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宗教情報センターの研究員の研究活動の成果や副産物の一部を、研究レポートの形で公開します。
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2013/07/01

憲法改正と宗教界――憲法96条改正から憲法9条改正へ

宗教情報

藤山みどり(宗教情報センター研究員)

 2013年7月に迫った参議院議員選挙を前に、与党・自民党(自由民主党)は、憲法改正を参院選公約に掲げた。ただし、安倍晋三首相が意欲を見せていた、憲法改正の発議要件を緩和する憲法96条の先行改正は明記されなかった[1]。これは連立政権を組む公明党への配慮とみられている[2]。公明党は憲法96条改正には慎重で、現行憲法に必要な理念を追加する「加憲」を主張する[3]。共産党(日本共産党)と社民党(社会民主党)は護憲を前面に打ち出し、改憲派と護憲派が混在する民主党は足並みが乱れていたが、憲法96条の先行改正に反対すると発表した[4]。自民党のほかの改憲勢力は、みんなの党、日本維新の会、新党改革である。
 衆議院では、これら改憲勢力で365議席と、憲法改正に必要な定数3分の2(320)を上回る[5]。だが、参議院では101(うち7月非改選61)[6]と、3分の2(162)にはほど遠い。4党以外の改憲派非改選議員1名[7]を加えても、参院選で改選121議席数のうち3党計100議席以上が必要だ。だが6月17日に安倍首相は、参院選後に民主党内の改憲派とも連携して3分の2以上の確保を目指すと述べた[8]
 参院選の結果はどうであれ、6月時点で57.4%[9]と高い内閣支持率を誇る安倍政権が憲法改正に向けて歩を進めるのは確実である。そこで、2012年4月に発表された自民党の「日本国憲法改正草案(以下、改正草案)」について検討する。憲法は、微妙な文章の違いが解釈に与える影響が大きいため、文末に付した現行憲法との対照表を参照されたい。
 

■  憲法96条先行改正のもつ意味

 自民党は、1955年の立党以来、連合国軍総司令部(GHQ)占領下で作られた憲法の自主改正をすると訴えてきた[10]。安倍首相は2013年1月に行われた所信表明演説に対する各党代表者質問で、まずは憲法96条改正に取り組む方針を表明した[11]。憲法96条は、憲法改正には衆参両院議員総数の3分の2以上の賛成を得た後、国民投票によって過半数の賛成を要すると定めている。この国民投票の手続きを定める憲法改正国民投票法が成立したのは2007年(2010年施行)。今と同じ安倍首相(第一次安倍内閣)の時代のことである。
 日本国憲法は1946年公布(1947年施行)以来、一度も改正されていない。自民党は、現行憲法は世界的に見ても改正しづらく、国会での手続きが厳格であるのは国民の意思を反映しないことになるとして、憲法96条の改正要件を衆参両院の3分の2以上から過半数に緩和することを提案している[12]。『読売新聞』(2013年6月7日)は改憲を支持し、護憲派からの批判に次のような反論を掲載した。「憲法改正要件は他国に比べて厳しくない→日本以外のG8諸国で国民投票を必須とする国はなく、厳しい」「憲法改正のための改正が成された例はない→デンマークは1953年に改正要件を緩和した」「憲法と一般の法律が同列になる→国民投票が必要だから同列ではない」。
 一方、『東京新聞』(2013年5月24日)は、改憲派(憲法9条改正論者)として知られる小林節・慶応大学教授までもが加わって、憲法96条の先行改正に反対する憲法学者などによる「九六条の会」が発足したことを1面で報じた。小林教授は、「憲法は国民でなく権力者を縛るもの、という立憲主義を理解しておらず、議論にならない」と国民の義務規定を増やした自民党の改正草案を批判した。日弁連(日本弁護士連合会)も、憲法は国家権力の濫用を防止するための国の基本法で、憲法が安易に改正されると基本的人権の保障が形骸化されるおそれがあるなどとして、憲法96条の発議要件の緩和に反対している[13]
 憲法96条が改正されると、憲法全体が改正されやすくなる。憲法96条が改正されたあとに想定される改正への懸念から、憲法96条改正に反対する人々もいる。宗教界では、この観点から真宗大谷派が2013年6月に憲法96条改正に反対する決議を行った[14]。また、憲法改正の動きに対して、2012年11月に立正佼成会が憲法改正に否定的な「憲法改正に対する見解」を発表した[15]。だが、神社界は憲法改正を主張しており、憲法96条改正にも前向きだ[16]
 ここでは、宗教界に関わりが強い「平和主義」、「信教の自由」、「政教分離」の3つのなかから、「平和主義」に要点を絞って、自民党の改正草案を見ていく。
 

◆◇◆平和主義◆◇◆
■  「平和憲法」憲法9条改正、国防軍設置へ

 そもそも安倍首相のねらいは憲法9条改正にあり、そのために96条改正を入り口にしているという[17]。憲法9条は、基本的人権の尊重、国民主権とともに日本国憲法の3大原理の1つである平和主義を定めている。だが、「改憲派」「護憲派」という言葉が一般的には憲法9条についての態度を示すように、改正について最も議論されてきた条文である。
 自民党は、平和主義を決して否定してはいない。憲法9条1項についても、「平和主義を定めた規定であることから、基本的には変更しない」こととしたという[18]。自民党改正草案の9条1項には変更が加わっているが、武力行使は「戦争」及び侵略目的の場合のみ禁止されるのであり、自衛権の行使と国際機関による制裁措置の場合には武力行使できるように明確にするために文章を整理したという。このほか改正草案の憲法9条では、現行憲法の2章のタイトル「戦争の放棄」が「安全保障」に変わり、「戦力不保持」と「交戦権の否定」(9条②)が削除されている(※対照表参照)。代わりに「自衛権」(9条2項)を規定し、現行憲法9条の解釈上では行使できない「集団的自衛権」(自国が直接攻撃されていない場合でも、密接な関係にある他国に対する武力攻撃を実力で阻止する権利[19])を行使可能とした。さらに、「国防軍の保持」(9条の2)規定を新設し自衛権の行使のほか、国際平和活動への参加における武力行使、集団安全保障における制裁、邦人救出なども行えるとした。
 これは自衛隊を「他国並みの軍隊」にすることで、これによって、1991年の湾岸戦争でイラクを攻撃した多国籍軍のような活動にも参加可能になり[20]、2013年のアルジェリア人質事件のようなときにも邦人救出のため出動できるようになる。また現在は、憲法9条に抵触するおそれがあるとして、国連平和維持活動(PKO)に参加するときはPKO参加5原則[21]に基づき、武力行使は自衛官の自己の生命・身体防護のためなど最低限に制限されている[22]。だが、この改正をすれば、活動地から離れたところにいる民間人や国際機関職員が武装集団に襲われたときの「駆けつけ警護」[23]ができるようになる。
 自衛隊については、政府が憲法9条の解釈の変更の積み重ねで対応してきた側面がある。1946年には吉田茂首相(当時)が自衛戦争も否定したが、不保持とする戦力については、自衛隊発足前の1953年には近代戦争遂行能力を指すとされ、自衛隊法が制定された1954年12月以降は必要最小限度を超えるものと定義された。この解釈変更により、自衛隊のような国土保全のための必要最小限度の自衛力は憲法9条に反しないとされた[24]
 自衛隊の活動と現実との乖離をなくすためには憲法改正が必要という考えも背景にあるようだ。この問題については、自民党のように憲法改正をという考えもあるが、公明党は、集団的自衛権は認めないが自衛隊の存在や国際貢献の在り方を憲法に追加する「加憲」の方向性を示している[25]。一方で、日本共産党は現実を憲法に合わせて自衛隊を解消すべきとし、憲法9条改正に反対している[26]
 憲法9条改正に反対する意見には、現行憲法9条は日本の侵略戦争への反省に基づくもので、軍事力不保持は国際社会に復帰する際の公約になっていたものであるから、この改正によりアジア地域に軍事的な緊張がもたらされる事態は避けるべきなどがある[27]。第二次世界大戦では、世界で約5000万人、アジア地域で約2000万人、日本人約300万人が犠牲となった[28]。これらを枕詞に憲法9条を擁護する主張は多い。ノーベル賞作家・大江健三郎らが2004年に結成した「九条の会」は、国際紛争は外交と話し合いによる解決が望ましく、憲法9条を基本に平和的外交を進めるべきと、憲法9条改正阻止を訴えている[29]
 だが、神社本庁が憲法改正の研修会等に活用を促した小冊子には、「憲法9条改正は戦争をしかけられないために必要で、適正規模の軍事力は、むしろ戦争の抑止と平和の維持に貢献する」「戦後日本の平和は憲法9条があるにもかかわらず、自衛隊や在日米軍によって守られてきた」「憲法9条が世界的に評価されているというのは護憲派の誇大広告」「平和主義憲法は日本国憲法だけでなく156カ国の憲法に平和主義条項がある」など護憲派への反論ともいうべき主張が掲載されている[30]
 改憲派と護憲派とでは、同じく「平和を守る」といっても、平和主義とは何か、平和が何によって守られるのか、という根本に見解の相違があり、意見がかみ合わないようだ。
 
●現行憲法9条改正についての意見         
 改憲派  護憲派
  • 適正規模の軍事力は戦争抑止に貢献する
  • 徴兵制とは結びつかない
  • 平和主義を国際社会で積極的に実践するには憲法9条  改正が必要
  • 平和主義を主張する憲法は他国にも多い
  • 自衛隊の現実と憲法との乖離をなくす
  • 再軍備によって戦争が起きやすくなる
  • 徴兵制復活に結びつく
  • 憲法9条堅持こそが平和主義
  • 日本国憲法は憲法9条が掲げる平和主義によって高く評価されている
  • 憲法に合わせて自衛隊を解消すべき
 

■憲法9条改正に対する宗教界の見解

 宗教界で、自民党改正草案の憲法9条を評価するのは神社本庁である。神社本庁の機関紙として発足した『神社新報』は2010年に、尖閣諸島海域における中国漁船等の領海侵犯に対して国を守ることの必要性を訴え、自民党に憲法9条改正を期待した[31]。改正草案の憲法9条については、国防軍の保持を規定したことを、自衛隊の存在をめぐって現実と乖離しているとの解釈論争がなくなると歓迎している[32]
 しかし、宗教界を見渡すと、憲法9条改正反対や戦争放棄による平和主義の堅持を訴えるところが多い。宗教団体の行う社会貢献活動として人々の期待が高いのも「平和の増進に関する活動」である[33]。憲法9条改正に反対する理由としては、戦争で多くの命を犠牲にしたくないという一般的な理由も多いが、教義を挙げる教団もある。戦前戦中の日本のようになった場合、信教の自由や政教分離の面で問題が生じかねないと危惧する宗教団体もある。これらの問題については次回に譲り、ここでは各教団の見解をみていく。
 『新約聖書』(新共同訳)に「平和を実現する人々は、幸いである」[34]「悪人に手向かってはならない。だれかがあなたの右の頬を打つなら、左の頬をも向けなさい」[35]などの言葉があるキリスト教界の主な教団は、憲法9条擁護の立場である。日本基督教団は1962年に憲法9条の改変などをおそれて「憲法擁護に関する声明」を発表し[36]日本カトリック司教協議会常任司教委員会は1990年に、日本国憲法が定めた政教分離、主権在民、戦争放棄を厳守するようにとの要望書を政府に提出した[37]
 伝統仏教界の主な教団では真宗大谷派が、2001年9月の米国同時多発テロ以降、活発になった憲法9条改正の動きに対して2005年に宗会で日本国憲法「改正」反対決議を行った[38]。2013年6月には宗議会で憲法96条改正に反対する決議を可決した。その決議文は憲法9条改正を意識している。「国豊かに民安し。兵戈(ひょうが=兵と武器)用いることなし」と説く『仏説無量寿経』を正依の経典としていることと、その教えを過去の戦争において歪め、かけがえのない命を戦場に送り込んだことへの慙愧から1995年に宗会で「不戦決議」を行ったことに触れて、恒久平和を願う現行憲法を守ると主張した[39]
 曹洞宗もまた、憲法改正国民投票法案の成立に当たって憲法9条改正議論が高まったため、2007年に宗務総長談話を出した。戦争放棄をうたい世界からも高く評価されている現行憲法を、戦争のできるように改変する理由は認められないとし、1992年に発表した「懺謝文」で過去の宗門の戦争協力を懺悔したことを踏まえ、仏陀の「不殺生」と「不害覺(ふがいかく・殺生をなすまいという決意)」を遵守し、宗教者として日本国憲法の戦争放棄と戦力不保持・交戦権の否認という理念を護ると述べた[40]
 仏教系新宗教の立正佼成会は2005年に「『憲法改正』に対する基本姿勢」を発表し、「不殺生」「非暴力」を平和の第一義とする仏教的観点から、憲法前文と憲法9条に象徴される平和主義の精神は宗教的智慧と相通じるもので、現行憲法を国際社会に伝えていくべきとした。そこでは、ほとんどの戦争が「自衛のため」という大義を掲げるが、「正しい戦争」「正しい殺生」が存在するのかという問いかけも行っている[41]。2012年11月に発表した「『憲法改正』に対する見解」でも、平和主義の象徴である憲法前文と憲法9条こそ誇りで、この憲法の平和主義を世界に広めていかねばならないと訴えた[42]
 
●憲法9条に関する主な宗教団体の立ち位置         
 改憲派  神社本庁
 護憲派  日本基督教団、日本カトリック司教協議会
 真宗大谷派、曹洞宗、立正佼成会
 
●憲法9条や戦争放棄についての主な宗教団体の意見
 改憲派
  • 憲法9条改正によって、自衛隊の存在を巡っての憲法解釈論争がなくなることは望ましい、国防は必要(神社本庁/『神社新報』)
 護憲派
  • 憲法9条は太平洋戦争の反省から生まれたもので、改正はアジアにおける日本への不信をまねき、世界の政局にも悪影響を及ぼしかねない(日本基督教団)
  • 国家と宗教と武力とが一体となり、日本のみならず世界特にアジアの人々の基本的人権と平和を侵害したことへの反省を込めて、憲法に戦争放棄等を明記したので、この原則厳守を望む(日本カトリック司教協議会)
  • 憲法9条は政府によって再び戦争が起きないようにとの決意から生まれた。釈尊の「兵戈無用」の言葉を忘れ、戦争協力した宗門の過去への慙愧から恒久平和を願う憲法を守りたい(真宗大谷派)
  • 仏教者は、仏陀の崇高な教義の道を歩み、戦争のない平和への貢献を目的とし、全人類の願いとしている。仏陀の「不殺生」と「不害覚」を遵守し、宗教者として、戦争放棄と戦力不保持、交戦権の否認を護り、不戦を誓う(曹洞宗)
  • 仏教では、「不殺生」「非暴力」を平和の第一義とする。憲法9条に象徴される平和主義の精神は宗教的智慧と相通じるもので、現行憲法を国際社会に伝えていくべき(立正佼成会)
 

■  憲法前文も全面改正

 憲法9条と同じく平和主義を掲げる憲法前文について、自民党は、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」という部分は「ユートピア的発想による自衛権の放棄」であって特に問題があるとして、平和生存権などを含めてすべて書き換えている。平和主義について改正草案では、「(前略)平和主義の下、諸外国との友好関係を増進し、世界の平和と繁栄に貢献する」と簡潔になっている。
 改正草案前文は、冒頭で「日本国は、長い歴史と固有の文化を持ち、国民統合の象徴である天皇を戴く国家」と日本を規定し、「日本国民は、国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り」と国民の責務をうたう。自民党は、徴兵制について問われることになるので「国民の『国を守る義務』」について憲法に規定するのは難しいと考え、このように前文で抽象的に規定するとともに、「国民と協力しての領土等保全の義務」(9条の3)」を新設した[43]
 自民党は、消極的な平和主義を改め、自分の国は自分で守るという防衛意識や国連の平和維持・平和創出活動などに積極的に参加する能動的な平和主義をうたうべきという考えであるようだ[44]。自民党からは問題があると指摘された前文であるが、逆に現行憲法の前文が掲げる平和主義を、世界全体の人々が共生していけるような文明の理念がうたわれているとの賛辞もある[45]
 宗教界でも前文に対する評価は分かれる。自民党の改正草案前文を、『神社新報』は「当初は降伏の詫び証文とすら評された前文を全面改正し、冒頭に天皇国日本としての歴史的な国柄を明記した」と高評する[46]。一方で、すでに見てきたように立正佼成会のように憲法前文を憲法9条と同じく平和主義の象徴として評価する意見もある。
 
 以上、憲法96条、憲法9条、憲法前文について見てきた。すべてにおいて、改正に賛成する神社本庁と、改正に反対する他の教団という構図がある。これまでに憲法9条改正反対や戦争放棄による平和主義の堅持を何らかの形で発表したことがある教団は、戦後50年までに過去に戦争協力したことへの反省を表明したところが多い[47]
 日本カトリック司教協議会は、自民党が今回の草案とよく似た「新憲法草案」を2005年10月に発表したあと、憲法改正の動きに対して、2007年に信教の自由と政教分離の原則を守るようメッセージを発表した[48]。自民党が2012年4月に改正草案を発表してから、憲法改正に関する意見を発表したのは、主な教団では立正佼成会と真宗大谷派だけのようである[49]。浄土真宗本願寺派の宗会(2013年2月下旬~3月初旬開催)では、軍備増強を念頭に置いた憲法改正などの政治情勢に対する宗門の見解表明を求めた議員もいたが、総長は「単に声明などを出せばよいということではなく、教団内の一人一人が真摯に考える方向性にしなければならない問題で、さらに学びを深めていかねばならない」と述べた[50]。しかし、学びを深めるには時間がない。今回の参院選が、憲法改正への大きな分岐点となる可能性もある。
 切り札として国民投票があるといっても、国民投票における最低投票率の規定がないなど、憲法改正国民投票法にも問題が少なくない。2007年に憲法改正国民投票法案が衆議院で可決された際には、浄土真宗本願寺派が、審議内容は極めて不十分で憂慮に堪えないとして、より慎重かつ十分な審議を要請する文書を安倍首相宛てに送付した[51]。国民投票は、憲法改正の発議をした日から60日以後180日以内に行われるが、公務員と教育者は影響力を利用しての国民投票運動ができず、この期間に国民に十分な情報提供がされないおそれがある[52]
 国民に情報を伝える報道機関についても問題が示唆されている。2013年5月3日の憲法記念日を前にした改憲についての世論調査で、改憲の必要性を主張する側は、改憲への賛成が半数を超えることを前面に打ち出し、改憲に慎重な側は、憲法96条を緩めることに反対が多いことを強調するなど、日本大学の岩井奉信教授はメディア各社による世論誘導の危険性を指摘する[53]。世論調査は聞き方等によって結果が左右されるが、各社調査結果をまとめた『東京新聞』(2013年5月18日)によると、条文を特定しないで改憲することには賛成が多く、憲法96条の緩和には反対が比較的多い(下記表参照)。
 憲法96条が改正され、憲法9条が改正されたあとに、どのような改正が成されるのか。宗教界にとっては、より影響が大きい、憲法20条(信教の自由)や憲法89条(政教分離)が、自民党改正草案ではどのように記されているのか。これらを見ることで、自民党改正草案が目指す日本の方向性がより明確になる。これらについては、続編の「憲法改正が宗教界に与える影響――信教の自由と政教分離」をご覧いただきたい。
 
●改憲に関するメディア各社の世論調査結果(単位%、質問の仕方は各社で異なる)
  朝日 毎日 読売 産経とFNN 日経とテレビ東京 NHK 共同
 改憲  賛成  54  60  51  61.3  56  41.6
 反対  37  32  31  26.4  28  16.0
 96条改正
 (変更)
 賛成  38  42  42  42.1  25.6  42.7
 反対  54  46  42  44.7  23.8  46.3
 9条改正
 (変更)
 賛成  39  46  ※  -  -  33.1  -
 反対  52  37  29.9
 調査時期    3月中旬~4月下旬  4月20、21日  3月30、31日  4月20、21日  4月19~21日  4月19~21日  4月20、21日
※は質問項目が複数のため省略。――は質問項目なし
出典:『東京新聞』2013年5月18日
 
 
●自民党憲法改正草案 ※主な修正は太字で表記、(  )内は現行憲法
 
自民党憲法改正草案 現行憲法
(前文)
  日本国は、長い歴史と固有の文化を持ち、国民統合の象徴である天皇を戴く国家であって、国民主権の下、立法、行政及び司法の三権分立に基づいて統治される。
  我が国は、先の大戦による荒廃や幾多の大災害を乗り越えて発展し、今や国際社会において重要な地位を占めており、平和主義の下、諸外国との友好関係を増進し、世界の平和と反映に貢献する。
日本国民は、国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り、基本的人権を尊重するとともに、和を尊び、家族や社会全体が互いに助け合って国家を形成する。
  我々は、自由と規律を重んじ、美しい国土と自然環境を守りつつ、教育や科学技術を振興し、活力ある経済活動を通じて国を成長させる。ここに、この憲法を制定する。
(前文)
  日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くもので  ある。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
  日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
  われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。
  日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。
第二章 安全保障
第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動としての戦争を放棄し、武力による威嚇及び武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては用いない
2 前項の規定は、自衛権の発動を妨げるものではない。
    
 
 (国防軍)
第九条の二 わが国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、内閣総理大臣を最高指揮官とする国防軍を保持する。
2 国防軍は、前項の規定による任務を遂行する際は、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。
3 国防軍は、第一項に規定する任務を遂行するための活動のほか、法律の定めるところにより、国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調して行われる活動及び公の秩序を維持し、又は国民の生命若しくは自由を守るための活動を行うことができる。
4 前二項に定めるもののほか、国防軍の組織、統制及び機密の保持に関する事項は、法律で定める。
5 国防軍に属する軍人その他の公務員がその職務の実施に伴う罪又は国防軍の機密に関する罪を犯した場合の裁判を行うため、法律の定めるところにより、国防軍に審判所を置く。この場合においては、被告人が裁判所へ上訴する権利は、保障されなければならない。
(領土等の保全等)
第九条の三 国は、主権と独立を守るため、国民と協力して、領土、領海及び領空を保全し、その資源を確保しなければならない。
第二章      戦争放棄
第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する
前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。)
 
(新設)
 
 
 
(新設)
 
 
(新設)
 
 
 
 
 
(新設)


(新設)
 

 
 
 
 
(新設)

 
 
 
(宗教情報センター研究員 藤山みどり)

※レポートの企画設定は執筆者個人によるものであり、内容も執筆者個人の見解です。
※2014年6月1日追記
 2014年5月17日付けの朝日新聞によると、創価学会が朝日新聞の取材に次のように文書で回答した。
「私どもの集団的自衛権に関する基本的な考え方は、「保持するが行使できない」という、これまで積み上げられてきた憲法第九条についての政府見解を支持しております。したがって、集団的自衛権を限定的にせよ行使するという場合には、その重大性に鑑み、本来の手続きは、一内閣の閣僚だけによる決定ではなく、憲法改正手続きを経るべきであると思っております。(以下略)」
 安倍晋三首相が憲法解釈の変更で集団的自衛権の行使容認に踏み込もうとし、20日から集団的自衛権行使の憲法解釈見直しを巡る与党(自民党・公明党)協議が開始するのを前に、公明党の支持母体である創価学会が集団的自衛権の行使容認に強い懸念を示したことは、異例の対応と受け止められた。その後、各紙が後追い記事を掲載したなかでは、創価学会の「広報室コメント」とされた。
※2014年6月14日追記
 真宗大谷派の宗議会は、2014年6月10日に集団的自衛権の行使容認に反対することを決議した。また、本山修験宗は、同日、集団的自衛権の行使容認に反対する決議を宗会で採択したと発表した。(『京都新聞』2014年6月11日)
 
 
[1] 自民党公式サイト「参議院選挙公約2013」2013年6月25日
[2] 『東京新聞』2013年6月21日
[3] 公明党公式サイト「当面する重要政治課題」2013年6月27日
[4] 日本共産党サイト「2013年参院選挙政策」2013年6月6日
社会民主党公式サイト「参議院選挙公約2013」2013年6月20日
民主党公式サイト「民主党の重点政策」2013年6月25日
[5]衆議院公式サイト2013年6月3日現在の数値
[6]  参議院公式サイト2013年6月21日現在の数値
[7] 『読売新聞』2013年6月9日
[8] 『日本経済新聞』2013年6月18日
[9]時事通信社6月7~10日実施、世論調査(個別面接方式)
[10] 自由民主党公式サイト「党の使命」1955年11月15日
[11] 『日本経済新聞』2013年1月31日
[12] 「日本国憲法改正草案Q&A」自由民主党
[13] 日本弁護士連合会「憲法第96条の発議要件緩和に反対する意見書」2013年3月14日
※この意見書では、憲法96条と同じように、憲法改正に議会の3分の2以上の議決と国民投票を要する国として、ルーマニア、韓国、アルバニア等があることを指摘。さらに、ベラルーシでは、議会の3分の2以上の議決が2回と国民投票が必要で、フィリピンでは、議会の4分の3以上の議決と国民投票が必要で、日本よりもさらに厳しいと指摘している。
[14] 真宗大谷派公式サイト「日本国憲法第九十六条『改正』反対決議」2013年6月11日
[15] 立正佼成会公式サイト「『憲法改正』に対する見解~憲法の『平和主義』を人類の宝に~」2012年11月11日
[16] 『神社新報』2012年5月13日
[17] 『朝日新聞』2013年5月3日
[18]自由民主党「日本国憲法改正草案 Q&A」
[19] 防衛省・自衛隊庁公式サイト「憲法と自衛権」
[20] 『毎日新聞』2013年5月5日
[21] 外務省公式サイト「国連平和維持活動(PKO) PKO政策Q&A」
国際平和協力法(PKO法)に基づき国連平和維持活動に参加する際の基本方針
1)紛争当事者の間で停戦合意が成立していること
2)当該平和維持隊が活動する地域の属する国を含む紛争当事者が当該平和維持隊の活動及び当該平和維持隊へのわが国の参加に同意していること。
3)当該平和維持隊が特定の紛争当事者に偏ることなく、中立的立場を厳守すること。
4)上記の基本方針のいずれかが満たされない状況が生じた場合には、我が国から参加した部隊は、撤収することが出来ること。
5)武器の使用は、要員の生命等の防護のために必要な最小限のものに限られること。
[22]参議院外交防衛委員会 宮崎内閣法制局第一部長答弁(平成15年5月15日)
首相官邸公式サイト「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会(第4回)」平成19年8月10日 資料2 同参考資料(関連答弁等)
なお、任務遂行を実力で妨げる企てに対抗するための武器使用も、憲法9条との関係で問題とされている。
[23] 「衆憲資第77号 憲法に関する主な論点(第2章 戦争の放棄(安全保障・国際協力))に関する参考資料」衆議院憲法調査会事務局 2012年5月
『読売新聞』大阪版2012年10月7日
[24] 「衆憲資第77号 憲法に関する主な論点(第2章 戦争の放棄(安全保障・国際協力))に関する参考資料」衆議院憲法調査会事務局 2012年5月、『毎日新聞』2007年5月3日
[25] 公明党公式サイト「当面する重要政治課題」2013年6月27日
[26]日本共産党綱領(2004年1月17日)
[27] 「衆憲資第77号 憲法に関する主な論点(第2章 戦争の放棄(安全保障・国際協力))に関する参考資料」衆議院憲法調査会事務局 2012年5月
[28] 九条の会「九条の会アピール」2004年6月10日、立正佼成会「『憲法改正』に対する見解」2012年11月11日、真宗大谷派「日本国憲法『改正』反対決議」2005年6月14日など
[29] 九条の会「『九条の会』アピール」2004年6月10日
[30] 民間憲法臨調『憲法9条Q&A 改憲論への疑問に答える20の論点』明成社2009年5月、『神社新報』2009年7月6日
[31] 『神社新報』2010年12月13日
[32] 『神社新報』2012年5月21日
[33]公益財団法人庭野平和財団『宗教団体の社会貢献活動に関する調査』報告書(2012年4月実施)2013年2月
※宗教団体の行う社会貢献活動として期待するものとして、教育、医療、平和増進、海外援助、環境問題、伝統文化保存、政治、その他の8項目を提示したなかで「平和を増進する活動」が33.8%(複数回答)と最も高く、最も低かったのが「政治への積極的な参加や発言」(4.6%)。ただし、「期待するものはない」の比率も30.5%と高かった。
[34] 新共同訳『新約聖書』マタイによる福音書5章9節
[35] 新共同訳『新約聖書』マタイによる福音書5章39節、城倉啓「『憲法改正』こんなに危険!『クリスチャン新聞』2013年2月10日
[36] 日本基督教団「憲法擁護に関する声明」1962年11月5日
[37] 日本カトリック司教協議会常任司教委員会「日本国憲法が定めた政教分離、主権在民、戦争放棄に関する要望書」1990年12月8日
[38] 真宗大谷派宗議会「日本国憲法『改正』反対決議」2005年6月14日
[39] 真宗大谷派第58宗議会「日本国憲法第九十六条『改正』反対決議」2013年6月11日
[40] 「曹洞宗宗務総長談話」2007年12月8日
[41] 立正佼成会「『憲法改正』に対する基本姿勢」2005年12月1日
[42] 立正佼成会「『憲法改正』に対する見解~憲法の『平和主義』を人類の宝に~」
2012年11月11日
[43]自由民主党「日本国憲法改正草案 Q&A」
[44] 「衆憲資第86号 憲法に関する主な論点(前文)に関する参考資料」衆議院憲法調査会事務局 2013年5月
[45] 「衆憲資第86号 憲法に関する主な論点(前文)に関する参考資料」衆議院憲法調査会事務局 2013年5月
[46] 『神社新報』2012年5月21日
[47] 日本基督教団、真宗大谷派、曹洞宗、日本カトリック司教団、浄土真宗本願寺派、立正佼成会
[48]日本カトリック司教団「信教の自由と政教分離に関する司教団メッセージ」2007年2月21日、日本カトリック司教協議会社会司教委員会・編『信教の自由と政教分離』カトリック中央協議会(2007年3月)も発行している。
[49] 本山修験宗も、憲法96条改正に反対する決議を行っている(『京都新聞』2013年6月11日)。また、同宗は、2005年6月にも宗会で「日本国憲法改悪に反対する決議」を採択している(『中外日報』2005年6月16日)。
[50] 『中外日報』2013年3月9日
[51] 浄土真宗本願寺派公式サイト「『日本国憲法の改正手続きに関する法律案』(国民投票法案)に関する要請」2007年4月20日
※なお、国民投票法案の成立時には、真宗大谷派宗議会が、「国民投票法案の成立に抗議し、平和憲法の具現化を目指す」決議(2007年6月12日)に行った。そこでは、平和憲法の改悪への懸念が示されている。
[52] 日本弁護士連合会「憲法第96条の発議要件緩和に反対する意見書」2013年3月14日、
  総務省公式サイト「国民投票制度のポイント」
日本国憲法の改正手続に関する法律
(公務員等及び教育者の地位利用による国民投票運動の禁止)第103条
[53] 「こちら特報部 割れる賛否 民意どっち」『東京新聞』2013年5月18日