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日本国内で刊行された宗教関連書籍のレビューです。
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最新の書評  2017/11/14

映画『希望のかなた』

シリア難民の兄妹と、それを支える人々の物語。12月2日より全国で公開開始。

フィンランドの港町。船で運ばれてきた石炭の中から真っ黒な青年・カーリドが現れる。家族、婚約者、家を失った彼は故郷のシリアを逃れ、フィンランドに辿りつく。誰もいなくなった後、無言で船から出る彼の表情からは、何も読み取れない。嬉しいのだろうか、それとも緊張しているのだろうか。
ちょうど同じ頃、一組のフィンランド人老夫婦に別れが訪れる。ヴィクストロムもまた、無言で妻に別れを告げる。荷物をまとめ、妻に指輪を返し黙って立ち去る。
この映画はそんな静寂から始まる。そして音楽が流れ、この場面に注釈を入れてくれる。映画を通して、登場人物の口数はそんなに多くはない。しかし、彼らの微妙な心の動き、うまく言葉に出来ない感情を、そのたびに、音楽がやさしく伝えてくれる。
 
フィンランドに着くと、カーリドはまず警察に行き、難民の申請をする。警察署には、カーリドと同じく難民申請に来ているらしき男性が。アラビア語で会話が始まる。彼もまた、イラクから逃れてきた難民の1人だった。バスの運転手はアフリカ系と見られる男性が。「難民申請に来たのは君が初めてではないからね」と言う警察官のセリフが表すように、フィンランドの日常の至る所に難民の影が見え隠れする。

戦火から逃れた彼らだが、北欧・フィンランドでも真の平和を手に入れることは難しい。難民収容所では、ベッドにタオル、カミソリ、歯ブラシなどを支給され、食事も出る。スタッフの態度も悪くはない。しかし、収容されている人々の目は虚ろで、夜も眠れずタバコをふかしている人がたくさんいる。
何が彼らから心の平和を奪うのだろうか。おそらく、難民をよく思っていないフィンランド人の存在だろう。シリア出身のカーリドは、その見た目と、フィンランド語を理解できないことから、難民排斥を掲げる青年たちに何度も襲われる。

「この国に満足しているように振る舞わないと、送還される」
「(欧州で国境を越えるのは)簡単。誰も僕らを見ない。僕らは厄介者だから」

確かに、難民となった人々の祖国に比べれば、欧州は平和だろう。空爆、銃撃、自爆などの脅威に晒されることは少ない。だが、彼らは欧州に来て、今度は見えざる敵意に脅かされ続けている。
彼らの些細な言葉や仕草、眼差しから難民としての苦難が痛いほど伝わってくる。

しかし、難民だけが苦しんでいるのではない。フィンランドの人々を襲う不況。
妻に別れを告げ、人生の新しいスタートを切ろうとするヴィクストロムは、レストラン経営に着手。しかし、彼が買い取ったレストランの従業員は何カ月も給料をもらっていない。
皆、余裕がなく、口を開くと不況の話。
過激な難民排斥支持者を単に「悪者」として登場させるのではなく、過激な思想が生まれる原因を見つめることによって、難民問題の根の深さを考えさせられる。

難民、フィンランド国民2つの側面から描かれるフィンランド社会。やがて、カーリド、ヴィクストロム、別々の立場が交差する。

空爆が続き、シリアでは戦争が泥沼化していく。にもかかわらず、難民申請をしていたカーリドに告げられた、フィンランドからの判定は「送還」。
シリアに送り返されてしまう。難民収容所から逃げ出したカーリド。たどり着いた場所はヴィクストロムのレストランのゴミ捨て場。

                  *     *     *

居場所がなく無気力な難民に、難民を疎ましく思うフィンランド国民。映画では、冷え切った社会を鋭い視線で細部まで厳しく描く。
しかし、カウリスマキ監督は、極限状況にあっても他を思いやる人々の優しさも見落とさなかった。

シリアからの避難中に生き別れた妹やいとこを心配し続けるカーリド。自分も難民なのに、携帯電話を貸してやり、カーリドの家族を気にかけるイラク人難民の友人。無給で働いているにもかかわらず、拾った犬を慈しむレストランスタッフ。そして、行き場をなくしたカーリドに救いの手を差し伸べるヴィクストロムとその友人たち。

経済が冷え切っても、人の心までは冷え切らない。財政的な余裕がなくなっても、他を思いやる心の余裕はなくならない。
厳しい現実にかき消されそうになる、小さな優しさ、人々の繋がりの温かさにスポットライトを当てた映画と言えるだろう。
(モワ)

カウリスマキ監督はフィンランドで活躍する名映画監督。社会の底辺で呻吟する人々に目をそらさず描いた作品で知られ、『罪と罰』『パラダイスの夕暮れ』等で注目されるとともに、2002年の第55回カンヌ国際映画祭でグランプリを受賞している。
映画『希望のかなた』は、2017年12月2日より、渋谷ユーロスペースを皮切りに、全国で公開。
オフィシャルサイトはhttp://kibou-film.com/。

葛西研究員によるレビュー2はこちら