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研究員レポート

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こころと社会

宗教情報センターの研究活動の成果や副産物の一部を、研究レポートの形で公開します。
不定期に掲載されます。


2012/05/28

 「世界の宗教事情」は、文字通り、世界のさまざまな国や地域ごとに、宗教・文化について、現地に住む人の視点で、リアリティ豊かに語っていただく試みです。研究者やその卵、現地駐在の方など、さまざまな方のお話を、宗教情報センターでとりまとめました。
 

世界の宗教事情 フランス編
第一回 : パリで復活祭を迎えて――街中編――

こころと社会

はじめに
フランスの宗教事情を探るにあたって

 フランスにおける宗教事情といえば、何を思い浮かべるであろうか。まず近年の「ライシテ」という言葉に代表されるように、公の場で宗教色を出すことについての議論が浮かぶかもしれない。「ライシテ」とは政教分離における法的な基礎を意味し、フランス革命期に起こったフランス独特の原則である。狭義である政教分離の意味の他に、広義では近現代のフランス文化に通底する精神性として捉えられている。
 この精神性が現代に表れ出たものとして記憶に新しいのが、フランスの公立学校における「スカーフ事件」であろう。スカーフを巻いたムスリムの女子学生に対して公立学校への立ち入りを拒んだ事件である。この事件は「公の場では宗教色を出さない」という原則の一例として受け取られているようだが、ある意味では宗教色を出さないことによって、複数宗教の公の場での共存を可能にしているとも理解できる。もちろん、公の教育機関で禁止されたからといって、道路や公共交通機関においても受け入れられないかというとそういう訳でもない。いわゆる身分証明を必要とする公共機関においては宗教色を出さないようにしており、それが共存のために役に立つ、というのがおおかたの共通理解であろう。じっさい信教の自由もフランスでは保証されており、パリの街中にはカトリック教会やプロテスタント教会、そしてギリシャ正教の寺院、地区によってはムスリムのモスクやユダヤ教のシナゴーグ、中華街には仏教の寺院があるなど、様々な宗教施設がある。さらに他には私立の教育機関としては、カトリック、プロテスタント、ギリシャ正教、そして仏教関連など多様である。

 メディアを通じて日頃から流れてくるフランスのファッションや美的イメージからすると、このような宗教が並び立つ状況は、およそ想像し難い出来事として感じられるかもしれない。これは、一方では、多様な人種・宗教の入り交じるフランスにおいての寛容さの表れであり、他方では、「ライシテ」という原則にもとづく公の場における多宗教間の共存原理といった状況なのである。

 このようなフランスの宗教事情について、簡単にまとめるならば次のようなイメージになるかと思う。まず、フランスは一般的に敬虔なクリスチャン[1]が多く、信仰に対しておおむね厳格である。ただしその上で、「ライシテ」という原則により公の場においては宗教色を出さず、むしろ寛容の精神によって他の宗教をも受け入れ、ないしは共存していく姿勢がある。このようにいえよう。

 ところで、上述したフランスの宗教状況と日本のそれとを対比させ、そのうえで日本の宗教事情について考えるならば、ともすれば「皮相なもの」という印象を抱いてしまう。というのも、昨今の日本で「宗教」といえば、新宗教の動向や人気の占いについてのゴシップにも似た報道が世間を賑わせているし、また、クリスマスやお正月の初詣といった宗教的な記念日はもはや世俗化した年中行事として捉えられているからだ。「宗教は怖い」、「騙される」、もしくは「信仰をしている事が他人から不快に思われるから敢えて宗教色を出さない」などといった風潮により、正面から宗教を語ること、ないしは扱うことは回避するのがたしなみである。その一方で、スピリチュアル・ブームという現象、具体的には、占いやヒーリング(癒し)・スポット、パワー・スポット、また有名な神社やお寺などに足を運ぶといった手軽に参加できかつ拘束力のない「宗教」については、不思議にもテレビやネットなどから盛んに情報が流れてくる。このような混在が、皮相的で浅薄な印象を与えるのである。

 現代日本人のこのような宗教観について、一般的には「日本だけの特異な現象」と捉えられがちであるが、それは事実だろうか。フランスという世俗的な国家での宗教と現代日本の状況とを比較することであらたな発見があるのではないか。具体的には、実際には慣習化された宗教行事のなかで、世俗における宗教行為に共通項が見いだせるのであれば、先の日本人の宗教性についてのイメージをこれまでとは異なった視点から確認できるのではないだろうか。

 海外から日本の状況を眺めることが多い筆者にとって、上述したような日本文化についての問いは、長年にわたり漠然と心のなかに抱かれ続けてきた。そこで、今回のレポートでは、先月行われた復活祭(イースター、4月8日)前後の様子についてパリ郊外の写真を中心に掲載し、フランスにおける広義の意味での宗教性を探ることから出発してみたい。また読者には、復活祭で賑わうパリの街並みを散歩するような気持ちで読み進めつつ、日本文化についてご一緒に考えて頂ければ幸いである。

Ⅰ.フランス、パリの復活祭休暇

 


【写真1:シテ島のノートルダム寺院横に登る満月】
 時折しもパリは、日没が延びるとともに、マロニエの白い花と新緑が街を彩る季節が今年もやってきた。今年は春分の日の後、満月の直後に来る日曜日が西方教会(カトリック)でいうところの復活祭にあたるという。移動祝祭日ということもあり、今年は西方教会の復活祭が4月8日であり、東方教会が4月15日である。復活祭の翌日の月曜日はフランスでは祝祭日となる。この日から休みを取る者も多く、春の復活祭休暇のはじまりとなる。

 

【写真2:ノートルダム寺院横の桜
 
【写真3:シテ島にある16世紀からあるオーベルジュ(宿泊施設のあるレストラン)。そこの壁には、藤の花房が咲き、復活祭に合わせてかニワトリとヒナの人形が置いてあった。】

 

Ⅱ.街中の様子

 復活祭休暇の1週間前くらいから、卵やウサギをかたどったチョコレート、陶器、広告などが街中で見られる。卵は一般的にはキリストの復活と再生を意味する。ウサギは卵と同じく多産の象徴とされている。英語で復活祭を表すイースターは元々は、ゲルマンの風習である春の祭典を意味し、そこで多産の象徴とされていたウサギが結びついたものとされている。フランスの家庭では日曜日、もしくは月曜日に家族と過ごし、各家庭では卵形のチョコレートを隠して、それを子供たちが探し出すのである。


【写真4:街中のショコラティエ(チョコレート屋)にて】

【写真5:ショーウィンドーに並ぶ卵をかたどったチョコレート】


  お菓子屋さんにかぎらず、街中の雑貨屋でも復活祭にちなみ、卵やニワトリの装飾が目についた。
 


【写真6:卵をモチーフにしたアンティークなデザイン】

【写真7:雑貨屋さんに飾られた、ニワトリと卵】
 


【写真8:パリの中心地、シテ島の小鳥市。復活祭だからか、いつもよりもウサギにも注目が集っていた。】

【写真9:卵とニワトリのチョコレート。筆者もスーパーで買ってみることにした。】



【写真10:パリの中心地・シテ島の小鳥市。 復活祭の当日の朝、生みたての卵と一緒にイースター・エッグがちりばめられていた。】
 街中を復活祭休暇の期間に歩くと、復活祭に合わせて様々なモチーフを散見することができた。このように見てくると、カトリックが多数派となる国フランスのクリスマスも、家族や恋人と過ごす日本のクリスマスという世俗化されたイベントとさほど変わらないのではないかという印象さえ持ってしまうが、実際にこちらのカトリックにおける復活祭とはどういうものなのであろうか...?

 
 そこで次回は、パリ日本人カトリックセンターで話を聞きつつ、筆者自身がミサに参加をしてきた内容をもとに、フランスのカトリック教徒にとっての復活祭の意義について迫りたいとおもう。

 
 
[1]人種や宗教が異なる人々で構成されるフランスにおいて、信仰される宗教としては、2003年の統計データ[TIME ALMANAC 2004 : Information Please(2003)]によるとローマ・カトリックが国民の約8割強を占めマジョリティとなっている。
 
 

碧(あおい)