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第22回 2013/01/25

第22回 宗教と健康をめぐる最近の科学的研究

 一般に、宗教と科学は相反するものだと考えられる傾向にあります。しかし、この20~30年の間に、海外では「宗教と健康に関する科学的な研究」が活発に行われてきました。本稿ではこうした研究について紹介し、さらにこの研究のもつ意義を考えてみたいと思います。

1.科学的研究の紹介

1.1. 礼拝出席と死亡率の関係
 

 この問題を調査した研究は2010年までに120件あり、その68%が宗教への関与は寿命を延ばす可能性があると報告しています。一方、短くするという研究は5%でした。一例として、アメリカで行われた宗教と死亡率に関するこれまでで最も大規模な調査を紹介します。研究者たちは、1931年~1941年生まれの、様々な地域に住む人々をランダムに選び出し、そのうち9491人を対象に14年間調査しました。まず1992年に基本となる調査を行い、再度2006年に調査を行いました。週一回以上礼拝出席を行う人と、それ未満の人、さらに全く出席しない人という三つのグループ間でその後の死亡率を比べました。年齢、性別、人種、居住地、宗派、結婚歴を交絡因子(死亡率との関係を調べる今回の結果に影響を与える可能性のある因子)として調整しました(例えば、若い人や女性の方が一般に長生きなので、こうした要因を考慮して各グループの死亡率を比較する必要がある)。その結果、週一回以上礼拝出席するグループと比べて、週一回未満出席するグループでは1.48倍、全く出席しない人では2.27倍、死亡率が高いことが示されました(いずれも統計学的に有意差あり)。さらに、健康状態(主観的健康度と活動制限がどの程度あるか)、社会経済的要因(教育歴、収入)、喫煙、飲酒、運動についても交絡因子として調整したところ、最終的に、週一回以上礼拝出席するグループと比べて、週一回未満出席するグループでは1.19倍、全く出席しない人では1.52倍、死亡率が高いことが示されました(統計学的有意差あり)。
 類似の研究結果はこれまでもたくさん報告されています。「礼拝出席は死亡率を下げる」というのは、かなり信頼性のある研究結果のようです。
 その他、信心深い人ではうつ病の可能性が低い、うつ病になっても回復が早いとの研究など、多くの研究がこれまで報告されています。

 

1.2.アルコール依存、犯罪等への影響
 

 より社会的な影響の強い問題について、どのような結果が明らかになっているでしょうか。飲酒/アルコール依存、および違法薬物使用と宗教との関係を調べた研究が2010年までにそれぞれ291件、191件あります。前者の中の278件のうち、86%の研究が、宗教と飲酒/アルコール依存には負の相関があることを示していました。違法薬物に関する185件の研究の84%が、より宗教的な人では違法薬物使用が少ないと報告しています。
 また、非行や犯罪との関係を調べた研究が、2010年までに102件あります。こうした研究のうち、79%が両者の間には負の相関があることを示していました。この102件のうち、特に研究の質が高いと判断された11件の研究の91%が、両者の間に統計学的に有意な負の相関があると報告していました。
 つまり、これら多くの研究は、宗教的な人では、飲酒/アルコール依存あるいは非行/犯罪の割合が少ないことを示していました。
 

2.メカニズム――既知の三種の経路――


 宗教の健康影響はどのようにして可能となるのでしょうか。この領域の第一人者である米国のデューク大学医学部のコーニックは、「神仏の恩恵」などの超自然的な力が関与する可能性を否定しません。しかし、それは科学的に検証不可能です。そこで、心理的経路、社会的経路、行動的経路という三つの経路を介して健康影響がもたらされるのではないかと提案します【図1】。まず心理的経路ですが、宗教的な人は困難に直面してもそれを「神からの試練」であるとか、「乗り越えられない試練はない」などと受け止める傾向にあります。こうした受けとめ方は、ストレスに対する上手な対処法(コーピング)と言えます。次に、社会的経路ですが、例えば毎週礼拝に出席すれば、同じ信仰をもつ仲間と交流でき、孤独感を軽減させることが出来ます。最後に、行動的経路ですが、宗教的な教えが過度のアルコール摂取や違法薬物の使用の防止につながること等によって、肝疾患や種々の感染症などの疾患予防となります。
 このように、宗教の健康影響は、医学的に不思議な結果ではなく、そのメカニズムを考えれば「起こるべきして起った結果」と言えそうです。


3.こうした研究に対する二つの立場からの批判

 さて、これらの研究に対して批判もあります。まず科学者側からの批判を取り上げます。厳密な研究を行うには、例えば礼拝出席と死亡率の研究では、研究に参加する人たちを本人の意思とは関係なくランダムに、礼拝出席群と非出席群に分ける必要があります。なぜなら、「礼拝出席する人は、生物学的に長寿となる傾向が元々あるのではないか」等の可能性が否定できないからです。しかし、倫理的にこうした研究は不可能です(「貴方は今回の研究で、礼拝出席群に割り当てられたから、信仰心をもって礼拝に出席するように」と指示することは、出来そうにありません)。よって、こうした研究自体に限界があると指摘します。その批判は正しく、われわれは研究の限界を認めなければなりません。しかし、これまでの礼拝出席と死亡率の研究は、単に数十人、数百人を対象とした研究ではなく、何千人を対象とした比較的質の高い「前向きコホート研究」であること、しかも10年以上にわたる研究でも、同様の結果を示す研究が発表されている点を指摘したいと思います。
 興味深いのは、宗教者側からも批判があることです。例えば、彼らは「信仰者は健康になろうとか、長生きしたいと思って神仏を信じるわけではないのであって、こうした研究は神仏を健康や長寿の道具として利用することにつながる」と論じます。これは非常に大切な指摘です。筆者もこうした批判に基本的に同感です。しかし、だからといって宗教と健康に関する研究がすべて無意味とは言えないのではないでしょうか。こうした宗教者側の反論に対し、この研究の医学的あるいは社会的影響を考察することで、応えてみたいと思います。
 

4.この研究の意味すること


 そもそも、医学には治療医学、予防医学、健康増進医学、さらに緩和医療があるとされます。かつて昭和20年代半ばまで、日本の死亡原因第一位は結核でした。しかし、現在の日本ではがん、心疾患、脳血管疾患の三大生活習慣病が死因の多く(6割近く)を占めます。また、平成22年度の医療費は一人当たり29.2万円、国民医療費は37.4兆円であり、しかも65歳以上の高齢者での医療費は全体の半分以上(55.4%)を占め、今後さらに増加することが予想されます【図2】。医療経済的観点からも、病気になれば治療すればよいという発想から、いかに病気を予防するか、また年齢を重ねても生き生きと健康に生きることが出来るか、あるいはどのように最期を迎えるかという視点が、重要になっています。
 

 その意味では、予防医学や健康増進医学、さらに緩和医療の分野には、これから宗教と医療が手を携えて協力していく領域が大きく広がっているように思います。各々の宗教は、長い伝統の中で培われた、人生を豊かに生き、また死を見つめる数多くの知恵や手段を有しています。そうした知恵や手段を、科学的な視点で検証し再発見する事は、予防医学や健康増進、さらに医療経済学の観点からも今後の重要な課題と思われます。
 一方で、こうした研究は既存の宗教にも、ある種のインパクトをもつと思われます。科学の発達以降、特に宗教と医学は、「心(魂)の世界」と「身体の世界」というように、その扱う領域を住み分けてきたように思われます。しかしその結果、宗教は人々の苦しみに対する現実的な対応能力を以前より失いつつあるようにも思われます。こうした研究は、本来持つ宗教の力を、再発見させてくれるのではないでしょうか。苦しんでいる人々を救うこと、つまり言葉の広い意味での「救済」は、宗教にとっても医学にとっても重要な課題であると考えられます。さらに、宗教は、非行や薬物依存の軽減、健康などを通じて社会に貢献しているとも言えそうです。それは宗教が社会に与える正の側面です。
 宗教を健康の道具にする誘惑を警戒しなければなりません。しかし、宗教と健康に関する研究は、心(魂)と身体は非常に深いつながりがあることを再確認させます。
 

5.最後に

 これまでこうした研究の多くは、海外で行われてきました。しかし、日本の現状を考慮した類似の研究を進めることも、医学の重要な課題の一つと考えられます。現実の社会的状況や人々の具体的な苦しみを直視するならば、宗教と医学が協力して人々の「救済」に取り組む領域は、様々な場面に広がっていると思われます。すでに、日本の緩和ケアの現場でも、スピリチュアルケアの担い手として、宗教者が協力しているところもあります。医療者は、宗教の培ってきた豊な知恵を謙虚に学び、しかし科学的批判的に検証し、これからの社会や医療現場に還元していく必要があるのではないでしょうか。
 


注)
  1.  こうした研究では、宗教をどのように「測定するか」が、難しい問題です。実際の研究では、礼拝出席の頻度を調べたり、宗教性を測定する質問用紙がいくつか開発されており、その質問票の点数を変数として、解析を行います。また、宗教ではなくスピリチュアリティという言葉が用いられる場合があります。実際には、個々の論文によって用いられている用語の意味を明確にして、論文を読むことが大切になります。詳細は注2)、4)の文献をご参照ください。
  2. H.G.Koenig et al., Handbook of Religion and Health, Second Edition, Oxford University Press,2012, pp.468-491
  3. 同上、pp. 224-255
  4. H.G.コーニック著、杉岡訳『スピリチュアリティは健康をもたらすか――科学的研究に基づく医療と宗教の関係――』 医学書院、2009年、35-49頁
  5. 同上。例えば121-135頁、184-185頁を参照。
  6. 厚生労働省ホームページ 平成22年度国民医療費の概要 (アクセス日2012年  12月14日)http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-iryohi/10/index.html
  7. 例えば以下の著書では、仏教心理学の立場からすぐれた論考や研究が分かりやすくまとめられています。井上ウィマラ・葛西賢太・加藤博己[編]『仏教心理学キーワード辞典』春秋社、2012年

+ Profile +

杉岡良彦先生

杉岡良彦先生(右)。コーニック先生(左)とともに。


1990年 京都大学農学部(農学原論講座)卒業。同大学院を中退。
1998年 京都府立医科大学卒業。同年、医師免許取得。同附属病医院精神神経科研修医を経て、
2004年 東海大学大学院医学研究科博士課程修了、同年、博士(医学)
2005年より旭川医科大学医学部医学科健康科学講座。現在 同講師
専門は医学概論(医学哲学)、予防医学(特にメンタルヘルス)。
 農学部のころは、農学原論という農学の哲学を研究する講座に所属していました。そこで、自然農法や有機農業と科学の関係、科学論や生命論などに強く関心を持ちました。農学原論と同様、医学にも医学の哲学としての医学概論があることを知り、修士課程の途中で医学部に移りました。大学院時代は、すぐれた指導教授らのお陰で、分子生物学を中心とする実験研究の面白さを満喫できました(学位論文は雑誌Int.J.Cancerに掲載)。
 さて、もともと臨床現場でも、宗教的な人はうまくストレスに対処している事に気づいていたのですが、2008年に、H.G.KoenigのMedicine, Religion and Healthという本に偶然出会い、海外ではこうした領域の科学的研究が蓄積していることに衝撃を受けました。そして、幸い翻訳の機会を得ることが出来ました。
 医学概論(医学哲学)とは、一言でいえば「医学とは何か」を問う学問です。しかし、それは単に抽象的に医学を論じるのではなく、よりよい医学を構築するための学問です。ところで、歴史的には宗教と医療は不可分の関係にあります。宗教という視点から医学を考えることで、現代医学の特徴や欠点が浮かび上がってくるのではないかと考えています。現在の研究課題としては、スピリチュアリティを含む人間観、また現代医学の方法論を踏まえながら、これからの医学のあるべき姿を模索中です。また、各宗教が培ってきた知恵や儀式がどのように人々の広い意味での幸せや健康に貢献してきたのかを、今後具体的に研究できればと考えています。
 まだまだ勉強途中です。多くの方々からご指導頂ければ幸いです。
著書・翻訳:芦名・星川編『脳科学は宗教を解明できるか』春秋社、2012年(共著、第2章)、A.E. マクグラス著、芦名・杉岡・濱崎訳『自然を神学する』教文館、2011年(翻訳)、H.G.コーニック著、杉岡訳『スピリチュアリティは健康をもたらすか』医学書院、2009年(翻訳)等。
論文:「スピリチュアリティと科学的研究」、「統合医療と次元的人間論」いずれも『医学哲学医学倫理』など。