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2010/12/24

『看護と生老病死--仏教心理で困難な事例を読み解く』
井上ウィマラ(著) 三輪書店 2010年 2520円

 
  重篤なあるいは死に瀕した患者を前にして、医師や看護師は、あるいは介護者はどのように世話をしたらよいのか。この問いに対し、キリスト教のホスピスでは一定の蓄積がある。しかし、仏教にも、死にゆく人を看取って送り出すための智恵があることは、よく知られていない。仏教は、死んでしまった人のためのものと誤解されているのである。世話をする側はそれに立ち会うだけだと考えられているのである。
 著者は上座部の瞑想修行を重ねた僧侶でありカウンセラーである。その経験から、医師や看護師や介護者などの世話をする側のために、仏教がどのように力となり得るのか、仏教によってどのように自らを振り返りうるのかを、心理学の知識に照らし合わせながらわかりやすく語る。
 「看護現場で困難に出会った時、自分が陥りやすい行き詰まりのパターンに遭遇した時、それは自分の生育歴を振り返ることが求められている時であり、輪廻 する世代間伝達の悪循環に気づき、手放し、新たなよい循環を創造してゆくチャンスでもあるのです。こうした意味で、看護の現場は、微細なレベルでの輪廻パ ターンに気づき、手放し、新たな関わり合いの可能性を創造する総合的な智の実践の場でもあります。それが現代的視点からの因縁の探究なのです。」(11 ページ)
 看護とは仏教の四摂法(ししょうぼう)の実践なのだが、実践の現場では、思いがけない壁や喪失に直面する。善や利他というスローガンだ けではなく、乗り切る智恵が必要だ。著者は、仏教の開祖であるシッダッタ自身が、母の死という喪失から人生をスタートしたこと、「四苦八苦」に直面しなが らどのように対処したらよいかという切望を抱えており、仏教の智恵が本来その対処に即したものであることを示す。
 移行対象、平等に漂う注意、共感などの心理学概念が、仏教的にはどのような意味を持っているか、そしてどのように行われるように示唆しているかを述べることで、看護が無我夢中の世話に終わらないように光を当てている。
  臨死・ホスピスの専門家である藤原明子との協力による事例集は、われわれが対応に苦しむような状況において、仏教の智恵がどのように働きうるかを示してい て力強い。

(研究員 葛西賢太)