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日本国内で放送された宗教関連番組のレビューです。

NHKスペシャル「無縁社会 新たな“つながり”を求めて」

2011/02/11(金)19:30~20:45 NHK総合
参考
番組公式
◆    無縁社会に怯える働き盛り世代◆
 働き盛りの世代にも広がる無縁社会。当番組は、無縁化した人達が再び社会とつながるためにはどうしたらいいのか、様々な試みを通じて、新たなつながりを築く道筋を模索していく。
 当番組は、ごく当たり前の人生を送ってきた人たちが、孤独の中で亡くなっていく姿を描いたNHKスペシャル「無縁社会~“無縁死”3万2千人の衝撃」(2010年1月31日)の続編でもある。「無縁社会」では、安心して老いることも、安心して死ぬこともできない社会の現実が伝えられた。番組終了後には、若い世代から多くの声が寄せられたという。その中には、家族や仕事という「つながり」を持っているはずの働き盛りの世代からの声が多かったという。本来、社会の中核を担うはずの世代に、何が起きているのか。つながりを失い、自ら命を絶つ人も、後を絶たない。無縁社会はどこまで広がっているのか、どうすればつながりを築くことができるのかを明らかにしていくべく、当番組の取材がなされていく。
 「無縁社会」放送終了後、NHKの留守番電話に声を残した人たちは、どんな人たちなのか。メッセージを残した1人の女性は、新潟にいた。真田尚子さん(38歳)、独身。契約社員として、デパートの子供服売り場で働いている。大学卒業後、メーカーの正社員だったが、会社の業績が悪化し、失業。今は短期契約の仕事しか見つからない。「わたしにとっての無縁社会は『職の縁』。そういう縁がない。つかむことができない」と言う。
 続いて、団地で独り暮らしの男性を訪ねる。親子2人で、看板を作る店を営んでいた中村正志さん(49歳)、独身。父親が倒れ、介護に追われてきた。父親が亡くなり、ひとり暮らしを続けている。「衝動で電話をかけてしまった。ひとり暮らしは今回初めて。父と一緒だったんで6年間もひとり暮らしをすると、ほとんど人と接触することがなかった。こんなにひとり暮らしは寂しいものだって、初めて身に染みた。話し相手がいないのはこんなに辛いのか、初めてわかりました」。
 1万4000人の声の中に、1通の遺言があった。新潟出身の吉澤雅之さん(39歳)。連絡をとることができた。上京してから20年余り、独り暮らしをしている。機械メーカーで正社員として働けていたが、バブル崩壊で失業。その後、派遣の仕事で、首都圏各地を転々としてきた。生まれてすぐに、両親が離婚。育ててくれた祖母を亡くし、連絡を取り合う親族は、今1人もいない。4年前に体を壊し、仕事ができなくなった。東京には友人もできず、故郷にも帰る場所はなかった。「もう人生を終わりにしたい」と駅のホームに何時間も立ち尽くしたという。「わたしって必要とされてないんじゃないかって、何してもね、ほんとに役にたたない。もうそれだったら、終わりにするしかないのかなって」。
 去年9月、吉澤さんが住む団地で、孤独死があった。50歳の独身女性。死後10日間、発見されなかった。「同じようにひとりで死んでいくのではないか」。生きた証しにつづった遺言。「私の死後は、もし叶うなら東京ではなく、生まれて育った新潟の海へ散骨して欲しいです。小さい頃に育った新潟の海に帰りたい――これが私の気持ちです」。
 取材開始から2ケ月後、吉澤さんは孤独な暮らしを変えようとしていた。そのために近所の掃除を始めた。「地域とつながりたい」。しかし、誰にも声をかけられなかった。そんなとき、声をかけてくれたのは、近くの小学校に通う子どもたちだった。「子どもたちを喜ばせたい」。カブトムシの幼虫を育てて、近くの小学校に届けることにした、吉澤さん。子どもたちは、吉澤さんへ感謝の手紙を書く。吉澤さんはこの手紙を見て、「1人じゃないんだとつくづく思えた」という。
 働き盛りの世代に広がっていた「無縁社会」。非正規労働、単身化、生涯未婚の増加。社会の変化の中で、その中核となるはずの人たちが、1人孤独に怯え、もがき続ける姿を、番組は見せてきた。

◆    10代にも押し寄せる無縁社会◆
 取材が進められると、将来を担う10代にまで、無縁社会が押し寄せていることが明らかにされていく。10代で無縁社会に入り口に立っているという叫び。今、10代に何が起こっているのか。
 横浜市の郊外にある、社会とのつながりを失った若者を支援する団体への取材だ。学校を出た後、進学することも就職することもできなかった若者たちが集まる。その中に、去年高校を卒業したばかりの女性がいた。ちとせさん(仮名・19歳)。ちとせさんは今、家族と離れて、この支援団体の寮で暮らしている。ここに来たのには、事情があった。高校生のとき、両親の離婚をめぐり、家庭でトラブルが絶えなくなった。家族さえ信用できなくなったという。次第に、家に居づらくなっていった。「家にいるといろんなこと考えちゃって、その度にすごい辛い気持ちになって、親にあたったりして。自分なんか、いないほうが良いんじゃないかなって、思って」
 ちとせさんにとって、学校だけが、心安らげる場所だった。しかし卒業して、唯一の居場所が失われてしまった。卒業後、就職先も見つからなかった。「自分の居場所がどこにもなくなっちゃう。家にいつまでもいるわけにはいかないし、自分の居場所がほんとになくなって、どこに行けばいいんだろうって思ってました」と言う。
 ちとせさんが通っていた横浜市立戸塚高校定時制。全校生徒およそ400人。多くは、ちとせさんと同じように、親の離婚や失業等、家庭が不安定な子どもたち。学校にしか居場所がないという子供も少なくない。母子家庭で、妹や弟のためにも、働かなければ暮らしていけない生徒が、パチンコ店からの内定を得た。「家族を支えられる」とこの生徒は言った。しかし、就職できる生徒はわずかである。卒業を迎える生徒の半分以上は、どこにも行き先が決まっていないという。さらに卒業まで辿りつけずに、学校を離れていく子どもたちもいる。「学校辞めたら適当に仕事探して、仕事やって、そのまま暮らしていくかみたいなそんな感じ」。退学した生徒は、学校とのつながりを失う。生徒は泣いていた。
 「子供の無縁化に歯止めをかけたい」と、学校が2年前に連携を始めたのが、ちとせさんが通う支援団体だった。毎週学校を訪れ、在学中から子どもたちと関わっていく。「どうしようこれから。なんも決まってないよ」と生徒は言う。進路が決まらないまま、学校を出ていく生徒たちを、支援団体の寮で共同生活をさせながら、職業訓練を行い、社会につなげようとしている。支援団体の統轄コーディネーター、岩本真美さんは「学校から離れてしまったら、そのまま社会に放り出されてしまう。それを私たちが、間をつないであげて、彼らが本当に自分がやりたいことや、どういう進路を歩んでいったら良いのかっていうのを、選択できるような時間をつくってあげるということが、大事かなと思います」と言う。
 ちとせさんが支援団体の寮で暮らすようになってから1年。ちとせさんは、「余裕が持てるようになってきたから、良かったかな」とつぶやく。この期間に、ちとせさんは、支援団体が運営する飲食店で、職業訓練を受けてきた。両親の離婚をきっかけに、一時は人を信じることができなくなった、ちとせさん。共同生活を通して、仲間との繋がりも生まれていた。「人との会話がこんなに楽しいものなんだって、思えたことが進歩じゃないかな。人と関わることで、自分って変わるもんだなって。感謝する感じ」と最後に話したちとせさんは、社会と繋がる一歩を踏み出した。
 国の調査では、学校に行かず仕事にも就いていない15歳~34歳の若者が、60万人いる。早い段階で、社会とのつながりを取り戻さなければ、無縁社会の傾向はさらに広がる。その危うさが見えてくる。

◆ネットで縁を求める若者たち◆
 24時間365日ネットとつながる男性、ネコビデオさん(仮名・31歳)。大手電機メーカーのシステムエンジニアをしているが、過労で体調を崩し、会社を休んでいる。今、ほとんどの時間を、家で過ごしている。インターネットで自分の部屋を生中継。それを見ている人の書き込みが、音声メッセージで流れる。つながる相手は50人、見ず知らずの他人。「困ったなという時、絶対誰かが助けてくれる。ネットは“命綱”」。
 居酒屋でパソコン持参。「ひとりぼっちの飲み会」。みつき@なごやさん(仮名・38歳)、独身。中継を見ている人たちと会話しながら、食事を楽しむ。かつては、イベントなどで司会の仕事をしていたみつきさん。父親が病気で倒れ、介護に追われるようになった。好きだった仕事も、続けられなくなった。毎日、入院している父親のもとに通う。自分の時間が無くなり、友人と会う機会も減っていった。結婚を考える余裕もない、今の生活。将来北海道人きりになってしまうのではないか。その不安で、インターネット中継を始めたという。「ちょっとしたつながりを感じる。ネットで一時的なお友達みたいな」
 親元を離れて暮らす、オレンジ野郎さん(仮名・26歳)。寝る前のひとときが、つながる時間。アメリカ・シアトル大学を卒業後、ITベンチャーに就職したが、過労や人間関係のストレスで退職。その後、転職を繰り返している。中学時代の友人とルームシェアをしているが、つながりを求めるのはインターネット。「仕事をうまくいかせるためでも、僕から何か利益を得るためでもなく、そこには愛情があると思っていて、愛情を求めてるんですかね。親の愛と変わらない」とオレンジ野郎さんは言う。
 インターネット中継の利用者は、140万人/月。インターネットを通して、つながりを求める若者たちの姿が見えた。
 働き盛りの世代にとって、仕事を失うとは、どういうことなのか。1年前、自殺を考えたという男性がいる。野田康光さん(仮名・31歳)。生活保護を受けながら、仕事を探してきた。2年前に派遣契約を突然打ち切られた。頼れる身内もなく、アパートで独りで暮らしている。これまで受けた企業は50社あまり。不採用が続いていた。生活保護に頼る暮らしから、なんとか抜け出したいと、面接を受け続けている。「社会から認めてもらいたい」と野田さんは言う。派遣の職場では、番号で呼ばれていた。自分は社会に必要のない人間ではないか。社会とつながりたい。「1人は寂しい、1人は怖い。何のために生きているんだろうか。このまま死んだほうが楽なのか」。野田さんは生きる意味を見つけられずにいた。働くというつながりを持てないこと。それは、人としての尊厳を、奪われることでもあるのだった。

◆つながりを取り戻すには・・・・・◆
 どうしたらつながりを取り戻し、生きていくことができるのか。その答えを探し求めるべく、和歌山県三段壁での取材に入る。ここでは、自殺者が後を絶たない。NPOのスタッフが、警察や自治体と連携して、自殺防止のパトロールをしている。パトロールをしていると、睡眠薬が大量に見つかることもある。パトロールをしているNPOのひとつ、NPO白浜レスキューネット(代表、藤藪庸一さん)。保護した人を再び社会につなげる活動をしている。「ひとりじゃないということを、命を絶とうとしている人にわかってもらいたいし伝えたいことですね」。
 海辺の町にある教会。保護された人は、ここで一時的に暮らしている。NPOの代表、藤藪さんはこの教会で牧師をしている。このNPOは、働く場所が決まるでの居場所を提供している。取材時、この教会で共同生活をしていたのは15人ほど。いずれも一度は命を絶とうと考えた人たちである。食費や滞在費は、仕事が決まるまで無償である。朝食はいつもパン1枚とインスタントコーヒー。毎日全員一緒に食卓を囲んでいる。夜、教会の礼拝堂が寝室に変わる。この教会に来るまで、つながりを失っていた人たちが、家族のように生活をしている。
 番組は、教会に来るまでは無縁だった人々が、共同生活やクリスマス会の準備、クリスマス会当日の模様を映し出していきながら、締めくくられていった。ナレーションで語られた最後のメッセージは、「人はつながりの中に、自分の存在や役割を感じられて、初めて生きていくことができる。必要としてくれる人や場所があること。私たちは今、新たなつながりを紡いでいくときを迎えている」だった。

※ただし、一連のNHKの「無縁社会」キャンペーン番組の制作にあたっては、出演者から、「無縁」を意図的に過剰演出されたという不満の声も相次いでいる。当番組に関しても、ネットを通じた縁に関連して登場した女性が、家族や友人もいて「無縁」ではないのに「友人がいない」などと紹介されたという。(『夕刊フジ』2011年2月21日)