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日本国内で放送された宗教関連番組のレビューです。

地球ドラマチック「ピダハン 謎の言語を操るアマゾンの民」

2012/12/15 (Sat) 19:00~19:45 NHK Eテレ
キーワード
ピダハン、ピダハン語、普遍文法、リカージョン、ダニエル・エヴェレット、ノーム・チョムスキー
参考
番組公式
 海外のドキュメンタリーを届ける番組。今回はアマゾンの少数民族ピダハンのもつ不思議な言語と豊かな自然の恵みの中で暮らす彼らの文化を、ダニエル・エヴェレット氏とともに紹介していく。
 ピダハンは400人ほどの民族で、長い間外からの影響を拒んできた。しかし、麻疹の流行にともないアメリカの伝道師を迎えることになった。そのひとりがダニエル宣教師である。ダニエル氏はピダハン語を習得するにつれ、ピダハン語には色を表す単語や数字がなく、過去や未来の時制もほとんど見られないことに気付く。そして、ピダハンの世界を知っていくうちにより重要なことを発見する。それは、ピダハンの人々が「ひたすら現在に生きている」ということである。番組の中で、「将来への不安と過去の後悔、この二つから解放されたとき、多くの人は幸福を感じることができる」という話があった。ダニエル氏は、「一日一日をあるがままに生きるピダハンの暮らしを私たちが学ぶべきなのかもしれない」と語っている。
 ピダハンの人々の満ち足りた様子はダニエル氏の人生に大きな影響を与えた。ピダハンの人々がキリスト教の信仰がなくともすでに幸せなことを悟ったダニエル氏は、自らの信仰に疑問を抱き始めたのである。そして、ついには信仰を捨てる決断をし、言語学者としての仕事に没頭していくこととなる。
 ピダハン語を研究していくうちに、ダニエル氏はピダハン語にはあらゆる言語にあるとされる文法上の法則がないことを発見する。その法則は「リカージョン(recursion)」と呼ばれるもので、ある文や句が関係節などを用いることで別の文や句の中へと含まれていく入れ子構造のことを指す。そして、このリカージョンは「普遍文法(Universal Grammar)」という理論を支えるために大きな役割を果たしてきた。
 この普遍文法について、番組内容に若干補足をしておこう。普遍文法とは、人間は生まれながらにして普遍的な言語機能を備えているため、すべての言語がその表面的な違いに関わらず普遍的な文法で説明できるという理論である。1957年にノーム・チョムスキーによって提唱されたこの理論は、言語学会でも長年に渡って支持されてきた。そして、あらゆる言語に共通して存在するしくみとしてチョムスキーが注目したのがリカージョンだった。しかし、ダニエル氏はその普遍文法の理論を支えるリカージョンがピダハン語には存在しないと主張したのである。
 ダニエル氏のこの主張により、言語学会は大騒ぎとなった。もしもピダハン語にリカージョンがなければ普遍文法の理論が成立しなくなるからだ。また、それは同時に「人間の言語に普遍的な根本原理がない」ことを意味する。ピダハン語をめぐるこのような論争は、いつしか学術的な領域を超え、ある根源的な問いを人々に投げかけはじめた。それは「人間の言葉はどこから発生したのか」という問いである。ダニエル氏はこの問いに対して、「文化がある言語の文法全体に影響を与えているのではないか」という答えを出した。その例がピダハン語である。ダニエル氏は「ピダハンの人々の現在に対するこだわりが、他にはない言葉をつくりだしたのだ」と語る。
 番組の後半で、ピダハンの村が様変わりしていく様子が描かれている。ブラジル政府によって、診療所やトイレ、定住するための家が建てられていたのだ。その中には学校もあり、子供たちは数の数え方やポルトガル語を学んでいた。ピダハンの教師は「変化には良い面と悪い面がある」と語る。科学技術がピダハンの人々を力づける一方で、彼ら特有の文化を失わせる可能性があるからだ。「ピダハンが変わるべきか、変わらないべきか、僕は意見する立場にはないが、人は皆変わる。ただ彼らが望む未来であってほしい。とにかく、健康で幸せにいてほしい、それが僕の願いだ」と語るダニエル氏の言葉からは、ピダハンの人々に対する強い思いが感じられた。