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研究員レポート

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こころと社会

宗教情報センターの研究活動の成果や副産物の一部を、研究レポートの形で公開します。
不定期に掲載されます。


2016/01/28

未来の祀りふくしまー詩と神楽が表現する震災といま

こころと社会

佐藤壮広(宗教情報センター研究員)


現代宗教の諸相を探るペリスコープの第3回は、2015年8月に行なわれた「未来の祀りふくしま」という催しを紹介し、東日本大震災と原発事故・放射能終汚染の被害を体験した福島の人々が、民俗・文化という側面でどのように災難へと向き合ってきたのかを考えます。また、多くの表現者たちが「震災とことば」というフィールドで、なんとか言葉を紡ぎ出そうとしています。そうし動きも追ってみましょう。
 

◆「未来の祀りふくしま」の開催
2015年8月21日から23日までの3日間、創作神楽の奉納を含む、言葉と音のまつり「未来の祀りふくしま」が福島市内で開かれました(http://www.mirainomatsuri-fukushima.jp)。発起人は、福島在住の詩人・和合亮一さん。期間中は1000人を越える人びとが、東日本大震災後に興された新しい催事・祭事に足を運びました。

「祀り」という言葉からも分かるように、この催しには震災で亡くなった人たちの鎮魂という意味が込められています。日本において、村落の神社で行なわれる「祭り」は、御神輿が出て、参加者もお囃子に合わせて踊り歌うのがならわしです。その際の関わりの対象は、その場所に鎮座するかあるいはそこに招来された神々です。それらの神々の力を頼りにして、村落や個々人の安寧、収穫の豊穣を願うわです。この「未来の祀りふくしま」も、神楽を奉納するという点では、会場となった福島稲荷神社の祭神にお頼みする形を含んでいます。しかし何よりもこの「祀り」では、震災の犠牲者と死にゆく存在としての参加者自身たちが、主役となっています。

23日、神楽の奉納に先立って行なわれた「神楽を巡って」というシンポジウムでは、伊勢大御神宮司・福島県立博物館専門学芸員の森幸彦さんが「私たちは過去と未来をつなぐ“なかとりもち”であり、人間社会を先々へとつないでいくのが祭り・祀りだ」と語りました。


◆「こえをあげる」という強い意志をもって
「未来の祀りふくしま」発起人の和合亮一さんは、自身が置かれている現場とそこで感じた思いを、震災直後からTwitterで発信してきました(https://twitter.com/wago2828)。特に、東京電力・福島第一原子力発電所の爆発事故が明らかになってから、強烈な怒り、そして無念、やるせなさ、悲しみの波が和合さんを襲ったといいます。

「私は震災の福島を、言葉で埋め尽くしてやる。今後は負ケネエゾ。」
(2011年3月18日1時6分のつぶやき)

「福島を言葉で埋め尽くす」。詩人の和合さんだから、こういう言葉が出てくるのだなと考えたくなりますが、福島の事情はもっと深刻です。中京大学現代社会学部・成元哲教授らの「福島子育て健康プロジェクト」が実施した、子育て中の母親への意識調査によれば、回答者の58%が「放射線による健康被害」に不安を感じているとの結果がでているとのことです(中日新聞Web 2016年1月26日)。しかもこうした不安はなかなか言葉にしたり、それを共有する場も少ないのが現状です。

震災から5年がたとうとしている現在、「復興」や新たな「地域創生」というスローガンで、岩手、福島、宮城、茨城などの震災被害が大きい地区でも、明るい兆しを探す動きが大きくなりつつあります。しかしその一方で、震災復興とは名ばかりで、放射線量の下がらない地区、未来のプランが定まらない地区などもあり、見えない先と見えないモノ(放射性物質)に、住民は不安を募らせています。

こうした状況の中で和合さんは、「こえをあげる」という場づくりを目指してきました。但し、反原発や脱原発の運動という場ではなく、もっと別の場を模索するという形で……。


◆多様な語り・歌と舞いの祭典
「未来の祀りふくしま」には、さまざまな宗教者、表現者らが参加しました。8月21日は長楽寺住職・中野重孝さんの講話、そして和田裕子さんによる竪琴の演奏。そのあと、震災時のペットの同行避難についてのパネルディスカッション。続いて、アメリカ在住で保護犬を飼育している音楽家・八神純子さんのミニコンサート。22日は、「あの日から私たちが考えてきたこと、考えたいこと」と題するシンポジウムが開かれ、批評家・若松英輔、芥川賞作家・柳美里、社会学者・開沼博、詩人・和合亮一(司会)の各氏がお話ししました。その後、「言葉のふるさとへの冒険vol.3」というトークがあり、詩人・和合亮一さんと熊谷充紘さん(ignition gallery主宰)、翻訳家・柴田元幸さんらが、身体の表現としての朗読とその言葉について語りました。続いて、朗読と音楽の夕べになりました。「あなたの物語~新・バイブルストーリーズ」と題した催しでは、柴田元幸さんが自身が訳しした物語(ロジャー・パルバース『新・バイブル・ストーリーズ』を朗読し、音楽ユニット「けもの」が音楽を演奏しました。22日夜は、影絵芝居「ヘビワヘビワ~南相馬市小高区大悲山の大蛇伝より~」が奉納され、影絵師・川村亘平斎がガムランを奏で、東北芸術工科大学の学生・教職員と南相馬の住民らの有志が、被災した南相馬地区の自然や人びとへの鎮魂の思いを込めて、地域に伝わる民話を影絵芝居にして演じました。

23日は、福島県民俗芸能学会の懸田弘訓さん、福島稲荷神社宮司・丹治正博さん、伊勢大御神宮司・森幸彦さん、宗教学者・鎌田東二さんらによるシンポジウム「神楽を巡って」が開かれました。そしてその後に、「ふくしま未来神楽」の奉納と発表が行なわれました。全体で4つの演目からなり、1−きつね踊り(観客を交えた念仏踊り)、2−序の舞「荒ぶる大河(龍)」(多勢による群舞)、3−女性たちによる未来雅楽(口笛、鍵盤、舞い、太鼓、朗誦)、4−未来神楽「風来」という内容でした。サイトの紹介文には、次のようにあります。

未来神楽「風来」は、伝統神楽や新神楽の精神性を受け継ぎつつ、その表現においては「舞」というより「辭(ことば)」に重きを置きたい。言うなれば「辭神楽(ことばかぐら)」。(http://www.mirainomatsuri-fukushima.jp/kagura)

和合さんをはじめ、主催者らがいかに「辭(ことば)」を重視しているかが窺えます。


◆震災とことば
東日本大震災の発生からすぐ、詩人や作家らいわゆる文学者たちが「言葉の役割とは」や「文学に何ができるのか」と自らに問いかけ、模索を始めました。2011年3月27日には、佐々木幹郎や平田俊子さんら詩人が10人ほど集まり、震災体験と犠牲者への鎮魂を詩に興し、渋谷のカフェで朗読会を行ないました(日本経済新聞・東京版2011年4月2日付)。また、4月9日には大阪市内で「阪神大震災とゼロ年代(2000年代)の思想」と題するシンポジウムが開かれ、批評家・東浩紀と福嶋亮太、社会学者・鈴木謙介、建築家・浅子佳英さんらが、大災害を目の前にして「思想は何を語りうるのか」というテーマを語り合いました。東さんは、合理性に抗する詩の言葉に注目し、震災5日目からツイッターで詩を発信し始めた和合亮一さんの表現が広く共感を呼んでいると述べています。加えて、詩人や言論者には、被災地の喪失体験を表現し死者を弔うという「喪の作業」をする役割があると語りました(京都新聞・京都版2011年4月13日付)。

さらに和合亮一さんと劇作家・平田オリザさんが、震災からの1年間を振り返る対談「言葉の力」の中で、科学技術を妄信し原発事故後も反省の薄い日本に住む人々に必要なのは、「贖罪と鎮魂」だと述べています。

アンドロイドと人間が共演する「ロボット演劇」の創作を続けてきた平田さんの作品、「さようなら」が、2011年11月から公開上映されています。舞台は、原発事故で国土の大半が放射能に覆われた近未来の日本。政府は「棄国」を宣言し、人々は次々と避難し土地をあとにするが、病弱で難民のターニャは避難優先順位が最下位のため、自分の世話を続けるアンドロイドとともに汚染地域に留まり、そして最期のときを迎える。ターニャが亡くなった後、アンドロイドは故障したまま詩を読み続ける…。

こうした物語でも、詩が鍵になっています。半径20km圏内が立ち入り禁止区域になっても、そこで亡くなった人や生きものがいたら「誰かが鎮魂をしなければならい」というわけです(毎日新聞・東京版2012年3月8・9日付夕刊)。
ロボットが鎮魂の言葉をリピートし続けるという図は、近未来を舞台にした物語とはいえ、福島のいまの現実を鋭く描写していると言えます。

鎮魂の言葉を、誰が、どこで、どのように語り続けるのか。これは阪神淡路大震災、東日本大震災を経て、詩人や文学者はもちろん宗教者たちも直面し続けている問い・課題です。女優・吉永小百合さんは、1986年から続けている鎮魂と反戦の詩の朗読活動で知られています。詩の朗読は、広島、長崎、沖縄とテーマを広げ、2015年3月には、福島第一原発事故の被災者らの詩を朗読したCDを発表しました。多くの表現者たちが、「震災とことばの表現」というフィールドに居ます。震災復興と言えば、資金投入やインフラの整備によって震災以前の景観やコミュニティが復活するというイメージだけが先行してしまいますが、ことばによる表現活動も「心の復興」への重要な実践です。こうした観点からも、多くの表現者たちに目を向け、応援していきたいですね。

◇参考資料・映像
・「座談会「五度目のあの日を過ぎて」―若松英輔、柳美里、開沼博、和合亮一」『すばる』2015年12月号、集英社
・「明日へ―支えあおう―ふくしま 鎮魂の祀り~詩人 和合亮一の“言葉神楽”~」(NHK総合・2015年10月4日放送)

*2016年3月刊行の『宗教と現代2016』(平凡社)に、「未来の祀りふくしま」の概要レポートが掲載される予定です。