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日本国内で刊行された宗教関連書籍のレビューです。
約一ヶ月、さまざまな分野の書籍からピックアップしてご紹介します。毎月25日頃に更新します。
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最新の書評  2016/04/06

『宗教と現代がわかる本』  渡邊直樹責任編集  平凡社
 

 
2016年 3月 1600円 +税


■ラインナップ

 2007年の創刊から10年目を迎えた『宗教と現代がわかる本』。2016年版では「聖地」、「沖縄」、「戦争」の3つの特集が組まれ、現代日本でしっかり捉えておきたいトピックに気鋭の論者が斬り込んでいる。注目は、写真家・須田慎太郎による沖縄の写真・カラーグラビア(聖地・戦争遺跡・米軍基地・祭り)。今号から判型も変わり、写真も大きく映えるページとなり、巻頭には特集にふさわしい作品が並んでいる。
 
 「テーマ」のコーナーでは、戦後70年の現代宗教の動きや、広島の平和論、長崎のカトリックの動きなどを知ることができ、また「レポート」のコーナーには、日本会議と宗教との関わり、日本におけるイスラーム受容、台湾の民主化とキリスト教会との関係、震災後の福島における創作神楽の奉納と祈りの心などについての論考が並ぶ。さらに「緊急座談会」として、安全保障法制への公明党の方針を危惧する創価学会員の声を収録した後半も、読みどころだ。

 
■聖地論の現在

 聖地をめぐる鼎談では、鈴木正崇、五十嵐太郎、岡本亮輔が、富士山、神社、教会、新宗教の施設、アニメの「聖地巡礼」など、現在ではパワースポットと呼び替えられつつある場所の実相について論じている。興味深いのは、建築学の五十嵐が、高レベル廃棄物貯蔵所について、「サンクチュアリみたいな、立ち入りができない特別な場所になってしまうという意味において、聖地と言えるのかなと。」(p.40)と述べている点だ。これは、批評家・東浩紀らが試みている福島第一原発観光地化計画にも通じる、いわばダークツーリズムに繋がる聖地解釈を含む。この発言に対し鈴木は、水俣病の公害を体験した水俣市が現在、地域再生計画を実施しており、有機水銀のヘドロや汚染物をドラム缶に入れたものを利用して埋め立てたエコパークが、地域の人々や訪問者らによって新たな聖地として見立てられているという事例を紹介し、グローバル化の中で痛みを体験した場所が新たな聖性を獲得しているプロセスを注視するよう促している。
 
 聖地についての寄稿は、臼杵陽「複数宗教の聖地エルサレム」、上野誠「日本人の聖地論」、森弘子「沖ノ島と宗像大社の信仰」などがある。なかでも、「3.11以降にわかに脚光を浴びたデモの現場「国会議事堂前」を、それが戦前からの帝国日本の遺産でもあるという点から相対化し、国民国家の<聖地>の生成を批判的に検討した北條勝貴の論考「国民国家の<聖地>———国会をめぐって」は、異色の聖地論として興味深い。さらに、ダークツーリズムの提唱者・井出明は「ダークツーリズムとは何か」の中で、記憶の継承という目的に照らした際のダークツーリズムの方法論的利点について、訪問者が「地域社会の影の部分に焦点をあてるため、地域住民にとって都合の悪い記憶も継承される可能性が広がる点である。そしてそれは、人類や社会にとっては意味のある記憶になるかもしれない。」(p.70)と述べている。宗教学それ自体は開かれたアリーナに違いないが、本書の聖地特集においても建築学、歴史学、観光学など多領域からのアプローチがみられる。

 
■沖縄のいま

 特集の2つ目は沖縄。「標的の村」や「戦場ぬ止み(いくさばぬとうどぅみ)」のドキュメンタリー作品で知られる三上智恵監督へのインタビューは、三上監督の基盤にある民俗学の知見と姿勢を聞き出している。ヘリパッド建設計画が進められている沖縄県東村や、新基地建設反対で人々が運動を続ける名護市辺野古地区を現場としてドキュメンタリーを撮ってきた三上。カミや死者の声を聴く沖縄文化の中でカメラを回し続けることが、民俗誌とドキュメンタリーの架け橋になる。そう考える監督自身の制作動機の核心は、これまでほとんど語られてこなかった(媒体には載らなかった)部分であり、一読の価値がある。また、戦死者の遺骨のゆくえについて論じた北村毅の「「日本兵」とは誰だったのか?———沖縄戦の戦場に対する想像力」は、遺骨、日本兵と一括りにされてしまう死者の個別性や個別状況に対する真摯な眼差しと想像力こそ、沖縄の戦後をただの戦後にしないための力になると論じている。

 沖縄特集にはもう一人、日本における南島論の重鎮、岡谷公二が寄稿している。「御嶽をめぐる問題」という論考で岡谷は、琉球史における奄美諸島の存在意義を指摘し、沖縄の聖地「御嶽」について、その「森を尊び、社殿を排する無言の意志にはただならぬものがある」(p.90)と述べている。同時に、南西諸島と済州島や朝鮮半島を結ぶ交易圏「貝の道」に沿うようにして森だけの聖地が点在すると述べ、東アジアの宗教文化を考察する重要な視角を示している。
 

■戦争と人間を問う

 3つ目の特集「戦争」は、戦争、追悼、慰霊、記憶などをめぐる、西村明・石川明人・佐藤啓介らの鼎談から始まる。現代日本の慰霊論を研究する西村明は、戦争死者のことを考える際、「立ちどまること」が重要だと繰り返し主張している。戦争論を研究する石川明人は、愛と平和を祈りつつ戦争をする人間の性(さが)をもっともっと探究すべきだと語り、佐藤啓介は「記憶と死者」という観点から、死者の情念や無念さを捉える哲学が必要だと述べている。
 
 戦死者の情念や無念さを表現する形式のひとつは歌だが、岡部隆志「戦争と歌の力—鼓舞と慰霊」は、悲しみを共同体へとひらく「哭き歌(なきうた)」の呪術的力について論じており、非常に興味深い。黒田純一郎による米国の戦跡の聖地化の紹介や、戦後70年で変容する長崎の被爆の意味づけについての四條知恵の論考なども、現代における戦跡や戦争体験の意味の変容を追った力作である。
 

■現代日本を俯瞰するテーマとトピック

 「テーマ」のコーナーでは、例えば宗教学の堀江宗正が、戦後70年の宗教をめぐる戦後日本における政治の「右傾化」は、(1)米国主導による日本の再軍事化、(2)反共主義、言論統制、ナショナリズム強化などの非民主化の動き、(3)経済成長による戦前回帰印象の緩和、という3つの要素によって方向づけられており、これが民主化とは逆の戦後、「逆コースの戦後世界」を形づくってきたと指摘している。戦後と冷戦後、そして原発事故を転機とする戦後日本社会をよりクリアに俯瞰しようとする堀江の視点は、非常に重要だと思われる。ほか、近代仏教研究の碧海寿広が、日本の伝統仏教におけるカリスマ的指導者と体験主義の動向を紹介している。また、高橋典史はハワイにおける多文化共生思想とカトリック教会の活動の接点について述べ、東琢磨はヒロシマの平和運動の新たな胎動を紹介している。西出勇志は、長崎のカトリックが進めてきた宗教的多様性を尊重する交流活動に触れ、宗教都市長崎の現在を紹介している。
 
 「レポート」では、塚田穂高が「日本会議と宗教」という論考で、保守・右派の合同運動としての日本会議の特徴とその宗教性について批判的分析を行っている。また小村明子は詳細な調査をもとに、日本社会におけるイスラーム受容の現場をレポートしている。これは、日本社会とイスラーム思想との関係を考える上での重要な研究成果の一端だ。1970年後半から活動する「日本イスラム教団」の概要については、これまでほとんど紹介されておらず、小村の調査研究によって明らかになったことは多い。続いて、2014年に注目された台湾の民主化運動「ひまわり運動」に台湾基督教長老教会が深く関わっていることを、藤野陽平が論じている。また佐藤壮広は、「福島を生きる言葉と心—「未来の祀りふくしま」の開催−」において、詩人・和合亮一が発起人となって行われた「未来の祀りふくしま」という震災追悼慰霊の催事(神楽の奉納、シンポジウム、コンサートほか)のルポを寄せている。悲しみを受けとめつつ、言葉を呑み込むのではなく「ともにふくしまからこえをあげる」というのが、和合亮一のメッセージだという。これは、震災後の新たな精神文化の生成を追った内容となっている。
 

■安全保障法制を問う緊急座談会

 収録された緊急座談会のタイトルは、「安全保障法制に反対し公明党の方針を危惧する創価学会員に聞く」である。宗教学・死生学の島薗進、政治学の中野晃一、そして創価学会の副支部長・天野龍志、「安保に反対する創価大学・短大有志の会呼びかけ人」の氏家法雄、創価大学OBで宗教社会学者・南山大学宗教文化研究所研究員の粟津賢太ら5人が、安全保障法制をめぐる連立与党・公明党の動向について意見を述べ合っている。氏家は、創価学会の教えは、生命を大切にすることを説いており、創価学会の支持政党である公明党の今回の動きに、危機感を抱いたと語る。天野は、「創価学会本部が公明党をコントロールしているのだと思います」(p.174)と述べつつ、現在は「公明党が自民党と一緒に与党にいて権力を持っていることが至上命題になっている」(同頁)と分析している。島薗、中野両氏は、欧米では以前から人間の尊厳を大切にする政治・社会運動が続いており、それが人権保護や安全保障といったグローバルな課題に取り組む基調だと述べ、「個人として勇気を持って人間の尊厳を守るために立つ」(p.187)創価学会の有志らには期待できると結んでいる。
 

■2015年データ集

 本誌各号で編まれている宗教関連データは、創刊10年ともなるとそのデータだけで相当のボリュームになる。国内・海外ニュース、物故者、美術・映画・本のガイドなどは、「宗教」というテーマが相当の広がりのあるものだと知る格好の情報源である。特に「宗教がわかる映画ガイド」は、多くのレビュー誌とは異なる視点からの映画・DVDの紹介となっており、思考の触媒としての映像作品へと導いてくれる、読んで楽しいコーナーでもある。
 
 巻末、10冊目の編集・刊行にあたって、責任編集の渡邊直樹が以下の言葉を記している。
 
 日本でもっとも美しい自然と、深い精神性にめぐまれた沖縄が、戦後になっても「戦争」と直面し続けてこなくて はならなかったのです。「美しい国」を守るというのならば、日本人がまず第一に考えなければならないのが沖縄で あり、被爆地、被災地のことではないでしょうか。そこがまさに現代日本の「聖地」なのですから。

 特集「聖地」「戦争」「沖縄」の意義を考えつつ、本誌をあらためてじっくり読んでみたい。

                                         (宗教情報センター研究員 佐藤壮広)