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宗教情報

宗教情報センターの研究員の研究活動の成果や副産物の一部を、研究レポートの形で公開します。
不定期に掲載されます。


2021/08/19

2018年の宗教関係の出来事

宗教情報

藤山みどり(宗教情報センター研究員)

2018年7月にはオウム真理教事件で死刑判決を受けた13人全員の死刑が執行された。奇しくも8月初めにはローマ教皇フランシスコが、死刑を許容してきた教理を変更し、『カトリック教会のカテキズム』に死刑を容認しないと明記したことが発表された。これらを受けて、国内ではカルトの問題、死刑の是非などが改めて議論された。

2018年の国内の出来事をみる前に、サウジアラビアと中国、いのちの問題を重点に、海外の出来事を概観する。近年は、ひとつの出来事が迅速に海外に波及することも多い。
(本文中、肩書きがある人物は敬称略)

Ⅰ.2018年の海外における宗教関係の出来事

1.ISはひと段落、宗教・民族対立は各地で継続

高学歴の若者が惹きつけられたオウム真理教と「イスラム国(IS)」は、類似性を比較されることも多かった。2014年に建国宣言したISの勢力は下降線をたどり、イラク政府の勝利宣言(2017年12月)に続き、2018年12月にはトランプ米大統領が「シリアのISを撃退した」と宣言し、シリアからの米軍撤退開始を発表した(2019年2月には全面撤退を撤回。ISが勢力を取り戻すことや米軍と連携してきたクルド人武装勢力を危険にさらすことへの批判から、シリアに一部残留する方針を表明)。

だが中東には新たな火種が残った。2017年12月にトランプ米大統領がイスラエルの首都をエルサレムと認定し、2018年5月14日に在イスラエル米大使館がテルアビブからエルサレムに移転した。1948年にパレスチナ人(アラブ人)の領土を奪う形でユダヤ人国家として建設されたイスラエルは、1948年第1次中東戦争で西エルサレムを獲得、1967年第3次中東戦争で東エルサレムを占領し、エルサレム全域を首都と主張した。だが、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖地がある東エルサレムを将来のパレスチナ国家の首都と想定し、移転に抗議するパレスチナ人がイスラエル軍と衝突し、14日だけで60人が死亡した。これには米国ともイスラエルとも対立するシーア派国家イランだけでなく、トルコやエジプトなどイスラム諸国もイスラエルを非難し、英独仏も懸念を表明した。スンニ派国家で親米派のサウジアラビアは米大使館移転を黙認していると見られたが、15日になって移転批判声明を出した。[1]

アジアでも摩擦があった。仏教徒が大半のミャンマーで、ラカイン州のイスラム系少数民族ロヒンギャの武装組織「アラカン・ロヒンギャ救世軍(ARSA)」が2017年8月に警察や軍の施設を襲撃した事件を発端に、治安当局がロヒンギャを弾圧した。以来、約72万人が難民となって隣国バングラデシュに逃げた。2018年8月に国連の調査団は、ジェノサイド(民族大量虐殺)容疑で同国軍最高司令官らの責任追及などを要求し、アウン・サン・スー・チー国家顧問兼外相の無策ぶりを非難した。同年11月には難民の帰還事業が始まる予定だったが、迫害の継続を恐れて希望者がなく、帰還事業は中止された。

2.改革が進むサウジアラビア

強権的な宗教政策をとってきたサウジアラビアと中国では、政策に変化がみられた。イスラム教の戒律の厳格な適用を重んじ、女性の行動を制限してきたサウジアラビアでは穏健化が進んだ。2018年4月には首都リヤドで約35年ぶりに映画館が解禁され、男女同席の鑑賞が可能になった。5月にはセクシャルハラスメントに最長5年の禁錮刑と30万サウジ・リヤル(約870万円)の罰金を科す法案が閣議で承認され、6月には女性の自動車の運転が解禁された。9月にはイスラム教の二大聖地メッカとメディナ間の450kmを約2時間で結ぶ「ハラマイン高速鉄道」が営業を開始した。原油価格の低迷から財政赤字が続く同国では、石油依存からの脱却、女性の社会進出、イメージ改善が急務で、ムハンマド・ビン・サルマン皇太子が改革の担い手だった。だが10月にトルコのサウジアラビア総領事館内で反体制サウジ人記者ジャマル・カショギ氏が殺害され、国際社会から批判を浴びた(2021年2月に米政府は「ムハンマド皇太子が殺害を承認」との報告書を公表した)。

3.中国は国内では宗教管理強化策、腐敗に#Me Too

中国では、2017年10月に習近平主席が打ち出した宗教管理強化の方針に対応し、2018年2月に「改正宗教事務条例」が施行された。公然と改宗を勧めることや未登録の礼拝場所で宗教活動は処罰の対象となり、18歳未満の子どもの宗教活動と宗教教育への参加が禁じられた。3月の全国人民代表大会では、宗教組織と活動の統制・管理が、国務院国家宗教事務局から共産党中央統一戦線工作部に変更された。4月には21年ぶりに国「中国の宗教信仰の自由を保障する政策と実践」白書が発表された。「宗教の中国化」[2] を明示し、「国外勢力が宗教を利用して侵入することを食い止める」[3] と強調した。これと連動したのか、4月からは国内で旧約聖書・新約聖書のネット購入ができなくなった。

イスラム教徒のウイグル族が多い新疆ウイグル自治区では、2017年4月施行の宗教的な「過激化阻止条例」で、長いあごひげや公共の場での顔を覆うベールの着用が禁じられたが、2018年10月には「改正過激化阻止条例」が施行され、過激主義の影響を受けた人物に中国語で思想や行動を矯正する再教育施設の設立が規定された。ウイグル族が非合法的に拘束されているなどと国際的な批判が高まったために法制化したとみられる[4] が、米議会はウイグル族に関する報告書を発表し、中国が「約100万人のウイグル族を不当に再教育施設に収容している」などと非難した[5]

中国には政府公認の五大宗教(仏教、道教、イスラム教、カトリックとプロテスタント)があり、仏教で唯一の全国組織は「中国仏教協会」である。この会長である学誠のセクハラや横領疑惑を2018年8月1日に2人の尼僧が実名を出してネット上で訴えた。中国でも、2017年に米国で有名映画プロデューサーのセクハラがニューヨーク・タイムズ紙に報じられたことから世界に広がったセクハラ告発運動「#Me Too運動」に触発され、著名人の告発が続いていた。中国仏教協会は同月15日に学誠会長の辞任を承認し、共産党中央統一戦線工作部傘下の国家宗教事務局は8月23日、尼僧への性行為強要や横領疑惑を事実と確認したと発表し、法律や仏教協会規則に基づいて処分する方針を明らかにした。

4.中国、バチカンと関係改善

中国はまた、1951年に断交し、司教任命権を巡っても対立していたバチカンとの関係を改善した。中国のカトリック教会には、政府公認の「中国天主教愛国会」(聖職者と信者数は推定約500万人[6] )と非公認の「地下教会」(同推定700万~1200万人)がある。中国政府は中国天主教愛国会の司教を独自に任命し、司教任命権はローマ教皇にあるとするバチカンと対立していた。だが、2018年9月に司教任命権をめぐる暫定合意に達したと両国が発表。バチカンは、中国が独自に任命してバチカンが破門した司教8人(うち1人は2017年死亡)を承認すると発表したが、詳細は発表されなかった。バチカンは中国での布教拡大のため譲歩したとみられ[7] 、香港の陳日君・枢機卿は地下教会への迫害強化に懸念を示した。[8] 10月には、バチカンで開催された「世界代表司教会議(シノドス)」に初めて中国の司教2人が参加した。バチカンの招待に中国政府が初めて派遣を認めたためである。

地下教会への懸念は的中し、12月には、中国政府公認の司教とバチカンが任命した地下教会の司教が競合していた2つの教区(福建省閩東(ミントン)教区と広東省汕頭(スワトー教区)で、中国公認の司教に譲る形で地下教会司教が降格・退任させられた。さらにクリスマスに合わせて、中国政府はカトリックとプロテスタント双方の地下教会の弾圧を強め、各地で地下教会の活動停止や信者らの拘束が行われた。

バチカンが、台湾などを含めて「一つの中国」と主張する中国と関係改善したことは、バチカンと国交を結んでいる台湾との国交断絶も懸念された。台湾は「バチカンから合意は政治・外交に関するものではないと聞いている」[9] と発表した。しかし、中国が国際的影響力を増すなか、台湾で対中強硬派の蔡英文政権が発足(2016年5月)してから断交が相次ぎ、外交関係がある国は中南米と太平洋諸島を中心に17カ国に減少した(2019年9月に2カ国が断交し、15カ国となった)。バチカンの先行きも不透明である。

5.いのちの問題(ゲノム編集、人工妊娠中絶、同性愛、尊厳死・安楽死、孤独担当相)

中国は、科学技術強国を目指している。2018年11月に広東省の南方科技大学の賀建奎(フォー・ジェンクイ)准教授が、世界で初めてゲノム編集技術を使ってヒト受精卵の遺伝子を改変し、双子が生まれたと発表した。ゲノム編集は実験段階の技術で、将来に与える影響は未知数である。イギリスでは核またはミトコンドリアDNAを改変したヒトの生殖細胞を用いた生殖、フランスでは子孫の特徴を変える遺伝子改変、ドイツではヒトの生殖系列細胞の遺伝子改変や遺伝子改変した生殖細胞を受精に用いることなどを法律で禁じている。この研究が、エイズウイルス(HIV)感染を防ぐという、他の方法でも代替できる目的のために行われたこともあって、中国内外の科学者から批判を浴びた。中国でもゲノム編集を施したヒト受精卵を受精後14日以上培養することや、ヒトや動物の子宮に戻すことを指針で禁じており、中国政府は賀准教授に研究停止を命じた(2019年12月、中国の裁判所は、双子を含む3人をゲノム編集で誕生させた賀准教授に懲役3年、罰金300万元(約4700万円)の判決を言い渡した)。なお、日本では2019年4月にヒト受精卵にゲノム編集を使うことを生殖補助医療の基礎研究に限って容認し、研究に用いた受精卵をヒトや動物内に戻すことを禁止する指針が施行された。

ヒト受精卵に関わる人為的操作にはまだ抵抗感が強いが、人工妊娠中絶への抵抗感はそこまで強くはない。2018年5月には米アイオワ州で、胎児の心音が確認できるようになった時点で人工妊娠中絶を禁止する中絶禁止法(「胎児の心音法」)が成立した。強姦や近親相姦による妊娠は対象外であるが、「全米で最も厳しい中絶禁止法」と呼ばれた(2019年5月にはアラバマ州で全面的に人工妊娠中絶を禁止する中絶禁止法が成立。妊娠週に関わらず、強姦や近親相姦でも禁止。母体保護目的で例外的に容認)。

これに対して同じ5月に、国民の8割超がカトリック教徒であるアイルランドで、国民投票の結果、人工妊娠中絶が合法化された。同国では10月には、神への冒涜を禁じた憲法の規定の是非を問う国民投票が実施され、賛成多数で規定が廃止された。同国では、2015年5月には国民投票で同性婚が合法化されるなど、聖職者による児童性的虐待や母子施設における人権侵害などが発覚したためカトリックの影響力が急速に低下している。

2018年8月には米ペンシルバニア州大陪審が、同州のカトリック教会で過去70年に300人以上の司祭が児童性的虐待を犯し、被害者は1000人に及ぶという報告書を発表した。これを受けてローマ教皇フランシスコは書簡を発表し、悔い改めと祈りの必要性を訴えた。

また教皇は、2018年8月のアイルランド訪問時に、同国における児童性的虐待の問題について謝罪した。帰国途上の専用機内の記者会見で、教皇は同性愛傾向を示す子どもたちの親に精神医学の支援を受けるよう発言して批判を浴び、この発言をバチカンは公式記録から削除した。改革推進派でリベラルとされる教皇だが、2018年12月にイタリアで出版されたインタビュー本『召命の力』でも、同性愛という「流行」に聖職者が影響されているとして、懸念を示した。カトリックの教義では同性婚を否定する。 

だが、2001年にオランダが世界で初めて同性婚を認めたのを皮切りに、同性婚を認める国は増加しており、同性愛を容認する傾向も全世界に広がっている。2018年4月にはニュージーランドで、同性愛者の有罪判決記録を抹消する法案が可決された。ニュージーランドでは1986年に男性同士の同性愛行為を非犯罪化し(女性の同性愛は犯罪ではなかった)、1993年に同性愛差別禁止法を制定し、2013年に同性婚を合法化している。8月にはカトリックの影響が強かった中南米コスタリカの最高裁が、同性婚を禁じる現行法を違憲として、国会に18カ月以内の法改定を命じる判決を下した(2020年5月同性婚合法化)。9月にはインドの最高裁が、同性同士の性行為を違法としない判決を下した。

バチカンの影響が強いイタリアでさえも2016年に、同性カップルに結婚に準じた法的権利を与える「同性カップル法」が成立している。カトリックの教義に反する傾向は、教会の影響力の低下を示すようでもあるが、逆にローマ教皇フランシスコの発言に沿った動きもみられた。

イタリアでは、2018年1月に「尊厳死法」が施行された。「患者は医療処置を拒否することができ、医師は患者の意思を尊重しなければならない」などの内容である。イタリアではカトリックの影響で、尊厳死法制化は進まなかった。だが、2017年2月に事故で四肢麻痺の後遺症を負った40歳男性が、医師による自殺幇助が認められているスイスに渡航して亡くなり、同行者が自殺幇助容疑で逮捕された事件をきっかけに議論が活発化した。2017年11月にローマ教皇フランシスコが、治療中止は「道徳的に正当」[10] と尊厳死を認める発言をしたことから、尊厳死法案が可決した[11] 。バチカンや教会の関係者には、「いのちは我々が操作できるものではない」[12] などの反対論が残るが、尊厳死(患者の意思に基づいて治療を中止すること)や安楽死(医師が薬物を投与するなどして、死を迎えさせること)の法制化を求める声は世界に広がりつつある。

2018年5月にはオーストラリアの西オーストラリア州パース在住の104歳の科学者デビッド・グドールが、老衰による「生活の質の低下」から死を希望してスイスに渡航した。スイスでは「利己的な理由による自殺幇助」は処罰対象であるが、利己的な理由でなければ処罰されないという法解釈で、自殺幇助が広く認められているからである。医師が致死薬を点滴に入れ、本人が体内に注入するためのハンドルを自ら回して、いのちを絶った。オーストラリアではビクトリア州で2017年11月に医師による自殺幇助を認める法案が可決され、2019年6月施行予定だが、18歳以上で余命6ヵ月未満と診断された州内の患者に限られる。全世界における2015年の65歳以上の人口比率は先進地域で17.6%と高く[13] 、「死の自己決定権」は世界共通の問題となっている。

高齢になっても健康で元気ならば、希死念慮は少ないだろう。イギリスでは、孤独を感じることが健康に悪影響を及ぼすとして、高齢者や話し相手がいない人たちが抱える孤独に対処するために2018年1月に「孤独担当相」が新設された。イギリスでは、高齢層の約20万人が1カ月以上の間、友人や親類らと会話をしていないという研究結果がある。また、人のつながりの減少により、約7人に1人が孤独を感じている。孤独は認知症や高血圧などに結びつき、健康に悪影響を及ぼすという指摘がある。これまでは労働組合やパブや教会などが、人を結びつける働きをしてきたが、社会の変化により存在感が弱まっているという[14] (日本でも孤独を抱える高齢者対策は課題である。内閣府の2020年12月~2021年1月実施の日米独・スウェーデン4カ国の国際比較調査で、日本の60歳以上は「親しい友人がいない」が約3割で4カ国中最大だった)。宗教界にも、人のつながりを取り戻すための働きかけが求められているのではないか。

最後に、不世出の宗教家の訃報。キリスト教福音派の世界的伝道者として絶大な影響力を誇ったビリー・グラハム師が2018年2月21日に米国の自宅で亡くなった。99歳だった。テレビ伝道の草分けで、「クルセード」と呼ばれる伝道大会を各地で400以上も開催し、約70年間に世界185の国と地域で2億人以上に布教したとされる。葬儀には、トランプ米大統領をはじめ米国内外から約2000人が参加して死を悼んだ。

Ⅱ.2018年の国内における宗教関係の出来事

<2018年の国内の宗教関係の出来事>
1月5日 オウム真理教・菊地直子元信者の逆転無罪判決が確定
1月18日 最高裁がオウム元信者・高橋克也被告の上告棄却、オウム真理教裁判が終結
1月26日 オウム真理教・高橋克也元信者の無期懲役が確定
1月30日 旧優生保護法に基づき強制不妊手術をされた女性が国に初の損害賠償請求
2月22日 建仁寺で「風神雷神図屏風」をMR技術により3D鑑賞
3月5日 日本臨床宗教師会初の資格認定証授与式で認定臨床宗教師146人が誕生
3月15日 厚労省が終末期医療の治療方針に関する指針を改定。ACPを導入
3月31日 天台宗が善光寺大勧進の小松玄澄貫主を解任
5月 世界遺産・仁和寺が1泊100万円の文化体験プログラムの受付開始
5月11日 浅草寺と仲見世商店街が商店街家賃を8年かけて16倍にすることに合意
5月14日 薬師寺の村上太胤管主が女性問題で辞任、退山
6月12日 高野山真言宗らが資産運用損に約8億7000万円の損害賠償を求めた訴訟で、元宗務総長と元財務部長が各1000万円を払う内容で和解が成立
6月28日 バチカンで前田万葉大司教ら14人を枢機卿とする叙任式。日本人で6人目。
6月30日 「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」が世界遺産に認定
7月6日 オウム真理教・松本智津夫元代表らオウム事件の死刑囚7人の死刑執行
7月26日 オウム真理教事件の死刑囚6人の死刑執行
8月15日 平成最後の戦没者追悼式で天皇が4年連続で戦争に「深い反省」のおことば
8月15日 終戦記念日の靖国参拝、2年連続で閣僚の参拝見送り
9月1日 盛岡少年院に臨床宗教師1人が任用、臨床宗教師の矯正施設任用は初めて
9月8日 『聖教新聞』で1993年連載開始の小説『新・人間革命』が完結
9月21日 JR福知山線脱線事故現場に整備された慰霊施設「祈りの社」一般公開開始
10月1日 「幸福の科学」大川隆法総裁の長男・宏洋氏が絶縁宣言をYouTubeに投稿
10月1日 東京都が養育里親の認定基準を緩和し、同性カップルも認定対象に
10月5日 靖国神社の小堀邦夫宮司が天皇に関する不適切発言が報道され、退任
10月7日 興福寺中金堂が300年ぶりに再建され、落慶法要(~11日)。
10月31日 NPO法人「おてらおやつクラブ」が2018年度グッドデザイン大賞受賞
11月5日 立正佼成会が12月からの解体を前に普門館を一般公開(~11日まで)
11月9日 東大寺の上院院主が強制わいせつの疑いで書類送検
12月3日 31年ぶりの新しい日本語訳聖書「聖書協会共同訳聖書」が刊行
12月17日 バチカンでローマ法王フランシスコが被爆地長崎・広島訪問の希望を表明

(1)オウム真理教事件死刑囚らの死刑執行

2018年1月には、1995年3月の地下鉄サリン事件(死者14人、負傷者約6300人)の実行犯の送迎役をしたとして特別手配され、17年間の逃亡ののち2012年に逮捕されたオウム真理教元信者・高橋克也被告の無期懲役が確定。1995年7月に始まったオウム真理教が起こした一連の事件の刑事裁判が終結した。教団が関与した事件の犠牲者は、死者29人(2020年に30人)、負傷者約6000人に及んだ。

<教団が関与した主な事件>
①田口修二さん殺害事件(1989年2月、死者1人)
②坂本堤弁護士一家殺害事件(1989年11月、死者3人)
③薬剤師リンチ殺害事件(1994年1月、死者1人)
④松本サリン事件(1994年6月、死者8人・負傷者約140人*)
⑤冨田俊男さんリンチ殺害事件(1994年7月、死者1人)
⑥会社員VX殺害事件(1994年12月、死者1人)
⑦「オウム真理教被害者の会」会長VX襲撃事件(1995年1月、負傷者1人)
⑧公証役場事務長監禁致死事件(1995年2月、死者1人)
⑨地下鉄サリン事件(1995年3月、死者13(のち14)人、負傷者約5800人以上*)
*はオウム真理教犯罪被害者救済法に基づく給付金支給に当たり,2010年3月までに認定された数

これらの事件では、オウム真理教の教祖・麻原彰晃こと代表・松本智津夫ら教団関係者計192人が起訴され、死刑13人、無期懲役6人、無罪2人となった。法務省は3月に「拘置所内での共犯者同士の接触を避けるため」「死刑執行とは無関係」[15] などとして、全13人死刑囚のうち7人を全国5カ所の拘置所・拘置支所に移送したことを発表した。だが、7月6日に松本智津夫ら7人の死刑が執行され、次いで7月26日に残り6人の死刑が執行された。

※( )内は教団内の役職、執行時の年齢、執行日、執行場所、関与した事件
・松本智津夫(元代表、63歳、6日、東京拘置所、①~⑨)
・井上嘉浩(諜報省長官、48歳、6日、大阪拘置所、③、⑥~⑨)
・遠藤誠一(第一厚生省大臣、58歳、6日、東京拘置所、④⑨)
・土谷正実(第二厚生省大臣、53歳、6日、東京拘置所、④⑥⑦⑨)
・中川智正(法皇内庁長官、55歳、6日、広島拘置所、②③④⑥~⑨)
・新實智光(自治省大臣、54歳、6日、大阪拘置所、①~⑦⑨)
・早川紀代秀(建設省大臣、68歳、6日、福岡拘置所、①②)
・岡崎(現姓・宮前)一明(省庁制発足前に脱会、57歳、26日、名古屋拘置所、①②)
・端本悟(自治省幹部、51歳、26日、東京拘置所、②④)
・豊田亨(科学技術省次官、50歳、26日、東京拘置所、⑨)
・広瀬健一(科学技術省次官、54歳、26日、東京拘置所、⑨)
・横山真人(科学技術省次官、54歳、26日、名古屋拘置所、⑨)
・林(現姓・小池)泰男(科学技術省次官、60歳、26日、仙台拘置支所、④⑨)

地下鉄サリン事件から23年、死刑確定(2005年~2011年)から6~13年経っていたが、死刑確定順に執行される通例からすると、松本らはまだ執行時期ではなかった。だが、「平成の犯罪を象徴する事件は平成が終わる前に決着をつける」(法務省幹部)[16] ためと政治的判断により執行された。

この執行により「真相は闇の中」「真相がわからなくなった」という報道もあった。確かに松本は1審途中で沈黙したが、ほとんどの弟子たちは公判で証言し、多くの事実が明らかになった。神秘体験を通じて松本に深く帰依した人々が、殺人を宗教的救済と説く教祖にしたがって、一般社会では「犯罪」とされる行為に手を染めた。

刑事裁判において、カルト問題に詳しい宗教学者の浅見定雄・東北学院大学名誉教授は、16歳で入信した井上嘉弘への接見が特別に許可されてカウンセリングを行い、また元幹部や信者らの公判では弁護側証人や鑑定人として社会心理学者の西田公昭・静岡県立大学助教授(当時)が罪を犯さざるを得なかったマインドコントロールの怖さを訴えた。だが、司法の場では無理であったにせよ、日本政府には再発防止のために死刑囚や無期懲役囚など元幹部らを積極的に活用しようとする姿勢は見られなかった。化学・生物兵器を用いたテロ対策のため、政府に特別に許可されて死刑囚ら元幹部に事情聴取を行ったのは米国の専門家たちだった。カルト対策については、置き去りになっている。

むしろ、教祖の呪縛から放たれた弟子たちが、教祖を妄信した過ちを悔い、自分たちのようになってはいけないと積極的に手記を発表するなどした。 

「真相がわからない」という言葉は死刑執行制度に反対する口実のようにも思われる。確かに今回の死刑執行には、松本の精神状態(心神耗弱の場合には死刑は執行されない)など、そもそもの死刑是非論以前に論議を呼ぶ点が多かった。だが、現状を鑑みると、死刑執行が延びたとしても「真相がわかった」状況にはならなかったのではないだろうか。同じような犯罪を繰り返さないように、彼らが残した言葉や、彼らと接した人々が語る彼らの姿から、学ぶべきことを見つけるほうが建設的であろう。※詳細は「オウム真理教事件の全死刑囚13人の死刑執行――2018年の国内における宗教界の出来事――」参照のこと。

なお、宗教界の死刑に対する考え方や取り組みは、別の機会に取り上げる。

(2)若者の自殺対策と高齢者の「死の自己決定権」

◆若年層の自殺対策にSNSを活用

2017年から2018年には、生死を考えさせる事件が連続した。2017年10月末に神奈川県座間市のアパートの一室で9人の切断遺体が見つかった事件では、住人の男がツイッター(SNS=交流サイト)に自殺願望を投稿した相手をねらって殺害していたことが発覚した。被害者は15歳~26歳で、男は「女性たちは『死にたい』と言っていたが、会ってみると本当に死にたいと思っている人はいなかった」[17] と供述したという。

政府は2017年12月に再発防止策をまとめ、2018年1月からネット上で監視対象としている有害情報に自殺を誘う情報を加え、見つけた場合はSNS事業者に情報削除を依頼し、サイバーパトロールを強化したほか、2018年3月には小中高生が多用するLINE(ライン)などのSNSを使った自殺対策相談事業を13の民間団体に委託した。2018年4月~9月に延べ9548件もの相談が寄せられ、年齢が把握できた相談者の9割が20代までで、性別がわかった相談者の95%が女性だった。世代の移行に伴い、自殺相談の主流が電話からSNSになる可能性がある。ただし、どの年齢層でも男性のほうが女性よりも自殺数が多く、10~29歳の自殺数は男性が女性の2倍以上と多い[18] 。若年層男性に有効な対策を別途、考える必要があるだろう。

『自殺対策白書』2018年版をみると、2017年の自殺者数は2万1321人と8年連続で減少したが、19歳未満では自殺者数は少ないものの横ばいであった。2016年の15~39歳の各5年区切りの年代別死因の第1位は自殺である。「こうした状況は国際的に見ても深刻であり、15~34歳の若い世代で死因の第1位が自殺となっているのは先進国では日本のみで、その死亡率も他の国に比べて高い」と白書は記す。確かに15~34歳の自殺率をG7(日・米・英・独・仏・伊・加)で比較すると、日本(17.8%、2014年)は2位の米国(13.3%、2013年)に比べても高い。だが、参考掲載の韓国(18.3%、2013年)も高く、自殺は死亡1位である。自殺率には地域性があり、アジア諸国や東ヨーロッパ諸国、東アフリカ諸国で高い[19] 。日本以外のG7では15~34歳の死因の1位は事故で、その死亡率が9.1~35.1%と日本(6.9%)に比べて軒並み高く、そこに問題が隠れているようでもある。自殺対策強化には同意するが、白書では若年層の自殺問題を大きくみせすぎてはいないだろうか。問題を叫び続ける必要はあろうが、騒ぐことで逆に自殺を増加させる懸念もある。

◆高齢者には自殺対策よりも安楽死?

世界のすべての地域で男女とも、自殺死亡率は15歳以下が最も低く、70歳以上が最も高い[20] 。2018年1月には、評論家・西部邁(すすむ)(78歳)が入水自殺か、と報じられた。西部は2014年に妻を亡くしてから、「妻はいいにしても周りに迷惑をかけるのは不快でしょうがない。僕の精神が許さない。だとすると、後は、死ぬ意志と死ぬ力があるうちに自裁する以外に選択肢はない」[21] など「自裁死」を語っていた。当初は単独の自殺とみられたが、遺体の状況[22] から警視庁が捜査をはじめ、4月に長年の知人2人が自殺幇助容疑で逮捕された。2人は「先生の死生観を尊重し、力になりたかった」[23] などと供述した。2人は、それぞれ懲役2年執行猶予3年の有罪判決を下された。うち45歳会社員は9月の1審判決直前に会社を懲戒解雇された。1人の自殺願望が2人の人生を変えてしまった。

『自殺対策白書』2018年版で60歳以上の配偶関係別の自殺死亡率(人口10万人当たり)[24] をみると、男女とも有配偶者<死別<未婚<離別の順に自殺率は高くなる。男性では有配偶者21.4(女性は10.4)に対して死別51.0 (同16.2)と跳ね上がる。事件を念頭に、精神科医・香山リカが、ある調査では配偶者死後1年以内の自殺率を独身者と比べると女性では10倍、男性では66倍にもなったとして「妻に先立たれた高齢男性の問題」を社会で真剣に考える必要がある[25] と提言し、月刊誌『新潮45』[26] が妻に先立だれた7人の著名人の再生の物語を特集した。だが、これらは例外である。

西部の死は「自立の意志の現れ」[27] 「ある意味、見事でした」[28] 「熱情と明晰、そして信念の人らしい最期」[29] などと評され、「死の自己決定権」や「安楽死法制化」への期待、92歳の脚本家・橋田壽賀子が表明した安楽死希望[30] とともに論じるものが多かった[31] 。自殺幇助が判明してからも、やはり「安楽死」への言及が多く、自殺を阻止する方向には進まなかった。高齢者が自殺願望を示すと、安楽死を後押しするだけなのか。自殺対策の対象か、安楽死の対象かを分ける基準は、年齢、病状、医療費……どこにあるのだろうか。

◆終末期医療・ケアの指針改定

そもそも日本では、尊厳死(延命医療中止による死)や安楽死(積極的な措置による死)は法律で定められていない。2012年に超党派の議員連盟が尊厳死法案をまとめたが、終末期患者の7割は意識不明や認知症などのため意思を伝えられず、本人の意思に反して延命治療が中止される懸念もあり、法整備は進んでいない。

厚生労働省は、2006年に富山県の射水市民病院で人工呼吸器取り外し問題が発覚したため、2007年に終末期医療の指針[32] をまとめ、①延命治療の開始や中止は患者本人の意思を基本とし、医療チームで判断すること、②患者の意思が確認できない場合は、家族と医療チームが話し合い、患者にとって最善の方法をとる、などを決定した。

だが多死社会が進み、在宅での看取りや介護施設での療養が増えたことから、2018年3月には終末期医療の指針が初めて改訂された[33] 。海外で普及している「アドバンス・ケア・プランニング(ACP)」の考え方を取り入れ、①終末期の患者が家族や医療・介護関係者と話し合って治療方針を決めること、②本人の気持ちは変化するうえ、意思表示が難しくなる可能性もあるため、繰り返し話し合い、その都度、内容を文書にまとめておくこと、などとした。厚生労働省は12月にACPの愛称を「人生会議」と決定した。

この流れに乗って、「もし余命半年と宣告されたならば、どう生きるか」を話し合うカードゲーム「もしバナゲーム」も脚光を浴びた。もとは米国で作られ、2016年に日本語版が販売され、各地の高齢者施設で取り入れられていたものである[34]

人生の最終段階において受けたい治療や受けたくない治療などを記した書面は、「リビングウィル」「事前指示書」などと呼ばれている。厚労省が2018年2月に発表した調査結果(2017年調査)では、意思表示の書面をあらかじめ作成しておくという考え方に賛成の比率は66.0%と高かったが、うち作成済みは8.1%(全体の5.3%)に過ぎなかった。

事前指示書を書いていても見つけてもらえなければ意味がない。全国に先駆けて2015年度から身寄りがなく低所得の独居高齢者を対象に終活支援を行う「エンディングプラン・サポート(ES)事業」を手掛けていた神奈川県横須賀市は、2018年5月から全市民向けに「わたしの終活登録」事業を開始した。「リビングウィルの保管場所」「墓の所在地」「葬儀・遺品整理・献体の契約先」など11項目から登録する情報を選べ、万が一のときに市が病院・消防・警察・福祉事務所・指定者からの問い合わせに答える仕組みである[35]

今後、事前指示書が必要な場面は増えそうである。2018年4月に毎日新聞のアンケートで、2016年4月以降、心肺停止の高齢者[36] を救急搬送する際に、現場で蘇生不要の意思を示されて対応に苦慮した経験がある消防機関が全体の6割にあたる46機関あることがわかった[37] 。救急医療においてはすでに2017年3月に一般社団法人日本臨床救急医学会が、人生の最終段階における高齢者については、本人の意思を示す、かかりつけ医の指示書があり、医師の指示を受けられれば蘇生処置をしない(DNAR=do not attempt resuscitation)などの提言を発表している[38] 。(なお、東京消防庁は2019年12月16日から、延命治療を望まない終末期患者について①ACP(人生会議)を行っている成人で心肺停止状態②事前に本人が医師や家族らと話し合い、蘇生を望まない合意がある、③救急隊が「かかりつけ医」に連絡し、事前の合意や症状を確認、などの条件を満たせば蘇生を中止することにした[39] 。運用開始から1年間で、約9割が希望通り不搬送となった[40] 。)

ただし、「本人の意思を尊重」といっても、治療費など家族の負担を気にして本人が治療中止を希望する可能性もなくはない。だが、このような問題に他人から口出しされるのは、不愉快であろう。2018年12月発売の文芸誌『文学界』(2019年1月号)では、社会学者・古市憲寿(34歳)とメディアアーティスト・落合陽一(31歳)の対談で、財政危機の中で死亡前1カ月間にお金がかかっている(注:これは事実誤認)として、両者ともコスト面から高齢者の終末期医療を否定する発言をし、批判の声があがった[41]

海外では、重篤かつ不治の病で心身ともに苦痛が持続しているなど一定の条件で医師が患者に死をもたらす「安楽死」の合法化が広がりつつある[42] 。2002年に世界で初めて安楽死法を施行したオランダでは、2010年に政治家や医師、作家らが「70歳以上には死の自己決定権を認めるべき」と約10万人の署名を集め、2016年10月に保健相が安楽死法の適用対象を「生きるのに疲れた」などと訴える高齢者に拡大するよう議会に提案した[43] 。政権交代で動きは止まったが、王立オランダ医師会は「安楽死法の崩壊を招く」と反対を表明し、議論は続いている[44] 。適用範囲の拡大について、「国民は死を管理するという考えに慣れ、なし崩し的に安楽死が広がっている」と同国のある倫理学教授は警告する[45] 。日本にもこの波が押し寄せつつあるのだろうか。

「迷惑をかけたくないから死ぬ」「死の自己決定権」などの言葉の背景には、他者への配慮があるかもしれないが、驕りを感じなくもない。宗教離れとつながっているのだろうか。ある意味では、誰もが迷惑をかけあって生きている。親や周囲の助けを借りずには生きられない幼少期を過ぎてもなお、自分の食物や身の回りの品々の生産・配送や廃棄に至るまで、他の人々や他国の人々、あるいは人間以外の生き物に大きな“迷惑”をかけている。自分一人の力だけで生きている人はいない。神仏とは言わないにしても、誰か、あるいは何かの「おかげさま」で生きている。それに気づけば、生死にも謙虚さをもてるのではないだろうか。この問題には、時間をかけた議論が必要であろう。

(3)日本人で6人目の枢機卿の任命

2018年6月にローマ教皇フランシスコは、前田万葉・大阪教区大司教を日本人で6人目となる枢機卿に任命した。長崎出身の被爆2世である前田大司教は前広島教区司教で、教皇に被爆地広島・長崎の訪問を働きかけていた。7月にカトリック中央協議会は、原爆投下直後の長崎で撮影された「焼き場に立つ少年」の写真入りカードを信徒らに配布した。このカードは、教皇が2017年末に作成して関係者に配布したものの日本語版である。

2017年は、7月に核兵器禁止条約が国連総会で採択され、12月に「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)がノーベル平和賞を受賞するなど、反核運動が例年になく注目された年でもある(日本は批准しなかったが、2020年10月に批准国が発効基準である50カ国に達し、2021年1月22日に条約発効)。

教皇の言動は世界潮流と合致している。2018年12月に前田枢機卿とバチカンで面会した教皇は、被爆地訪問の希望を述べ、2019年の教皇訪日が実現することとなった。反核運動の盛り上がりとともに、平和運動の象徴として広島・長崎訪問の意義が高まっている。

(4)LGBT問題

性的少数者であるLGBT(レズビアン・ゲイ・バイセクシャル・トランスジェンダー)の権利擁護は海外が先行したが、日本でも2015年に全国で初めて渋谷区で「パートナーシップ条例(男女平等及び多様性を尊重する社会を推進する条例)」が施行され、同性カップルにも結婚に相当する証明書を発行した。同様の条例は、東京都世田谷区、三重県伊勢市、兵庫県宝塚市、那覇市、札幌市、2018年4月に福岡市と、全国に広がっている。2018年4月には、性的指向を公表された一橋大学院生の死をきっかけに東京都国立市が全国で初めて性的指向や性的自認を本人の意に反して公表すること(アウティング)を禁止する条例(女性と男性及び多様な性の平等参画を推進する条例)を施行した。2018年10月に東京都では、オリンピズムの根本原則で「性的指向などの理由による、いかなる差別」をも否定する2020年東京五輪・パラリンピックの開催を控え、LGBTなどへの差別を禁じ、ヘイトスピーチなどの差別的な表現を規制する人権尊重条例が成立した。

「LGBT」という言葉も市民権を得て、2018年1月に10年ぶりに改訂された『広辞苑』(岩波書店)第7版に初めて「多数派とは異なる性的指向をもつ人々」などと掲載された。だがトランスジェンダーの説明が抜ける誤りを指摘され、「広く、性的指向が異性愛でない人々や、性自認が誕生時に付与された性別と異なる人々」と修正された。

自治体におけるLGBTの権利擁護が進むなか、2018年7月には『新潮45』2018年8月号(7月発売)に自民党の衆議院議員・杉田水脈(みお)の「『LGBT』支援の度が過ぎる」という論文が掲載された。「彼ら彼女ら(注:LGBT)は子供を作らない、つまり『生産性』がない。そこに税金を投入することが果たしていいのかどうか」とLGBTへの行政支援を疑問視する内容に「LGBT差別」と批判が沸き起こった(『新潮45』は10月号特別企画「そんなにおかしいか『杉田水脈論文』」がさらなる批判を受けて、休刊に追い込まれた)。

この杉田論文は「性的少数者に対する差別」であるとして、8月に真宗大谷派(東本願寺)は解放運動推進本部長名で、「『生産性』という一方的な視点で人間を価値づける今回の発言」を看過できないとして「すべての人びとが共に尊重し合い、認め合うことができる社会の実現に向けた要望書」を内閣総理大臣・自民党総裁・安倍晋三宛てに提出した[46] 。日本聖公会正義と平和委員会も安倍首相らに抗議文を送付し、日本バプテスト連盟性差別問題特別委員会も抗議声明を発表した。

LGBTへの宗教界の取り組みは海外では早くから行われていたが、日本の伝統仏教界では緒に就いたばかりである。先駆けとして2016年には浄土真宗本願寺派が、同派の築地本願寺に男性カップルから挙式申し込みがあったことから、宗派としての対応を検討したうえで「パートナーシップ仏前奉告式」を行っている。2018年には真言宗智山派などがLGBTに関する研修会を開催し、浄土宗総合研究所が宗内寺院や僧侶向けにLGBTについて学べる『総研叢書第10集 それぞれのかがやき:LGBTを知る-極楽の蓮と六色の虹-』を刊行した。LGBTのための戒名や仏前結婚式などへの対応についても論じた。宗教界のLGBT対応は、別途、取り上げる。

(5)宗教界の「#Me Too」運動?

2017年に米国の映画業界から世界に広がったセクハラ告発運動「#Me Too運動」が、日本の宗教界にも波及したわけではないと思われるが、2018年には名刹の高僧の女性問題やセクハラが立て続けに報じられた。

2018年5月には法相山大本山薬師寺(奈良市)の村上太胤・管主(71歳)が2019年8月までの任期を残して「個人的な事情」により辞任・退山した。その3日後に発売された『週刊新潮』(2018年5月24日号)に40代ホステスとの不倫関係が掲載された。

11月には華厳宗大本山東大寺(奈良市)が、平岡昇修・上院院主(二月堂などがある上院地区の責任者で、寺のトップである別当が代々就任前に務めた要職)(69歳)が辞表を提出し、僧籍を返上したと発表した。アルバイトの20代女性が境内の施設内で胸を複数回、触わられたとして被害届を出していた。平岡上院院主は、強制わいせつ容疑で書類送検されたが示談が成立し、不起訴処分となった。近年、被害者は泣き寝入りせずに被害を訴えるようになったため、悪事が露見しやすいのかもしれない。

3人目は、日本最古の仏像を祀る善光寺(長野市)の高僧。善光寺は無宗派の寺だが、天台宗の「大勧進」と浄土宗の「大本願」の2つの組織が運営している。女性問題を発端に2005年から騒動が泥沼化していた善光寺大勧進のトップである小松玄澄(げんちょう)貫主(84歳)が、2018年3月末にようやく天台宗から解任された。

2002年4月に第102代貫主に就任した小松貫主は、2004年末に女性問題が月刊誌[47] で報じられ、2005年に大勧進を構成する一山(いっさん)の25院の住職のうち15人から解任を求められた。小松貫主は辞任を口約束して和解したが、貫主の座に居座り続け、法廷闘争まで行われた。対立は続き、2014~15年にも女性職員2人へのセクハラと不当な配置転換、差別発言などの問題があったとして、2016年に一山会議が小松貫主に無期限謹慎、本堂への立入禁止と辞任を通告し、信徒総代も辞任を求めた。事態収拾のため天台宗が介入し、小松貫主の退任届を受け取った。小松貫主は2018年1月に記者会見で退任表明したものの、翌日にも会見をして続投意向を示し、2月末には天台宗に辞意撤回を伝えた。さらに3月には虚偽のセクハラ情報を流して辞任させようとしたとして一山の住職ら11人を業務妨害などの疑いで告訴した(8月に嫌疑不十分で全員が不起訴処分)。だが天台宗は3月31日に小松貫主を解任し、5月1日付で新しい貫主に瀧口宥誠(ゆうじょう)大僧正(85歳)を任命した。

騒動は収束せず、小松前貫主は4月以降に大勧進を相手に地位確認を求める訴訟や損害賠償を求める訴訟を連発した[48] 。この善光寺大勧進をめぐる騒動に関して天台宗の臨時宗議会は5月に、決議文を全会一致で採択した。決議文では、「信徒の信仰に水を差す行為であり、宗教界のみならず、一般社会からも顰蹙をかい、参拝者減少の一因になっている」と小松前貫主の言動が非難された。

女性問題やセクハラ問題を起こした3人の高僧はみな、高齢である。昔ならばコミュニケーションの一環とされたような言動でも、現在はセクハラの対象となる。高齢者が昔の感覚を引きずると問題になりかねない。だが、彼らの問題は、その範疇を越えている。

なお、善光寺の参拝者数に関しては、騒動の渦中の2015年に行われた6年に1度(数え年で7年に1度)の善光寺ご開帳の参拝者数は約707万人(善光寺事務局推計値)で、前回(2009年)比34万人増と過去最多を記録した。好天や北陸新幹線の延伸(長野-金沢間開通)、誘客宣伝も要因とみられた[49] 。もはや寺は観光対象でしかなく、貫主の言動にも関心がない、という状態なのだろうか。新貫主のもとで、どれだけ参拝者数が増加するかが勝負どころである。

最後に新宗教教団に関する出来事を紹介して結びとする。新宗教では最多の信者世帯数を誇る創価学会(創立1930年)の機関紙『聖教新聞』に1993年8月から連載されていた小説『新・人間革命』が2018年9月に遂に完結した。池田大作第三代会長(現・名誉会長)が、自身を主人公として創価学会の歩みを執筆したものだが、2001年11月の内容で終了となった。『新・人間革命』は単行本化されるたびにベストセラーとなっており、ちょうど30巻で完結となった。創価学会側は、連載を開始した1993年に「書籍が30巻に達したら完結する」と明言していたので終了したという[50] 。だが1928年生まれの池田名誉会長が公の場に姿を見せたのは、2010年5月が最後である。代作説も1970年代後半から流れていた[51] 。『FORUM21』2018年10月号は、連載終了を「池田大作時代の終焉を刻するピリオド」と表現している。

創価学会と同じころに創立され、信者獲得を競った立正佼成会(創立1938年)でも、一時代の終焉を刻む出来事があった。同会所有の文化施設「普門館」の解体が2018年3月に発表された。1970年落成の普門館は5000人を収容する大ホールを備え、オーケストラやバレエ公演などに広く利用されてきた。「全日本吹奏楽コンクール」中学・高校の部の主な会場として用いられことから、「吹奏楽の聖地」とも呼ばれた。だが2011年の東日本大震災を受けて実施した耐震調査で危険性が指摘されたため、大ホールの使用を停止。建て替えも検討されたが、同館周辺地域に定められた用途制限ではホールの改築が不可能と判明し、緑地化することが決まった。12月からの解体を前に、同会が大ホールを一般開放したところ、全国から約1万2000人が来場して、別れを惜しんだ(2021年2月に跡地「普門エリア」が整備されて市民に開放された)。

「新宗教」といっても、ともに創立80年を超える伝統をもつ宗教である。ひとつの時代の終焉は、新たな時代の幕開けでもある。新たな展開が期待される。


  1. [1]『毎日新聞』2018年5月15日
  2. [2]「人民網日本語版」2018年4月4日 http://j.people.com.cn/n3/2018/0404/c94474-9445613.html
  3. [3]『産経新聞』2018年4月5日
  4. [4]『朝日新聞』2018年10月12日
  5. [5]『日本経済新聞』2018年10月13日
  6. [6]信者、聖職者数は、CJC。『キリスト新聞』2018年2月11日掲載。
  7. [7]『読売新聞』2018年9月23日
  8. [8]『朝日新聞』2018年9月24日
  9. [9]『朝日新聞』2018年9月23日
  10. [10]Francis,Message of His Holiness Pope Francis to the participants in the European regional meeting of the world medical associaton,2017年11月7日
    https://www.vatican.va/content/francesco/en/messages/pont-messages/2017/documents/papa-francesco_20171107_messaggio-monspaglia.html
  11. [11]『読売新聞』2018年2月2日
  12. [12]同上、カトリック教会が運営するイタリア国内約1500の医療施設の一部を束ねる健康保健協会ARISのベルジニオ・ベッベル会長の発言
  13. [13]内閣府『高齢社会白書』2018年版
    https://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2018/html/zenbun/s1_1_2.html
  14. [14]『朝日新聞』2018年1月19日
  15. [15]『朝日新聞』2018年3月16日
  16. [16]『読売新聞』2018年7月7日
  17. [17]『読売新聞』2017年11月5日
  18. [18]「2018年における男女別の年齢階級別の自殺者の構成割合」資料:警察庁「自殺統計」より厚生労働省自殺対策推進室作成『2019年版自殺対策白書』厚生労働省
  19. [19]世界保健機関、自殺予防総合対策センター訳 「自殺を予防する 世界の優先課題(Preventing Suicide:A global imperative)」独立行政法人 国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所自殺予防総合対策センター、2014年9月、『平成29年版自殺対策白書』厚生労働省
  20. [20]世界保健機関、自殺予防総合対策センター訳 「自殺を予防する 世界の優先課題(Preventing Suicide:A global imperative)」独立行政法人 国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所自殺予防総合対策センター、2014年9月
  21. [21]保阪正康・浜崎洋介「自裁死・西部邁は精神の自立を貫いた」『文藝春秋』2018年3月号
  22. [22]遺体はハーネスで固定され、ロープが結ばれていたが、西部氏は手が不自由だったことから、自殺の手助けをした可能性があるとみられた。『週刊文春』2018年3月22日
  23. [23]『産経新聞』2018年4月7日
  24. [24]2016年の数値
  25. [25]『SPA!』2018年2月6日号
  26. [26]「特別企画 妻に先立たれた男の話」『新潮45』2018年3月号
  27. [27]保阪正康・浜崎洋介「自裁死・西部邁は精神の自立を貫いた」『文藝春秋』2018年3月号のタイトル。保坂は、「自裁死も、そういう(アメリカに対する自立の問題、現代の消費文明や医療体制に対する自立の問題などの)自立の意志の現れでしょう」と語り、浜崎は「『自立』への意志を貫くことで、逆に『自然死という生』を先生は選び取ったんだと思います」と語っている。
  28. [28]「『拳銃がほしい』保守論客 西部邁が漏らしていた自殺願望」における評論家・佐高信の言葉。『週刊文春』2018年2月1日
  29. [29]『仏教タイムス』2018年1月25日
  30. [30]2016年12月号『文藝春秋』に橋田壽賀子(当時91歳)は「安楽死で逝きたい」と手記を発表して話題となり、その後もテレビや雑誌などで安楽死について語っていた。
    橋田壽賀子「私は安楽死で逝きたい」『文藝春秋』2016年12月
  31. [31]橘玲「高名な思想家はなぜ『溺死』しなければならなかったのか?」『週刊プレイボーイ』2018年2月26日、「西部邁さん『自裁死』、橋田寿賀子氏手記で改めて関心 死の自己決定権 『安楽死を遂げるまで』の著者がメッセージ」『東京スポーツ』2018年1月30日
  32. [32]厚生労働省「終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン」2007年5月
  33. [33]厚生労働省「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」改訂2018年3月
  34. [34]『産経新聞』2017年10月17日、同2017年11月24日、『朝日新聞』2018年5月16日、『東京新聞』2018年12月19日など
  35. [35]横須賀市「わたしの終活登録」パンフレット https://www.city.yokosuka.kanagawa.jp/3014/syuukatusien/documents/syuukatutourokurihuretto.pdf
  36. [36]アンケートでは、末期がんなどの背景がある高齢者に限定。『毎日新聞』2018年4月1日
  37. [37]毎日新聞の調査は2017年12月に、東京消防庁と道府県庁所在市、政令市、中核市の計79消防機関に調査書を送付し、74機関が回答。『毎日新聞』2018年4月1日
  38. [38]一般社団法人日本臨床救急医学会「人生の最終段階にある傷病者の意思に沿った救急現場での心肺蘇生等のあり方に関する提言」2017年3月31日
  39. [39]「心肺蘇生を望まない傷病者への対応について新たな運用を開始します」東京消防庁2019年11月20日 https://www.tfd.metro.tokyo.lg.jp/hp-kouhouka/pdf/011120.pdf、『読売新聞』2019年12月2日夕刊
  40. [40]『産経新聞』2021年1月4日
  41. [41]その後、落合陽一は、「終末期医療の延命治療を保険適用外にするだけで話が終わるような気もするんですけどね」などの発言について、反省と撤回を表明した。古市憲寿は「お金がかかっているのは終末期医療、特に最後の1カ月。だから、高齢者に『10年早く死んでくれ』と言うわけじゃなくて、『最後の1カ月間の延命治療はやめませんか?』と提案すればいい。胃ろうを作ったり、ベッドでただ眠ったり、その1カ月は必要ないんじゃないですか、と」などと発言したが、撤回や謝罪はなく、朝日新聞の問い合わせにもコメントはしなかった。『朝日新聞』2019年2月11日。
    「落合陽一は反省表明したが…古市憲寿と落合が『高齢者終末医療カット』言い逃れでさらに露呈した無知と無自覚」「LITERA」編集部「LITERA」2019年1月6日 https://www.excite.co.jp/news/article/Litera_4473/
  42. [42]2002年に世界で初めてオランダ(12歳以上)とベルギー(18歳以上、2014年に年齢制限撤廃)で安楽死法が施行され、2009年ルクセンブルク、2015年コロンビア、2016年カナダ(2021年スペイン、ニュージーランド)で、また米国とオーストラリアの一部の州で安楽死が認められている。
  43. [43]『産経新聞』2018年7月20日、『毎日新聞』2017年7月5日
  44. [44]『毎日新聞』2017年7月5日
  45. [45]『産経新聞』2018年7月20日
  46. [46]真宗大谷派解放運動推進本部長草野龍子「すべての人びとが共に尊重し合い、認め合うことができる社会の実現に向けた要望書」2018年8月9日
    http://www.higashihonganji.or.jp/news/declaration/25443/
  47. [47]亀井洋志「善光寺トップ71歳の『女とカネ』大醜聞 スクープ! 小松玄澄・大勧進貫主のあきれた行状」『現代』2004年12月号
  48. [48]小松前貫主は、2018年4月には貫主の地位確認の仮処分を求めて大勧進を相手取り、長野地裁に提訴し、10月に却下された(2019年3月には東京高裁も抗告を却下)。5月には、一山の住職ら11人が共謀して虚偽のセクハラなどを主張して辞任を強要したなどとして計5500万円の損害賠償を求めて長野地裁に提訴した(2019年4月には11人が、虚偽の事実に基づき損害賠償請求を起こされたなどとして、2420万円を求めて長野地裁に反訴した)。さらに7月に小松前貫主は、大勧進を相手に貫主の地位確認を求める訴訟(本訴)を長野地裁に起こした(2020年11月に長野地裁は請求を棄却し、2021年6月の控訴審でも東京高裁は一審判決を支持して控訴を棄却した)。
  49. [49]『信濃毎日新聞』2015年6月3日
  50. [50]『週刊新潮』2018年9月27日
  51. [51]段勲「連載五十年余りかつ単行本約5千万部の『人間革命』が終了した理由」『月刊住職』2018年11月号