第二十一回「イスラム教だけじゃない宗教冒涜への不快感」
2012/09/26 第二十一回「イスラム教だけじゃない宗教冒涜への不快感」
|
●反米デモの原因はイスラム教冒涜への反発?
イスラム教の預言者ムハンマドを冒涜した映画が米国で製作され、イスラム教徒が中東やアジア各地で反米デモを展開しましたが、その背景は各国様々です。
リビア東部ベンガジでは、2012年9月11日に米領事館が襲撃され、駐リビア米国大使が死亡する事件が起きました。これについては20日、カーニー米大統領報道官が、アルカイダ系テロ組織の関与を示唆し、映画に抗議する反米デモに便乗したテロ攻撃との見方を示しました(※1)。ベンガジでは、カダフィ政権崩壊後に過激派が勢力を増大させていることに危機感を募らせた一般市民を中心とするデモ隊約3万人が21日深夜、米領事館襲撃に関与したと見られるイスラム過激派の拠点を襲撃しました(※2)。
パキスタンでは、政府が21日を「預言者ムハンマドを敬う日」として国民の休日とし、国民に平和的なデモを呼び掛けました。呼び掛けにも関わらず、デモ隊は過激化して、全土で計15人が死亡しました。親米的なザルダリ政権が、デモを奨励することで反米意識が強い国民の不満のガス抜きを行う狙いがあったと見られています(※3)。
チュニジアでは、内務省が「抗議活動を利用して、暴力で社会不安を起こそうという動きがある」とし、金曜礼拝日にあたる21日のデモを禁止しました(※4)。
イスラム圏諸国では抗議デモが発生しましたが、特に激しい抗議活動が発生しているのは「アラブの春」により独裁政権が崩壊した国(※5)との指摘もあります。社会混乱が続いたままで蓄積していた市民の不満がデモという捌け口に向かった、武器の流出や治安機関の弱体化など市民の暴徒化を止められなくなったとも見られています(※5、6)。
2005年9月にデンマーク紙がムハンマドの風刺画を掲載した事件や、2011年3月に米国のキリスト教牧師がコーランを焼却した事件、2012年2月にアフガン駐留米軍がコーランを焼却した事件などでは、世界各地のイスラム教徒が抗議行動を起こしました。イスラム教徒は、「ウンマ(イスラム共同体)」という概念があるため、抗議活動がイスラム圏全体で発生しやすいとも言われています(※7)。現代イスラムが専門の飯塚正人・東京外国語大学教授は、「米国が主導したアフガニスタンやイラクでの戦争、捕虜虐待など、過去の事例をつなぎ合わせ、イスラムへの嫌悪こそが米国の本音だとの思いがデモを過熱させている」とも語っています(※2)。
●宗教への冒涜は信徒にとっては不愉快なもの
イスラム教の冒涜に関する騒動は世界に広がるものが多く、また、欧米や日本にとっては異質でニュース性があるためか、よく報じられますが、その他の宗教に関する冒涜事件も、意外と頻発しています。記憶に新しいところでは、2006年公開の映画『ダ・ヴィンチ・コード』がキリスト教を冒涜しているとして、バチカンの高官がボイコットを奨励したり、ローマ近郊で原作本を焼く抗議運動が発生したり、インドのカトリック系団体がハンストを行ったりした騒動がありますが、他にも列を挙げてみましょう。
- 2001年12月 米ニューメキシコ州アラモゴードの教会が、魔法使いの少年が活躍するベストセラー『ハリー・ポッター』は神への冒涜だとして、焚書処分
- 2009年8月 ブルガリアの東方正教会が、洗礼者ヨハネが斬首された日に米歌手マドンナが首都ソフィアでコンサートをすることを冒涜だとして非難声明を発表。マドンナは2006年のロシア初公演の際にも、十字架に磔になる演出が冒涜だとして、ロシア正教会の信者団体などが中止を求めて集会を開く騒ぎに
- 2010年9月 インドネシアの地裁、仏教を侮辱した店名だとして仏教徒たちが抗議行動をしていたフランス系高級ラウンジバー&レストラン「ブッダバー」に対し、不敬罪に当たるとして閉鎖を命令
- 2012年2月 スペインのマドリードで、セクシーなポーズの尼僧姿や聖人姿の写真の展覧会が開かれ、カトリック団体が「神への冒涜」に抗議するデモの実施を呼び掛け
- 2012年8月 2月にロシアのモスクワにあるロシア正教会の大聖堂で反プーチン政権を訴える歌をゲリラ演奏した女性バンド3人について、モスクワの裁判所が、教会を冒涜したとして暴徒罪で禁固2年の判決
- 2012年8月 スリランカで、仏像にキスをしながら記念写真を撮影したフランス人観光客3人に仏教寺院を冒涜した罪で執行猶予付き禁固6カ月、罰金1500ルピー(約900円)の有罪判決
●宗教の尊厳と「表現の自由」
上記には政治絡みの事件もありますが、信者でなければ気にしないことが、その宗教を信仰する人にとっては大切であるということがよく分かります。
今回のムハンマド冒涜映画について、米ネット検索会社グーグルは、傘下の動画投稿サイト「ユーチューブ」の閲覧制限をエジプトやリビアでは行いました。ですが、クリントン米国務長官は、映像を非難したものの「表現の自由」を尊重する立場から、映像の削除要請は行いませんでした。
欧米メディアは2005年のムハンマド風刺画事件のときも「表現の自由」を訴えましたが、この原則を死守しているかというとそうでもありません。当時、大塚和夫・東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所教授(2009年逝去)は、欧米の「二重基準」を指摘しています(※8)。例えば、イランのアハマディネジャド大統領が2005年と2009年にナチス・ドイツによるホロコースト(ユダヤ人虐殺)を作り話だと発言した際、欧米は猛反発しました。やはり、許容できる発言とそうでない発言があるようです。
少々、本題から外れますが、皆さんはロシアの文豪トルストイ(1828~1910)の名作『復活』を読んだことがありますか? トルストイには、ロシア正教会を批判的に描いた作品が多かったのですが、1899年に発表した『復活』について正教会は特に「教会を冒涜している」と判断し、1901年にトルストイを破門としました。「名作」として読んでいると、そのような問題があったとは気付かないかもしれません。
20世紀初頭と違って現在は、インターネットなどのツールの普及で、自分の表現や意見を多くの人々に伝えることが容易になりました。それだけに、迂闊な発言をしないよう十分に気を付けなくてはなりません。自戒を込めて。
(文責・藤山みどり)
|
1.『東京新聞』2012年9月21日夕
2.『朝日新聞』2012年9月23日
3.『朝日新聞』2012年9月22日
4.『東京新聞』2012年9月22日
5.『日本経済新聞』2012年9月15日
6.『朝日新聞』2012年9月14日
7.『毎日新聞』2012年9月14日
8.『東京新聞』2006年2月7日