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エッセイを掲載します。更新は不定期です。


2025/10/21

インド古典を専門とする入山仰世 (淳子 慶應義塾大学非常勤講師) のコーナーです。お楽しみください。
 

古典インドの藁智慧 1本目:だれも窮められない資産

エッセイ

入山仰世(Takase Iriyama)

  「将来のためにしっかり資産形成を」の掛け声に煽られて久しい。
  うまくいっている、いやまだいかない、どうころんでもいきそうもない・・・苦楽のループ。いったいどのくらい持てたら窮めたといえるのだろう。不安、不眠の日はつづく。
  そもそもどのような資産を持てばよいのか。こんなときつかんでしまうのが藁、ならぬ古くからインドに伝わる智慧。
 

सर्वद्रव्येषु विद्यैव द्रव्यमाहुरनुत्तमम् ।
ひとは云う。「資産中の資産とは他でもない、学術。それは青天井。
अहार्यत्वादनर्घ्यत्वादक्षयत्वाच्च सर्वदा ॥
奪われようなく、価知れず、朽ちもしないから。どんなときも。」

(『ためになる教え』[1] 序章 4)


  学識や技術は身につくもの。だから財宝のようには他者に奪われない。
  応用したらどれだけ社会に還元できるか、ひとを救えるかは計り知れない。(うまくすれば財物をもたらさないとも限らない。)
  学術はたとえその果が盗られようと、パラダイムが転換しようと、単なる目減りや暴落として翻弄されない。鍛え得た智慧で、深化進展に換えてゆけるから。なにがあろうと。いやあるほど。

  そんな学術も財物とおなじ。窮め尽くした、という日はこない。眠れない夜も約束される。ただ学術はときに、至極と見紛う瞬間を与えてくれる。とうとう白昼夢。そうでもない。
 

विद्या ब्राह्मनमेत्याह शेवधिस्तेऽस्सि रक्ष माम् ।
学術はバラモンに迫った。「私は君の宝。私を守れ。
असूयकाय मां मादास्तथा स्यां वीर्यवत्तमा ॥ 
ケチつけたがる者に私を渡してくれるな。そうして私は十全に力を発揮できる。」

(『マヌ法典』[2] 2.114)

 

  “学術”を意味するサンスクリットの原語はvid-yā(ヴィッディヤー) “知られるべきもの”。語根 √vid “知る”からつくられたことば。バラモン教の聖典Ved-a(ヴェーダ) “(聖なる知識)”もそのひとつで、人間の心耳に聞こえた宇宙の力(brahman(ブラフマン))が口からこぼれ、人間のことばに映し換えられたもの(Śruti(シュルティ))だという。
  この本源に、藁となったvidyāをいま再び根づかせたら。個の不安は一息に消えるのか。

 

脚注

  1. Hitopadeśa(ヒトーパデーシャ). 古代インドの説話集Pañcatantra(パンチャタントラ)(紀元後1-6世紀頃成立)のベンガル伝本(10世紀)。帝王学の素地として、処世を学ばせる目的でまとめられた書。その前段によると、毎日野山で狩りに打ち興じる息子たちをみて焦る父王が、藁をもつかむ思いで名うてのバラモンを家庭教師に雇い入れる。さすが賢人。教科書をつくるにあたり、少年たちの狩り三昧を逆手にとり、さまざまな動物を擬人化した寓話をいくつも重ね、そこに古くからの箴言を少なからず取り込んでいる。(底本:Hitopadeśa of Nārāyaṇa, M. R. Kale (ed.), Delhi, 1989 (rep. of 6th ed. 1967.)
     
  2. Manusmṛti(マヌスムリティ). 紀元前後に編纂されたバラモン教法典。その後の法典編纂に長く影響を与えた。紀元前6世紀ごろから聖河ガンガー流域を中心に社会変動が顕著となるなかで、行動準則、社会体制の再確立を目して盛んに法典類が編まれていった。マヌ法典も従来のVeda祭祀を中心とする伝統主義に、現実主義を織り込む立場を見せる。本詩節はŚrutiに遡るという。その引用には、長く社会の最上位に自らを位置づけてきたバラモンたちの、優越と危機の意識をよみとれる。(底本:Manusmṛti with Kullūkabhaṭṭa Commentary, J. I. Shastri (ed.), Delhi, 1983. )