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日本国内で刊行された宗教関連書籍のレビューです。
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最新の書評  2011/05/26

『伊勢神宮の謎を解く アマテラスと天皇の「発明」』
武澤秀一(著) 筑摩書房 2011年3月 924円(税込)

 伊勢神宮には、日本神道のパンテオンにおける最高神のアマテラスだけではなく、不思議にも、タカミムスヒというもう一つの神が祀られている。タカミムスヒからアマテラスへの転換は、国家神であるタカミムスヒから、皇祖神であるアマテラスへの転換であったと、著者は説く。日本書紀において天武以前には、伊勢大神や日神と呼ばれていた神が、以後は天照大神と記されるようになったということも指摘される。壬申の乱とその後の伊勢の有力豪族の糾合という、天皇制を確かなものとする作業において、人間とはかけ離れた神を皇祖と位置づけなおすうえで、伊勢神宮が重要な拠点となったと考えるのである。

 著者は、折口信夫や津田左右吉から神野志隆光や溝口睦子にいたるまでの諸研究をもとに、政治史や神道思想や儀礼を通して、伊勢神宮をめぐるさまざまな謎をとりあげていく。建築家である著者は、神宮の組み立てや用法をも参照しながら、まるで神宮の床材や柱材や壁材に触れて確かめるように吟味する。しかし建築の話題に引きつけるのではなく、たとえば読者をして、本殿のない神社に注目させ、自然界の力そのものを崇拝する神社の元型に目配りさせるということで、社殿や神の名を当然視するのではなく、それがなかった時代、つくられた時代があったことに気づかせる。それはそうだ、ではどのようにと思いはじめたら、読者はすでに著者の手の内にあることになる。

 著者は『古事記』や『日本書紀』を優しく噛み砕いて読解する。これら上古の文体に抵抗のある向きも、伊勢神宮を確立するタイムラインをガイド付きで旅するような語りには自然になじめるだろう。このガイドは歴史学の研究に触れながら、しばしば『古事記』や『日本書紀』を朗々とうたいあげる。神話や民俗を研究する視点にも読者を立ち寄らせ、ときには図面を広げて神宮の柱の奇妙さを指摘し、史書の行間から天武天皇の情熱や苦心について言及する。


 私がとくに興味を引かれたのは、「心の御柱」をめぐる床下での儀式である。なぜ建物の床下で重要な儀礼が行われるのか。その理由は旅の終わりにあかされる。
 また、「ライバル」であった出雲大社との決着はどのようであったか。それが、神社の社の形にどのようにあらわれていったか。壬申の乱以後、国家のありかたや神道のありかたに天武的なビジョンが反映されていく、その細部がどう描かれているか、いくつもの謎が解かれていく過程をご自身で確かめてほしい。語り口は歴史文学、旅文学を読むように平易でありながら、読者は、一つの国を造り、また造り直すということについて多面的に考えることを迫られる。現在進行中の第62回式年遷宮のさなかでもあり、社を作るプロセスがリアルタイムで確認できる。読者には、神社司庁の式年遷宮公式サイトなどで、実際に伊勢神宮の社の姿や進行中の式年遷宮の写真を味わっていただき、著者との旅の友とされることをおすすめする。


<参考>

*1.伊勢神宮式年遷宮広報本部公式ウェブページ:http://www.sengu.info/index.html

*2.本書の著者、武澤秀一氏による連載フォトエッセイ「時空を超えて コスモロジーと出会う」もぜひご覧いただきたい。

(研究員 葛西賢太)