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宗教情報センターの研究員の研究活動の成果や副産物の一部を、研究レポートの形で公開します。
不定期に掲載されます。


2012/06/07

「臨床宗教師」資格制度の可能性を探る
~「臨床宗教師」をめぐる考察 後編~

宗教情報

藤山みどり(宗教情報センター研究員)

 東北大学にキリスト教関係団体からの寄付で2012年4月に開設された「実践宗教学寄付講座」が目指す「臨床宗教師(仮称)の資格制度について、前編では、社会のニーズの観点から、その可能性を探った。そこで、後編では「臨床宗教師」に類する既存の職や資格の現状を把握したうえで、臨床に携わる宗教者の資格制度あるいは大学の養成講座としての可能性を展望する。
 

Ⅰ.「臨床宗教師」とは

 「臨床宗教師」について詳しくは前編を参照いただきたいが、ここで改めて簡潔にまとめておく。「実践宗教学寄付講座」は「2011年3月の東日本大震災以来、被災者の心のケアのために地元の宗教者、医療者、研究者が連携して行なってきた『心の相談室』の活動を踏まえて」設立された(※1)。目的は、「それぞれの宗教の立場をこえて連携し、支援活動が行われてきた」が、「その上で、さまざまな信仰を持つ人々の宗教的ニーズに適切にこたえることのできる人材」、つまり「臨床宗教師」を育成することである。このような講座は国立大では初めてで、3年間の予定で運営される(※2)。
 開講の機縁は、先述の「心の相談室」の事務局が、宗教的な中立を図るため東北大学宗教学研究室に置かれたことにある(※3)。「心の相談室」賛同者には、著名な臨床関係者、宗教関係者らがそろっている。寄付講座運営委員会にも「心の相談室」関係者が多く関わっており、医師のほかキリスト教、仏教、神道などの宗教者も委員となっている。現在は、文学部の大学生、大学院生を対象に講義が開かれている。宗教者には、より実践に即した講習会を開催するというが、開講はまだ先になる予定だという(※4)。
 

Ⅱ.「臨床宗教師」という資格について

(1)特定の宗教色が付いた既存の職名


 臨床に携わる宗教者としては、すでにいくつかの職名がある(表1参照)。鈴木岩弓教授は、「チャプレン、ビハーラ僧といった特定宗教色の強い用語は避けるべく」、「臨床宗教師」という職名を考えたという(※5)。確かに既存の職名は、キリスト教(チャプレン、パストラルケアワーカー)か仏教(ビハーラ僧、臨床僧)かに大別される。だが、いずれも求められない限り、布教伝道は行わない。また、いずれも現在の日本では資格制度が整備された職ではない。
 チャプレンは、病院でスピリチュアルケアや宗教的なケアを行うキリスト教聖職者を指すが、最近は病院でスピリチュアルケアを行う専門家の意味に用いられることもある(※6)。患者だけでなく遺族や医療従事者のケアをも行う。
 パストラルケアワーカーはパストラルケアの提供者ということでチャプレンとほぼ同義だが、カトリック系施設で用いられることが多いようだ。パストラルケアとは、Pastor(「羊飼い」の意味のラテン語に由来して牧師や司祭を指す)によるケアということから派生した語で、信者への宗教的なケアをも含む。
 ちなみにスピリチュアルケアとは、1990年にWHO(世界保健機関)専門委員会が出版した報告書(※7)で、その必要性を指摘したもので、スピリチュアルペイン(霊的な痛み)への支援である。スピリチュアルペインとは、窪寺俊之によると、生きる意味の喪失や罪責感、超越者への怒り、死後の世界への不安、赦しへの希求などから来る深いレベルの苦痛である。例として「早く死んでしまいたい」「なぜ、こんなに苦しまなくてはならないのか」「死んだらどこへ行くのか」「神も仏もいない」「生まれてこなければよかった」などが挙げられる(※8)。
 パストラルケアの第一人者であるワルデマール・キッペス神父(カトリック・レデンプトール会)は、スピリチュアルケアは人間である以上「変えられない事柄(存在、天命など)」など答えのない問いを扱う点で、「行動や習慣など変えられる事柄」を扱うカウンセリングなどとは異なるという。また、スピリチュアルケアには問題解決のための特定の技術はなく、担い手自身の生き方が問われ、まごころとまごころの出会いが要求されるという(※9)。通常のカウンセリングでは、相談者が内に秘めている答えをカウンセラーが引き出し、相談者の自己変容を促すことが多いが、それとは異なる。現在、スピリチュアルケアに携わっているのは宗教者が多いが、スピリチュアルケアはあくまでも患者中心のケアで、宗教の教えや制度を用いる宗教的ケアとは異なる(※10)。
 チャプレンやパストラルケア(ワーカー)は欧米では古くから使われている言葉だが、ビハーラ僧や臨床僧は日本で誕生した比較的新しい職名である。ビハーラ僧は、田宮仁氏(現・淑徳大学教授)が1985年に提唱したビハーラ(仏教を背景とするターミナルケア施設)で働く僧侶のことで、仏教チャプレンとも呼ばれる。臨床僧は、医者で元臨済宗佛通寺派管長の対本宗訓師が2011年に提唱した呼称である。ホームヘルパーなどの資格を取得して医療の現場で働き、患者やその家族の心に寄り添う僧侶のことである。
 しかし、これらの職業に就いている人数は少ない。チャプレン(パストラルケアワーカーを含む)の人数は、日本では推定約30~40名である。NPO法人日本ホスピス緩和ケア協会のまとめた緩和ケア病棟(入院料届出施設)施設の概要(2011年4月1日現在)を見ると、情報公開を許諾した201施設でスタッフとして常勤している宗教者は35名である。
 ビハーラ僧は、ビハーラ病棟自体が長岡西病院(新潟県)、立正佼成会附属佼成病院(東京都)と少なく、数えるほどしかいない。常駐の僧侶は、前者には1名いるが後者にはいない。浄土真宗本願寺派が開設したあそかビハーラクリニック(京都府)は緩和ケア専門の有床診療所だが病院化を目指しており、“ビハーラ僧”が3名常駐している。浄土真宗本願寺派の住職(故人)が設立した、高齢者医療を柱とするビハーラ花の里病院(広島県)では定期的に法話会が開催され、僧侶でもある事務長が月1回、病院内を回って患者の傾聴を行う(※11)。
 臨床僧は、「臨床僧の会サーラ」(2011年設立)が約20名を養成中で、2011年末時点でホームヘルパー2級を取得した僧侶が5名いる(※12)。だが、今のところ受け入れ先となる病院はなかったということで、現場で活躍する日はまだのようである(※13)。

     
●表1.「臨床宗教師」に類する職名
職名(人数) 概要
チャプレン
(推定約30~40名)
 
病院付きの聖職者(広義では、学校や施設付きの聖職者)。
米国ではCPE(臨床牧会教育)が整備されているが、日本に資格制度はない。日本では、米国でCPEを受けた者、日本の大学院神学部で「臨床牧会実習」を履修した者など様々。
 
パストラルケアワーカー
(上記に含む)
チャプレンとほぼ同義で、カトリック系の病院や施設で用いられることが多い。「パストラルケアワーカー」という資格制度はないが、「臨床パストラルケア・ワーカー(表2参照)」はある。
ビハーラ僧
(推定5名程度)
 
仏教を背景とするターミナルケア施設でケアに携わる僧侶。浄土真宗本願寺派などがビハーラ活動者養成講座を実施しているが、「ビハーラ僧」という資格制度はない。
臨床僧
(養成中)
患者とその家族に寄り添い、喜びと悲しみを共有する僧侶。「臨床僧の会サーラ」でホームヘルパーなどの資格取得を最低要件として養成中だが、資格制度はない。




















(2)特定の宗教・宗派色が漂う既存の資格

 次に、臨床に携わる宗教関係の主な資格を見てみた(表2参照)。「臨床パストラル・カウンセラー」がキリスト教とりわけカトリック、「心の相談員」「スピリチュアルケアワーカー」が高野山真言宗、「大本山清浄華院認定カウンセラー」が浄土宗と、やはり特定の宗教・宗派との関連が強い。講習会の受講が要件となっている資格ばかりで、資格が宗派関係者に限定されているのは「大本山清浄華院認定カウンセラー」だけである。だが、それ以外の資格では、神学や仏教を学ぶ必要がある。いずれも就職のため取得するというよりも、宗教者や医療・福祉関係者などが業務に役立てるため取得するという感じだ。それぞれ資格取得者の組織化が図られ、情報交換や組織的な活動も行っている。
 「臨床パストラル・カウンセラー」は病人の全人的ケアを目指す人材で、キッペス神父の呼びかけでカトリック系の病院などが中心となって1998年に設立された臨床パストラル教育研究センター(NPO法人)が研修会を開催して養成している。スピリチュアルケアに加えて哲学あるいは神学講座の受講や病院実習が必須である。当初は「臨床パストラルケア・ボランティア」との2つに分かれていたが、2008年からカリキュラムが変更され、「臨床パストラル・カウンセラー」とその前段階としての「臨床パストラルケア・ワーカー」の2つとなった。同センターでは資格更新研修、会員(約380名)向け冊子発行なども行っている。会員(未認定者含む)の活動状況をみると、病院や高齢者施設でボランティアとして活動している人が多いようである(※14)。
 「心の相談員」「スピリチュアルケアワーカー(以下、SCW)」は高野山真言宗が2002年度に独自に発足させた資格だが、SCWは専門性と公益性を考慮して、日本SCW協会(NPO法人、2006年設立)に2008年度から講座と資格認定が委託されている。「心の相談員」のステップアップ資格としてSCWがある。講座では、傾聴法のほか仏教や密教の講義もあり、実習も行う。「心の相談員」の受講生は僧侶のほか、医療福祉関係者が多い(※15)。2009年に認定されたSCW1期生8名は医師1人、看護師2人、僧侶1人、寺族2人、会社員2人で、多くはすでに医療・福祉現場に携わっていた(※16)。「心の相談員」資格取得者有志が結成した「心の相談員ネットワーク」は、「高野山心の相談所」を開催し、「高野山足湯隊」として被災地支援するなど活発に活動している。
 「大本山清浄華院認定心理カウンセラー」は2009年に浄土宗大本山清浄華院が設置した資格制度で、初年度認定者は15名だった。資格要件は、「大本山清浄華院カウンセリング研修会」(表3参照)の受講者有志が2007年に設立した「浄山カウンセリング研究会」の会員のうち、所定を満たすものである(※17)。研修会は、米国で誕生したNLP(神経言語プログラミング)カウンセリング手法を基本とするもので、NLPトレーナーの資格をもつ同山の畦昌彦法務部長を専任トレーナーとして2005年から開催している。NLPとは、受容を主体とした従来のカウンセリングとは異なり、“未来志向、解決志向型の積極的な介入”を前提とする。受講生は宗派関係者に限られており、寺庭婦人を中心とする女性が多数を占める(※18)。浄山カウンセリング研究会の会員有志は、東日本大震災では被災地で傾聴ボランティアを行った(※19)。

   
●表2.「臨床宗教師」に類する資格
資格名・創設期 認定要件ほか 認定者・人数
臨床パストラル・カウンセラー(1998)
 
 

・NPO法人臨床パストラル教育研究センターが主催する研修(約40日間)、哲学・神学講座(120時間以上)の受講に加え、患者訪問記録の提出など
*受講資格は近親者との死別後半年以上、精神疾病治療中でないこと
*5年ごとに資格更新

・日本パストラルケア・カウンセリング協会
・資格認定者(臨床パストラルケア・ワーカー含む)85名(2009年度)
心の相談員
(講習開始2002)

・心の相談員養成講習会(2年間)を修了すること
*受講資格は高卒以上、「自利利他」「共利群生」という研修理念の理解者

・高野山真言宗
・不明(総受講者数約280名/2011年度)
スピリチュアルケアワーカー(SCW)(1級、2級、3級)
(認定開始2008)
 
・SCW養成講習会(2年間)を修了後、1 年以上の実務経験を経て、資格試験に合格すること
*受講資格は、①医師、看護師など(受講中の「心の相談員養成講習会」1年間受講が条件)、②「心の相談員養成講習会」修了者
・NPO法人日本スピリチュアルケアワーカー協会
・1級6人、3級16人、功労3級1人(2012年)
大本山清浄華院
認定心理カウンセラー(2009)

・所定の条件を満たす浄山カウンセリング研究会(2011年会員数103名)の会員。
*前提条件は、浄土宗の宗教師・寺族・壇信徒など

・浄土宗大本山清浄華院
・15人(2009年)




























(3)教団主催の養成講座

 高野山真言宗や浄土宗大本山清浄華院のように資格制度とまではいかなくても、「臨床宗教師」に類する人材を育成する講座は、各教団も開催している(表3参照)。
 ビハーラ提唱者の田宮仁氏は真宗大谷派であるが、ビハーラの理念は一宗一派に偏るものではない。(※20)「ビハーラ21」(大阪府)のようにビハーラの実践や研修を行う超宗派のNPO法人もある(※21)。だが、「ビハーラというと浄土真宗」というイメージが強いようだ。
 ビハーラ活動は浄土真宗本願寺派が宗門を挙げて推進しており、1987年からビハーラ活動従事者を養成している。ビハーラ活動者数も6440名(2008年度)と多く、2008年には実践の場として特別養護老人ホームと診療所(あそかビハーラクリニック)も開設された。真宗大谷派では、「金沢教区ビハーラの会」と「ビハーラ21」が「ビハーラ・ネットワーク奉仕団」を結成し、宗門関係者以外にも門戸を広げて合宿研修に取り組んでいる(※22)
 日蓮宗も1996年からビハーラ活動に取り組み、講習会も開始している。2001年には受講者を中心に「日蓮宗ビハーラ・ネットワーク(NVN)」を結成し、ビハーラ活動のテキスト作成などを行っている(※23)。
この他、浄土宗の教育教化・福祉・慈善事業を担う(財)浄土宗報恩明照会では2002年度から「心といのちの相談所」事業に取り組んでおり、2009年度には「仏教カウンセリング」運動を展開し、啓蒙冊子の発行や教区単位での研修会を開催している(※24)。
 これらの受講資格は宗門内に限定されているが、立正佼成会の関連団体である佼成カウンセリング研究所による「佼成カウンセラー養成講座」は、広く一般に開放されている。「仏教精神を基盤とした教育」をうたっているが、講座自体は民間の全日本カウンセリング協議会(表6参照)規定のカリキュラムに準拠している。ただし、サイトで紹介されている受講者はみな立正佼成会会員のようで、受講料が無料であることにかえって警戒する人もいるかもしれない。受講者は、各地にある「佼成心の電話相談室」や地域の相談室で活躍している。
 このように既存の資格は、いずれも教派や宗派と一体となっているためか、一般社会での認知度が高いとは言い難い。この点については、「宗派・教団レベルの人材養成では、基本的にはその宗派・教団に所属する人が対象となり、それ以外の人に対しては布教という側面が強く印象付けられてくる。宗派・教団立の病院等ならばいざ知らず、医療や福祉の場で期待しているのは、仏教者なら仏教者の使命として患者や利用者の宗教的ニーズに応えるということであり、病院や福祉施設を布教の場とすることではないからである。また、個々の宗派・教団によって行われる人材養成は、その宗派・教団においては公的なものであるとしても一歩外に出たらまったくマイナーな存在でしかないからである」(※20)ので「困難」であるというビハーラ僧養成に関する田宮氏の指摘と通じる。
 なお、ちょっと変わったところでは、臨済宗妙心寺派がこのほど始めたプロジェクトがある(※25)。「社会経験を積んだ企業OBこそ、人間の多様な悩みに耳を傾けられる」との発想で、企業人OBをリクルートして僧侶になってもらい、ホスピスでの死の看取りなどの現場に派遣するという。2012年度中に25人、将来的には毎年50人の得度を目指すという。臨床心理士(表6参照)の資格取得も促し、医療と連携できる僧侶を育成するという構想である。


●表3.宗教団体が主催する「臨床宗教師」に類する人材の養成講座
講座名(開始年) 講座目的・内容(受講期間)*受講資格 主催者、受講者数など
佼成カウンセラー養成講座(1973) ・仏教精神を基盤とした教育を通し今日的課題に対応しながら社会貢献できる人材を育成
・全日本カウンセリング協議会のカウンセラー認定基準に準ずる(4年間)
*一般
・佼成カウンセリング研究所
・卒業生1000人超(2012年)
浄土真宗本願寺派
ビハーラ活動者養成講習会(1987)
※1997・1998年は休止
・医療、福祉、在宅において、病める人やその家族に寄り添い、宗教者の果たすべき役割を探求し、相手の苦悩に共感し和らげることができるビハーラ活動者を育成する
・基本学習と実習(1年)
*20~65歳未満の浄土真宗本願寺派僧侶・門信徒、受講後、教区ビハーラに所属し活動することなど
・浄土真宗本願寺派
・修了者総計998名(うち僧侶64%、寺族10%)(2007年度末)
・参考:教区ビハーラ活動者6440名(2008年度)
日蓮宗ビハーラ活動実践講座(1996) ・講座目的は上記とほぼ同じ
・ビハーラ活動実践のための基本的な知識や具体的な方法を学ぶ(2日間)
*日蓮宗教師、寺庭婦人・寺族(学生)も可
・日蓮宗ビハーラ・ネットワーク(NVN)
・参考:日蓮宗NVN会員約200人(2011年)
浄土宗大本山清浄華院カウンセリング研修会
NLPカウンセラー養成講座
(2005)
・1970年代に米国で体系化された未来志向、解決志向型の NLPカウンセリング手法を研修
・NLPカウンセリングコース(3日)、NLPプラクティショナーコース(8日)など5種のコースがあり、基準を満たすと米国NLP協会認定資格が取得可能(取得者150人以上/2011年)
*浄土宗の宗教師・寺族・壇信徒・寺院関係者 
・浄土宗大本山清浄華院
・講座修了者約270人
(2009年)
・参考:浄山カウンセリング研究会103人(2011年)
 































(4)宗教者の社会活動の位置付けは

 大本山清浄華院カウンセリング研修会は、浄土宗大本山清浄華院が教化活動に役立つようにと宗門対象に行っているものである。だが、それ以外の宗教団体等が主催する養成講座や、資格取得者等による社会活動は、ともに布教や教化を第一義としたものではない。ビハーラ僧やチャプレンが布教伝道をしないのと同様である。だが、一般を対象とした講座等では、背景となる教義を学ぶ必要があり、その点では受講者への布教のように感じる人がいるかもしれない。
 ほとんどの教団が、布教目的で社会活動をすることについては否定的である。だが、社会活動については、内輪から「布教か支援か」と問題提起されることがよくある。宗教界では、2008年の公益法人制度改革で、事業の公益性が優遇税制の適用条件として問われたこともあって、公益性を確保しやすい社会活動が見直されている。それでも、社会活動の位置付けについて議論は付きまとう。
 日蓮宗のビハーラ活動は、法華経安楽行品に説かれる安楽の供養をはじめ、六波羅蜜、四無量心、四摂法の実践であり、法華菩薩行であると位置付けられている(※26)。高野山真言宗が「心の相談員講習会」を開催しているのは、「共利群生」(いのちあるものが共に扶けあい、学びあう関係)の理念を学んだ人々や僧侶が共に仏国土を建設できるようにとの願いからである(※27)。社会活動を“教えの実践”と位置付けて活動する宗教者は多い。仏教者ならば「菩薩行の実践、一環」「慈悲の実践」(※28)、キリスト者ならば「喜ぶ者と共に喜び、泣く者と共に泣きなさい」(『新約聖書』ローマ人への手紙12章15節)の実践などである。(※29)。
 だが、教えの実践は広い意味での布教である。キッペス神父が語るように、相手と深く関わる場面では、自身の生き方やまごころが問われる。偽りのない心をさらけ出さなければ、相手の心の奥底とは通じ合わない。教えが自らの血肉となっているならば、心から語る言葉には教えがにじみ出て、説かずとも自ずと教えが伝わるはずだ。実際、伝道されなくても臨床心理士として接した宗教者に影響を受けて信仰の道に入ったケースもある(※30)。
 この点では、いくら布教伝道をしないといっても、やはり宗教界の社会活動は一般からは警戒されるかもしれない。東日本大震災を契機に超宗派の宗教者らによって設立された宗教者災害支援連絡会(宗援連)でも、医療者側に宗教に対する厳しい視線があることや、避難所での布教への警戒感があることも指摘された(※31)。「心の相談室」関係者は「まずは布教なしでの相談が大事。布教は相手の必要に応じて次の段階です」(※32)と布教の戒めを説いたが、聞きようによっては将来の布教を意識しているとも受け取られてしまう。
 宗教者による社会活動は、布教目的を否定すれば内部から「まったく布教でない宗教活動がありうるのか」と突き上げられ、「広い意味での布教」と抗弁すれば一般からは警戒される。超宗派の活動であれば、一般からの警戒心は薄まるかもしれないが、この疑念は宗教者の活動であるがゆえに拭い去ることはできないだろう。


(5)廃止が多い、大学の講座

 今度は、大学における「臨床宗教師」に類する講座の現状を見ることとする。田宮仁氏は、超宗派の「ビハーラ僧」の養成について、個々の宗派・教団ではなく「仏教系大学において行われることが望ましく、そのような養成形態をとってこそ初めて多くの一般市民や医療・福祉関係者をして納得し受け入れられる存在となっていくであろう」(※20)とも述べている。実際には、「ビハーラ僧」は仏教系大学による養成がなされたが、それでも認知が広まらなかった。仏教系大学といっても特定宗派と結びついた大学がほとんどで、特定の宗派・教団で「ビハーラ僧」を養成したのと等しかったからかもしれない。やはり仏教系大学あるいはキリスト教系大学で臨床に携わる超宗派の宗教者を育成するのには限界があるのかもしれない。その点では、臨床に携わる超宗派の宗教者の育成が、宗教的な背景をもたない国立大学で行われるのは、理想的である。特定の宗派・教団の色に染まっていないからである。そうなって初めて、社会から受け入れられる存在となるだろう。
 これまで、臨床に携わる宗教者を育成するために講座を開設したのは、すべて宗教系の私立大学である。比較的新しく開設されたところが多いが、表4に見る通り、すでに廃止されたところが多い。佛教大学専攻科(4年生大学卒業者対象)は1993年度に仏教看護(ビハーラ)コースを設置し、途中から修了者に「仏教看護使」の資格を与えた。1年コース修了者26名、2年コース修了者24名を輩出したが、2005年度入学者をもって募集停止となった(※20)。高野山大学スピリチュアルケア学科は、スピリチュアルケア関連セミナーへの反響の高さから開設されたが定員割れが続き、密教学科に統合された。編入学生の多くは現職の看護師や施設職員で、高校新卒者の応募が少なかったという(※33)。長崎ウエスレヤン大学スピリチュアルケアコースは開設2年で廃止されたが、学生以外に看護師や介護専門職、定年退職者など50人近い社会人が聴講した関心の高さに、コース廃止後の2011年度から社会人向けの市民大学が設置された。(※34)。
 これらの事例を総括すると、この分野についての学習意欲は、高校新卒者よりも社会人、宗教者よりも医療福祉関係者が高く、学部での講座開設では特に、定員を満たすのは厳しかったようだ。


●表4.募集停止となった「臨床宗教師」に類する主な大学・大学院の講座
大学・学科名等 開設年度、募集停止年度
▲佛教大学専攻科(4年生大学卒業者対象)
仏教看護(ビハーラ)コース
(1993年度~2006年度募集停止)
 
☆同朋大学大学院文学研究科ビハーラコース (2006年度~?)(募集停止済み)
☆同朋大学仏教学科ビハーラコース (2009年度~2012年度募集停止)
△高野山大学スピリチュアルケア学科 (2006年度~2010年度密教学科に統合)
○長崎ウエスレヤン大学社会福祉学科
スピリチュアルケアコース
(2009年度~2011年度コース廃止)












△は高野山真言宗、▲は浄土宗、☆は真宗大谷派、○はプロテスタントを背景とする大学



 では、現在も開講されている大学・大学院を見てみよう(表5参照)。仏教系大学でも浄土宗系(佛教大学)や真宗大谷派系(同朋大学)ではビハーラの実践を学ぶ課程はなくなったが、ビハーラ活動を積極的に推進している浄土真宗本願寺派の宗門校では存続している。龍谷大学短期大学部ではビハーラ活動者養成課程を設置し、一部科目を社会人にも開放している。龍谷大学大学院実践真宗学研究科ではビハーラの実践も履修する。新設して間もないところが多く、成果は不明だが、龍谷大学短期大学部のビハーラ活動者養成課程の修了資格取得者は、2006~2009年度卒業生でわずか4名と少ない。
 プロテスタント系大学院神学部では、博士課程前期の履修科目として、チャプレン養成教育でもある「臨床牧会」教育を設けているところが多い。いずれも病院実習が主体である。同志社大学大学院神学研究科では他校に先駆けて1970年代から講座が設けられている。


●表5.「臨床宗教師」に類する人材を育成する講座がある主な大学
大学・学科名(開始年度)
★龍谷大学短期大学部ビハーラ活動者養成課程(2000)
★龍谷大学大学院・実践真宗学研究科(2009)
★龍谷大学文学部臨床心理学科真宗・ビハーラ活動領域(2012)
  ※終末期患者に対する仏教的カウンセリングを学ぶ
★相愛大学人文学部仏教文化学科    真宗コース(2011) ※履修科目に「ビハーラ演習」
○ルーテル学院大学キリスト教学科(2005*) ※履修科目に「キリスト教カウンセリング」
○同志社大学大学院神学研究科(1970年代初**~) 
※履修科目に「実践神学研究演習(臨床牧会訓練)」
○関西学院大学大学院神学研究科 ※履修科目に「臨床牧会実習」
○東京神学大学神学部・大学院神学部神学科 ※履修科目に「臨床牧会教育」
○聖学院大学大学院人間福祉学研究科「臨床死生学・グリーフケア分野」(2009)
 ●上智大学グリーフケア研究所グリーフケア専門コース(2011)※1年課程
※受講資格は、同研究所の「グリーフケア基礎コース」(1年)修了後、「グリーフケア・ボランティア養成コース」(1年)を修了すること。
※「基礎コース」出願資格は、大学卒業者あるいは同程度の学力があること、精神科受療中でないこと、家族との死別後3年以上経過していることなど。


















 




★は浄土真宗本願寺派、○はプロテスタント、●はカトリックを背景とする大学
 *ルーテル学院大学キリスト教学科は2005年に神学科が改組されたが、前身である神学科に「キリスト教とカウンセリングコース」が設置されたのは1992年。
**1988年当時のパンフレットに「現在年間プログラムとしては16年目を迎え、わが国では唯一のものである」と記されている(※20)ことから、1973~と推定される。



  上記は宗教者に臨床教育を行う形態だが、医療者に宗教の精神を伝えるアプローチもある。真宗大谷派系の飯田女子短期大学に1997年度に設置された看護学科は、仏教看護を掲げ、ビハーラケア論も教える。その後、看護学科を設立する仏教系大学は、浄土真宗本願寺派系の武蔵野大学(2006年度)、浄土宗系の佛教大学(2012年度)など増えているが、仏教理念教育の徹底度合いは不明である。曹洞宗系の東北福祉大学では、仏教系大学では初となる医学部新設に向けて準備が進んでいる(※35)。医学部新設は1976年以来、認可されておらず実現は難しいとみる関係者もいるが、東日本大震災を経て「仏教界が被災地に医学部を新設し、患者の心のケアを重視した医学教育を提供するのは、まさに患者の願いに応えることになる」との期待の声もあがっている(※36)。
 これらの正規の大学教育課程とは異なるが、上智大学グリーフケア研究所では、「臨床宗教師」と同様に、欧米の病院チャプレンをモデルにグリーフケアの専門家を養成する講座を大学卒業者向けに開設している。開講日時は月曜夜と土曜日などのように、社会人が受講しやすくなっている。高木慶子所長は、グリーフケアはスピリチュアルケアの一部であるという。人材養成に当たっては、宗教的ケアをも担う欧米のチャプレンをモデルとしているが、チャプレンは「国内では必ずしも宗教者に限定されません」(※37)と宗教の位置付けは低いようである。同研究所は、JR福知山線脱線事故後、JR西日本の寄付によって2007年に設けられた「悲嘆(グリーフ)について学ぶ」公開講座の反響が良かったことから、2009年に聖トマス大学に設置されたグリーフケア研究所が前身である。基礎コース(1年)とボランティア養成コース(1年)を終えて初めて受けられる専門コース(1年)では、チャプレン養成の世界標準であるCPE(Clinical Pastoral Education/臨床牧会教育)に準じた「臨床スピリチュアルケア研修」を行う。1期生に当たる2009年度「グリーフケア基礎コース」受講生43名(うち回収41名)へのアンケートによると、平均年齢は45.8歳と中高年が多く、ほとんどが女性(37名)だった。職業は看護師など医療従事者14名、無職・パート9名、公務員・会社員6名、相談員・カウンセラー3名、宗教家が2名などと、医療従事者が多かった(※38)。
 このような講座の状況を見ると、高校新卒者よりも社会人、宗教家よりも医療従事者、すでに現場に携わっている人からの受講ニーズが高いようだ。前編で見たように、布教を警戒して宗教者を敬遠する医療関係者がいる一方で、スピリチュアルケアあるいは宗教的なケアに可能性を期待する医療現場の人々も相当数いるということの現れでもあろう。しかも宗教者よりも医療関係者のほうがより切実に必要性を感じているようだ。こうした受講者の特徴を考慮すると、高校新卒者向けの学部よりも、社会人がアクセスしやすい形で大学院や大学に別置する講座のほうが維持しやすいようだ。
 なお、2009年当時の記事では、上智大学グリーフケア研究所の専門コースまで受講すると、日本スピリチュアルケア学会(次章参照)から「グリーフケア・ワーカー」として認定される予定となっていた(※39)。


(6)心理関係の資格は飽和状態

 日本スピリチュアルケア学会は、死期を前にした患者や親しい人を亡くした人などへのスピリチュアルケアを推進するために2007年に設立された(※40)。会員は約400名で、スピリチュアルケアやグリーフケアの世界で指導的役割を果たしている面々がそろっている。学会理事長の日野原重明・聖路加国際病院理事長、副理事長の高木慶子・上智大学グリーフケア研究所所長(カトリック援助修道会)、理事の大下大圓・飛騨千光寺住職(元・高野山大学スピリチュアルケア学科客員教授)、島薗進・東京大学大学院教授(宗教学)など役員には「心の相談室」の賛同者も多い。同学会には、キリスト教や仏教など宗教の垣根を越えて多くの宗教者が参加している。
 同学会で創設中のスピリチュアルケア専門資格は2013年度認定開始予定で、2010年度から準備が始まっている。スピリチュアルケアは宗教的ケアとは異なるとはいえ、資格認定制度運営に関わるメンバーは、伊藤高章(桃山学院大学教授、元・日本聖公会東京教区執事)、村瀬正光(医療法人崇徳会長岡西病院緩和ケア部長、医師・日蓮宗僧侶)、田中百合子(医療法人慈生会前原病院チャプレン、全米カトリックチャプレン協会認定上級チャプレン)と宗教関係者が多い。この学会が検討中の専門資格の名称は2012年秋を目途に決定されるようだが、おそらく「宗教」という名前を冠さないだけに一般にも認知されやすそうである。同学会では、「臨床宗教師」を構想中の東北大学「実践宗教学寄付講座」を将来的に認定することも踏まえ、協力を呼び掛けたいとしている(※41)。
 ただし、臨床心理関係の資格はすでに数え切れないほどある。もっとも有力なものとしては、文部科学省認可法人による認定資格「臨床心理士」が挙げられる。試験の受験資格は、①指定大学院修了者、②医師免許取得者で心理臨床経験2年以上、などとハードルが高い。病院で心理職として働く場合の任用条件や、各公立学校に配置されるスクールカウンセラーの任用条件は、主として臨床心理士の資格取得者である。それでも、資格を取得しても生計を立てるのは難しいという声もある。臨床心理士の資格を取得した日本臨床心理士会会員14,360人(2007年3月31日現在)のうち、実際に医療保健領域の業務に携わっているのは46.4%で、このうち常勤である者が55.2%と、会員のうち約4分の1だけが医療保健業務の常勤者である。常勤者のうち経験9年未満の人の約85%は年収400万円未満と高くはない(※42)。概して心理関係の資格は、それだけでは生計を立てるための手段とはなりにくい。(この点が、前章で見たように高校新卒者にとってスピリチュアルケア関連学科が魅力的でない要因でもあろう。)
 これ以外にも心理関連の資格は、臨床発達心理士、学校心理士、日本カウンセリング学会認定カウンセラー、全日本カウンセリング協議会認定カウンセラーなど20以上もあるとされるが、いずれも民間資格である。資格取得が難しいものから簡単なものまで多様である(表6参照)。
 

●表6.心理関係の資格(一部のみ)
資格、創設期 資格認定要件等 資格認定者・認定者数
臨床心理士(1988)
 
・資格試験に合格、認定を受けること。
・受験資格は①指定大学院(1種・2種)を修了した者、②医師免許取得者で心理臨床経験2年以上を有する者など。
*5年ごとに資格更新手続きが必要。
文部科学省認可財団法人
日本臨床心理士資格認定協会
累計合格者数24,666 (502)名*2012年4月1日現在、( )内は医師
全日本カウンセリング協議会
認定カウンセラー
(1級、2級、3級)(1968)
・同協議会や加盟団体が主催する講座で16単位(1単位18時間)以上取得し、加盟団体代表が認定したものを3級、30単位修了者を2級、その後、認定カウンセリング関連機関にて1年以上の実践を積むなどしたものを1級に認定。
*受講資格は特になし。
全日本カウンセリング協議会
カウンセラー2級取得者
2330名超(2011年10月)
グリーフケアアドバイザー(特級、1級、2級)(2008)
 
・2級は講習(1日間)修了認定者、1級は2級認定後、講習(2日間)修了認定者、特級は1級認定後、講習(3日間)を修了認定された者。
*受講資格は申請時20歳以上。
社団法人
日本グリーフケア協会
*参考:年2回認定講座開催、2級講座定員150名
名称未定(2013年度資格認定開始予定) ・2012年度に資格基準と養成プログラムを認定し、2013年度に資格認定を行う予定で、資格制度を準備中。  日本スピリチュアルケア学会


























(7)「心理職」の国家資格化の可能性

 心理関連の資格は多すぎてわかりにくいとして、心理職の国家資格「心理師(仮称)」として一本化する動きもある(※43)。このような資格ができると、取得者以外は臨床現場から排除されるのではという懸念もある。
 だが、その心配は無用かもしれない。国家資格化に向けては、議員立法を目指して超党派の議員連盟が近く発足するというが、過去には失敗例がある。2005年にも同様の動きがあったが、資格を一本化できず、法案は流れた。厚労省(厚生労働省)系の議員と文科省(文部科学省)系の議員との調整が付かず、医療分野に活動を限る「医療心理師」と医療のほか学校など幅広い分野で活動できる「臨床心理士」の2つの国家資格を設置する法案が提出され、日本精神科病院協会などが現場を混乱させるなどと反対したためである(※44)。
 そもそも「臨床心理士」の資格設立の際にも、医療系と教育系の争いがあった。当初は「日本臨床心理学会」で資格発足の動きが出たが、医療現場関係者は否定的だった。そこで資格推進派の学者たちが離脱して「日本心理臨床学会」を設立し、1988年に「日本臨床心理士資格認定協会」を設立した。初代会頭には文部省(現・文部科学省)元事務次官が就任し、この協会は1990年に文部省管轄の法人として認可された(※45)。これに対し、臨床心理士の国家資格制度を検討中だった厚生省(現・厚生労働省)は「協会の事業内容に厚生省管轄の医療分野が含まれる」と反発し、「事業内容を教育分野に限定する」などの要求をしたが、文部省からの回答はなかった(※46)。
 それでも「臨床心理士」の活躍範囲が広がり、社会的認知度が高まったのは、民間資格とはいえ文科省とのつながりが強いためと思われる。文科省認可法人による認定資格で、資格取得には指定の大学院(つまり文科省管轄内)を修了することが要件である。いじめ対策として1995年から文科省が全国の公立学校に派遣しているスクールカウンセラー(SC)の任用要件は主に臨床心理士で、派遣された臨床心理士は約5800名に達する。その後、震災時などにも心のケアのためにSCが派遣されるようになり、文科省の予算枠は拡大している。2012年度予算案では、東日本大震災の被災地への緊急SC派遣事業だけでも47億2百万円が計上されている。
 この事例を見ると、創設された資格の社会的信頼度、社会的認知度、資格取得者の活躍度は、公的な認定を得られるか否かにかかっているようでもある。また、既存の公的資格との棲み分けや所轄官庁を意識して活動分野を設定することも重要になってくるようだ。


Ⅲ. 「実践宗教学寄付講座」と「臨床宗教師」の展望

 ここまで、「臨床宗教師」に類する資格と大学における養成講座の現状を見てきた。だが、ここで改めて述べておくが、東北大学の「実践宗教学寄付講座」は国立大学で初めての死に関する宗教的な心のケアを扱う講座で、これまでにない新しい試みである。先例はあくまでも参考にしかならない。
 「実践宗教学寄付講座」の強みは、宗教学者、超宗派の宗教者と医療者が運営に関わる講座で「宗教的に中立なイメージが強いこと」にある。その宗教的に中立なイメージは、講座が設置されたのが宗教系私立大学でなく、東北大学という国立大学であることからも増強される。東北大学は旧帝国大学で、内外からの評価も高い。政教分離が過剰に意識される日本で、さらに宗教(文化庁、文部科学省)と医療(厚生労働省)と所轄をまたがる分野での活躍が想定される「臨床宗教師」が国家資格となるには長い道のりが必要だろう。だが、国立大学の講座で「臨床宗教師」の資格取得者を育成する場合、その資格には公的なイメージが付きやすく、無数にある民間資格のなかでは優位に立ちやすい。類似のスピリチュアルケアに関する資格を日本スピリチュアルケア学会が創設予定であるが、宗教的ケアの資格ではない。宗派色が強い既存の宗教的ケアに関する資格のなかで、「臨床宗教師」は特定の宗教に偏りがない唯一のものとなるだろう。宗教者の活動というと布教が警戒されがちだが、宗教的に偏りがないという点で、その警戒感も薄らぐと思われる。
 これまで大学で開設された臨床と宗教が融合した「心のケア」関係の講座は廃止されたところが多いが、社会人のニーズは強く、社会人向けの開講日時ならば希望者は多い。宗教者よりも医療福祉関係者のニーズが強い点や、東北が首都圏や関西圏ほど巨大人口を抱える地域でないのが気になるが、宗教界全体を巻き込んで、公益性を確保できる「社会活動」の必要性を訴え、宗教者の積極的な受講を促せば、受講者は確保できるかもしれない。被災者や患者のケアは、できるならば彼らが信仰してきた宗教の関係者が担当するのがふさわしい。そのような対応を可能にするためにも、いろいろな教派・宗派の宗教者が協力することが望ましいだろう。
 また、東日本大震災の被災者のケアは長期的に行う必要があり、被災地支援の拠点ともいえる仙台にある東北大学は、「臨床宗教師」養成のための実習の場、「臨床宗教師」資格取得者が学んだことを実践する場も提供しやすい環境にある。
 明るい展望がある一方で懸念材料もある。チャプレンに類する人材の養成には最低でも1年以上かかるが、開設期間3年の間に無事、育成講座が開設できるのだろうか。宗教者であるという前提の確保あるいは宗教的ニーズへの対応をどう指導するのか、などである。
 しかし、まだ講座は始まったばかりである。資格制度もより良いものをと練られている最中だろう。宗教界に風穴を開ける試みを期待して見守りたい。


※追記 「臨床宗教師」制度の進行状況等については、2012年6月22日の高橋原・東北大学実践宗教学寄付講座准教授による講演について記載したCIR活動報告もご覧ください。

※追記 
「第1回臨床宗教師」研修は2012年10月23~26日、・11月13~16日の計8日間、石巻市を中心に開催された。受講者は25~56歳の12名で、うち女性は2名。参加者の所属宗派は、曹洞宗、浄土真宗、真言宗醍醐派、立正佼成会、イスラーム、本門法華宗、孝道山本佛殿、日本基督教団。研修内容は、講義・グループワーク、行脚、実習の3つ。毎日朝晩、参加者が持ち回りで自宗の日常儀礼を担当。各々が他宗教の儀礼を共有し、宗教対話を実践した。講義科目は、「臨床宗教師の理念」「臨床宗教師の倫理」「公共性の確保」「民間信仰」など。実習は、金田諦應師(曹洞宗・通大寺)が仮設住宅などで開催している被災者向けの移動喫茶「カフェ・デ・モンク」で行われ、傾聴などを学んだ。最終日、全員が臨床宗教師の修了証を受け取り、研修は修了した。

「第2回臨床宗教師」研修は2013年2月19~21日、3月4~6日の計6日間、石巻市で開催され、12名が修了証書を授与された。

「第3回臨床宗教師」研修は、2013年4~7月に1泊2日×4回で実施予定。


※2013年3月16日追記
高野山真言宗が関わっている「心の相談員」と「スピリチュアルケアワーカー」の講座開催、資格認定業務を受託しているNPO日本スピリチュアルケアワーカー協会の「認定臨床宗教師」22名が2013年3月1日に誕生した。スピリチュアルケアワーカー養成講座を修了し、試験に合格した高野山真言宗21人、融通念仏宗1人が認定された。東北大学の実践宗教学寄付講座が育成する臨床宗教師とも連携するという(『文化時報』2013年3月13日)。

 


※レポートの企画設定は執筆者個人によるものであり、内容も執筆者個人の見解です。

参考資料:
※1.「実践宗教学寄付講座」公式サイト
※2.『毎日新聞』2012年3月27日
※3.『読売新聞』2011年4月5日
※4.『中外日報』2012年5月3日
※5.『仏教タイムス』2012年1月12日
※6.『読売新聞』2008年2月21日
※7.邦訳は世界保健機関編・武田文和訳『がんの痛みからの解放とパリアティブ・ケア』金原出版1993年
※8.窪寺俊之「スピリチュアルケアとは何か」『こころの臨床』2005年6月号
※9.『カトリック新聞』2008年11月16日
※10.窪寺俊之『スピリチュアルケア学概説』三輪書店2008年3月
※11.『中国新聞』2009年3月2日
※12.『中外日報』2011年12月13日
※13.『読売新聞』大阪版夕2012年2月2日
※14.臨床パストラル教育研究センター「会員活動実態調査アンケート結果2010年」
※15.『中外日報』2006年8月31日
※16.『仏教タイムス』2009年4月30日
※17.『中外日報』2009年6月2日
※18.『文化時報』2007年07月11日
※19.『中外日報』2011年4月16日
※20.田宮仁『「ビハーラ」の提唱と展開』学文社(2007年3月)
※21.『中外日報』2009年2月24日
※22.『北國新聞』2005年9月1日、『中外日報』2011年1月20日、NPO法人ビハーラ21公式サイト
※23.『仏教タイムス』2001年6月21日
※24.『文化時報』2009年4月11日、『中外日報』2009年10月15日
※25.『日本経済新聞』2012年6月5日
※26.日蓮宗ビハーラ・ネットワーク公式サイト
※27.高野山真言宗公式サイト
※28.『文化時報』2000年2月23日、『仏教タイムス』2006年11月9日、2012年1月1日
※29.『クリスチャン新聞』2012年2月12日
※30.『キリスト新聞』2011年4月23日
※31.『仏教タイムス』2011年5月12日
※32.『クリスチャン新聞』2011年5月29日
※33.『中外日報』2009年2月19日、『毎日新聞』2008年8月27日
※34.『朝日新聞』2011年2月25日
※35.『文化時報』2011年1月22日
※36.上昌広「Dr.Kamiの眼~第42回~除染する僧侶との出会い、宗教と医療の可能性『CB医療介護ニュース』2012年2月27日
※37.上智大学グリーフケア研究所公式サイト
※38.高木慶子「平成21年度笹川医学医療研究財団研究報告書 グリーフケアワーカー養成のための基礎的研究」2000年2月22日
※39.『毎日新聞』2009年11月13日
※40.『神戸新聞』2007年6月26日
※41.『中外日報』2012年5月31日
※42.日本臨床心理士会公式サイト
※43.『京都新聞』2012年4月22日
※44.『東京新聞』2005年7月28日
※45.日本臨床心理士資格認定協会公式サイト
※46.『日本経済新聞』1991年4月26日、『読売新聞』2005年8月22日
 
※表は『中外日報』『カトリック新聞』、各関連団体公式サイト等を参照して作成。