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2011/05/26

『スピリチュアル市場の研究』
有元裕美子(著) 東洋経済新報社 2011年5月 1800円(税別)

  
“スピリチュアル”とは、キリスト教における“霊性”を示す形容詞だったと記憶するが、スピリチュアル・ブームなるものの後では、もはやオカルト的な怪し いものを指す普通名詞となった感がある。著者は、その“スピリチュアル”を対象としたビジネスの範疇に、携帯の占いサイト、パワースポット・ツアー、ヨガ やアロマセラピー、瞑想用CD、パワーストーンなどだけでなく、お布施や神社仏閣のお守り、宗教法人が販売する印鑑、壺(!)まで含めて、「現代科学では 説明のできない超越的な作用による精神的満足を訴求するビジネス」と定義する。
 こうしたスピリチュアル市場は1兆円で急拡大している――というのだが、携帯占いサイト市場約200億円、ヨガ市場約1600億円のほかは算出根拠が不足していて「正確なところは不明」とあっさり書かれている。「急拡大」というが、これも数値的な根拠を知りたいところだ。携帯占いサイト市場は確かに2003年から2008年まで急増(2009年には減少)しているが、携帯コンテンツ市場全体が右肩上がりで成長するなかでの動きである。
 だが、環境問題の深刻化などをきっかけに“地球や他者のために”といった発想が広まりつつあり、精神性を重視するライフスタイルや消費行動が続き、スピ リチュアル・ビジネスへの潜在需要が拡大していくという著者の考えには同感だ。特に東日本大震災後は、“他者のために”“ひとつになろう”など、スピリ チュアルな世界でもよく使われる言葉を耳にする機会が増えている。長引く原子力発電所の事故の問題も、物質中心・効率重視の生活を見直し、精神性を重視す る方向へと拍車をかけそうだ。
 学者による研究書ではないので、スピリチュアル消費の背景や今後の行方などの分析は深くはないが、「ハイヤーセルフ」や「オーラソーマ」などの用語すらわからない“スピリチュアル”初心者(特に中高年男性)には、用語説明から入ってイマドキの若い女性にはやりのモノ・サービス、彼女たちの悩みや求めるものが広く浅くわかるので、最適かもしれない。また、“スピリチュアル”否定派の中には、“スピリチュアル”にはまる人はご利益志向で精神修養など考えていないと見下す人も見受けられるが、ヒーリングやヒーラー選びに関するコラムを読むと、人間性の向上をも目指していることがわかるだろう。核心となるのは、著者が所属するシンクタンクが2008年夏に2000人を対象に実施したスピリチュアル商品・サービスの利用実態調査の結果報告である。スピリチュアル消費の中心は、「信じやすい」若い女性で、リラックスや暇つぶし、ご利益目当てなどといった調査結果は目新しくはない。3年前の調査であるため、「興味のある言葉」の設問に江原啓之氏や細木数子氏の名前が入っているなど、やや古い感じもある。だが、著者によれば“国内初”の大規模調査であるので、各サービスの性年代別・利用状況や利用目的、不満点などのデータは、価値があるだろう。
 著者は、スピリチュアル・ブームによって宗教に関心が高まり、宗教がスピリチュアル・ビジネスに顧客を奪われるだけでなく、宗教を含む精神世界に関心を持つ層が広がったと見ている。この波を受けて、「坊主バー」や「高野山カフェ」など宗教界にも新たなビジネスが誕生してきているというが、まだまだ進出の余地がありそうだ。 宗教界は安易に迎合せず、宗教の尊厳との兼ね合いを考慮して活動を展開すべきであろうが、若い女性に人気の“スピリチュアル”市場から学ぶところも多いだろう。
 気になる点と言えば、スピリチュアル市場の成長性を訴求することが主眼となっているため、そのトラブルや法規制についての記述が少ないこと。ブームに乗じた悪徳商法が多くなり、2007年には占いや祈とうが特定商取引法の規制の対象になっている。悪徳業者が引きおこすトラブルは、宗教界を含めた“スピリチュアル”業界全体を貶めることにつながる。この本を読んで“儲かる”からと悪徳業者が安易に参入しないことを願いたい。

 (宗教情報センター研究員 藤山 みどり)