文字サイズ: 標準

宗教情報PickUp

テレビ番組ガイド・レビュー

日本国内で放送された宗教関連番組のレビューです。

生命(inochi) ~孤高の画家・吉田堅治~

2010/08/09(月)22:00~22:50 NHK総合
 2009年に84歳で他界するまで40年以上パリで活躍し、高く評価されながら日本ではその名をほとんど知られていない画家・吉田堅治。これは彼の心の軌跡を辿るドキュメンタリー番組だ。
 10代で描き始めた吉田は20歳で海軍航空隊に志願、特攻隊員として死を覚悟するが出撃を目前にして終戦。美術教諭をしながら制作を再開し、40歳でフランスに渡る。渡仏30年を迎えた1993年、大英博物館日本ギャラリーで個展。
 ヨーロッパに渡り西洋世界の宗教や領土をめぐる深刻な対立、また一方では圧倒的な文化を持つ社会を前にした吉田は、日本人としての自らを強く意識することとなり、仏教にも傾倒していく。晩年にはキリスト教の大聖堂に自作を並べ「祈りの空間」を実現させた。番組では多くの恩師や友人の戦死に自問自答を繰り返すという戦後を生き、かつての戦友、異国の仲間との交流に支えられながら「生命(inochi)」を主題に描き続けた画家の生涯を辿っている。
 同じく戦争で心に深い傷を負い、戦後海外で活躍しながら日本では長らく正当な評価を受けることがなかった画家としては藤田嗣治が想起される。藤田は陶器のような絵肌、墨を使った陰影や繊細な描線が海外で非常な人気を博したが、日本画壇では戦時中の戦争責任をめぐる複雑な遺恨があり、一度も帰国することもなく、晩年はフランスに帰化した。近年ようやく大規模な展覧会が開催されるなどし、一般にも広く名が知られるようになった。吉田もまた特攻隊員の生き残りという過去を抱え、短期間日本には帰国しているものの、やはりフランスで生涯を閉じた。吉田は渡仏後も戦友達と交流を続けるなど藤田とは状況が違うが、日本という国に対しては複雑な思いがあったのではないだろうか。
 大英博物館で個展が開催されるなど、大変な人気を博しながら未だ日本において全くその名を知られていない理由が一体どこにあるのか。吉田の絵画が仏教的な精神性、金箔を用いた技法など、藤田と同様西洋人のエキゾチシズムに訴える要素をもっていることも事実である。本番組は戦争に翻弄され、日本と西洋の間で模索を続ける生涯を送った一人の画家の人生を紹介する試みであるが、彼に一生涯ついてまわったであろう戦争の記憶、美術における日本-西洋の対照的な関係など、今回取り上げられなかった側面に今後焦点が当てられることを期待したい。