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日本国内で放送された宗教関連番組のレビューです。

ドキュメンタリーWAVE「苦悩する仏イスラム社会~テロ後 何がおきているのか~」

2016/01/10 (Sun) 22:00~22:50 NHK BS1
キーワード
パリ同時多発テロ、イスラム教徒、イスラムフォビア、融和
参考
番組公式
 2015年11月13日、パリで同時多発テロが発生した。死者130人、負傷者350人以上という未曽有の事態を前に、オランド大統領は「断固たる姿勢でテロ対策に望む」と表明。そして即座に非常事態宣言が発令された。イスラム教徒が600万人以上を占めるフランス社会で今、何が起きているのか。番組では、差別や偏見に苦悩するイスラム教徒や、宗教の壁を越えて融和を目指そうとする指導者たちが取材されていた。
 
 テロ以降、フランス社会には「イスラムフォビア(イスラム教徒に対する恐怖感)」が急速に広まっている。パリ郊外で活躍するイスラムの宗教指導者、リアジ・ジャメル氏は、「イスラムフォビアによって、イスラムへの否定的な見方が広まり、イスラム教徒を排除しようとする大きな流れが出てきている」と語る。
 こうした風潮は、社会で暮らす一般のイスラム教徒にまで影響を及ぼしている。雑貨の輸入業をしているイサ・ブルクシベット氏は、トルコへ家族旅行をしようとしたところ、警察にシリアへの渡航を疑われて、IDカードとパスポートを取り上げられたという。さらにその後、ブルクシベット氏は「治安を乱す恐れがある」という理由から、「1日3回の警察署への出頭」を命じられた。
 ブルクシベット氏と同じように、警察署への出頭という措置を受けている人は、全国で300人以上にのぼる。1日に3回出頭しなければならないため、仕事もままならない状況が続く。しかし、ある弁護士は、「非常事態宣言が発令されている現在、警察の権利が強くなっているために、法的救済が困難である」と話す。警察署からの帰り道、ブルクシベット氏は「妻は泣いている。家宅捜索もされた。怒りと恐ろしさでいっぱいだ」とその心境を語った。
 
 しかし、世間における反イスラムの風潮は強まる一方である。テロ後初のフランス州議会選挙で「反移民、反イスラム」を主張する極右の政党が躍進したことなどが、その事実を如実に物語っている。こうした中、宗教指導者のジャメル氏は、「イスラム教徒なら隣人を助ける行動をとるべき」として、イスラムの側から社会へと歩み寄ることの大切さを説く。
 「私たちは確かにイスラム教徒だが、私たちが暮らしているのはイスラムだけの社会ではない。住んでいる社会のルールに従うのがイスラムの教え。何とか折り合いをつけて社会に貢献する方がよいと思う。イスラムの世界だけで生きてはいけない」というジャメル氏の言葉には、融和に向けた信念と「イスラム教徒であっても社会に柔軟に適応して生きるべき」という強いメッセージが込められていた。
 
 フランス国民の1割を占め、いまも増え続けているイスラムの人々。イスラムフォビアや、武装警官による令状なしでの家宅捜索など、彼らを取り巻く社会情勢は依然として厳しい。あるNGOの代表は、「フランスが本来持っている大切な精神――自由、平等、博愛を国全体が取り戻してほしい。どの宗教を信じようが差別されない社会が私の願いだ」と語る。政府は人々の叫びや指導者たちの主張にどれだけ耳を澄ますことができるのか。「政府は現在、非常事態下の警察権限の強化を目指し、法律を改正したいとしている」として番組は締めくくられる。


○番組HP
「ドキュメンタリーWAVE」http://www.nhk.or.jp/documentary/aired/160110.html