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2010/09/23

『現代瞑想論―変性意識がひらく世界』
葛西賢太 春秋社、2010年、2800円

以下は、葛西賢太研究員の『現代瞑想論』についての、『国際宗教研究所ニュースレター』66(10-1)、2010年4月刊に掲載された、東京大学文学部の高橋原助教による、書評です。転載を許可された高橋助教のご好意に感謝申し上げます。なお、仏教心理学会のニュースレター第4号にも、葛西研究員自身による本書の紹介が掲載されたので、関心がおありの方は参照願います。

「瞑想とは、日常生活の諸問題の整理や見直し、再活性化を意図して、日常の時間の中に、一定の時間を区切って、通常とは違う意識状態に自覚的に切り替えること、また、その方法」。この本での瞑想の定義である。すなわち、宗教が提供する大仰な敷居の高い方法によって特殊な精神状態に没入することだけを考えようというのではない。本書では、従来の宗教心理学が扱ってこなかった瞑想というテーマを一般在家者の視点で取り上げたとある。また、「簡単な見取り図をもって自文化や異文化の瞑想伝統を見直せるようにサポートできるテキスト」を目指したという(はしがきより)。

我々の「通常の意識状態」は、いつも同じように覚醒しているのかというと、そうではない。通勤電車に乗っているとき、パチンコ台の前に座っているときなど、むしろ自動的な催眠状態のようなものであるし、集中して読書をしたり問題解決を試みている時は濃密な充実した時間の流れの中にいる。通常の意識だと思っているものは、「複数の意識状態のバリエーションの間を常に揺れ動いている「諸」状態」なのだと著者は指摘する。煙草やコーヒー、アルコール、さらにはドラッグの類は、意識状態の切り替えをするための道具として機能してきた。だが、酒や麻薬の問題は、切り替えた意識がどこへ向かっていくのかコントロールが難しいことである。逆に宗教的瞑想は、意識状態の切り替えを厳格に管理して方向付けるものだと言えるだろう。本書はこのようにもっとも日常的な気づきから宗教的悟りまでを広く視野に収めている。第一章では、シャーマンの意識状態や高度で濃密な時間体験である「フロー体験」、心理療法における「ラポール」などが取り上げられ、さまざまな変性意識の効用について語られる。第二章では諸宗教における瞑想の伝統が紹介される。

第三章では、笑うことが意識の変容をもたらし、痛みの緩和にも役立つことが紹介されており面白いが、そこから、カフェイン、アルコール、大麻、LSDといった嗜好品、薬物体験という、論じるのが難しい、半ばタブー視されてきたテーマへと進む。著者によれば、変性意識状態での不思議な体験は当たり前のものにすぎない。そして、不思議な体験といっても全てを一緒くたにするべきではなく、共通点と相違点、危険性を認識すべきであると指摘される。こうした観点から宗教的瞑想の現代における存在意義を考え直すこともできるだろう。
第四章では、他者の存在を支えに語り、想起することで意識が変容するという体験について、内観法やアルコール依存者の体験をもとに論じられる。第五章では、グロフ、ウィルバーといったトランスパーソナル心理学者や白隠禅師の体験を取り上げて瞑想と意識変容による苦難の克服について述べられる。第六章では、キュブラー・ロスの研究やホスピスが取り上げられるが、死を見つめ、否認から受容へとこころのありようが変わっていくこともまた、瞑想という視点から見ることができると考えられているためである。
本書は瞑想の手引きとしてや、宗教心理学入門としても読めるかもしれないが、むしろ読者の関心をさまざまな豊かなテーマへと拡げていく手がかりを提供するものであろう。シンプルに、我々の日常的意識がさまざまな「変性意識状態」と接していてその上に人間の文化が成り立っているということが改めてわかり、面白く読めるものとなっている。変性意識を持ち上げすぎず、倫理的問題にも目配りがある。著者の研究関心や人柄がバランスよく文章に表現された好著だと感じた。

(高橋原)