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  • 『イスラームから見た「世界史」』 タミム・アンサーリー(著)、小沢千重子(訳) 
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日本国内で刊行された宗教関連書籍のレビューです。
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最新の書評  2011/12/23

『イスラームから見た「世界史」』
タミム・アンサーリー(著)小沢千重子(訳) 紀伊國屋書店 2011年9月 3400円(税別)

 「アラブの春」が広がり、9.11の米国同時多発テロから10年を経て、テロの首謀者とされるウサマ・ビン・ラーディンが米国によって殺害された2011年の締めくくりに、発刊はやや古いが本書を取り上げたい。650ページ超のボリュームだが、11月時点ですでに3刷と版を重ねている。
 日本では、マスメディアの報道にしても発刊されている書籍にしても、西洋寄りの視点で書かれている場合がほとんどだ。だが、著者はアフガニスタンに生まれ育ったムスリムで、アメリカに移住して教科書の制作に携わったことがあるという背景を武器に、西洋の歴史認識と対比させながら、西洋人の陥りがちなイスラーム観を踏まえたうえで、インドからアフリカに及ぶイスラーム世界の歴史をイスラームの立場から語っている。
 およそ6000年前のメソポタミア文明から2001年の9.11までの長大な歴史のなかで、ムハンマドがイスラームを7世紀に創生してからスンナ派とシーア派に分裂するまでの原初期に大きくページが割かれているのは、イスラームの本質と変容、ジハードの位置づけなど現代のイスラームの潮流を理解するのに欠かせないからだ。解釈や背景の説明、歴史上の点と点を結びつける解説が巧みなので、イスラームについて“腑に落ちる”形で納得できた箇所がいくつもあった。
 例えば――個々人の救済を重視するキリスト教と異なり、イスラームでは実践が重視され、宗教というだけでなく政治的な側面をもつが、これは草創期にマディーナに移住(ヒジュラ)してムスリム共同体(ウンマ)を築いたからだということ。クルアーンでは「宗教の強制」が否定されているのに、イスラームが棄教に厳しいのは、ムハンマド死後のウンマ崩壊の危機に原点があるのだということ。女性の社会参加を制限する施策は、イスラーム本来のものではなく、ビザンツ帝国やササーン朝の慣行の影響が大きいが、第2代カリフ(後継者)の男女隔離策が、その影響を招いたこと――など。
 
 ジハードについても然り。相次ぐテロで、ジハード(聖戦)が暴力のように受け取られ、イスラーム擁護派は「原義は違う」と抗弁するが、そう単純ではないことがよく分かる。ムハンマドの時代から、戦いのたびにジハードの意味が変遷した過程と、近代におけるイスラーム改革運動のなかで重要性を増したジハードの重みが理解できて初めて、ジハードを語る資格がありそうだ。現在、エジプトで躍進しているムスリム同胞団や、サウジアラビアが国教とする厳格なワッハーブ派についても、両者の起点である近代のイスラーム改革運動から辿って説明されると、その違いが顕著になる。
 スンナ派とシーア派の違いの説明も、本質を突いている。一般的には、「シーア派は、ムハンマドのいとこの4代目カリフ(後継者)アリーの子孫を指導者に仰ぐ」(※1)などと説明されるが、ここでは「指導者とはいかなる存在か」という論点で峻別される、と解説される。これならば、後々まで両派の対立が続くことにも合点がいく。イランでシーア派が主流である理由も、イスラーム拡大の歴史のなかで説得力をもって記述されている。
 十字軍についての認識の違いも興味深かった。十字軍側は、十字軍を「イスラーム世界とキリスト教世界の対立」と捉えるが、当時のムスリムにとって十字軍には文明のかけらも感じられず、「降りかかってきた災難」に過ぎなかったという。
 とはいえ、本当にこれがイスラーム一般から見た世界史の解釈なのか、偏りはないのか、という点について、残念ながら私は保証する知識を持ち合わせていない。日本の歴史教科書問題を見ても分かるように、歴史解釈においては、とかく編著者による見解の相違が大きい。本書には第4代カリフであるアリーについて好意的な記述が多いように見受けられたが、著者の宗派は不明だ。19世紀最大のムスリムの改革者であるアフガーニー(彼の知的系譜に連なるハサン・アル・バンナーがムスリム同胞団を創設した)について、「一説には、スンナ派、シーア派の枠を超えた活動を展開する便宜上、アフガニスタン出身と自称していたが、実際はイランのアサダーバード出身だったとされている」(p480)などの記述に、著者の「アフガニスタン出身」というプロフィールを思わず重ねてしまった。
  だが、イスラーム世界と西洋世界という対立する2つの世界の人々が、歩み寄るための一歩として、相手側の観点を理解するのに役立つことは確かである。この点で、著者のねらいは達成されたといっても良いだろう。

※1.「(ニュースがわからん!)シーア派やスンニ派、よく聞くのう イスラム教の宗派」『朝日新聞』2011年2月22日)




 (宗教情報センター研究員 藤山 みどり)