非常勤講師) のコーナーです。お楽しみください。
古典インドの藁智慧 4本目:動かない樹蔭、動いた枝 その2 |
エッセイ |
入山仰世(Takase Iriyama)
(その1からつづく)前回あげた詩節[1]に先立って[2]、シャンカラは二つの存在に敬礼しています。二つとは、ātman(我)[3]と、先達、すなわちシャンカラより先にbrahman(梵)を覚った者です。(そう言われてもなんのことやら。)
ātmanとは、個(わたしたちひとりひとり)にそなわる真性。もしそれを夜空にきらきら輝く星たちとすると、照らしているのは、星たちがその周りをめぐっている太陽の光。それがbrahman(梵)、つまり個をとりまく一切の真性[4]です。(なんとなくイメージ湧いてきたような。)
こんな喩えも思いつきました。わたしたちは息をして生きていられます。とくにレントゲンを撮るとき、外の空気(brahman)を吸って~、中に入った空気(ātman)を吐いて~。また吸って~(クドいですか)。もし身体がないなら・・・
シャンカラが先達への芳恩をまず表したように、遡れば、 この“我(星の光・内気)"を“梵(太陽の光・外気)"との関係からとらえ、“我は梵とひとつ”と初めて明かしたのは、古代インドのバラモン教哲学 (Upaniṣad) のなかの最古層[5]です。このUpaniṣadの別名、Vedānta(Veda-anta“聖典の終結”そして“聖智の終極”)を学派名とし、個ととりまく一切の真性を説き明かそうとした学派の碩学が、シャンカラです。
ところで"真性"というと、先回みた釈(迦族の)尊(い御方)がその答えを求めて城を出たという、"真に生きる"が連想されて気になります。仏教も当時のひとびとにわかってもらえたらと、“我”という表現を借りてもいました。ただ、“我”を知るために“論ずる”ことはせず、“行う”ことを通して“実現する”よう促しています。
kammanā vattati pajā 行いによって人間は成る
(『経集』3, 654b [6])
これは釈尊の言説に近いとされています。自身も求道の果てにアシュワッタ樹下で独り慧眼覚さませた後、樹蔭を離れて歩き出します。そして会うひと会う人をそのまま光で包むように安らがせたあと、「あなたは生きそびれている」とびっくりさせ、了解すれば、「私がこの世に拓いた道がある。それを求め歩むとき顕れている(nitya 常住)のが“あなたの真性 (ātman)”である[7]」からと、自身でも他の手を引いて歩けるよう導く。その行いを齢八十までひたすらにつづけます。
いよいよ身体を棄てる直前に、釈尊が弟子たちへ与えたことばもやはり、「行うんだよ」でした。
vayadhammā saṃkhārā, appamādena sampādethāti.
生ずるものは滅するのが慣い。汝らは気を弛(ゆる)めずにがんばり抜け。
(『マハーパリニッバーナスッタンタ(大般涅槃経)』6.23.7) [8])
『大般涅槃経』といえば、漢訳すると同じ名をもつ経が大乗[9]仏教にも伝えられています。こちらは釈尊の最期をただひとつの場面としながらも、とうとう入滅の時はこないまま経が了わります。釈尊はいまどこに在すのか。
(この回の了わりもどこに・・・その3へつづく)
脚注
- 前回に引用紹介したUpadeśasāhasrī(『千(詩節)から成る教え』)詩節篇17. 4-5。↩
- 同上, 17. 1-3.↩
- ātman.本来は“息”を意味する語とされるが、動詞語根については√an(“呼吸する”)、√at(“動く”)、√vā(“風が吹く”)など想定され不詳。man-は行為名詞また具体化した名詞を作る接尾辞。↩
- brahman. 動詞語根√brah(“増大する、発展する”)からつくられた名詞。接尾辞man-(前註)をともなって、“迸(ほとばし)り。神々を念うときに心が流れ出ること”を意味する。↩
- 紀元前800年~前500年頃に成立したとされる古いウパニシャッドのなかでも、最古層に属する。↩
- Suttanipāta. パーリ語による最古の仏典の一。当初はマガダ地方のことばで伝えられていたという。詩節部分は散文部分より古く、王Aśokaの在位(紀元前268年頃~前232年頃)以前にまとめられた。(底本:Suttanipāta, 3 Mahāvagga, Pali Text Society, 1990.)↩
- 大乗『大般涅槃経』(紀元後4世紀頃成立)は“真我(=仏性)”と表現している(「如来性品」)。↩
- パーリ語により伝えられる経の一。マガダ国の霊鷲山における釈尊の説法、布教の旅、そして仏舎利供養までを描く。(底本:Mahā-Parinibbāna-Suttanta, The Dīgha Nikāya, xvi, Pali Text Society, 1947, p.157.) ↩
- 大乗(Mahāyāna)。“大 (mahā)”とは“大きな、偉大な”の意。“乗 (yāna)”はサンスクリット語の動詞語根√yā“行く”からつくられた名詞で、“(目的地へ)進みゆくもの(道、乗り物)”を意味する。目的地は一切が救われる喜びの境。
釈尊という師はこの世にもういない。しかし釈尊を慕いその拓いた真理(みち)を求める者は後を絶たなかった。その求め方が時の流れとともに変化するなか出てきたのが、“大乗 (Mahāyāna)”とあえて自称する動きだった。
修行しながらも生き惑うとき、傍に変わらずに感じられてくるのは、世間に分け入り“ひとびとを導いてやまない”師。その師は、自身の誕生と引き換えに母の命を失わせている。以来求め求めて得た、釈尊にとっての形なき寄る辺が、“真に生きる”道 (yāna)だったとすれば。その道をいま形なくなった師と歩み喜びあうときが、大乗の目的地なのかもしれない。
一面に、釈尊が開悟するまでの求道に教理追及を、また教化活動に大乗を重ねてもイメージしやすい。↩
