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2011/07/13

『「神道」の虚像と実像』
井上寛司(著) 講談社現代新書 2011年6月 760円(税別)


 
 例年、夏になると靖国神社や国家神道を問い直す記事が増える。その前に、神道について理解を深めようと書店で手に取ったこの本が、まさにうってつけだった。著者は日本中世史が専門の歴史学者(島根大学・大阪工業大学名誉教授)だが、「神道は太古の昔から連綿と続く、自然発生的な日本固有の民族的宗教である」 という社会通念にかねてから疑問を覚えていた。そこで、このような民俗学者・柳田国男が唱えた「神道」論の誤りを検証する専門書を発表したあと、世間に広まっている誤解を解こうと一般向けにわかりやすく本書を出したという。ページ数の制約がある中、古代から現代まで「神道」の変遷を駆け足で辿るのだが、中身は濃い。
 著者の説によると、「神道」の概念には2系統があって、それが柳田により混同されたため誤解が生じたのである。ちなみに今日、「神道」は「シントウ」と読むのが普通だが、室町時代までは「ジンドウ」だったということが近年の研究成果で明らかになっている。いわゆる「神道」は中世、近世、近代の3回にわたって作られたという。これらの「神道」の作り手、古代における「神社」の成立の背景のいずれを見ても、支配勢力と「神道」の関連の深さがわかり、その延長線上で国家神道の成立もよく理解できる。支配勢力と従属関係にあったのは、仏教も同じである。政教分離と言えば、欧州では宗教の影響から政治を守ることであるのに対して、日本では政治の影響から宗教を守ることと解されているというのが、古代からの歴史に照らして納得できる。
 ここでは「神道」を含む宗教全体の歴史が捉えなおされている。これは、日本の宗教を考察するうえで神道と仏教が不可分であるだけでなく、為政者の宗教政策が大きく関わっているからだ。その中で、「宗教とは何か」「日本人の宗教観とはどういうものか」「神仏習合の起点はいつか」「無宗教と答える日本人が多いのはなぜか」「なぜ冠婚葬祭などの宗教儀礼が社会習俗化したのか」といった宗教を取り巻く疑問への回答が図らずも必然的に盛り込まれていて興味深い。ただし、後半では柳田の「神道」論や哲学者・梅原猛の日本文化論などが厳しく批判されており、彼らのファンには少々抵抗があるかもしれない。また、著者が述べる靖国観、国家神道成立への神職や国民の関与などは、イデオロギーの相違で受けいれがたい人もいるかもしれない。だが、そういう点を差し引いても、固定観念を見直すという意味で読む価値がある。論争を引き起こしそうな意欲作だ。


 (宗教情報センター研究員 藤山 みどり)