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2012/02/24

『越境する日韓宗教文化』
李元範・櫻井義秀(編著) 北海道大学出版会 2011年12月 7,000円(税別)

 “韓流ブーム”が続く昨今、日本と韓国の距離が縮まってきたようだが、宗教面においても往き来が盛んになっている。韓国からは統一教会や摂理など社会問題になったカルト集団だけでなく、韓国内で宣教師が飽和状態になっているキリスト教が、日本で教線を拡大している。翻って韓国では、創価学会(SGI)など日本の新宗教が信者を獲得している。ここでは、このような現代の両国間の宗教団体の進出状況や各教団の宣教戦略などを、韓国と日本の宗教学者10人が取り上げて考察している。編者のあとがきに「各章の論考は個別研究」との但し書きがあるように、韓国の宗教別人口の推移などは章ごとに出典の異なるデータが用いられ、異なる見解に帰着していて戸惑う点もあるが、韓国における日系新宗教の教団別教勢や信者調査結果(第3章 韓国における日本の新宗教、第4章 韓国における創価学会の展開)、日本における韓国系キリスト教の教会の現状と一覧(第10章 韓国キリスト教の日本宣教)など執筆者らによる地道な作業の成果は、資料としても価値が高い。
 各論考を比較すると、異国で教勢を拡大している日韓の教団には、共通点が見られて興味深い。信者数約149万人を誇る韓国SGIを始めとする日系新宗教が受容された特徴としては、「万教帰一の宗教理念(他宗教への寛容な態度)」「現世救済的な救済観」「万人司祭主義的な文化」などが挙げられている。日系新宗教信者の入信動機は「病気治し」が多く、さらに治癒体験が「絶対的存在の確信」につながっているというのが驚きだ。一方で、キリスト教が停滞している日本で、日本人信者の獲得に成功した韓国系キリスト教会は、霊的体験や現世での利益を強調し、普遍主義に則っている。深くは言及されていなかったが、韓国系の大阪オンヌリ教会では、聖書を基礎から学ぶ「弟子訓練」も信者にとって魅力となっているという。
 これらに対して、韓国系キリスト教会の「韓流」人気を利用した日本宣教戦略の成果を探った李賢京の論考(第11章)や、韓国系キリスト教会の日本におけるホームレス伝道について述べた白波瀬達也の論考(第14章)は、布教の失敗例を暗示するようでもあり、宗教者の社会貢献についての考え方を提示するようでもある。ホームレス伝道に活路を見出そうとした韓国系キリスト教会が成果なく撤退していく中で、「地の果て宣教教会」の牧師が「主から啓示を受けたから」とホームレス伝道を続ける理由を語る言葉は、「支援か布教伝道か」などと悩む宗教者に喝を入れてくれそうだ。
 日韓の研究者が共同研究を行った成果がよく現れているのは、日本ではとかく問題視される統一教会についての考察だ。統一教会に対する日韓の認識の差は、その宣教戦略の差から来ている。編者にはやや不満もあるようだが、双方の研究者のそれぞれの側からの問題提起が、両国における捉えられ方の違いをよく表している。こうした日韓の認識の違いは随所に見られ、その点も示唆に富んでいた。韓国人研究者が指摘する「万教帰一」という日系新宗教の特徴に違和感を覚える人も少なくないと思われるが、それは当該教団の宣教戦略が内外では異なっていることの現れと解することができる。日本ならば仏教系に分類される真如苑が韓国人研究者によって「神仏習合系」に分類されているのにも、日韓の視座の違いが感じられた。韓国人研究者の言葉使いに困惑するところも多々あった。日本が統治していた時代を「日帝時代」と記述している章があり、日本における出版物としては奇異な印象を受けたが、逆に韓国人の日本に対する認識を改めて感じさせた。日系新宗教の特徴として、日本では特定教団に密着した言葉遣いとも受け取られかねない「万教帰一」「万教同根」などの表現が普通に用いられている点も気になった。
 日本における「韓流」現象を韓国人研究者が考察した章(第2章 日本における「韓流」と「癒し」の文化)では、韓流ブームをもたらしたのは1998年から始まった韓国政府の日本大衆文化に対する開放措置がもたらした逆の結果であると説明されているが、韓国政府の積極的な支援によって韓流ブームがあるというのは日本では周知の事実であり、何ら言及もないのは不自然に思われた。これに対して、韓国人ではあるが日本の大学で研究中の李賢京は、韓国文化の紹介を兼ねた宣教活動を国家レベルで支援していることについて第11章注釈で触れており、やはり見地の違いを感じさせた。
 韓国の新宗教の日本布教については、2つの章が割かれて考察されているが、まだ布教成果は挙がっていないというところで終わっている。東日本大震災では、韓国の円仏教が立正佼成会などの協力を得て、被災地で支援活動に取り組んだ。この周辺事情も知りたかったのだが、原稿完成から発刊までのタイムラグがあるせいか、取り上げられていなかったのが残念だった。だが、本書は今後の日韓教団の海外布教を展望する際に、あるいは教団が海外戦略を構築する際に、基礎資料として大いに役立つことは間違いないだろう。




 (宗教情報センター研究員 藤山 みどり)