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2010/07/25

『呪術意識と現代社会 東京都二十三区民調査の社会学的分析』
竹内郁朗・宇都宮京子(編著) 青弓社 8000円(税別)


 タイトルにある「呪術」とは、お守りや忌み日などに見られるような日常における祈りやタブーといった非合理的な観念である。編著者らが、学術調査の対象としては敬遠されがちな「呪術」をあえて取り上げたのは、マックス・ヴェーバーのいう近代化を検証しようとしたからである。ヴェーバーは、近代化とは「価値観の合理化」すなわち「呪術など非合理的なものの排除」が進むことであるという。このような意図に沿って、調査対象地域として東京23区が選ばれ、1200人(回収724サンプル)を対象として2006年に実施された呪術意識に関する調査の分析結果が本書に収められている。

  これまで「宗教」や「信仰」に関する調査では、信仰の有無、初詣や墓参りの実施状況、神や霊を信じるか否かといった意識や行動の実態把握を目的としたものが多かったが、本調査には前例のない調査項目や分析があり、意義深い。

 他の調査でもよく問われる「墓参り」については斬新な切り口の調査項目が付加されている。ほとんどの人が行う「墓参り」だが、そこで「願うこと」を質問し ている。その結果、世俗化の指標と捉えられていた「墓参り」が、実は現世利益的な願いの場であることが導き出されている。  「お守り」の効果への信頼度は、「お守りを捨てることへの抵抗感」という質問から測られ、お守りの呪術的価値をあぶり出している。
 「地鎮祭」についての意見を問う質問からも、長年の慣習という世俗的な理由からだけでなく、呪術的な価値を認めているがゆえに地鎮祭の有用性を認める人々が多いことが明らかになっている。
 これらの調査結果からは、東京23区にも呪術的な要素が息づいていると言えそうだ。
 本調査の目的である近代化と呪術の後退についての検証は、時系列調査ではないため難しいと思われたが、運命決定論者か、それとも「人生は努力次第」と考えるかという2つの調査項目の分析から、従来の近代化論に疑問を投げかける重要な示唆が得られている。
 このほか、信仰の有無別にみたお守り保有状況や、学歴別に見た占いへの親和性に関する男女における傾向の違いなど、予想を覆す調査結果にも考えさせられ る。後者などはオウム真理教に高学歴の男性が多かったことを髣髴とさせた。さらに信仰の有無別にみた様々な調査結果からは、信仰をもっていることが呪術へ の親和性を示すことにはならず、独特のスタンスを保つことが伺えた。これらの調査結果を見ていると、新たな調査課題の発想がいくつも得られそうだ。
 ただ、惜しいのは、先行する他の全国調査との比較を行った第3章だ。調査方法や質問形式が異なっている読売新聞社や國學院大學21世紀COEプログラムの 調査結果と比較して、「東京二十三区では、全国平均よりも呪術的な傾向が見られる場合があることを明らかにしてきた」と記述している。この章の担当者は、 単純には比較できない点について注釈では述べているが、本文には明記がなく、グラフも並べて図示しており、誤解を生じさせやすい。他章で従来の近代化論へ の疑問を投げかける結果が出たためか、結論ありきで書かれたような印象を受ける。無理に比較を論じなくても、結果を提示するだけでよかったのではないか。 全体を通して斬新な調査設計で、かつ、いろいろな角度から丁寧な分析が試みられたものであっただけに、残念である。


参考URL:http://www.seikyusha.co.jp/books/ISBN978-4-7872-3309-7.html


(宗教情報センター研究員 藤山みどり)