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日本国内で刊行された宗教関連書籍のレビューです。
約一ヶ月、さまざまな分野の書籍からピックアップしてご紹介します。毎月25日頃に更新します。
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最新の書評  2020/11/08

『アルコホーリクス・アノニマスの歴史――酒を手ばなした人びとをむすぶ』
アーネスト・カーツ (著)
葛西賢太・岡崎直人・菅仁美 (翻訳) 明石書店 2020年

葛西賢太研究員が翻訳した書籍について、アルコホーリックス・アノニマス(AA)の活動に取り組んでこられた、ひいらぎさんが、書評をお寄せくださいました。
◇ ◇ ◇
 
『アルコホーリクス・アノニマスの歴史――酒を手ばなした人びとをむすぶ』 表紙

 
■客間だけ見て語るのではなく

 何かの問題を抱えた当事者が集まって語り合うことでお互いに精神的なサポートをする集団を「自助グループ」あるいはセルフヘルプグループと呼ぶ人たちがいる。国内では1980年代から自助グループやセルフヘルプに対する関心が徐々に高まり、近年では医学書や社会福祉や心理の教科書に取り上げられるようになっている。自助グループを推す人たちは、そこにどんな魅力を感じているのだろうか。
 私たちが困りごとを抱えたとき、助けを求める相手は医者・心理カウンセラー・ソーシャルワーカー・法律家などの、何らかの権威を持った専門家である。私たちは彼らに相談しその指示に従うことで問題を解決していく。しかし、自助グループにはそのような権威は存在せず、当事者として対等であるのに、集まって語り合うだけで解決が生まれてくると言う。必要とされるのは、心の壁を取り払って「正直に」話すことだけだとされる。そのようなシンプルさに、反権威主義的・民主的な魅力を感じる人がいるのだろう。
 あるいは、スマイルズの『自助論』の冒頭に書かれた「天は自ら助くるものを助く」の言葉から、他の人に頼らずにひとりで努力して問題を乗り越えることを美徳として称賛し、そのようにお互いを励まし合うところだと捉えている人もいるようだ。
 自助グループ論・セルフヘルプ論のなかでしばしば成功例として取り上げられるのが、アルコール依存症の当事者団体であるアルコホーリクス・アノニマス(AA)だ。AAの始まりは「酒がやめられない二人の酒飲みが出会い、お互いの体験を語り合うことで飲酒が止まった」と簡単に説明されていることが多い。それがいまや、全世界に広がり、メンバー数は200万人を超えている。
 現在ではアルコール依存症に限らず、様々なジャンルのグループが活動しているが、そのように普及したのは、共通の悩みを抱える人が集まって「ミーティング」と呼ばれる集会を開き、体験を語ることで、そこに特別な効果が生じるというシンプルな説明にあったのだろう。しかし、そのシンプルな行いだけで、はたして200万人の団体ができるだろうか。
 私自身も、1990年代にAAに加わって酒をやめ、それ以来ずっとメンバーとして活動している。それだけでなく、他のジャンルのグループの人たちとも垣根を越えて協働し、当事者による活動を社会に広める活動をしてきた。多くのグループが次々と誕生したが、同時に多くのグループが活動をやめ、解散していった。「今日のミーティングが最後です」とか「事情により休止します」という言葉を何度聞いたことだろうか。全国規模でNPO法人格まで取得した団体の解散を知らせるはがきを受け取ったときには、なんとも言えない寂しさがあった。
 「グループを始めるのは簡単だが、続けていくのも、広めるのも簡単ではない」としばしば言われる。語り合いに特別な効果があるとしても、それだけで当事者活動が成立し、存続し、全国に広がって、多くの人が助かるようになるわけではないのである(そのような誤解を生んだのであれば、あのシンプルな説明は罪作りである)。AAの活動のなかでミーティングはその一部にすぎない。だが、外部に対して公開しているのもミーティングだけである。だから、AAについての多くの記述は、外部の人たちが主にミーティングで見聞きしたことをベースに書かれている。それはまるで、招かれた家の客間しか見ておらず、奧の寝室や居間やキッチンを見ていないのに、その一家を語ろうとするようなものである。どうしても、一面的な説明にならざるを得ない。


■有限である者たちの交わり

 本書『アルコホーリクス・アノニマスの歴史』の著者アーネスト・カーツは、神学校を卒業して司祭となった後、ハーバード大学に学び、アメリカ文明史で博士号を取得した。本書は彼の博士論文を一般向けに書き直したものである。また彼自身もアルコール依存になり司祭用の施設で治療プログラムを受けている(ただし、彼は自身がAAメンバーであるともないとも明らかにしていない)。多くのAAの原資料にあたり、AAメンバーにインタビューを行い、緻密な調査を行った結果として、本書(日本語訳)は600ページを越える大部になった。
 カーツはAAの成立の歴史をたどりながら、メンバーに変化をもたらす「12のステップ」というプログラムの成立の過程を明らかにしている。重度のアルコール依存症者は、自分の意志の力では酒をやめられない(再飲酒を防げない、の意)。だが、集団になれば可能かというと、AAはそれも否定している。どのような人間の力によっても解決できないのである。しかし、自分を越えた偉大な力が解決してくれると考えるのだ。多くのAAメンバーはこの力を「ハイヤー・パワー」と呼んでいるが、それは特定のものではなく、各個人が自分で選び取っていくものだ。それは宗教的な信仰の対象とは限らず、その人が自分より偉大だと感じられるものであれば何でも良いし、また信じる対象を切り替えていっても良い。このようにして、多くのAAメンバーが「自分ではない何かの力が、自分の酒を止めてくれている」と考えるようになっていく。
 これは自助(セルフヘルプ)の否定である。努力はもちろん必要であるが、自助に限界があるからこそ、その限界を超えた解決を手に入れるために、人ならぬ何かに頼っていく。
 このことは何を意味するのだろうか。カーツは、「有限性」や「不完全さ」というキーワードを使って説明する。人間は一人であっても、集団であっても、実は弱い存在である。日常生活ではその弱さを意識せずに暮らせている。しかし、人生の中で乗り越えることができない困難にあたったとき、自らの有限性を意識せざるを得なくなる。ところが、それでも人は、以前と同じ暮らし、人と同じ暮らしを続けたいと願ってしまう。新しい条件の下で、以前とも周囲の人とも違う新しい喜びを見つけていくためには、同じ問題を抱えた仲間に手を差しのべ助けようとする行為が役に立つ。スマイルズ風に言えば「天は他者を助くるものを助く」のである。自助グループではなく「相互支援グループ」と呼ぶべきだという主張がされるのには、この仕組みによる。また、メンバー同士の交流はミーティングだけではないし、むしろミーティング以外での交流のほうが大きな意味を持つのである。


■団結と有効性を保つ

 AAが順調に成長し、グループの数もメンバー数も増えていくと、こんどは集団をまとめ、動かしていく仕組みが必要になった。トラブルの多い数年間を経て、その経験から「12の伝統」と呼ばれるプログラムができあがった。その特徴は、一体性(団結)というキーワードにある。人類の長い歴史の中で、多くの国や団体、政党、宗教、社会活動が活動方針や意見の対立から分裂していった。分裂後はお互いに争うことにエネルギーを費やして弱体化し、有効性を失っていった。そこでAAは、分裂せずに一つの団体として存続することで有効性の維持を図った。全世界のAAが一つの団体として活動を続けているのも、このプログラムがあってのことだろう。
 さらに、AAのカリスマ的な二人の創始者も、加齢によっていずれこの世を去ることが明らかになった。そこで、精神的指導者がいなくなった後も、AAが存続し発展していけるように、二人の存命中から仕組みが整えられた。具体的には、二人の持っていた権威を受け継ぐための、民主的な選挙で選ばれる(しかも再選不可の)評議会が作られ、個人的な権威を消失させたのである。現在では、一つひとつのAAグループが創始者の権威を受け継いだ存在とされており、その総意を汲んだ決定を行うために、かなり面倒な手続きが毎年繰り替えされている。
 AAという団体のなかで人びとが変化し、集団が団結し、存続し、他の人たちを助け続けていくために、AAが苦労してつかみ取ったプログラムは、実はAAの外にはあまり共有されていない。カーツによる本書は、40年前に出版された古典的存在であるが、AAという団体が数多くの失敗の経験から学んだことが詰め込まれ、それを外に伝えてくれる他にない一冊なのである。
 これからも、当事者が集まって問題を解決しようとする団体は作られ続けるだろう。そのすべてにAAの経験がそのまま使えるとは限らないが、本書の情報によって少なくとも「車輪の再発明」という徒労は避けられるはずだ。また、当事者団体に限らず、多くの社会活動が意見の対立や後継の問題に悩まされていることを踏まえれば、集団の発展と継承に関心をお持ちの方にはぜひご一読いただきたい一冊である。
 
(AAメンバー ひいらぎ)