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2021/12/05

瀧口俊子・大村哲夫・和田信編著『共に生きるスピリチュアルケア 医療・看護から宗教まで』創元社、2021年、3200円+税。


 

 死を前にした患者や親族を亡くした人に行われることが多い「スピリチュアルケア」は、1960年代に英国のホスピス医シシリー・ソンダースによって提唱されました。キリスト教の聖職者が行うケアから派生しましたが、他の信仰をもつ人や無宗教の人にも欠かせないケアとして、急速に世界に広まりました。言語による表現が難しいスピリチュアルケアには、まだ確固たる定義がありません。編著者の一人である大村哲夫・東北大学大学院准教授は、「こころの健康に役立つ人間の間のいとなみ」とかみ砕いて説明します。こころの健康を損ねる人が増えている現在、スピリチュアルケアを学ぶ人が増え、「スピリチュアルケア師」や「認定臨床宗教師」などの資格も続々と登場しています。
   日本では、仏教や民間信仰など日本人に独特の宗教性や死生観を考慮したスピリチュアルケアが育まれてきました。この書籍は、日本におけるスピリチュアルケアの先駆者である医療者や宗教者、研究者など17人が、それぞれの観点からスピリチュアルケアについて書いたものです。執筆陣に名を連ねるのは、日本のスピリチュアルケア界を牽引してきた窪寺俊之氏、死別の悲しみをケアする「グリーフケア」を日本に確立させた高木慶子シスター、緩和ケアが専門の岸本寛史医師、日本のホスピスの草分けである淀川キリスト教病院でがん看護専門看護師を長年務めた田村恵子氏、「仏教看護」を標榜して看護教育に携わってきた藤腹明子氏、「臨床宗教師」養成研修の創設者の一人である谷山洋三氏、宗教学者の島薗進氏、宗教民俗学者の鈴木岩弓氏など斯界の第一人者ばかりです。
   スピリチュアルケアの基本を網羅した教科書のようですが、知識を増やすための書というよりも、「スピリチュアルケアで大切なこと」を読者に考えさせる書といえます。執筆者たちがスピリチュアルケアに関心をもった経緯や自己変容が促された転機を包み隠さず明かしているからです。それは「スピリチュアルケアの成否は、ケアする人の人格によるところが大きい」「スピリチュアルケアが人格に基づいている以上、執筆者個人の人格形成を知ることは欠かせない」という編者の考えに基づいています。
   緩和ケアなどの現場で死にゆく患者と接してきた医療者たちが、「生きたい」と可能性を模索しつづける患者やその家族の要望に悩みつつ対応し、スピリチュアルケアにおいて大切なことを感じ取った告白には、読み手も心を揺さぶられるでしょう。事例を読みながら、「自分が医療者の立場ならば、どう対応するだろうか」、また、「自分が患者と同じ状況になったならば、どうするだろうか」と思いを巡らせずにはいられないでしょう。全編を通じて「です・ます」調で温もりを感じさせますが、自身の在り方を問われる厳しい書でもあります。
   スピリチュアルケアを学ぶ本書で、このような読み方を迫られることは、スピリチュアルケアの養成講座に関わってきた西平直・京都大学大学院教授が本書で、スピリチュアルケアを学ぼうとすると「自分と向き合う」ことになる、あるいは「自分自身と向き合う」ことなしにスピリチュアルケアを学ぶことはできないのではないか、と述べていることと重なります。
   西平教授はまた、スピリチュアルケアの理想は「あなたも私も共に喜ぶ」姿ではないか、と記しています。現場経験が長い田村恵子氏も同様に、自分にとってのスピリチュアルケアの原型は「喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣きなさい」という聖書の言葉にあり、したがって、スピリチュアルケアで大切にしていることは「生きていくうえでその方が大切であると思うこと/絶対に譲れないと思うことを共に探求して、最後までそれを大切にしていくこと」だと述べています。この言葉はまた、岸本寛史医師が「患者さんが大切にしたいと思うことを支えることも医療の大切な役目なのだと心底思えるようになりました」と振り返る言葉とつながります。
   スピリチュアルケアというのは、人と人が関係性を結ぶにあたっての基本に立ち返ることなのかもしれません。スピリチュアルケアというと難しく思われますが、実は普通の人でも意識せずに行っている可能性があります。本書で、宗教心理学者の葛西賢太氏が、ある仏教説話についての新しい解釈を紹介しています。それは、愛児を死なせて正気を失ったキサーゴータミーという女性の話です。「子どもに薬を」と求める彼女に仏陀は「誰も死んだことのない家で芥子の実をもらっておいで」と返します。彼女は家々を訪ねて歩き、「人は死ななければならないという定め」を知り、仏弟子になって悟りを開きました。……という話です。これについて、キサーゴータミーが自身の心を取り戻せたのは、彼女の話を聴くなどした名もない人たち(彼らによるケア)のおかげではないかという見方があるそうです。
   このような話を聴くと、スピリチュアルケアを学ぶことへの心のハードルが下がるかもしれません。コロナ禍でこころの健康に不安をもつ人が増えています。基本がわかるこの書籍で、スピリチュアルケアを学んでみてはいかがでしょうか。

 
(宗教情報センター研究員 藤山みどり