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研究員レポート

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こころと社会

宗教情報センターの研究活動の成果や副産物の一部を、研究レポートの形で公開します。
不定期に掲載されます。


2011/01/24

日本仏教心理学会、海原にこぎ出す

こころと社会

葛西賢太(宗教情報センター研究員)


 2010年12月11日、日本仏教心理学会の第二回大会に参加した。この学会は、2008年12月に設立総会を行っているが、それは設立総会ゆえに回数に数えない。また、2009年の夏には東大で公開シンポジウムを行ったり、2010年には公開講座を行ったりしている。個人発表の途中にグループでの話し合いの時間も設けられている。こうした特徴は、事務局長であるケネス田中氏をはじめとして、アメリカの対抗文化のワークショップ活動に触れた人々が運営委員になっているためであろう。
 今年は私自身も発表を用意した。学会はできたが、「仏教心理学」の守備範囲はどこまでに及ぶのか、全体像を俯瞰しているかといえば、(どこの学会でも同じだが)誰かがつかんでいるとは言い難い。したがって、現状と課題と方法を洗い出す作業が大切になる。広い意味での「仏教心理学」に属するさまざまな事柄を取り上げる方は多い。そしてそれらの方々を個々につなげられるのがこの学会の魅力ではあるのだが、そのつながりによって全体としてはどのような布が織り成されるのかを是非みておきたいと思った。私の当日の配付資料はCIRの活動(講座資料ダウンロード:PDF「運動としての仏教と心理学」)にて公開されており、詳しい内容は学会誌に掲載される予定である。

 当日は、花園大学(臨済禅を基盤とした禅の研究で国際的に知られる大学)におられた瞑想研究の精神科医である、安藤治氏の基調講演があった。安藤氏は『瞑想の精神医学』『心理療法としての仏教』などの著作があり、トランスパーソナル心理学の立場から仏教瞑想を研究していたカリフォルニア大学アーバイン校のロジャー・ウォルシュのもとで研究・講義し、瞑想研究とその応用可能性を日本に定着させるべく努力された。
 講演冒頭で安藤氏は、自身が医師として学生時代にタイ難民の国際医療医療ボランティアに携わっていたことを述べた。その活動の中で仏教と出会い、精神医学と仏教とを架橋する道を求め、渡米して在外研究を行う。そこでの数多くの出会いを受けて、帰国後『瞑想の精神医学』を刊行、花園大学で禅の医療応用に関する研究を蓄積した。また学術交流の場としてトランスパーソナル学会を創立する。花園大学の国際禅学研究所は、名前の通り禅をめぐる国際的な交流を重視する雰囲気があり、禅の師家と禅に関心を持つ心理学者の国際シンポジウムを行っている(2006年)*1。安藤氏に先立って1999年には村本詔司氏が禅とユング心理学の対話という国際シンポジウムを行っている(1999年)*2。また2010年にはニューヨークで白隠についての国際シンポジウムをおこなっている。
 安藤氏は、仏教心理学会に対してたいへん期待していると述べられ、世界的な視野をもった研究、実践的な研究、学問的洗練を備えた研究、行動力のある研究、世界から日本文化をみる研究、仏教を超えた生き方の指針となる研究を精力的に行ってほしいと語られた。日本をマンガの国でなく、禅の国としてアピールしてくださいといって聴衆を笑わせていた(国費でマンガの研究を推進する考えの日本政府に対して、禅を忘れてませんかというちくりとしたコメントである)。
 講演録は仏教心理学会の学会誌に掲載される予定である。詳細はそちらを参照願いたいが、仏教心理学を日本で展開する上で、先生が寄与されてきたものはとても大きい。花園大学を辞されて、現在は精神科医として治療に取り組む日々とのこと。
 
 小さな学会だが、ここで取り組んでいることは大きな可能性をもったことだ。大海原にこぎ出していく学会において、比較瞑想研究という分野でよい貢献をしたいと思っている。

日本仏教心理学会

【註】
*1 Polly Young-Eisendrath and Shoji Muramoto, eds., Awakening and Insight: Zen Buddhism and Psychotherapy, Brunner-Routledge, 2002. 私は幸いにしてこのシンポジウムに参加することができた。西欧が最初に仏教に触れたのはギリシャ経由であったという、伝説のような聖者譚ではあるが追尾可能と思われる思想史的影響関係から、ユング心理学を介してみた仏教、実際の臨床上の諸問題まで、幅広く語られた。日本語で禅について語ったものを読むより、ユング心理学者が禅について語るのを英語で聞く方がはるかにわかりやすかったというのが、どちらもよくわかっていなかった当時の私の印象であった。

*2 村本氏の企画した国際シンポジウムが比較思想史的な論点に力を入れていたのに対し、安藤氏が2006年に行ったものはより臨床実践的な視点から「無我」ということを考察した国際会議であったようである。その内容は昨年書籍として刊行されている。Dale Mathers, Melvin E. Miller, Osamu Ando, eds., Self and No-Self: Continuing the Dialogue Between Buddhism and Psychotherapy, Routledge, 2009.