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テレビ番組ガイド・レビュー

日本国内で放送された宗教関連番組のレビューです。

世界遺産 時を刻む「来世~死後の生に思いを託す~」

2011/11/04(金)21:00~21:56 NHK BSプレミアム
キーワード
死生観、来世、墓、葬儀、エトルリア、古代ローマ、悪魔、キリスト教、カトリック
参考
番組公式
 「世界遺産 時を刻む」と題された本シリーズは、番組ホームページによれば、世界遺産を一時代の象徴として捉えるにとどまらず、そこから現代に繋る普遍的なメッセージを引き出すことを狙ったものだという。「来世」をテーマにした今回は、イタリアの世界遺産「チェルヴェデリとタルクィニアのエトルリア墓地遺跡」を紹介している。また番組には遺跡にひきつけられ、彼らの死生観にも深い共感を抱く人々が登場する。

 紀元前のイタリア半島で栄え、高度な文明を築いたエトルリア人と呼ばれる民族。後にローマ人に征服され、その住居や文献がほとんど失われているなか、ローマの北西に位置する2都市に残されたエトルリア人墓地の遺跡が「チェルヴェデリとタルクィニアのエトルリア墓地遺跡」で、古代人の文化を墓から推察することができる遺跡として世界遺産に登録された。

エトルリア人の来世観
 番組で映し出される墓は全て地下に作られており、住宅の間取りを再現した空間配置や、種々の生活用品を模った装飾がみられる。ここからわかるよう、エトルリア人にとって来世は地下にあり、そこでは現世と同様の生活が続くと考えられていたというのが定説なのだという。ゲーム盤や肉用の家畜など、当時のぜいたく品が仔細に再現された浮き彫りが映し出され、彼らの来世観が、比較的豊かだった生活への愛着を反映したものだったことが示される。

男女同権   
 絶対的な男性優位社会であり、妻や娘が人前に出ることの無かったギリシアやローマに対し、エトルリア人は男女同権の考え方を持っていたという。彼らのリビングには夫婦のベッド(この上で寝そべって宴会を催したという)が共に置かれ、揃って客人を迎えたという。それは部屋のような墓内にもそのまま再現されており、番組ナレーションでは「この世でもあの世でも夫婦仲良く幸せ、それが来世への理想的な旅立ちだった」と説明される。

壁画
 現世生活の再現とともに、エトルリア人の墓の特徴をなすのは、彼らが死に際して執り行った儀式を描いた壁画である。番組は壁画から読み取れるエトルリア人の死への考え方として「旅立ちのチカラ」と「デーモンの不安」という2つの「来世へのキーワード」を提示する。

「旅立ちのチカラ」
 紀元前6世紀から5世紀ごろの墓には葬儀における様々な余興の様子が描かれている。中には目隠しをされた男が猛獣と戦い血を流す一見残酷とも思える場面も。これについて墓の発掘調査にあたっているトリノ大学教授アレッサンドロ・マンドレージ氏は「血は、地上での生活をあの世での生活へと移行するために必要とされた。生からの移り変わりの瞬間にそれを後押しする、そういう強さのようなものが必要だった」と語る。来世への入り口と思われる、血と同じ赤色で描かれた扉の両脇には、死者に手を振り見送っているような男が描かれている。これら壁画から読み取れる、生者が趣向を凝らして死者を送り出そうとする姿を、番組はひとつめのキーワード「旅立ちのチカラ」とする。

「デーモンの不安」
 一方、時代が下った紀元前5世紀末の墓には、マンドレージ氏が「デーモン」と名づける、怪物のような生物が描かれている。さらに、死後の世界での再会を阻む何者かの姿など、前述の穏やかな来世観には似つかわしくない不吉なイメージが壁画中を支配している。実はこの時期、エトルリアは隣国ローマの侵略を受け始めていた。エトルリア人にとって、現世を覆い始めた恐怖が死後の世界をも不安なものにしつつあったことが説明される。番組はこれらを2つ目のキーワード「デーモンの不安」としている。

キリスト教に取り込まれたデーモン
 エトルリアのデーモンは時代を越え、中世末期ヨーロッパの宗教絵画の中に再び登場しているという。ミケランジェロ作「最後の審判」をはじめこの時期、教会の意向で制作された絵画の多くにみられる悪魔がデーモンに由来する、という説を支持するローマ第三大学教授・シュテファン・シュタイングレーバー氏によれば、死者を呵責する悪魔のような図像は、それ以前のキリスト教世界に全く見られないものだという。シュタイングレーバー氏は、この時期カトリックの教義を全面的に信じる者が少なくなり、ローマ法王は地獄の恐怖を説くことで人々の信仰を回復しようと考えた、そして宗教的に関係はないが、見た目の恐ろしいデーモンのイメージが画家らに利用された、と説明する。中世末期のイタリア貴族は地下墓地の副葬品を収集しており、ミケランジェロら画家はその中にデーモンの姿を目にしたはずだ、と番組は推察する。

デーモンは悪魔ではない
 エトルリア最末期(紀元前2世紀)の墓にも、前出の紀元前5世紀の墓と同じく来世への扉が描かれている。しかしかつて扉の両脇で手を降っていた男は、デーモンに取って代わられている。番組によれば、最近の研究ではこれらデーモンの姿は「現世も大変だが来世も大変だ」という警告の意と捉えられているのだという。彼らは死者を来世に送り届ける役目でこそあれ、苦しめるものではなかった、というのだ。

現代人の共感
 番組ではエトルリア人の死生観に共感する現代の人々の姿も紹介される。遺跡近くの町に住む工芸家のオメロ・ボルド氏は幼い頃地下墓地に入り込んで遊ぶうち、次第にエトルリア人の世界観を理解した、と話す。今年68歳になるオメロ氏と婦人は自分たちの墓を、夫婦そろって埋葬されるエトルリア式のものにすることを決めていると言う。

 このように番組は、男女平等の豊かな社会を営み、死・来世に対しても穏やかな考えをもっていた人々としての、エトルリア人像を描き出している。そこに忍び寄る外部からの不安がもたらした「デーモン」も、おどろおどろしい外見ながら、死者を苦しめるものではないという独特の存在であり、エトルリア人の宗教観を示唆するものだろう。また、デーモンからの変容だという、キリスト教世界における悪魔の起源の考察も、私たちにあらたな見方を提供するものであった。
 エトルリア式墓地に入ることを決めたオメロ氏は、来世を現世の延長として身近に考え続けていたエトルリア人は、死を前にしてもさほどたじろくことが無かっただろう、と語っていた。エトルリア人の死生観は、現代人が抱く死の不安に対してひとつの向き合い方を提案しうるものでもあるようだ。

 George Dennisの研究書では、Cities and Cemeteries of Etruria, originally published by John Murray, Albemarle Street, London, 1848が参照できる。