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テレビ番組ガイド・レビュー

日本国内で放送された宗教関連番組のレビューです。

プレミアム8「大胆不敵な水墨画:第三回、白隠、迫みなぎる禅画」

2011/02/09(水)20:00~20:54 NHK BS hi
キーワード
白隠・禅宗・禅画
参考
番組公式
 白隠は江戸中期の禅僧。500年に1人の名僧と称えられ、当時衰退していた臨済宗を復興した。その姿は「虎視牛歩(虎のような目で睨みつけ牛のようにのそのそ歩く)」とも評され、弟子からは恐れられる存在だった。また彼は、布教の手段として書画を描き続け、その数は1万点以上と言われる。番組は明治学院大学教授・山下裕二氏、花園大学国際禅学研究所教授・芳澤勝弘氏、臨済宗僧侶で作家の玄侑宗久氏(げんゆう・そうきゅう)氏のトークを中心に、アメリカ人コレクターや美術史家、祖父・護立氏が熱心な収集家だった細川護煕氏、白隠を心の師と仰ぐ現代美術家の村上隆氏などへのインタビューなども交え、様々な視点から白隠の教え、そして作品を取り上げるものになっている。

 現在、国内において重要文化財指定されている白隠の作品は無く、その評価は欧米でより進んでいる。2010年末には、ニューヨークで現地コレクター所蔵の作品による特別展が開催された。欧米の愛好家達は、書画のみならず、白隠が追求した禅の精神そのものに感銘を受けているようだ。また、プロの絵師ではない、宗教者である僧がこれだけの作品を残したことも、彼らにとっては驚くべきことであるという。

 白隠は幼少期に母親から聞いた地獄世界への恐怖から15才で出家、禅病と呼ばれる一種の精神疾患に陥るほどの激しい修行に没入した。(この病を治癒した秘法の体験を記した「夜船閑話(やせんかんな)」は禅の健康法として現代にまで読み継がれている。)42歳の時、法華経を解読、「菩提心」とはなにか追求するなか、悟りを得、自らの悟りを重視する自利から、仏法を世に広めることを重視する利他の修行へと転換した。その手段のひとつとして書画を多く描き、弟子や民衆、さらに大名などの権力者にこれを与えた。暗喩や絵遊びなどを駆使し、機知に富んだ内容は、当時大変な危険を伴った幕府政治の批判にも及ぶ。富裕層や権力者の驕りを告発し、農民を擁護する姿勢からは、社会の矛盾や不正に対する義憤が伺える。

 いずれも白隠に強い思い入れを抱く山下、芳澤、玄侑3氏のトークの中では、白隠にとって人助けは「道楽」だった、という考察が興味深かった。「道楽」・「遊び」ということは観音経にも説かれており、ユニークな仕掛けが凝らされた白隠の書画にはそうした「遊び」の心が表れている、という。世間一般での「遊び」とは少々異なる意味を持つという、「道楽」の概念について、番組では詳しくは語られなかったのが残念だ。また、閻魔大王のいる地獄と、釈迦如来の天国とが1つの画面に描かれた「地獄極楽変相図」や、「南無地獄大菩薩」(地獄大菩薩に帰依します、の意)の書などにみられる、相対する概念が実は表裏一体のものであるという境地にも注目する。玄侑氏は、地獄の恐怖から仏道に入った白隠にとって、それは大きな救いになったのではないか、という。

 その他、白隠などの禅画に興味を示していたジョン・レノンの歌詞や、アメリカの作家サリンジャーに与えた影響が紹介されるなど、単なる絵師、僧侶などといった枠に収まらないスケールを持つ白隠の活動を反映して、番組は時代や文化圏を越えた視点から白隠という人物を捉えようとするものになっている。

 「禅問答」として知られる難解な公案など、日本人にとっても容易には接近しがたい禅の教義だが、言葉や宗教も異なる海外の人々が白隠の書画を通じて、その世界観を貪欲に探求しようとする姿が印象的であった。