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2011/02/05

『図説聖地への旅』
レベッカ・ハインド(著)/植島啓司(監訳) 原書房 2010年 3990円

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 世界の聖地を幅広く巡る写真と解説を集めた本書は、聖地保護活動をイギリス中心に行っている著者によって書かれ、聖地の意義を宗教学的な見地から説く植 島啓司の監訳と解説が添えられている。聖地の写真集はほかにもいろいろあるが、本書をとくに紹介するのは、聖地への旅など、聖地を巡る行動、言い換えれば 「聖地の使い方」に焦点が置かれているためだ。

 植島の解説から、読者はいろいろなことを学べるだろう。たとえば、エルサレムのような複数宗教を横断する聖地はほかにも例があり、インドのバラナシはヒンドゥー教、シク教、ジャイナ教の聖地でもあるが、またその近くにはブッダが初めて説法をしたサルナートの地がある、と指摘する。実は諸宗教の聖地が重なっていることは珍しくなく、有名な教会の立地を調べてみると先住民の聖地とぴったり重なっていることがある。

 写真の力はすばらしい。美しい寺院や教会の写真はいくらでもあるが、本書で目を見張るのは、インドの古代叙事詩『ラーマーヤナ』に登場する、インドとス リランカを結ぶ橋(実在が疑われていたが、スペースシャトルディスカバリー号によって撮影されて、両者を結ぶ砂州が確認された)など、宗教史を俯瞰する視 点がなければ、注目さえできない写真だ。

 他の写真集や解説書ではみられない“少しマイナーな聖地”もとりあげていることも興味深い。ちなみに、“少しマイナー”とはいってもそれは既成宗教ブラ ンドの世界の中でのことで、実は膨大な来訪者を迎えている有名な場所である。この中には“オタクの聖地”秋葉原は入っていないが、超宗派の修道会であるテゼコミュニテイ、アメリカ先住民の聖地、ニューエイジの聖地フィンドホーン・コミュニティ、そして、広島の平和記念公園なども含まれている。
 そもそも聖地とは何か。ともすると、立派な寺院や教会をみるために聖地を訪れ、それを見て、記念の写真(あるいはビデオ)をとり、満足してしまいがちだ。しかし、そもそもそこはなぜ聖地となったのか。何か重要な事件があったり、特別なものが埋められていたりする、あるいは、それらを記念して特別な祝祭が行われたりする。事件などの目印に何らかの形で触れること、あるいは祝祭に参加することが、聖地を訪れる目的であり、建物は本当は二の次だったりするのだ。本書もこうした観点に立っていて、建物(もちろん大事だが)や聖像だけでなく、移動や祝祭などの行為や、それがどんな内面への変化をもたらすかに注目する。だから、オーバーアマンガウの町ぐるみで行われる受難劇も、本書では取り上げられる。そこで1633年にペストが流行し、イエスの受難劇を行うという約束とともに疫病が沈静化して、それいらい10年おきに行われてきた受難劇のなかに、オーバーアマンガウの聖地としての力を見出すのである。
 昨今「パワースポット」がブームらしい。適当な御利益を求めて行くだけのブームがとりあげるほどのものかどうかは怪しい。だが本書は、人はなぜ「聖地」と呼ばれる場所にそもそも集まるのかを考えさせる、好著。


◆当センターのウェブサイトでは、聖地を巡る実践について他にも記事を読むことができる。
岡本亮輔:コラム「自分探しの聖地、なにもない聖地」(サンティアゴ・デ・コンポステラとテゼ共同体について)
武澤秀一:フォトエッセイ「世界遺産を巡る」
◆また「聖地」に関する参考図書として、当センターも出版協力している『宗教と現代がわかる本2010』をお勧めしておきたい。本書の監訳者であり宗教人類学者として聖地を巡ってきた植島啓司、そして「聖地と祈り」の姿を撮り続けてきた写真家の野町和嘉の対談特集は必見である。
・『宗教と現代がわかる本 2010』の紹介は、当センターのウェブサイト「書評」で確認することもできる。

 (研究員 葛西賢太)