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2014/11/05

 『死を悼む動物たち』  バーバラ・J・キング 著   秋山勝 訳  草思社

 
2014年8月 2200円+税
  
 本書の原題は、How Animals Grieve (The University of Chicago Press, 2013)である。著者のキングは、ウィリアム・アンド・メアリー大学で自然人類学を教えている。サルと類人猿を中心とした動物の情動反応や知性について研究するキングは、「動物たちも深い感情を抱えている」とし、動物の中には人間と同じく近親の仲間を喪った悲しみを表現するものもいるという観点から、次のように述べる。

 悲しみとは、二匹の動物が絆を結び、相手のことを思い、おそらく愛情を抱いているがゆえに花開く――あるいは、相手の存在が空気のようにそこになくてはならないと、はっきりとした思いを抱えているからこそ花開く感情なのだ。(pp.33-34)

 猫、犬、馬、ヤギ、牛、ウサギ、象、猿、ネズミ、チンパンジー、ゴリラ、コウノトリ、カラス、イルカ、クジラ、ウミガメ、レミング、クマ、バイソン、オオカミなど、たくさんの種類の動物が、死を悼むような行動の実例とともに紹介されている。いくつかの例をみてみよう。

 第3章では、「死を悼む馬」の話が出てくる。ある農場で飼われていた馬が死亡し、その馬を葬った塚の回りに数頭の仲間の馬が集まり、円陣を組んでじっとしていたという。抑制のきいた調子ながらも、この事例についてキングは「仲間がどんな思いを抱いていたのか正確に知ることはできないが、なにか尋常ではないこと、ただの不安ではかたづけられないなにかが馬に起こっていたのはまちがいないだろう」(p.66)と述べる。

 第4章では、仲間の死に敏感に反応するウサギの例が挙げられている。つがいとなり、2年の時間をともに過ごした2匹のウサギ。片方が衰弱して死んだ後、残されたウサギは食欲を無くし「悲しみに沈んで」いたという(p.85)。人間と人間の間の死別だけでなく、ペットロスの悲しみもまた大きなストレスになる。「愛する相手を失った悲しみ」は、人間だけでなく、情動反応を示す動物もまた同じではないか。本書で一貫して主張されているのは、まさにこの点であり、その意味で人間もまた動物なのである。「仲間である人間が死ねば動物は悲しみ、人間もまた愛する動物の死に深く心を痛める」(p.185)というように。

 本書の中で特に興味深いのは、13章で紹介されている、子どもや親が死んだ現場に何度も戻ってくるバイソンやヘラジカの事例だ。死の現場には、オオカミの餌になって残った「遺骨」がある。遺された動物たちはそこで、その遺骨を見つめ続けるというのである。デール・F・ロット『アメリカバイソン』(American Bison)というバイソン研究の古典にも言及しながらキングが述べるのは、先と同様のことである。曰く、「バイソンは群れて生きる動物で、その群れの社会的情況は、仲間同士を強い絆で結びつけ、仲間の死にいたみを 感じられるほど成熟している」(pp.228-229)と。また、「動物が地面に置かれた骨に目をこらすのは、人間が新聞の死亡記事を読むようなものではないだろうか」(p.231)とも。つまり、骨は死んだ動物の一生を物語るものなのだと。

 われわれは、ここで一気に「だから、すべての動物は悼む行動をとるのだ」と結論したくなる。しかし著者は、それに待ったをかける。悼むことは、すべての動物に備わっている本質でなない。感情、社会性(集団として群れる性質)を特徴とする動物に、ときに共通してみられるのが「悼む」ということなのではないか、というのが本書の結論である。

 愛や悲しみという感情は、賢くて社会性にもすぐれ、しかも自己認識のある霊長類が、密度の高い社会で生きることを通じて生みだされた副産物であると考えることはできないだろうか。(p.258)

 本書でたびたび主張される、人間の動物性と、感情・情動反応の表れとしての「悼み」。事例を追いながら読み進むと、愛や悲しみといった感情の意味を動物行動学の視点から再認識することと、「悼む」という文化的行為(と同定されそうな動物の行動)の発生を自然人類学的に基礎づけることが、じつにバランスよく統合された作品であると分かる。

 現代では、近親者やペットを喪った人の悲しみを癒す「グリーフ・ワーク」、「グリーフ・ケア」という言葉が一般的になりつつある。日本文化の中で「喪に服す」と言い表されてきた慣習を、grief workと言い直す中であらためて確認されているのは、悲しむという感情の経験を人がどのように受け容れ、それと折り合いをつけるか、それをどのようにサポートするかということである。医療や福祉といった、いわば人間が創りあげてきた制度を補完・充実させるべく、グリーフ、ワーク、ケアなどといった古くて新しい言葉が用いられている。しかし、本書の立場からは、人間が人間として立ち上がってくる数万年の人類の歴史よりも古く、それ以前の生き物としての時期にも、人間が「悼む」という情動反応をしていたという認識をもつ必要も出てくる。集団生活、社会性、感情はキーワードだが、制度以前のシステム、あるいは動物としての生の中に埋め込まれた何かが、悼みの反応・行動に導いているという仮説も立てつつ、これまでの文化人類学や考古学、民俗学、文学、社会学などいわゆる人文学の枠組みを越えた「悼み」の研究が求められよう。

                                                                                   (宗教情報センター研究員 佐藤壮広)