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研究員レポート

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こころと社会

宗教情報センターの研究活動の成果や副産物の一部を、研究レポートの形で公開します。
不定期に掲載されます。


2010/07/30

現代のとむらい――ペット葬儀考

こころと社会

蔵人

 近年、日本人の葬式についての価値観に変化が現れてきているという指摘がさまざまにある。なかでもラディカルに響いたのは、宗教学者・島田裕巳の議論喚起的なタイトル『葬式は、要らない』と冠された著書であろう。葬儀不要を述べているのはマジョリティではない。たとえば、葬儀の形式へのこだわりは、葬式離れが単純に進行しているわけではないということを示していよう。身内だけの密葬、死を覚悟した人が自分らしいやり方で行う生前葬でのお別れ、宗教色を排除、超越または加減した「お別れの会」、海山に遺骨をまく散骨や、墓石のように故人を記念する樹木を植える樹木葬などといった葬儀形態の多様さに、価値観の変化が反映されている。
 『葬式は要らない』と皆が思っているわけではないにしても、葬式の形やありかたはこれでいいのか?誰も触れないまま従ってきた葬式の経済は?という、葬儀を問い直し合理化する動きがある。その一方で、近年では、弔いの対象を拡大する運動も広まってきた。身寄りがない孤独な人の葬儀が直葬(ちょくそう)のみ、費用でいえば数万円で済まされる一方で、ペットにも葬儀が行われ、お墓まで作られるという現象が起きている。こうしたペットの葬儀が一つの産業をなすにいたり、それをめぐる消費者トラブルも現れてきたのである。
 ペット葬とは、家庭で愛玩されるペットが亡くなった際、文字通りその葬儀を(人間と同じように)行うことを指す。ペットの葬送会社の検索をインターネットで試みたところ、正確な数字は明確でないが、少なくとも全国で関連する企業は1000を超えている1。葬儀社によって方法は様々である。たとえば、「動物供養協議会2」は、日蓮宗や浄土宗、曹洞宗の住職なども加わって宗派を超えて組織立てられたペットの葬送団体である。葬送プランのなかには、僧侶を招き経を手向けてもらうもの、さらには49日の法要まで行うという人間並みの葬儀内容まで用意されている。
 一方、様々なニュースで取り上げられている通り、ペット葬における一部の業者のずさんな管理体制が告発されてきた。ペットについての葬送要件が、法律によって明確に定められてないこともあり、半ば詐欺のような手口でのビジネスも横行している、との指摘もみられる。

 埼玉県飯能市の山中、杉林のなかを足早に下っていく集団。ゴム手袋を装着したその右手にはがっちりと熊手が握られている。ほどなくして、山の斜面に散らばった各々は四つん這いになり、必死に手掛かりを探しては、袋に入れる。

 これは、NHK総合テレビ「あさイチ」5月24日特集「ペット遺棄事件」の取材が明らかにした映像である。あるペット火葬業者が葬送すると偽ってペットを引き取り実際はペットの屍骸を捨てていた。弔われたはずのペットの遺体が実は遺棄されていたことを知った依頼主は、弔い直そうと山林を訪れる。かすかな手がかりを頼りに、かけがえのないペットの遺骨を回収したいと願ってのことである。取材のインタビューに答える参加者からは、長年連れ添ったペットへの強い愛情、そしてちゃんとした供養ができなかったことへの後悔の念が滲む。
 これは現代日本のペット社会を象徴した事件ともいえよう。なぜなら、今や犬猫を合わせて2200万匹ともいわれるペットが各々の家庭でますます大切な存在となりつつあること、一方、やがて必ず来る死別、それにまつわるペット葬送業者と依頼者とのトラブルの増加、という問題が背後にあるからだ。身寄りがない場合、あるいは身寄りよりもペットに愛着がある場合、ペットは「たかが動物」ではなく、「アニマル・コンパニオン」とも呼ばれ、大切な人生の伴侶と見なされる。冒頭に述べた孤独な死と同様に、日本社会におけるこのありかたが照らし出されているように思われるのである。

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1 http://www.petsougi-navi.net/ 閲覧日2010/06/03
2 http://www.pet7676.com/flow.html 閲覧日2010/06/03

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参考資料
1.NHK「あさイチ」5月24日特集「ペット遺棄事件」
2.アニコムグループ
『家庭どうぶつ白書』(http://www.anicom-page.com/hakusho/book/pdf/book_091120.pdf)閲覧日2010/06/03
3.ペットの葬儀「動物供養協議会」(http://www.pet7676.com/flow.html)閲覧日2010/06/03
コメント:「葬式は要らない」では説明できない、ペットへの葬儀!!(住職の新たなビジネスでもある。)
4.ペット葬儀NAVI(http://www.petsougi-navi.net/)閲覧日2010/06/03 現在はこのサイトは閉鎖されている。
5.ペット遺体遺棄事件(産経新聞)
http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/100407/crm1004071220012-n1.htm 閲覧日2010/06/03

追記:2011年6月
 うえで紹介した参考資料の多くのWebサイトページは閉鎖されている。しかし、各種検索サイトにて「ペット」や「葬儀」というワードを入れて検索すると、膨大な数のページが存在していることを確認できる。