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2014/10/10

『世の中を良くして自分も幸福になれる「寄付」のすすめ』 近藤由美著 東洋経済新報社

 
2014年5月 1500円+税
  
 日本でもっとも知られている募金活動は、「赤い羽根共同募金」と「歳末たすけあい募金」だ。どちらも社会福祉法人共同募金会が行なっており、後者はNHKと連携した活動でもある。一般生活者や団体からお金で寄付を募るのが、募金。昭和22年、戦災に遭った人たちへの支援としてこの活動が始まったが、平成7年をピークに金額は減少傾向にあり、平成24年度の合算総額は19,098,690円である。(参照:赤い羽根について―統計・歴史—統計データ(募金編) http://www.akaihane.or.jp/about/history/pdf/toukei_rekinen_bokin01_131001.pdf

 これらの募金は、赤い羽根のシンボルとともに秋冬の年中行事となっているものの、その使い途については、小中学校などで詳しく説明を受けたという記憶が薄い人も多いのではないだろうか。せっかくお金を出して助け合いに参加したのに、それ以後の動きや実際に助けられた人たちと交わる機会は限られている。お互いの顔が見えず、助ける―助けられるという関係をあまり実感することもない。日本で寄付行為そのものが広がらない大きな原因のひとつがここにあると、本書は指摘する。

 日本社会にはなじみの薄そうな募金活動を増やすには、どうすればよいのか。それにまず、日本にもある寄付の文化を知ることが大切だという。そして、寄付を実践する人たちの体験談を聴き、そこから寄付の社会的意義を見出すこと。さらに、寄付先の団体の情報収集や寄付金に伴う優遇税制措置をしっかり理解し、無理のない実践を続けていくこと。こうしたことが、寄付のポイントだという。実際に「認定NPO法人さなぎ達」という団体への寄付・支援活動を行なった著者自身の経験にもふれつつ、1章と2章では、寄付を実践する人たちのルポと寄付がもたらす効能が述べられている。
 
 第1章「寄付が日本と世界を変える」では、奈良の大仏の建立資金が貴族や一般民衆からの寄付とボランティアによって調達されたことや(27-28頁)、商人や町人による共同出資である「自普請(じふしん)」によって大阪のたくさんの橋が造られたこと(29-30頁)などが紹介されている。また、「頼母子(たのもし)」、「無尽(むじん)」、「講」といった共済の仕組みも、寄付による助け合いであり、個人と地域社会とを結びつけるものとして機能したという(39-42頁)。さらに、2011年の東日本大震災で被災した人たちを支援する、個人や団体による寄付やボランティア活動も、「何かの役に立ちたい」という想いの具体化だという(46-47頁)。これらはすべて、日本の寄付文化を表していると言えそうである。

 続く第2章「寄付を実践する人たち」では、お金の寄付と、お金以外のエネルギーを寄付することの二つに分けて、事例が紹介されている。ここで面白いのは、お金の寄付が「お金というエネルギー」と表現されている点だ。さりげない語句のようだが、これは、お金がどのような形で誰の生きる力になるのか、ということまで含んだ言葉だ。本書の視点がここに明確に示されていると言えよう。

 一例として、ケニア、ルワンダ、スリランカなど途上国の子供たちの成長を支援するチャイルド・スポンサーとして寄付を行っている松尾敏行氏(日本経済大学教授)のことが紹介されている。松尾氏は国際ワールド・ビジョンという組織による開発途上国の子ども支援システムを利用し、寄付を続けている。クリスマスには支援先の子どもたちから松尾氏に手書きのメッセージが届き、それに返事を書くという交流も行われているという。寄付が生み出すこの双方向の関係は、支援している子供たちの成長とともに深まり、それが寄付する側にとっての楽しみにもなる。一方的な寄付にしないためには、こうした交流の仕掛けを作ることも重要なのだ。「寄付は未来への投資」。これは同章で紹介されている寄付実践者・沖雅之氏(IT企業勤務)の言葉だが、こうした理念にもとづく各所への支援の輪が、寄付の醍醐味だと言えそうだ。
 
 先にも述べたように本書は、著者自身の寄付体験もベースとなって書かれている。著者は、『認定NPO法人名鑑二〇一三年度版』(技術評論社)をめくりながら、横浜市寿地区で途上生活者やその可能性のある人たちの自立支援を行なっている「NPO法人 さなぎ達」を見つける。このNPOは、お金だけでなく「物品寄付」も受付けていた。そこで著者は、衣類やタオル類の寄付から始めることに。またそれを機に、実際に寿町界隈を歩いた。そこで、路上生活者らからの「居場所を作ってほしい」という声に応える形でNPOが出来たという由来を、代表者からじかに聴くことができたという。
 
 また、幼い頃には著者の父親が、就職が出来ない人への仕事の斡旋や知的な障害を持った人たちの支援をしていたという。後に、支援を受けた人たちが父親のもとへお礼をしにやってくる。その時の「喜びの記憶」がもたらす心の豊かさもまた、寄付の効能だという。「困った時はお互い様」や「袖振り合うも他生の縁」という言い習わしには、縁(えにし)を大切にする日本人の心が表現されている。「寄付にはそうした日本人の良さを呼び覚まし、再発見させる効果がある」(126頁)というわけだ。また、「普段は意識しないように目を背けてきた、ある種の孤独感から解放してくれる行為が「寄付」だったのではないか」(128頁)という著者自身の体験談は、つながり作りとしての寄付ということをあらためて気付かせてくれる。
 
 こうして、支援先の人もそして自分自身も幸せになれる寄付の意義が分かってくると、より具体的に「ではどうすればよいか」という問いが出てくる。そこで3章以下は、寄付の受け皿でもある「非営利団体」の特徴(3章)やその活動実態(4章)、寄付の税制上のメリット(5章)、お金以外の寄付の諸相(6章)、最近の寄付事情(7章)、後悔しない寄付先選び(8章)と、現下の制度の中で寄付を行なう際のポイントが、分かりやすく述べられていく。
 
 ひとくちにNPO法人と言っても、その分野は、保健・医療・福祉、まちづくり、環境保全、災害救援、情報化社会、経済活動、消費者保護など20種類にも及ぶ。阪神・淡路大震災での市民による支援活動のニーズや民主党・鳩山政権時代に打ち出された「新しい公共」という政策が、多くのNPO法人設立を促したという事情もある。また制度面では、2011年6月にスタートした新寄付税制によって、認定NPO法人への寄付金を対象として寄付者が、税金の控除を受けられるようになったという。
 
 ところで、寄付というとまず「お金」と考えがちだが、物品やボランティア活動という形の寄付もある。規格に満たないことで「商品として出荷できない」食料は、年間500~800トンにものぼる(204頁)。そうした「食品ロス」を減らし、食料が必要な人のところにそれらを届けているNPO法人「セカンドハーベスト・ジャパン(2HJ)」という団体があり、その活動はまさに物品による寄付そのものだという。広く「フードバンク」と呼ばれる、廃棄される食料を必要とする人へと届けるこうした活動は、物による寄付として重要だといえる。書き損じハガキ、未使用の切手、金券、プリペイドカードなどを寄贈してもらい、それを換金することで社会に還元しようという活動も、寄付の一つである。
 
 さらに、時間や労働といった無形のものも寄付のひとつになる。例えば、ボランティアは「時間の寄付」(216頁)とみなすことができる。また、「ヤフー・ボランティア」など、インターネットサイトでも人員募集の情報が掲載され、昨今では、全国的に広くボランティア活動に参加できるようになった。こうした寄付やボランティアを行う人たちの中に著者は、「相手の役に立つことで社会を良くしたい」という共通する想いがあると指摘する。そして今は、「寄付もボランティアも社会貢献活動の一つとして、職業や世代を超えて自由に参加できる時代」(222頁)だと述べる。そうした時代を反映する社会貢献・募金のシステムが、「クラウド・ファンディング」だ。これは、「資金が必要な人や企業が、不特定多数の「群衆=クラウド」から「資金調達=ファンディング」を、インターネット上で行うこと」(235-236頁)だ。ワンクリックで、特定の団体に寄付や募金ができる仕組みは、まさに「寄付のIT化」とも言える動きである。
 
 同時に、企業の社会貢献(CSR=Corporate Social Responsibility)から共有価値の創造(CSV=Creating Shared Value)へという企業のシフトがあり、社会を良くすることが企業の価値だという考えも、世界中で根付き始めている。こうして寄付は、社会を幸福にするという話へと進んでいくのである。どのように「幸福感ある社会」を創っていくことができるのか。本書は、この大きな問いに寄付という観点から向き合い、幸福な社会づくりの現場の熱もわれわれに伝えてくれる。
 
 心理学や行動経済学の最新の知見、例えば大石敏弘『幸福を科学する』(新曜社、2009年)やエリザベス・ダン&マイケル・ノートン著『「幸せをお金で買う」5つの授業』(古川奈々子訳、KADOKAWA/中経出版、2014年)には、他人のために何かをすることがそのひと自身の幸福感を高める、という研究成果が述べられている。言い換えればこれは、仏教で言うところの利他行が即、自己の喜びでもあるという心境に他ならない。もちろん、キリスト教やほかの諸宗教の教えにも、何らかの形で「他者への配慮」や「助け合い」という心や行動の指針が織り込まれている。「心の時代」や「宗教の力」という語句とともに、いつの時代でも宗教は人間社会の重要関心のひとつであり続けてきたが、宗教を人間や社会に対する「生きる教えの寄付」としてとらえ、そこからどのような新しい価値が生み出され得るのかを再考することも、これからの宗教論では今まで以上に重要になってくるだろう。
 
(宗教情報センター研究員 佐藤壮広)