文字サイズ: 標準

研究員レポート

バックナンバー

宗教情報

宗教情報センターの研究員の研究活動の成果や副産物の一部を、研究レポートの形で公開します。
不定期に掲載されます。


2012/01/30

原発に対する宗教界の見解

宗教情報

藤山みどり(宗教情報センター研究員)

 1月26日、「SGI(創価学会インタナショナル)の日」には毎年、創価学会名誉会長である池田大作SGI会長が核兵器廃絶などを提言する。今年の提言では、原子力発電(以下、原発)に依存しないエネルギーへの転換を呼びかけた(※1)。創価学会が脱原発に言及するのは初めてで、注目された(※2)。
 東京電力・福島第1原子力発電所の事故は「国際原子力事象評価尺度(INES)」で「レベル7」とされた。1986年に旧ソ連で起きたチェルノブイリ原発事故と同じ、最悪のレベルだ(※3)。原発史上最悪の事故を受けて脱原発運動が高まるなか、宗教界にも動きが見られる。そこで、宗教界の原発に関する見解をまとめてみた。

 


◇◇◇原発と核廃絶◇◇◇
 これまで原発が推進されてきた主な理由は、低コストで大量の電気を供給できるうえ、発電する際に二酸化炭素を排出せず、地球温暖化防止に役立つ環境にやさしいクリーンエネルギーであるからだ(※4)。しかし、日本エネルギー経済研究所の十市勉・顧問が、「温暖化防止の観点だけでなく、安全保障の観点からも、原子力の選択肢は必要」(※5)と語るように、原発が核兵器に転用できることから、潜在的な核抑止力としての必要性もあったようだ。
 脱原発論者が掲げる理由は、危険な放射性廃棄物の処理問題が未解決で、将来に問題を先送りしていること、放射性物質が自然環境を汚染すること、原発立地の住民や労働者に被爆の危険があること、事故が起きた場合に放射能汚染による甚大な影響があること、などに加えて、核兵器に転用できる点も挙げられている。旧社会党系の原水禁(原水爆禁止日本国民会議)が支援する脱原発運動「さようなら原発1000万人アクション」の呼びかけ人の1人である作家・大江健三郎も、この点を危惧している(※6)。
 主要紙では『朝日新聞』『東京新聞』『毎日新聞』が脱原発を打ち出しているが、『読売新聞』『産経新聞』『日本経済新聞』は原発推進の社説を展開している。この「朝日、毎日、東京」vs.「読売、産経」という構図に、「かつての憲法改正論議で護憲派と改憲派に割れた新聞論調の組み合わせを思い出す」(※7)人も多いだろう。この構図からすると、核兵器廃絶を願い、平和をアピールする姿勢が一般的な宗教界では、脱原発の側に親和性がありそうだが、どうだろうか。

 


◆◇◇原発停止を求める日本のキリスト教界◇◇◆
 まず、脱原発派から見ていこう。キリスト教界では反核声明と並んで反原発声明を既に出していた団体が多く、今回の事故を受けての動きも早かった。プロテスタントの教団や日本聖公会が加盟する日本キリスト教協議会(NCC)は震災1カ月後の2011年4月11日に、原発全廃の即時決定を求める声明を出した(※8)。日本カトリック司教団は、原発の即時停止を求めるメッセージを11月8日に発表(※9)。2008年11月に既に「原発震災」に警鐘を鳴らしていた日本バプテスト連盟も11月11日に原発の即時停止を求める声明を発表した(※10)。だが、同じくこれまで反原発を表明してきた日本基督教団(※11)は、確認した限りでは、今回は教団としては動きが見られない。
 声明には、日本カトリック司教団の「いますぐに原発を廃止することは呼びかけることができませんでした。(略)そのことを反省し・・・・・・」との文言のように、NCC日本バプテスト連盟の声明にも、原発停止に力が及ばなかったことへの反省の弁が含まれている。原発停止を求める神学的な根拠として、日本カトリック司教団は「神の被造物であるすべてのいのち、自然」を守ること、キリスト教の「清貧」の精神に基づいて質素な生活様式を選び直すことの重要性を語っている。NCCは、創造主から「土に仕える」(創世記3章23節)使命を与えられた人間の役割を述べている。いずれも、神の被造物である存在を守ることの大切さを訴えている。このほか原発に反対する理由として、プロテスタントのNCCと日本バプテスト連盟日本基督教団(1987年発表の声明※12)は、「自然環境破壊」、「放射性廃棄物問題」、「被爆」と並んで「原発が核保有につながること」を挙げているが、日本カトリック司教団は原発の軍事利用の可能性には触れていない。



◆◇◇ 脱原発に転じたバチカン ◇◇◆
 日本カトリック司教団の上位団体に当たるカトリック総本山バチカンでは、2007年に「正義と平和評議会」議長のマルチノ枢機卿が「人々や環境を守るための安全措置や、軍事利用防止のための保障措置がとられており、どうして原発を禁止する必要があるのか」と原子力の平和利用推進を強く訴え、ローマ法王ベネディクト16世も「原子力の平和利用のメリット」に言及するなど、原発推進派と見られていた(※13)。だが、事故後に方針転換したようだ。ローマ法王ベネディクト16世は、イタリアで原発再開の是非を問う国民投票が行われる直前の6月9日、「環境に配慮した生活様式を選び、人類に危険を及ぼさないエネルギーの研究を開発することが政治と経済の優先事項である」(※14)と述べ、暗に原発に反対するメッセージを送った。カトリック教徒が国民の9割を占めるイタリアの国民投票(2011年6月12~13日実施)では、9割超の反対で原発再開が見送られたことは言うまでもない。(※15)



◆◇◇脱原発を掲げる仏教教団◇◇◆
 では、日本の仏教界はどうか。伝統仏教教団はキリスト教界と異なり、各国の核実験に抗議文を提出し、臨界事故に抗議や要望を表明していても、「反核」「反原発」を単独で主張する声明はほとんどない。これまでも、関西電力・大飯原発に近接する福井県小浜市で約40年間も活動を続けている中嶌哲演・明通寺(真言宗御室派)住職が世話人を務める「原子力行政を問い直す宗教者の会」(※16)など一部の宗教者が反原発運動を行っているが、教団としての動きは今回の事故後も鈍いようだ。
 例外は、2002年に『いのちを奪う原発』という冊子を発行し、2005年に「プルトニウム利用推進は、原発と核兵器開発との区別を曖昧にする」と原発の軍事利用の可能性にも言及し、核燃料サイクル推進に反対する決議を行った真宗大谷派くらいだ(※17)。だが、その真宗大谷派でも、安原晃宗務総長が「誰かを悪者にしなければ収まらない状況(略)を離れねばならない」と、声明よりも自らの生活を見直すためにまず学ぶことが大切という姿勢だった。それを反映して、6月の宗議会では与党は「慚愧の念で行動すべき」、野党は「国策に追従すべきではない」と考えの違いで対立し、途中の局面では双方から声明案も出されたが、最終的に声明案は否決された(※18)。9月から原子力問題に関する公開研修会が開催されているが、宗派としては12月28日に脱原発社会への要望書を内閣総理大臣宛てに提出するに留まった(※19)。「すべてのいのち、生きらるべし」の願いのもと、原発に依存しない社会の実現の推進などを要望しているが、「実現にむけて、真宗大谷派としても極力ご協力させていただく」と、消極的な文面である(※20)。
 これに対して、臨済宗妙心寺派は伝統教団としては最も早く2011年9月29日に原発依存からの脱却に向けての宣言を発表(※21)。この宣言には、同派の河野太通管長が全日本仏教会会長として原発に依存する生活を見直すべきという「会長談話」(8月25日)を発表した影響が大きかったという(※22)。同派は、「さようなら原発1000万人アクション」の活動も応援している。この後、全日本仏教会(全日仏)が、会長談話に沿って、12月1日に原子力発電に関する初めての宣言を出した(※23)。
 臨済宗妙心寺派全日仏の宣言文は似通っており、臨済宗妙心寺派管長でもある河野太通全日仏会長の影響が伺える。ともに「原発に依存しない社会」の実現を目指すと宣言するもので、原発停止を求めるキリスト教界の声明とトーンが異なる。脱原発の理由は、どちらも原発事故で「いのち」が脅かされるからとしている。仏教者らしさが伺えるのは、臨済宗妙心寺派では「『知足(足るを知る)』を実践し、持続可能な共生社会を作るために努力する」という文言で、この「足ることを知る」という表現は全日仏の宣言にも見られる。全日仏の宣言文は、原発の問題として「自然環境破壊」「放射性廃棄物」も挙げている。ただし、全日仏の奈良慈徹総務部長によると「脱原発という言葉は政治的に受け取られかねないので」使われていない(※24)。



◆◇◇脱原発を掲げる新宗教教団◇◇◆
 新宗教界では、信徒数トップの創価学会が2012年に入ってようやく、「原発に依存しない社会へのエネルギー政策への転換を早急に検討していくべき」と、脱原発に向けての提言を行った(※25)。池田大作・創価学会名誉会長が、SGI(創価学会インタナショナル)の日に寄せた提言の中で述べたものだ。池田名誉会長は、1972年に行った歴史学者アーノルド・J・トインビーとの対談で、諸刃の剣で危険性もあるが「原子力が、新たな、将来性あるエネルギー源として平和的に利用されることは、喜ばしい」(※26)と語っている。創価学会が支持母体である公明党も結党以来、原発推進の姿勢だった。このため、「核廃絶を声高に叫びながら、原発を容認している」との学会批判(※27)や、学会婦人部の一部から「原発へのスタンスが定まらない。池田先生は核の廃絶を訴えている」など公明党への疑問の声(※28)も上がっていた。この提言は公明党のエネルギー政策にも影響を与えると見られている(※29)。3月衆議院解散説もささやかれ始め、スタンスの表明が迫られるなか、2012年1月の時事通信社の世論調査(※30)で、民主党・野田佳彦内閣の不支持率が48.3%と支持率28.4%を大きく上回り、脱原発派の朝日新聞社の世論調査(※31)ではあるが、原発利用「反対」派が5月を境に「賛成」派を上回り、12月調査では57%と増加傾向にあることなども考慮されたのだろう。
 提言では、脱原発の理由として「放射性廃棄物問題」と、原子力事故が起きれば健康と環境に甚大な被害を及ぼすことを挙げているが、「軍事転用の危険性」は挙げられていない。



◇◆◇原発を容認する宗教団体◇◆◇
 ここまでを見ると脱原発の動きが顕著なようだが、例外もある。幸福の科学の大川隆法総裁は、2011年5月8日の法話で、「その(原発廃止)後のエネルギー事情をどうするのか」と疑問を投げかけ(※32)、大川総裁が名誉総裁を務める幸福実現党は5月14日に「原発推進」と「菅直人首相(当時)退陣」を求めるデモを行った(※33)。幸福実現党は、この後の2011年7月に発表した主要政策で、原子力エネルギーの利用推進と「核抑止力強化(核武装の検討)」を掲げた(※34)。
 また神社本庁は、2004年に「原発の必要性や安全性、環境破壊について懸念のあることは承知しているが、脆弱なエネルギー供給構造を有するわが国において、その役割は大きく、地球温暖化対策としても二酸化炭素の排出量をできる限り抑制しつつ、国民生活に必要な量の電力を安定的に供給するという観点から、基幹電源を選択する場合、有力かつ重要な選択肢であるとの原子力委員会の見解」を現時点では否定するものではないと、原発を認める姿勢を表明している(※35)。これは、中国電力・上関原発の建設予定地となった神社用地(山口県上関町)の売却を承認する際の文書の一部である。売却を巡って、原発賛成派の氏子らと反対派の宮司が対立して騒動が続いたが、最終的には神社本庁が宮司を解任し、売却が承認された(※36)。特異な状況での見解表明であるが、以降、神社本庁は原発に関する公式見解を表明していない。念のため、原発は容認したが、神社本庁は核兵器廃絶を旨とする。原爆・核兵器の恐ろしさに言及した大東亜戦争(太平洋戦争)終戦の詔書をもって、核兵器に対する信念としている(※37)。



◇◇◆原発について中立を示した宗教団体◆◇◇
 原発への見解を11月1日に示したものの、「現時点で原発の是非について述べることは非常に難しい」と判断を保留したのが曹洞宗である(※38)。曹洞宗では原発事故で避難を余儀なくされた寺院が伝統仏教寺院で全64カ寺中12カ寺と、真言宗豊山派の16カ寺に次いで多い(※39)が、判断を避けた。見解では、勘案すべき課題として、事故が起きた場合の被害の大きさとともに、現状での原発停止の実現性の低さ、火力発電などでのCO2排出量の増加、電力不足による経済の混乱、原発が立地する自治体の事情、労働者の雇用問題などを書き連ねた。見解では、「発電の背景には、多くの問題や課題があり、それに携わるたくさんの人々がいるということを認識しながら、一人ひとりが自分の問題として向きあうことが大切」「原発を否定的に捉えることが感情的に行なわれ、原発にかかわる人々を傷つけることも心配される」と原発関係者への配慮が述べられている。
 この翌11月2日に、総持寺(横浜市)と並ぶ曹洞宗の大本山の1つである永平寺(福井県永平寺町)の僧侶有志が「いのちを慈しむ~原発を選ばないという生き方」というシンポジウムを開催した。脱原発派の『朝日新聞』(※40)には、脱原発一辺倒で開催されたように報じられたが、実際は異なるようだ。福井県には、国内で54基ある原発のうち13基に高速増殖炉「もんじゅ」と新型転換炉「ふげん」があり、国内で最も原発が多い。このため曹洞宗の信者には原発関係者も少なくなく、脱原発を掲げるシンポ名にも関わらず、永平寺関係者からは「永平寺が反原発の運動をしようというのではない」「曹洞宗の宗派としての意志とは無関係」などの発言が相次いだという(※41)。余談であるが、永平寺は、動燃(当時)理事長から高速増殖炉「もんじゅ」と新型転換炉「ふげん」の命名を報告された同寺の禅師が「それは良い」と答えたと説明しているが(※41)、『仏教タイムス』(※42)によると、そのようなやり取りをした形跡はない。

 

 

◇◇◆原発についてのダライ・ラマ14世の見解◆◇◇
 曹洞宗の見解では、「どちらか一方の立場にとらわれることなくものごとに接していくこと」が曹洞宗の姿勢であるとの文言もあったが、奇しくもチベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世も同じように「どのような問題でも、1つの角度だけから物事を捉えて判断するのは正しいことではない。様々な角度から問題を捉えて全体的なものの見方をすることが大切」との趣旨を述べている(※43)。
 ダライ・ラマ14世が来日した際、2011年11月7日に行われた記者会見では、一部には原発容認を表明したとの誤解もあった(※44)が、原発撤廃には議論の余地があるとしながらも、「最終的には、国民の意見によって決められなければならない」「日本の方々が原発の完全撤退を望むのならそれでいい」と、原発の是非についての判断は回避している。「自殺」問題でも見られるように、その善悪を一元的に判断しない、ある意味で寛容な態度は仏教者特有のようでもある。

 

 

◇◇◇見解を示した理由◇◇◇
 主だった宗教界の見解を見てきたが、見解を出していない教団も多い。特に仏教教団では慎重な態度を見せるところが多いようだ。では、見解を示した教団は、どのような考えで見解を示したのだろうか。
 日本カトリック司教団は、「原発の是非に関する問題は倫理的な問題、人間の命の問題でもある」「すべての人と連帯して、神の被造物である自然や環境、すべての生命を保護していく責任を持っている」ことから、「宗教者として原発の是非について発言する責任を果たしたい」としている(※45)。
 臨済宗妙心寺派の河野管長は、宣言を決議した宗議会の開会に臨み、「今日、一般的に僧侶は、(略)社会的課題には無関心でありがち」だが「出世間即世間、世間即出世間と看破し、(略)宗門の内外に山積」する「様々な現代的課題を、現成公案(げんじょうこうあん=著者注:現実に完成している公案)と受けとめ積極的に」取り組むことを願うと述べた(※46)。河野管長は、日本カトリック司教協議会の池長潤会長、NCCの輿石勇議長らとともに憲法9条を守る「宗教者九条の和」の呼びかけ人の1人でもある(※47)。花園大学学長だった1995年、過去の戦争協力について教団に明確な懺悔の表明を求め、2001年に臨済宗妙心寺派が戦争責任を懺悔するに当たっても積極的に働きかけた(※48)。同宗派の宣言の背景には、「仏者としての価値観を明確にもち、発言し、行動すべき時は見失わないようにしたい」(※49)という河野管長の影響が強いようだ。

 

 

◇◇◇なぜ、見解を出さないのか◇◇◇
 全日仏の「保守的といわれる仏教界が、国論を二分するような問題で一定の方向性を打ち出すのは異例」(※50)という宣言にも、社会との関わりを重視する河野会長(臨済宗妙心寺派管長)の影響が強そうだ。戸松義晴事務総長は宣言について、「仏教者として原発問題をどのように考えるのか」などを全日仏として「表明する社会的責任がある」と説明した(※51)。また、これまで原発について宣言などを出さなかったことについて、「時局の問題で反対、賛成どちらかに偏ったメッセージを出すのは、政教分離、政治的中立性の観点から難しい」と語っている(※50)。全日仏はこの殻を破ったが、仏教教団の中には、この政治的中立性の観点から、見解を出すのをためらっているところがあるのだろうか。宗教者への政治的中立性への要望について、反原発運動がもとで宗派に僧籍を返上した平尾弘衆さんは福井県小浜市で活動していた当時を振り返って、「全日仏を通じて、選挙では自民党を推すように指令がくるのに、こういった民衆の側に立って運動をしようとする時にのみいわれるのはなぜか」と憤懣をぶつけている(※52)。
 要望書を出すにとどまった真宗大谷派では、2012年2月の宗議会で決議を目指す動きはあるが、調整が難航しているという(※53、※2月28日追記参照)安原宗務総長は、声明よりも自らの実践をという考えを示した。確かに声明という形でない方法での社会との向き合い方もあるだろう。だが、他国の核実験と国内の原発では次元が違うとも言われそうだが、今回の原発事故に寄せて声明を出していない仏教教団の中には、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の核実験(2006年、2009年)については談話や抗議声明を発表しているところが多い(※54)。これは声明の意義を認めているということではないだろうか。ところが、米国の臨界前(未臨界)核実験(2010年)についての抗議となると、主な伝統仏教教団では真宗大谷派と浄土真宗本願寺派ぐらいしか表明していない(※55)。日本は米国を中心とした西側諸国の一員であるが、北朝鮮とは対立関係にあって国交も結ばれていない。この外交背景が「声明の出しやすさ」に影響しているようでもある。「声明の出しやすさ」の観点からは、過剰な反応を招きやすいナーバスなテーマであると同時に、国策でもあり、自らも恩恵を受けていて、なおかつ関係者も身近に多い原発問題は難易度が高そうだ。
 また、曹洞宗が原発の是非の判断を回避した遠因を、『東京新聞』(※56)は、信者に原発関係者が多いことと捉えているようだが、この点はどうか。国内で全54基の原発が多く立地するのは、福井県(13基)、福島県(10基)、新潟県(7基)だ。北陸は「真宗王国」とも言われるほど浄土真宗が盛んで、1996年の古いデータだが、信仰する宗教を「浄土宗・浄土真宗系」と答えた比率が、福井県(41.4%)、富山県(41.3%)、石川県(36.2%)では約4割と高い。5~8割が無宗教と答える都道府県が多いなかで特徴的だ。福島県は無宗教が72.9%で、信仰する宗教に特徴は見られない。新潟県も無宗教が70.9%と高いが信仰者の中では「浄土宗・浄土真宗系」が10.6%と目立つ(※57)。真宗大谷派の安原宗務総長は、個人としては原発に「賛成ではありません」(※58)と述べながら、声明の提出に「誰かを悪者にしなければ収まらない状況(略)を離れねばならない」と反対したのは、曹洞宗と同じように信者への配慮があるようにも思われるが、穿ち過ぎだろうか。
 「原子力行政を問い直す宗教者の会」メンバーでもあり、粉ミルクの放射性セシウム汚染問題を告発した藤井学昭・真宗大谷派願船寺(茨城県東海村)住職は、「自坊は門徒の大方が原発関連の家」だが「住職が自分の門徒の仕事に気を使いすぎるのはおかしい」と疑問を呈する。そして、仏教者は「問題提起を仏教の視点でしていかなければいけません」と断言し、「親鸞聖人(※著者注:宗祖)が今いたらどうしただろうか」「お釈迦様ならどうしたのか」というところに軸足を置いて考える必要があると語る(※59)。臨済宗妙心寺派の河野管長も、原発問題に関してではないが、「仏者には釈尊の仏法という内なる“モノサシ”があるはずだ」(※49)と釈尊の仏法を基準に動くことの大切さを語っている。
 もちろん、チベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世曹洞宗のように、「どちらか一方の立場にとらわれることない」ことが仏教者として大切だから、いずれの側かに立つような見解は出せないということもあるだろうし、どちらの側にも与しないから見解を出す必要もないということもあるだろう。あるいは、俗世とは関わりを持たず、見解をどうしようと考えることもないのだろうか。

 

                                      ~*~*~*~


 週刊誌では放射能の不安を煽る記事が多く、文化人なども脱原発運動を主張している。新聞の世論調査でも7割以上が「脱原発」と答え、「脱原発」を唱えなければ東京電力や経済産業省に取り込まれているかのように捉えるような風潮がある。この風潮に危うさと無責任さを感じたジャーナリスト田原総一郎は、原発推進論者の反省、主張を聞かなければ真の原発問題の解決はできないはずと考え、彼らへの取材を敢行し、雑誌に連載した(※60)。宗教界は、このように「脱原発」への圧力に抵抗し、一石を投じるべきなのか。あるいは、「脱原発」を訴えるべきなのか。それとも関わりを持たず、沈黙を守るべきなのか。
 現在は、政治や社会情勢から関東大震災前後と似ているという指摘がある(※61)。単純に現代と重ね合わせることはできないが、関東大震災の後、日本は戦争へと突入していく。ここで思い返されるのが、宗教界が太平洋戦争に協力した過去だ。戦争責任を告白していない教団もあるが、戦争への加担を懺悔した教団もある。いずれにせよ、宗教界は、このような過去を繰り返さぬことが望まれている。

                               (宗教情報センター 研究員 藤山みどり)

 

◆◇著作権について◇◆
本サイトに掲載されている内容の著作権は、原則として宗教情報センターに属しています。著作権法により、掲載内容を当センターに無断で複製、引用、転載等を行うことはできません。引用をする場合は、出典元を必ず明記してください。

 

◆◇2月28日追記◇◆

真宗大谷派は臨時宗議会で、2月27日に「すべての原発の運転停止と廃炉を通して、原子力発電に依存しない社会の実現を求める決議」を全会一致で採択した。決議文では、原発の危険性を大都市から離れた立地地域に押し付け、放射線被曝の危険にさらされている原発作業員の問題に目をそらしてきたこと、いのちを脅かす放射性被曝に触れたうえで、「すべてのいのちを摂めとって捨てない仏の本願を仰いで生きんとする私たちは、仏智によって照らし出される無明の闇と事故の厳しい現実から目をそらしてはなりません。そして、私たちの豊かさの内実を見直すと同時に、国策として推進される原子力発電を傍観者的に受け容れてきた私たちの社会と国家の在り方を問い返し」、全原発の廃炉を通して、原発に依存しない社会の実現に向けて歩みを進めることを表明した。『毎日新聞』(2012年2月27日Web)は、採択前に1人の僧侶が「『言うべき時を失した』という一言が必要だ」と述べ、退席したことを伝えている。

参考:

「真宗大谷派サイト」

「すべての原発の運転停止と廃炉を通して、原子力発電に依存しない社会の実現を求める決議」2012年2月27日

http://www.higashihonganji.or.jp/info/news/detail.php?id=380

◆◇4月20日追記◇◆
日本基督教団は2012年3月27日、「福島第一原子力発電所事故に関する議長声明」を発表した(公式サイトには4月2日付けで掲載)。2011年の「平和聖日」に在日大韓基督教会と合同で発表した「平和メッセージ」の中で、「全ての原発の稼働を停止し、廃炉を前提とした処置が取られること」を表明したことについて触れ、さらに「人間のつくった原子力発電のシステムは、神の創造の秩序の破壊をもたらすもの」として、震災後1年を経ても原子力発電所事故の影響が広範囲かつ深刻さを増している状況を踏まえて、
「すべての原子力発電所の稼働を停止し、廃炉を前提とした処置が取られることを求めつつ」、全教会に祈りを要請している。
生長の家は、3月1日に谷口雅宣・総裁が著した『次世代への決断』(生長の家刊/日本教文社発売)を発売した。谷口総裁は、この著書の中で、現在の気候変動や原子力発電所を生み出したのは人間の欲望であるとして、この欲望を基礎とする現代文明を転換し、脱原発へと踏み出そうと訴えている。
参考:
「日本基督教団サイト」
「福島第一原子力発電所事故に関する議長声明」2012年4月2日
http://uccj.org/news/6271.html
「財団法人世界聖典普及協会サイト」
http://www.ssfk.or.jp/p/a/105907.htm

 
◆◇7月7日追記◇◆
立正佼成会は2012年6月18日、「真に豊かな社会をめざして--原発を超えて」との声明を発表した。原発事故による福島の人々への被害などに触れながら、原子力によらない真に豊かな社会の実現を訴えるとともに、仏教的観点から簡素な生活のなかに幸せを見つけていく生き方を呼びかけている。
参考:
「立正佼成会サイト」http://www.kosei-kai.or.jp/news/2012/06/post_2431.html

※レポートの企画設定は執筆者個人によるものであり、内容も執筆者個人の見解です。


 

参考資料
※ 1 『朝日新聞』『読売新聞』『毎日新聞』『東京新聞』2012年1月26日、『聖教新聞』同1月26日、27日
※ 2 『朝日新聞』2012年1月26日
※ 3 『朝日新聞』2011年4月12日夕
※ 4 『日本経済新聞』2011年4月12日
※ 5 田原総一郎「新・原子力戦争 新エネでどこまでできるか」『Voice』2011年11月号
※ 6 『朝日新聞』2011年10月19日
※ 7 神保太郎「メディア時評」『世界』2011年10月号
※ 8 『クリスチャン新聞』2011年5月1日号
   「ピープルズ・プラン研究所」サイト 2011年4月16日
   「福島第一原子力発電所事故に関する日本キリスト教協議会声明」2011年4月11日
    http://www.peoples-plan.org/jp/modules/disaster311/index.jsp?content_id=71
※9 『カトリック新聞』2011年11月20日
      「カトリック中央協議会」サイト
      「いますぐ原発の廃止を~福島第1原発事故という悲劇的な災害を前にして~」
      2011年11月8日  http://www.cbcj.catholic.jp/jpn/doc/cbcj/111108.htm
※10 「日本バプテスト連盟」サイト
       「我が国の原子カ行政を憂慮し『無核・無兵』社会を目指すことを求める声明」
       2008年11月14日 http://www.bapren.jp/uploads/photos/164.pdf
       「福島原発震災の今を生きる私たちの声明」2011年11月11日
        http://www.bapren.jp/uploads/photos/355.pdf
※11新教出版社編集部編『原発とキリスト教』(新教出版社)2011年10月
※12「『日本国政府の核政策』に対する日本基督教団声明」1987年1月23日
     新教出版社編集部編『原発とキリスト教』(新教出版社)2011年10月
※13 『原子力産業新聞』2007年8月30日
※14 『産経新聞』2011年6月11日
※15 『東京新聞』2011年6月10日、『朝日新聞』2011年6月14日
       http://www.asahi.com/international/update/0613/TKY201106130284.html
※16 『東京新聞』2011年11月11日夕
※17 「真宗大谷派」サイト
       「核燃料サイクル推進に反対する決議」2005年6月14日
       http://higashihonganji.or.jp/info/news/detail.php?id=92
※18 『文化時報』2011年7月6日
※19 『仏教タイムス』2011年7月7日、7月14日、『文化時報』2012年1月11日、
       『中外日報』2011年8月30日
※20 「真宗大谷派」サイト
    「原子力発電所に依存しない社会の実現の実現に向けて」2011年12月28日
       http://www.higashihonganji.or.jp/info/news/PDF/yobo-sho1228.pdf
※21 「臨済宗妙心寺派」サイト
    「宣言(原子力発電に依存しない社会の実現)」2011年9月29日
       http://www.myoshinji.or.jp/about/post_9.html
※22 『文化時報』2011年10月5日
※23 『東京新聞』2011年11月3日、同12月11日
※24 『東京新聞』2011年11月3日
※25 『聖教新聞』2012年1月27日
※26 池田大作、アーノルド・トインビー『二十一世紀への対話(中)』(聖教新聞社)2003年1月

    アーノルド・J・トインビー、池田大作『二十一世紀への対話』(文藝春秋)1975年3月、

        乙骨正生「御都合主義的体質を露わにする“信濃町”」 『FORUM21』2011年8月号
※27 乙骨正生「問われる池田大作の原発容認姿勢」『FORUM21』2011年6月号
※28 『THEMIS』2011年7月号
※29 『読売新聞』2012年1月26日
※30 「時事通信社」サイト
     「【図解・政治】内閣支持率の推移(最新)」2012年1月13日掲載 
       http://www.jiji.com/jc/v?p=ve_pol_cabinet-support-cgraph
※31 『朝日新聞』2011年12月13日
※32 「幸福の科学」サイト
       「大川総裁緊急メッセージ:菅首相は、原発を止める前に辞任せよ」
       2011年5月13日http://www.happy-science.jp/news/lecture/155A.html
    「幸福実現NEWS」(幸福実現党本部)2011年6月7日 特別版第21号
※33 及川健二「原発推進に独り奔走する幸福の科学の異常な姿勢」『FORUM21』2011年9月号
※34 「幸福実現党」サイト
       「主要政策」2011年7月 http://www.hr-party.jp/inauguration/agenda01.html
※35 『神社新報』2004年8月30日
※36 『読売新聞』2000年8月23日、2003年3月18日
※37 『神社新報』1986年6月9日
※38 「曹洞宗」サイト
       「原子力発電に対する曹洞宗の見解について」2011年11月1日
       http://jiin.sotozen-net.or.jp/wp-content/uploads/2011/11/20111101aboutapg.pdf
※39 「全日本仏教会」サイト
    「避難している寺院の一覧」2011年12月2日http://www.jbf.ne.jp/pdf/hinan.pdf
※40 『朝日新聞』大阪版2011年11月3日
※41 『東京新聞』2011年11月3日
※42 『仏教タイムス』2011年11月17日
※43 「ダライ・ラマ法王日本代表部事務所」サイト

    「ダライ・ラマ法王による原子力エネルギーに関するご発言について」2011年11月15日

    http://www.tibethouse.jp/news_release/2011/111115_nuclear.html
※44 上杉隆「ニュース/ダライ・ラマ法王が自由報道協会主催会見に出たのは何か意義が?」『SPA!』2011年11月29日
※45 「カトリック中央協議会」サイト
       「司教団メッセージ『いますぐ原発に廃止を』についてのコメント」
        2011年11月10日 http://www.cbcj.catholic.jp/jpn/doc/cbcj/111110.htm
※ 46 「臨済宗妙心寺派」サイト
        「121次宗議会宣示」2011年9月27日
    http://www.myoshinji.or.jp/webhonjo/news/201109273340.html
※47 「宗教者九条の和」サイト
       「呼びかけ人」2011年6月11日現在。
       http://www.shukyosha9jonowa.org/yobikake.html
       補足:有馬頼底・臨済宗相国寺派管長、大野玄妙・法隆寺管長、小野塚幾澄・真言宗豊山派管長、森清範・清水寺貫主も呼びかけ人である
※48 『中外日報』2001年9月18日、2002年10月1日
※49 『中外日報』2002年10月1日
※50 『東京新聞』2011年12月11日
※51 『仏教タイムス』2011年12月8・15日
※52 平尾弘衆『尼僧が行く!』(新泉社)2001年6月
※53 『毎日新聞』大阪版2012年1月25日
※54 「全日本仏教会」サイトほか、主要教団のサイト
       http://www.jbf.ne.jp/2009/05/post_140.html
※55 『産経新聞』京都版2010年10月19日
       「真宗大谷派」サイト
       「米国の未臨界核実験に関する宗務総長コメント」2010年10月15日 
       http://www.higashihonganji.or.jp/a.php?id=52
       「浄土真宗本願寺派」サイト
       「アメリカ合衆国における臨界前核実験に対する声明」2010年10月18日
       http://www.hongwanji.or.jp/news/seimei/post-289.html
※56 『東京新聞』2011年11月3日
※57 NHK放送文化研究所編『現代の県民気質――全国県民意識調査――』(日本放送出版教会)1997年11月
※58 『朝日新聞』大阪版2011年5月9日夕
※59 『仏教タイムス』2012年1月12日
※60 田原総一郎「新・原子力戦争」『Voice』2011年7月号~12月号
※61 半藤一利、保阪正康、御厨貴「関東大震災と東日本大震災 歴史の暗合」
       『文藝春秋』2011年6月号 

※2月2日更新 真宗大谷派の「7月7日に安原宗務総長が「原子力に依存する現代生活」を見直す姿勢を表明し」は、6月の宗議会での表明で、前文内容と重複していたため、削除。