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宗教情報

宗教情報センターの研究員の研究活動の成果や副産物の一部を、研究レポートの形で公開します。
不定期に掲載されます。


2011/01/29

2010年 国内の宗教関連の出来事

宗教情報

藤山みどり(宗教情報センター研究員)

 

 2010年の国内の主な出来事を振り返って見ると、国内で起きたものの外交問題と言える出来事――尖閣諸島での中国漁船衝突事件(9月)や普天間基地移設問題(春)など――が挙げられる。2009年に政権交代した民主党政権は早くも人気が急降下し、7月の参院選では大敗した。政治不信が続くなか、厚生労働省文書偽造事件に絡んで大阪地検の検事が証拠隠滅容疑で逮捕され、検察への信頼も落ちた(9月)。社会に目を転ずると、7月に東京都で戸籍上111歳の男性の白骨遺体が見つかったのを機に、全国で所在不明の高齢者が発覚するなど、人々が地域から孤立した“無縁社会”がクローズアップされた1年でもあった。さて、こうした状況を踏まえて、改めて2010年の宗教関連の出来事を見ていこう。以下は、時系列順に任意にピックアップした出来事である。
 なお、2010年に起きた国内・海外の宗教関連ニュースについては、今春発行予定の『宗教と現代がわかる本 2011』(平凡社)を参照されたい。

2010年の国内の宗教関連の主な出来事
・北海道砂川市の市有地に神社、政教分離訴訟で違憲判決(1月)
・ダボス会議で全日本仏教会会長が提言(1月)
・ペット葬祭業者、犬死骸投機で逮捕(4月)
・葬式無用論ブーム、イオン僧侶紹介サービス(5月)で全日仏と対立
・労災申請、精神疾患が初めて1000人超(6月)
・改正臓器移植法施行(7月) 家族の承諾による脳死移植へ
・「消えた高齢者」事件-111歳の白骨遺体を自宅から発見(7月)
・終戦記念日、靖国参拝閣僚ゼロ(8月)
・オウム真理教犯罪被害者救済法申請締め切り(12月)、被害者総数6583人
・パワースポット・ブーム 伊勢神宮の参拝客数過去最高を記録(12月)


【オウム真理教事件から15年】
 大きなピリオドとなる出来事は、オウム真理教犯罪被害者救済法の申請締め切り(12月)であろう。1995年に起きたオウム真理教による地下鉄サリン事件から15年経ち、教団幹部10人の死刑が確定した。死刑判決を受けた他の3人が上告中ではあるが、宗教界全体に暗い影を落としたこの大事件は、大きな節目の年を迎えた形だ。オウム真理教による一連の事件の被害者総数は確認されただけで6583人に達したことがわかった。
 地下鉄サリン事件の10日後に発生した国松孝次警察庁長官(当時)襲撃事件は、未解決のまま時効を迎えたが、警視庁は「オウム真理教によるテロ」と公表し、オウム真理教主流派から成るアレフから抗議の声が上がった。オウム真理教がいかなる団体であったにせよ、未解決事件の犯人を憶測で発表するのは問題である。 
 これとよく似た当局の姿勢は、別な事件でも見られた。国際テロに関する警察庁の内部資料がインターネット上に流出した事件(10月)では、個人情報が流出した日本在住のイスラム教徒らが12月に容疑者不詳のまま守秘義務違反の疑いで告訴状を提出し、その後ようやく警察庁が流出の事実を認めた。これにより「イスラム教徒」というだけで警察がテロリスト扱いしていた事実が発覚し、2001年の米同時多発テロ以来の「イスラム=テロ」という国際社会における偏見が日本の警察にも定着していることが明らかになった。

【スピリチュアルからパワースポットへ】
 1985年のオウム真理教の事件が宗教団体に不信感を植え付けたことが、その後の教団に寄らないスピリチュアル・ブームにつながったという説もある。そのスピリチュアル・ブームを牽引した江原啓之氏が登場するテレビ番組「オーラの泉」(テレビ朝日系列)が2009年に終了し、ブームが終息したかのように見えたが、2010年はそれに代わってパワースポット・ブームが到来した。パワーが与えられる場所を示すパワースポットという言葉自体は、以前からアメリカのアリゾナ州にあるインディアンの聖地セドナなどを指すのに用いられていたが、日本の場所にも広く使われるようになった。例えば、明治神宮の清正井(きよまさのいど)、富士山や伊勢神宮、分杭峠(長野県)などである。願いが叶うパワースポットとして、多くの神社が脚光を浴びるようになったが、それは信仰からの参拝ではなく、流行とご利益を求めて訪れるだけだった。
 オウム事件後に、拠り所としての教団が敬遠され、「教団」に寄らないスピリチュアル・ブームが起きたが、それも結局は江原氏など「人」に寄るもので、彼に対するバッシングが起き、最終的には人から離れて、トラブルが生じにくい「場所」に落ち着いたようでもある。2010年に伊勢神宮の年間参拝者数が過去最高の860万人超(12月)となったのも、この影響と見られる。パワースポットは、観光産業などの商業ベースに乗りやすく、また、メディアの側にも人よりも取り上げやすいという利点がある。一方、個人にとっても近場ならば出費は少ないのでブームに乗りやすい。ただし、このブームが長続きするかどうかというと、パワースポットを訪れたが効果がなかったと不満を漏らす層も増えており、願掛けの効果がすぐに判別するものであるだけに、難しそうだ。

【全国の自治体に影響を与える空知太神社訴訟】
 パワースポット・ブームでは神社にスポットライトが当たったが、2010年は神道界、伝統的な宗教界に厳しい政教分離判決が出た。日本の地域社会で古くから中心的な役割を担ってきた神社だが、第二次大戦後は国家神道への反動から政教分離が厳しく問われるようになった。しかし、それでもなお従来の名残で曖昧に済まされてきた部分が残っていた。北海道砂川市の空知太神社訴訟(1月)では、このような曖昧な部分にメスが入れられた。砂川市が神社に市有地を無償提供しているのは違憲だとする最高裁判決が言い渡された。 
 だが、このような例は神社だけでなく寺院でも見受けられ、しかも全国の各自治体に存在する。例えば、横浜市が市内の同様の例をまとめたところ、神社・寺院・墓地など49件もあった。今回の判決に、自治体は対処に頭を悩ませている。このような事例が多いのは、江戸時代以前に住民が共同で建てた神社や寺院が、明治以降に公有地として扱われるようになったケースが多いからである。今回の訴訟では、このような土地取得の経緯について触れた裁判官の反対意見もあったが、多数意見では考慮されなかった。また、この判決は、1977年の津地鎮祭訴訟最高裁判決以降の政教分離訴訟が「目的効果基準」に準拠していたのに対して、「社会通念」という基準を初めて示した点で、今後の判決への影響が注目される。従来は権力構造の上位にあった神社さらには宗教法人に対する社会通念が様変わりしたようだ。政権交代と重なるような、従来の価値観を覆す判決であった。
 そして政権交代後に迎えた初めての終戦記念日、靖国神社への閣僚の参拝はゼロ(8月)だった。全閣僚が参拝しなかったのは、1985年に中曽根康弘首相(当時)が公式参拝して以来、初めてのこと。ただし、終戦記念日の参拝者数は、2006年に約25万8000人と過去最高を記録した後、やや落ち込んでいるが、まだ約16万6000人と高い水準である。2001~2006年の小泉純一郎政権時代に高まった靖国参拝の流れは、まだ続いている。政権が不安定な状況では特に、この流れに大きな変化があるとは予測しがたい。
 また、終戦記念日の前日には、日本の民族団体の招きで来日した欧州の右派政党の幹部らが異例の靖国参拝(8月)を行った。国内の閣僚が靖国参拝をしないと予測される事態に、海外の政治家を招待して注目を集めようとしたものでもあろう。欧州ではイスラム移民の増加に対応するようにナショナリズムが台頭し、右派が勢力を伸張している。海外との軋轢が多くなっている日本でも、右派が台頭する素地は十分にある。

【日本の宗教界が世界で活躍】
 海外と関連する出来事では、日本がその独自性を生かして海外に情報発信をしたニュースが多い。海外との接点が多くなってくると、他国と異なる日本の特徴を意識せざるを得なくなるのかもしれない。世界の経済界トップらが集まるダボス会議で、全日本仏教会会長の松長有慶会長が日本の仏教界から初めて招待され、日本仏教に基づく提言を行った(1月)。また、長崎の原爆で被爆した浦上天主堂のマリア像、通称“被爆マリア”が初めて訪米した(4~5月)。5月に米ニューヨークで核拡散防止条約(NPT)再検討会議が開催されるのに合わせた渡米で、カトリック長崎大司教区の高見三明大司教が国連の潘基文事務総長と会談し、核のない世界を訴えた。

【葬式無用論とイオンの葬祭業への参入】
 このように海外では日本の宗教界が活躍した一方で、国内では特に仏教者の存在意義を揺るがせるような「葬式無用論」がブームとなり、仏教界では葬儀を考えるシンポジウムが各所で開かれた。「葬式無用論」は、宗教学者の島田裕己氏の著書『葬式は、いらない』(幻冬舎新書)が1月に出版されたのがきっかけである。しかし、この「葬式無用論」以前に、葬式を行わない人々が多くなっているという事実がある。葬儀をせずに病院から火葬場に遺体を送る直葬は、2~3割と多くなっている(※1)。この背景には、社会での付き合いが少ない高齢者が亡くなることが多くなったこと、全国平均約182万円(2007年※2)という高額な葬儀費用を節約したい人々が増えたこと、寺檀関係が希薄になっていることなどがある。
 葬儀に関して言えば、流通業大手のイオンが僧侶紹介サービスを開始(5月)したことが、仏教界にさらなる衝撃を与えた。仏教界が一番の問題点としたのは、イオンが、読経や戒名料を含めた葬儀の価格を目安としながらも公式サイト上で明示したことである。布施は料金体系を提示するのにふさわしくないなどとして、全日本仏教会はイオンに意見書を提出し、最終的にイオンが折れる形で決着した。仏教界が敏感に反応したのは、布施の料金体系化が、宗教法人の宗教行為への課税につながる危険性を孕んでいるからであろう。
 人間の葬儀が簡素化した一方で、家族化したペットは丁重に弔われるようになった。これに伴ってペット葬祭業者が増加したが、ペット葬祭業は無許可制であるためトラブルが多く、ペット死骸投棄事件で悪徳業者が逮捕された(4月)。今後はペット葬祭業に公的な規制が進むものと思われる。こうしたペット供養については、2008年9月の最高裁判決で、料金体系を明示した供養は収益事業として課税が妥当との判断が示されている。この判例を踏襲すれば、料金体系を明示した供養(葬祭業)は、一般業者の収益事業と同じと判断され、宗教法人による人間の葬儀も課税対象となってしまう。
 布施は料金体系にそぐわないという仏教界側の反論も納得できるものではあるが、イオンが価格を明示したのは、「お布施の価格が不明朗」という不満が多いのを受けてのことである。今後、2040年に向けて死亡数が増加する見込みで、葬儀件数が増えると予測される。コンビニエンス業のファミリーマートや百貨店の三越伊勢丹ホールディングスが葬祭業への参入意欲を示している中で、この問題は今後もくすぶり続けるだろう。

【無縁社会】
 1998年以来、連続して自殺者数が年間3万人を超えており、新たな関係を築こうと自殺予防や遺族のケアに乗り出す宗教団体や宗教関係者が増えている。2010年の自殺者数は3万1560人(警察庁まとめ)と、やはり年間3万人を超えた。また、2009年度は、仕事上のストレスが原因によるうつ病などの精神疾患に関する労災申請が初めて1136人(厚労省まとめ)と1000人を超えた(6月)。政府は2010年に初めて、自殺・うつ病による経済損失額が約2.7兆円と発表した(9月)
 自殺や精神疾患が増えているのは、経済状況が厳しくなっており、労働環境が悪化しているせいもあるが、助け合いのネットワークに乗れない孤立化した人が増えているせいもあるだろう。地域社会からも家族の絆からも孤立し、孤独死する人々を描いたNHKのドキュメンタリー「無縁社会」(4月)は大きな反響を得た。さらに、この後、この無縁社会を地で行くような「消えた高齢者問題」(7月)が発覚した。足立区に住む戸籍上111歳の男性の白骨死体が見つかったことから、全国各地で所在不明の高齢者が発覚した。読売新聞社の調べでは、2010年9月3日時点で100歳以上の不明高齢者は全国で計297人、うち計241人は自治体が職権で住民登録を抹消した。これらの中には震災・戦災の影響で遺体確認が出来ず、死亡届が出せずに戸籍が残ったものもあったが、足立区の例は、死亡届を提出していないことの確認は難しいという制度上の盲点と、近所づきあいが減ったため死亡していてもわからないという現代社会の特徴と、年金詐取という金銭面での動機が組み合わさって起きた事件であった。
 家族が亡くなっても死亡届を出さずに年金を受け取り続ける――そんな家族もいるが、改正臓器移植法(7月)では、本人の意思表示が不明である場合は、その家族に脳死判定・臓器移植の可否の判断をゆだねることとなった。この法改正で、1997年10月臓器移植法施行から改正法施行までの約13年間に全86例だった脳死下の臓器提供は半年で31例と急増した。
 こうして2010年の出来事を振り返ると、葬式無用論、自殺の増加、消えた高齢者などの問題は、経済情勢悪化の影響が大きいようだ。日本経済が浮上しない限り、この状況は変わりそうにないが、逆に言えば、経済が好転すれば変化が生じる余地がある。現在、地域社会や家族の絆が弱体化する一方で、首都圏を中心に若い人たちが共同で家を借りるシェアハウスという形態が広がりつつある。ここでは、ゆるやかな人間関係が新たに築かれつつある。1つの風潮は、その反動をも伴いながら、ゆっくりと進んでいく。絆の復興については、この反動と、宗教界の活躍に期待したいところである。


※1:『日本経済新聞』2010年4月16日
※2:『産経新聞』2010年1月25日
 

※レポートの企画設定は執筆者個人によるものであり、内容も執筆者個人の見解です。


 

(宗教情報センター研究員 藤山みどり)