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テレビ番組ガイド・レビュー

日本国内で放送された宗教関連番組のレビューです。

空海 至宝と人生

第1集 2011/08/07(日)19:30~21:00
第2集 2011/08/08(月)20:00~21:30
第3集 2011/08/09(火)20:00~21:30 NHK BSプレミアム
キーワード
空海、密教、仏像、明王像、曼陀羅、書道
参考
番組公式
 真言宗の開祖であり、日本に密教をもたらした僧、空海の人生を仏像、書、曼陀羅といった「至宝」を通して紹介する。番組は、第1集「仏像革命」 第2集「名筆の誕生」第3集「曼荼羅の宇宙」の3夜連続放送となっている。

第1集 仏像革命 
 第1週は、空海が密教と共に日本にもたらした、憤怒相の仏像(明王像)に注目した内容になっている。空海によって造営された京都・東寺の講堂の五大明王像は、現存する日本最古の明王像である。なぜ空海は、慈悲の表情をたたえた仏像のイメージを覆す、憤怒の像をもたらしたのか。番組には空海を主人公にした小説を18年間書き続けてきた作家の夢枕獏氏が出演し東寺、中国・西安など空海ゆかりの地や、密教や仏像の専門家を訪ねる。そして番組後半には、夢枕氏の脚本書き下ろしによる、東寺不動明王坐像誕生が挿入されるという構成になっている。
 空海が塔から持ち帰った膨大な経典の中に、密教経典「理趣教」がある。夢枕氏は「理趣経には、仏教に対して密教の特徴的な要素が多く含まれている。業、欲望といった、人間が持っているどうしようもないもの、こうしたものをどうするか、と空海は考えたはず。その答えが密教だったのだと思う」と話す。番組では、欲望を無くすこと、否定することに主眼を置いてきた従来の仏教に対し、理趣経は欲望を生きる原動力、宇宙の活力の源とみなす、と説明される。
 密教図像学を研究する田中公明氏との対談では、田中氏は、憤怒相の仏像は基本的に鎮護国家と結びついていると考えてよく、国家を治めるために仏教が世俗で果たすべき役割、反乱鎮圧の願いが込められていたという。これに対して夢枕氏は、そうした鎮護国家の役割に加え、憤怒相の像には、ひとりひとりの人間へむけたメッセージが込められているのではないか、そして、理趣経にみられる、人間の業を肯定する側面が、それを読み解く手がかりとなるのではないかという見解を述べる。
 番組後半のミニドラマもこうした夢枕氏の密教・空海観が反映されており、理不尽な世への怒りから「仏は無い」と造仏を放棄した仏師が「怒りもまた仏性である」と諭す空海に託され、憤怒相の明王像を作り上げるというストーリーになっている。


第2集 名筆の誕生
 空海は書の達人としても知られる。第2集は、長年にわたって空海の書に注目してきたという書家の石川九楊氏と岡本光平氏が出演する。番組中では、2人が、各寺院に納められた空海の書に面して分析、臨書を行うなどする。
 番組はいくつかの断章からなっている。現存する最も古い空海の書跡である、「聾瞽指帰(ろうこしいき)」から、絵を描くような書体「雑体書」による書を経て、簡潔な草書体で書かれた晩年の書までの変遷を辿る。
 番組内で注目されるのはやはり、石川、岡本両氏による実演を伴った解説で、空海の心情、用いた道具や、日本の文字文化に与えた影響などをそれぞれの視点で推察していくものになっている。
 番組前半では、中国の大家の影響も色濃い「聾瞽指帰」や、空海が最澄に宛てた手紙「風信条」といった主に行書、楷書による書が取り上げられる。石川氏は「実際に書きながら追体験する」と話し、空海が最澄に宛てた手紙「風信条」の中に見られる、微妙な行の乱れから、空海の心の動きを推察する。
 後半は「飛白体」「雑体書」といった中国の古い書体で書かれた書から、空海の独創性、仮名誕生のきっかけなどを読みとる内容になっている。岡本氏が注目するのは「真言七祖像」に空海が記した、飛白体と呼ばれる装飾的な書体。独特な墨のかすれが活かされており、岡本氏は自作の竹製刷毛、牛革、スポンジなどでその再現を試みる。また空海が通常の筆順と異なる左右対称の筆順を用いていることに注目し、文字に魔よけや、神仏に対する敬意の意味を込めていた、と指摘する。晩年の書といわれる「崔子玉座右銘」では2つの文字がほぼ一筆で書かれる草書体が用いられている。石川氏はここに、当時の日本にまだ存在しなかった平仮名が生まれようとする萌芽を感じるという。石川氏は、それまで言語の記述に際して漢文を用いざるを得なかった日本において、土着の言葉、日常の言語を書記できる平仮名の発明は、日本人が漢文に匹敵する水準の文章を生む可能性を開いた、という。そして、しばしば見られる、空海が平仮名やいろはうたを創始したという説は「事実ではない」と前置きした上でなお、日本文化の形成期において空海が与えた影響を評価している。

第3集 曼荼羅の宇宙
 曼荼羅の宇宙と題された第3集では、ダンサーの森山開次氏が出演する。森山氏は曼陀羅に描かれた仏の姿が踊りを踊っているように見え、感銘を受けたと言う。
 また、今回は前2回に増して多様な分野の専門家が出演し、森山氏と対談している点が特徴。これによって番組は曼陀羅、空海というテーマを様々な視点から捉えようとしたものになっている。出演者は次の通り。
真鍋俊照氏(大日寺住職、四国大学教授、仏教美術家)
杉浦康平氏(グラフィックデザイナー)
安延佳珠子氏(東インド舞踊家)
飛鷹全隆氏(高野山三宝院住職)
ホリ・ヒロシ氏(人形師)
山本誠氏(高野山天文同好会会長)
 19歳の空海は室戸岬の洞窟で修行中、明星が口に飛び込み、仏の力と教えの尊さを悟ったという。高野山天文同好会会長の山本氏は、そのとき(792年夏)空海が見たであろう星空をコンピューターでシミュレートし、CGで再現する。
 グラフィックデザイナーの杉浦康平氏は、両界曼荼羅を写した写真1万枚以上(石本安弘氏撮影)を、2冊の本に編集した(「伝真言院両界曼荼羅」平凡社、1977年)。これは蛇腹折のページを開くごとに細部にクローズアップした写真が展開されるというもの。
安延佳珠子氏はインド・オリッサ州にてダンスを修め、東京でインド舞踊スタジオを主宰している。指先のサインで意味を伝えるインド舞踊のポーズは、曼陀羅の仏の印相にも通じるものがあるという。
 番組ではこれら専門家の、曼陀羅という仏教美術の様式に対する、様々な見解が紹介される。杉浦氏は、2幅からなる両界曼陀羅は、様々な器官の集合体でもありながらひとつの意識をもつ人間をはじめとして、「一であり多でもある」森羅万象の現われ、と話す。また、僧侶であり、密教美術の専門家でもある真鍋俊照氏は、曼陀羅を描くために用いられた金、銀、鮮やかな色彩などに、動き、生命感や3Dのような立体感を感じさせるための視覚的工夫を指摘する。
 番組中では、これらの対談による、森山氏の曼荼羅理解に基づいて作り上げられたダンスも披露され、映像技術によって菩薩の図像と森山氏のダンスが重ねあわせられている。

 

 3夜連続の番組全体として空海は、密教や明王像をもたらし、仮名の誕生へ繋がる書を生み出すなど、幅広い視野を持ち、新しいものを生み出す発想力を備えた人物、として描かれている。また密教の教義として、人間的な感情を否定しないものという面が強調されている印象も受けた。番組中ではミニドラマや空海に扮した役者によるナレーション、音楽、合成映像などといった演出が多用され、空海の思想、人生をより劇的に描き出そうとしているようだった。