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2012/03/28

『グローバル化するアジア系宗教』
中牧弘允、ウェンディ・スミス(編) 東方出版 2011年12月 4000円(税別)

 経済がグローバル化したように、アジア系宗教も世界各地に進出し、宗教もグローバル化している。こうした宗教団体の世界戦略を、企業経営になぞらえてマーケティングの視点から分析しようとしたものだ。執筆陣も国際色豊かで、英国、韓国、オーストラリア、マレーシア、ハワイ、インド、ブラジルなどで活躍する9人と、日本人9人から成る。専門が経営やマーケティングではなく宗教社会学や宗教人類学である学者が多く、副題の「経営とマーケティング」に合わせようとぎこちなさが透けるものも見られた。教団の異国での成功譚や失敗談が淡々と記述されているだけでも、事例研究として有益であるのだが……。
 取り上げられているのは、日本の伝統仏教諸宗派(浄土真宗、天台宗、東大寺など)、創価学会、世界救世教、天理教などのほか、日本布教を図るタイのタンマ ガーイ寺院、韓国の統一教会と韓国主流宗教と化したプロテスタント教派、中国の法輪功、マレーシアとインドネシアにおけるペンテコステ派、インドに本部を 置く国際NGOであるブラーマ・クマリス(BKWSU)などである。

このうち、経営論的分析がもっとも適合しているのが櫻井義秀による「統一教会の宣教戦略と組織構造」だ。統一教会の世界宣教戦略は非常に巧妙で、宗教団体 であると同時に多国籍企業の側面をも持ち、欧米、韓国、日本における戦略が異なる。統一教会の摂理的国家役割観を表したマトリクス、グローバル化における 資金調達システムや教化システムの関連図など、よく整理されていてわかりやすい。また、櫻井は教団成長モデルと照らし合わせて、統一教会は早晩、事業展開 に大幅な修正を迫られるだろうとも予測している。「統一教会は宗教組織か経済組織か」という問いへの櫻井の回答が、これらの分析結果への皮肉な結論となっ ている。

 意図して世界進出した教団と異なり、1999年に中国から大弾圧を受けて世界に拡散した法輪功はメディア戦略に特徴をもつ。世界各地に散った法輪功実践者はサイバー・コミュニティを中心に共同体を維持している。また、非実践者(非信者)の入り口となる法輪功のメインサイトは40もの言語で作成されている。英語版や日本語版のサイトは中国語版サイトと異なり、国際的な印象を与える工夫もされている。
 アジア系仏教の日本進出の明暗を比較するには、矢野秀武による「タイ上座仏教の日本布教」が面白い。タイ上座仏教のタンマガーイ寺院の日本布教の効果が現れない一方で、同じ上座仏教でもスリランカ出身のスマナサーラ長老を中心とする日本テーラワーダ仏教協会が人気を博している。この差異をドメイン戦略の巧拙から述べている。
 日系宗教については、19世紀末からの日系移民に伴うアメリカ本土やハワイ、ブラジルへの海外布教など、ひと昔前の各教団の活動のほか、1995年に聖地ガラピランガを竣工したブラジル世界救世教における聖地の意味づけ、190の国と地域に仏教運動を広げた池田大作SGI(創価学会インタナショナル)会長の指導者としての役割などが分析対象となっている。欧米のキリスト教の熱心な海外伝道に比べると、日本の伝統仏教は特に海外布教に積極的とは言いがたい。ルエラ・マツナガによる「ヨーロッパにおける浄土真宗」は、ヨーロッパ各国における真宗の展開を見渡しながら、真宗が受容されなかった問題点を浮き彫りにしている。南北アメリカとハワイでは本願寺派の門徒が約14万5千名(2009年)であるのに対して、ヨーロッパにおける本願寺派の門徒は多くて150名(2008年)だという。この言わば“失敗”の要因をいくつか挙げよう。グローバル化した宗教ではシンクレティズムが進みがちだ。米国では真宗の用語にキリスト教的な語彙を多用したことが成功に結びついたが、ヨーロッパではこれが仇となって「真正の仏教ではない」という印象を与えたという。また、座禅(禅宗)や題目(創価学会)のように「わかりやすい実践」が真宗になかったことも魅力に欠けたようだ。このため現在は、日本の本願寺から見れば正統ではない座禅も認めているという。
 グローバル化では現地への順応も大切だが、その際には同時に「コアは何か」という問題が突きつけられるはずだ。その観点からの論考が少なかった点や、国・地域単位の分析が主で、統一教会を除けば教団単位の分析がなかった点が物足りなかったが、世界各地の事例を集められたことは賞賛に値する。企業研究にも共通することだが、成功例よりも失敗例にこそ、学ぶ点が多いようだ。これから人口が下り坂をたどる日本の各教団は、海外への進出や来日した外国人への布教がこれまで以上に重要な課題となるだろう。各教団関係者には必読の書となりそうだ。

 

  (宗教情報センター研究員 藤山みどり)