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日本国内で刊行された宗教関連書籍のレビューです。
約一ヶ月、さまざまな分野の書籍からピックアップしてご紹介します。毎月25日頃に更新します。
興味深い本を見逃さないよう、ぜひとも、毎月チェックしてみてください。
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最新の書評  2020/12/26


『臨床宗教師』 藤山みどり 著  高文研
 

 

2020年 1月 2200円 +税

 「臨床宗教師」は、被災地や医療機関、福祉施設などの公共空間で心のケアを提供する宗教者である。布教や伝道を目的とするのではなく、相手の価値観を尊重しながら、宗教者としての経験を活かして、苦悩や悲嘆を抱える人に寄り添う。 仏教、キリスト教、神道など、さまざまな信仰を持つ宗教者が参画している。

 2011年の東日本大震災を機に東北大学で養成がはじまり、龍谷大学、高野山大学、武蔵野大学、種智院大学、愛知学院大学、大正大学、上智大学等の大学機関もこれに取り組んでいる。

 本書は、宗教情報センターの研究員が外部から臨床宗教師の活動を詳細に取材し、分析と考察を加えたものである。臨床宗教師サイドの関係者の筆によるものでないが、それだけに却って、ニュートラルな立場から同活動の詳細、評価や課題がまとめられている。

 「死の伴走者」という書名にもある通り、本書は自ら、もしくは近親の「死」を意識した生活者本人にケアを行う者、という観点から臨床宗教師をとらえている。しかしそもそも、宗教は死者の追悼儀礼とは切り離せない存在であり、宗教者は通夜や葬儀、法要等の席において宗教的ケアを行っているはずである。ことさらに「臨床宗教師」という資格が設けられ、その資格を取得するためのカリキュラムが組まれていることに違和感を抱く人々もいるかもしれない。その違和感への答えは本書に示されている。

 たとえば高野山真言宗のある若手僧侶は、「カフェ・ド・モンク」と呼ばれる、臨床宗教師の有志が実施している一般生活者との茶話会において、ある女性から真言密教について問われ、「私たちはみんなつながっていて、善も悪もない、そういったものをすべて包み込んだような世界に生きている」という説明を行った。結果その女性は、「母親が憎くてたまらない自分」に見切りをつけられたという。

 また別の臨床宗教師である修道女(シスター)は、緩和ケア病棟において仏教徒の患者に「シスターは死ぬってどう捉えるの?」と聞かれ「カトリックでは、死は神の国に行って新しく生きること」と答えたところ「それは理屈だよね、(自分には)手すりがなくなった(ということだ)」と返された。そこで沈黙すると「わからないということだな」と畳みかけられ、「自分の信仰の弱さ」を指摘された気がしたという。だが、そこから患者やその家族と親しくなった、という。

 このように、活動の基本はあくまで「傾聴」であり、学者や研究者のような「講義」のスタンスとは異なる。また宗教者が信者に向かって行う「説法」「教導」等とも異なる。ひたすら話を聴く、そして一緒に考える。求められてはじめて、自らの宗教や宗派の話をする。したがって必然的に、上述の「葬送儀礼に付随する宗教的ケア」とは異なる方法論やノウハウが求められることになる。

 本書では、臨床宗教師の活動を「スピリチュアルケア」「宗教的ケア」「グリーフケア」等に分けて、図表も交えてわかりやすく説明している。たとえば、「人は死んだらどうなるか」という、宗教者がしばしば聞かれる問いに対しての臨床宗教師の対応は、「なぜそのような疑問を持ったのか確認する」「一緒に考えていきましょう、と誘う」「自分の考えを言ってもいいですか、と前置きしたうえで自らの死生観を披歴する」などが考えられる。マニュアル化せず、ケア対象者の個性を尊重し、臨機応変に対応することが臨床宗教師の基本的スタンスである。

 一方で、臨床宗教師の活動に関する否定的な見解も紹介している。
「傾聴とか癒しについては宗教者でなくても専門的に学んだ人がたくさんいる」
「臨床宗教師の一番の欠点は現場経験が少なく座学による指導者についていること 」
「医療者が臨床宗教師の質に疑問を持ち、医療現場への参入に警戒心を持っている。宗教者が現場に入るハードルは高く、傾聴も信頼関係がなければ意味がない」
 いずれも、臨床宗教師でない学者、宗教者の見解である。

 評者(高橋)は認定臨床宗教師であるが、これらの意見にはある程度頷けるところもある。特に、病院を含む訪問先の組織、ケア対象者等との信頼関係の構築と維持については、最も注力すべき点であると考える。将来的には公認心理士、臨床仏教師などとも連携し、「必要な人に必要なケアが行える体制」を形作っていくことも望まれる。

 いずれにせよ本書は、「臨床宗教師になって一般生活者の心の支えになりたい」という宗教者から「宗教や宗教者が自分の悩みを解決してくれるのか、疑問だ」という一般生活者にまで勧められる、きわめて汎用性・網羅性の高い一冊である。 
   
                      真言宗智山派僧侶・認定臨床宗教師 高橋一晃