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ETV特集「すべての人々に尊厳を~緒方貞子が遺(のこ)したもの~」

2020/01/18 (Sat) 23:00~24:00 NHKEテレ
キーワード
人道支援 難民 ドキュメント
参考
番組公式
 「人々の苦しみに接するたびに湧き上がった怒りと悲しみがこの仕事を続ける原動力でした」。
 これは、昨年201910月に亡くなった緒方貞子さんの言葉である。緒方さんは、国連難民高等弁務官として世界の紛争地を飛び回り、10年に渡って難民保護の指揮を取り続けてきた。冷戦後世界各地の内戦や民族紛争で生まれた難民の数は、過去最大2千万人に及ぶ。緒方さんは最も弱い立場の人を救おうと次々と新しい対策を打ち出し、新たな人道支援の枠組みを作っていった。
 JICA国際協力機構で緒方さんの特別補佐官を務めた篠原さんは、緒方さんのことをこのように振り返る。「一言で言うととてもかっこいい方。国際会議で各国のリーダーを集めた場でも率直にものを言って叱り飛ばして、そういう意味では皆から一目置かれていたと思います」。
 昭和2年に外交官の家に生まれた緒方さんは、戦後アメリカの大学に留学し、帰国後国際政治を研究。63歳の頃弁務官を要請された。19912月の就任直後から、次々と難問が襲い掛かる。91年の湾岸戦争において、イラク北部で多くのクルド難民が生み出されたのだ。UNHCRの活動は難民条約をもとに行われる。そこには、難民とは政治的な迫害などにより国境の外にでてきた人、と定義されている。これまでの慣例に従うと、トルコが国境を開かない限りイラク領内にとどまるクルド難民を救済できないのだ。
 そこで緒方さんは、イラク領土内での救済にのりだす決断をする。多国籍軍が作った安全地帯で難民を支援するという前例のない措置に踏み切り、一躍世界の注目を集めたのだった。
 翌年には、ユーゴスラビアで大規模な民族紛争・ボスニア紛争が発生。停戦合意がない戦闘の中での人道支援は、UNHCRが初めて経験するものだった。緒方さんはサラエボに空から援助物資を届ける決断を下す。空輸開始から5日後、サラエボ空港に防弾チョッキに身を包んだ緒方さんの姿はUNHCRの空輸作戦を世界にアピールすることとなった。一方でイタリアの空輸機撃墜など関係者の犠牲が続き、紛争下での人道支援のむずかしさを痛感することとなる。
 冷戦後、先進国が途上国に押し付けてきた民主化が様々なひずみを生みだし、内戦という形で勃発した。そのような状況下で、緒方さんは世界各地へ乗り込んでいったのだ。
 日本人初、そして学者初の弁務官として活躍した緒方貞子さんは、学者としての立場から人道支援の枠組みを提案し続けた。
 最後のUNHCR執行委員会において、緒方さんはこのようにスピーチしている。
「人々の苦しみに接するたびに湧き上がった怒りと悲しみがこの仕事を続ける原動力でした。家を追われ貧困に苦しむ難民を支援するために最前線で闘ったすべての人々に尊厳を。そして誰よりも難民に尊厳を」。
 怒りを力に変え、守ろうとしたのは人々の尊厳だった。自分にできることを常に考え、先陣を切って走り続けてきた。亡くなる直前まで利己的な世界を懸念していた緒方さん。彼女が遺したメッセージは、自国ファーストになりつつある社会に警鐘を鳴らしている。今私たちに必要なことは、相手を理解し尊重すること。そして互いに協力し合いながら共に歩んでいくことではないだろうか。対立と分断が広がり世界が混迷を深めつつある今こそ、緒方さんから学ぶべきことがたくさんあると感じた。