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ETV特集「法務大臣の決断」

2011/02/27(日)22:00~23:30 NHK教育
キーワード
死刑
参考
番組公式
 この番組は今まで明かされることのなかった「法務大臣と死刑執行の決断」に焦点を当てて組まれた特集である。就任前までは死刑廃止論者であった元法務大臣・千葉景子氏がいかにして死刑執行の決断に至ったのかという経緯のロングインタビューや、他の死刑執行に関わった元法務大臣、元法務官僚や元衆議院議員などのインタビューも紹介された。

 千葉氏は弁護士であり、参議院議員となった後は「死刑廃止を推進する議員連盟」に所属していたが、2009年に民主党・鳩山由紀夫内閣で法務大臣に任命された後は同連盟を脱退。千葉氏は任命当初は心の中に葛藤があったと振り返る。だが、葛藤しながらも、千葉氏は就任後の副大臣や政務官との会議で、「死刑執行は行うつもりである。しかし時期に関しては私が決める」という主旨の決意を伝えていた。その葛藤はやがて「死刑執行を拒否したまま任期をやり過ごすのでは何も進まない。サインをして、法務大臣に定められた責務を果たしながら死刑をめぐる議論を少しでも前に進めることはできないものか」という考えに変わっていった。そして千葉氏は死刑廃止論者でありながら、あえて死刑を執行することで死刑制度についての議論を活発化させるという矛盾とも思える決断に至った。
 今までの法務大臣や法務官僚の死刑の執行についても取り上げられた。1992年~1993年まで自民党・宮沢喜一内閣で法務大臣を務めた後藤田正晴氏は死刑制度の大きな節目に立ち会った。1989年に昭和天皇が崩御されたため戦後初めて死刑執行が停止され、それを契機にその後の3年間、他の法務大臣も死刑の執行のサインを拒否。死刑執行は、後藤田氏が就任して、1993年3月、3人に刑を執行するまで止まっていたのだ。
 元検事総長の但木敬一氏は法務大臣に死刑執行の決断を促す側ではあるが、死刑という制度に対して苦しみを抱いている。1984年に当時、法務省刑事局付の東京地方検察庁検事であった但木氏は初めて死刑執行の文書を作成することになった。文書作成に当たっては、その死刑囚のこれまでの裁判に関する全記録を読んでから書かなければならない。但木氏は、1週間近く法務省に登庁せず、その記録を読み込むための専用の宿泊所ですべての記録を読み込んだ。長い間座りながら記録を読んでいると、歩くことができなくなってしまった。這うようにして病院に行ったが、原因は不明だったという。但木氏曰く、初めて死刑の文書を作成するにあたり、心身共に多大な重圧を受けていたからではないかという。このような苦しみを体験した但木氏だが、「議員は死刑の執行する気がないのであれば、法務大臣になるべきではないと思う」と自身の考えを語った。
 1990年から自民党の海部俊樹内閣で法務大臣を務めた左藤恵氏は、千葉氏とは違って任期中一貫して死刑執行のサインをしなかった。左藤氏は、国会議員になる前は浄土真宗の寺の住職を勤めており、大臣就任から半年後、刑事局長から死刑執行のサインを促されても、仏教者としての信念は揺るがず、サインはしなかった。しかし自分の中には「法務大臣としてサインをしなかっただけでよかったのか、死刑そのものを無くしていく努力をすればよかったのではないか」という反省もあるという。
 法務大臣の中には任期中に合計13人の死刑の執行を承認した鳩山邦夫・元法務大臣などもいるが、この番組では死刑執行に積極的な立場の人々は登場しなかった。この点からすると、死刑承認側あるいは推進側の声は十分拾えていなかった。

 2010年度の内閣府の世論調査によると「死刑はやむを得ない」と答えた人は全体の85.6%だった。しかし当事者である法務省の人々は、死刑制度に対して膨大な時間を掛けて悩み、迷い、考察を重ねている。この当事者達の多大な苦悩と決断の下に成り立つ今日の死刑制度を国民は、よく理解することが肝要ではないだろうか。また、そのためには政府がもっと情報を開示すべきではないだろうか。