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宗教情報

宗教情報センターの研究員の研究活動の成果や副産物の一部を、研究レポートの形で公開します。
不定期に掲載されます。


2010/07/30

外国イメージとメディア --リビアに関して--(1)

宗教情報

藤山みどり(宗教情報センター研究員)

 < アフリカ=動物という偏見>

 リビアを題材に、メディアとイメージについて2回に分けて考えてみたい。日本ではリビアの認知度は低い。2010年3月にリビアに観光に行ったのだが、「リビア、北アフリカに行く」と答えると、次のような反応が返ってきた。
 ・動物の写真を撮ってきてほしい(自動車がない、近代化されていない)
 ・モスク観光?
 ・危ないところ、物騒なところに行くね
 リビアをアフリカ諸国とアラブ諸国のいずれのカテゴリーに含めるかは別にして、日本ではアフリカの国々はほとんど認知されていない。
 外国についてのイメージとテレビメディアの関係を、フジテレビ系列局で1998年に放映された『ここがヘンだよ日本人』というバラエティ番組をもとに分析した研究(※1)がある。この番組は日本在住が長い外国人が日本人や日本への不満などを語るもので、そこからはアフリカ人出演者の日本人のアフリカについてのイメージの希薄さやステレオタイプな見方に非難の声が多く挙がっている。
 例えば、「アフリカというと皆ヤリ持って裸だと思っている」「日本のテレビを見るとアフリカはほとんどライオンしか映っていない」「日本に来て4年半で、テレビで2回しかアフリカのことを見たことがない」など。アフリカの情報が少ないことや、ステレオタイプのイメージには、テレビメディアの影響が大きいのではないかと指摘されている。
※1『テレビと外国イメージ』萩原滋・国広陽子著(勁草書房)2004年

 

 



 

 

 

 < リビア=近代化されていない? モスク観光?>

 「近代化されていない、モスク観光」という冒頭に掲げたような日本人のイメージとリビアの実像はかけ離れている。
 石油埋蔵量が世界第8位(2008年、英BP社統計)の産出国で潤っており、国民1人当たりの国内総生産(GDP,2009年IMF推計)は 9529.3米ドルで54位(181カ国中)。税金や公的な医療と教育は無料。教育水準は高く、大学進学率は74%(1999~2000年※2)。 1980年代は英語教育に熱心だったため、年配層を中心に英語が話せる人が多い。

 

 


                         ▼首都トリポリの新市街

 社会主義国ではあるが商店の8割が民営化され、首都トリポリの中心部では高層のオフィスビル、外資のホテル、郊外では高層マンションの建設ラッシュが起きている。通勤時や昼には交通渋滞が生じ、車列には日本車や韓国車が目立つ。国内の交通手段は自動車が主であるが、鉄道の整備計画も進んでおり、地中海沿岸と内陸部にロシアと中国の資本が参入して敷設を進めている。2010年2月には現政権が権力を掌握した1969年の革命以降初めて、外国銀行への開業許可が決定された。
 隣国のエジプトやチュニジアと同じイスラム教国だが、隣国とは異なり、飲酒や酒類の持ち込みは厳禁である。しかし、トリポリではスカーフをかぶらない女性も見られる。女性の社会進出も進んでおり、物価の上昇もあって共働きが増えている。


 長年、外国人観光客を受け入れていなかったが、1996年から受け入れを再開している。ただし、外国人が国内を自由に旅行することはできず、現地の旅行会社を通じて査証を取得する必要があり、ガイドや観光警察が付き添う。2007年10月からパスポートにはアラビア語併記が義務付けられ、2009年12月からは外国人は入国時に1000ドル相当の外貨の提示が義務付けられている。これは不法移民を防ぐためという。入国までは大変だが、国内はのんびりとしている。
 空港のみならずホテルの入り口でも荷物のX線検査がなされるが、機械が警告音を発しても係官は確認もせず、逆に安全が心配になるほどであった。体感治安は良く、10万人当たりの殺人件数は2.9(2004年国連統計)で、アメリカ5.6や日本0.5(同各2005年)の数値と比べても悪くはない。人々の写真撮影をしないようにと現地ガイドから注意されたが、街中を歩いていると一緒に写真を撮ってくれと頼まれることもたびたびあり、外国人への警戒感がない。秘密警察がいると言われる某社会主義国を訪れたときに感じたような緊張感が、少なくとも滞在中には伝わってこなかった。

 


▼世界遺産レプティス・マグナの円形劇場                         

 国内には世界遺産が5つあり、そのうち3つが地中海沿岸のローマ遺跡である。巨大な遺跡であるレプティス・マグナはアフリカ初のローマ皇帝セプティミウス・セウェルスの出身地にある。この他の世界遺産は、砂漠地帯に残る先史時代の岩絵「タドラルト・アカクスの岩絵遺跡群」と、先住遊牧民のトゥアレグ族が1980年代まで住んでいた「ガダメスの旧市街」で、後者のみがイスラム文化が感じられる場所である。そもそもリビアの地中海沿岸は5世紀ごろまではギリシャ・ローマ文化圏で、リビアという国名自体がギリシャ神話の「リビュエ」という女神に由来する。

 

 >>「リビアに関して(2)」につづく

  次の章では、リビアのカダフィ政権と欧米の対立と融和の微妙な関係、その背景にある石油利権の問題について見ていく。

 

※2『リビアを知るための60章』塩尻和子著(明石書店)2006年


 

※レポートの企画設定は執筆者個人によるものであり、内容も執筆者個人の見解です。

(ふじやま みどり)