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研究員レポート

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こころと社会

宗教情報センターの研究活動の成果や副産物の一部を、研究レポートの形で公開します。
不定期に掲載されます。


2010/05/25

ポスト・アパルトヘイト時代の南アフリカ
―― 新たな国家・社会像を真実委員会から描く ――

こころと社会

蔵人

1.    はじめに
6月のサッカー・ワールドカップを控えた昨今、開催国である「南アフリカ」というコトバは、もはや耳にしない日はないとでもいえようか。その注目の高さは各種メディアの報道内容からもうかがえる。ワールドカップ関連の情報はもちろん、それに付随する形で例えば民族楽器である「ブブゼラ」といった、南アフリカの文化が紹介されている。他方、南アフリカでは治安が懸念されるなど、決してワールドカップに向けた楽観的ムード一色とはいえない内容の情報も度々耳にする。
このように南アフリカという国名が連日紙面を飾る一方、関心の高まりを機に改めて南アフリカという国家の現状と課題を紹介しているメディアも見受けられる。そこで、南アフリカという国家の現状について、それら諸問題を扱ったメディア番組を参考にしつつ、簡単に紹介したいと考える。

2.    南アフリカの略史
はじめに南アフリカについての略史から紹介したい。現在の南アフリカは、まず1652年オランダ東インド会社によりケープ植民地が形成され、その後19世紀前半にイギリス領となり、そして1910年にはイギリス連邦内の自治領南アフリカ連邦が成立した、という経緯に遡ることができる。さらに、1934年には英国から完全独立を果し、また人種差別を英国から非難されたことを機として1961年にはイギリス連邦から脱退、現在の南アフリカ共和国となった。ここでいう人種差別とは、17世紀中盤以降における南アフリカの植民地形成の過程で、西洋入植者を系譜とする少数の白人が多数を占める黒人ないし有色人種を支配してきたという歴史を指している。また、とりわけ1948年の白人(ボーア人)を基盤とする国民党単独政権が行ったより徹底した人種隔離制度や差別的政策は、いわゆるアパルトヘイトと呼ばれるところである。しかし、国内の被差別者の抗議や国際社会の批判といった内外から南アフリカ政府に対する反アパルトヘイト運動が活発化したことにより、1991年にアパルトヘイトが全廃される。そして1994年には全人種選挙が実施されネルソン・マンデラが黒人初の大統領として選出され、現在南アフリカでは、ポスト・アパルトヘイト社会の構築が模索されている状況である。

3.    ポスト・アパルトヘイト時代の南アフリカ――真実委員会の模索
 では次に、南アフリカのポスト・アパルトヘイト社会の模索について検討していきたい。上述したように南アフリカでは、白人と黒人との長き対立の歴史があり、アパルトヘイト全廃以降の社会においても、過去に繰り返された様々な残虐行為が当事者の心に深く刻まれている。そこで、ノーベル平和賞受賞者のマンデラ大統領とツツ大司教が主導して設立した機関が、「真実和解委員会」であった。南アフリカの「真実和解委員会(Truth & Reconciliation Commission: TRC)」について簡単に述べると、以下のようになる。それは、アパルトヘイトという特別な状況(ある種の紛争状況下)において生じた様々な犯罪に対し、加害者による「真実」の告白と被害者による「赦し」によって両者の「和解」を生みだそう、というある意味ではアパルトヘイトという過去を清算する試みであったといえよう。しかし、「和解」が生じるという理念、つまり南アフリカの社会全体に「和解」が共有され、かつ当事者にとって対立感情が解消されるという想定は、容易に果されるものではないことも事実である。

4.    まとめ
ポスト・アパルトヘイトというある種の移行期に位置する南アフリカにおいて、「真実和解委員会」は、同国の新たな社会像を模索する活動として非常に国際的にも注目を集めた。例えば、2007年からは、ポルポト時代の圧制に対する真実委員会の活動がカンボジアで行われている。さらにはオーストラリアやカナダにおいて先住民への過去の同化政策に対する真実委員会が近年設置されたことからも、南アフリカの真実委員会への関心の高さがうかがえる。
長いアパルトヘイト期を経た今、南アフリカでは改めて白人と黒人の統合が模索されている。しかし一方で、暗い過去と向き合うことが求められていると同時に、過去の事件だけではなく格差や貧困といった問題が山積していることも事実である。依然として犯罪率は高く、サッカースタジアムのすぐそばにはスラム街が広がっている、南アフリカ。このような視点から見た場合、あなたの目に南アフリカはどのように映るのであろうか?

5.    最後に
先述したように、南アフリカの真実委員会がモデルケースとなって、カンボジアやオーストラリア、カナダにおいても真実委員会の設置がなされた。当該国が抱える過去の問題に対して「和解」や「赦し」を導こうと試みる取り組みは、現在、紛争や犯罪といった問題を解決する新たな司法として注目を集めている。今後、宗教情報センターでは、「和解」や「赦し」という視点からこの新たな可能性を追っていきたいと考える。
                                                                       蔵人 

・参考図書
ヘイナー・B・プリシラ
『語りえぬ真実』阿部利洋訳 平凡社 2006
阿部利洋
『紛争後社会と向き合う』京都大学学術出版会 2007
『真実委員会という選択』岩波書店 2008

・映像資料(映画)
「Long night’s Journey into day」
(http://www.newsreel.org/transcripts/longnight.htm)
閲覧日:2010年5月25日
「インビクタス」
(オフィシャルサイト:http://wwws.warnerbros.co.jp/invictus/theaters/)
閲覧日:2010年5月25日

・映像資料(TV)
NHK 「沸騰都市」:第5回 ヨハネスブルク “黒いダイヤ”たちの闘い
NHK BS「世界のドキュメンタリーシリーズ:南アフリカ」
――「アパルトヘイト廃絶への道 黒人活動家の苦闘」
――「ネルソン・マンデラ~自由の名のもとに~(後編)」
――「赦(ゆる)すことはできるのか~南ア真実和解委員会の記録」