コスモロジーと出会うよろこび【編集部から】
本連載エッセイでは、人類共通の記憶の宝庫ともいうべきコスモロジー(=世界観・宇宙観)の豊かさを武澤秀一先生が探究します。
建築家である先生は、ご著書『空海 塔のコスモロジー』『マンダラの謎を解く』『神社霊場ルーツをめぐる』に見られるように、3次元の存在である建築を歴史・宗教・文化の位相のなかに捉え、塔やマンダラや神社霊場が聖なる力を帯びていく様相を明らかにされてきました。そして今年3月に刊行された新著『伊勢神宮の謎を解く』は、とくに日本の特性を浮かび上がらせていて注目されます。本連載エッセイにあわせて、ぜひごらんください。これからの連載でも、日本列島において育まれてきたわたしたちのこころの特性に、さまざまな場面で気づかせてくれることでしょう。
さあ、コスモロジーに出会う旅に出発することにいたしましょう。わたしたちが無意識の底に置き去りにしてきた大切なものに、今、再び出会うために——。
建築家 武澤秀一の連載エッセイ 時空を超えて コスモロジーと出会う
第17回 ハスのコスモロジー(下・その3)
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厄災の内容は異にこそすれ、未曾有の国難は、じつは今回がはじめてというわけではありませんでした。今から1,300年前、まさに国家存亡の危機が列島社会を襲ったことは前回見たとおりです。 |
〈『古事記』『日本書紀』から『華厳経』へ〉
聖武天皇の精神形成期を振りかえってみましょう。のちに天皇となる首(おびと)皇子は714年に14歳で皇太子となり、帝王教育を受けます。『古事記』が完成して朝廷に提出されたのが712年、『日本書紀』が完成して朝廷に提出されたのが720年です。帝王教育のなかでも『古事記』と『日本書紀』が重視されたのは想像に難くありません。 |
〈高天原から仏華厳へ〉
『華厳経』が説く〈仏華厳〉のコスモロジーは立体的・3次元的であり、世界の無限を包含していました。それは生命的であり、かつ幻想的でもありました。また、『梵網経』は『華厳経』をベースとしながらも世界に明確な輪郭を与え、造形可能なものにしました(第15回)。
【写真N-5】:伊勢神宮・内宮の境内を流れる五十鈴川に面する御手洗場(みたらし)。
整備されたのは江戸時代。参拝に当たり、ここで禊(みそ)ぎをおこなう/三重県伊勢市 『日本書紀』によれば、高天原に住んでいたアマテラスは大和の宮中にまつられ、その後、諸国を経巡り伊勢に至るや、つぎのように語ったといいます【写真N-5】。 「神風の吹く伊勢の国は常世(とこよ)の波が打ち寄せる国である。大和の国の傍らにある美しい国である。この国に降りたい」
常世とは不老不死の理想郷であり、東の海の彼方にあると考えられていました。水平的で海洋的なコスモロジーを感じさせます。高いところにあると想定されるアマテラスの天も、もともとはそのようなものでした(詳しくは拙著『伊勢神宮の謎を解く――アマテラスと天皇の「発明」』を参照してください)。 |
〈全国に花開く国分寺〉さて、大仏建立と並行した大きな動きとして、国分寺・国分尼寺の建立がありました。それを追ってみましょう。737年3月に出された詔(みことのり)にはつぎのようにあります。 国ごとに、釈迦仏像一体と脇侍の菩薩像二体を造り、併せて『大般若経』一揃い(六十巻)を書写させよ。
740年6月には、国ごとに『法華経』を十部書写し、併せて七重塔を建てるよう諸国に命令しています。そして同年9月にも、国ごとに高さ7尺の観世音菩薩像一体を造り、併せて『観世音経』十巻を書写するよう命じています。 ここ数年来、凶作が多く、疫病もしきりに起こる。そこで737年3月には国ごとに、釈迦像を造らせ、併せて『大般若経』一揃いを書写させた。また11月には諸国の神社を整備させた。その結果、この春から秋の収穫時期にかけて天候は順調に推移し、五穀もよく実った。
このように、743年の大仏建立の詔(第16回を参照)に先行して、国分寺建立の詔が出されていたのでした。 |
〈東大寺とセットだった全国の国分寺〉国土を一切の災いや疫病から守る力を四天王に期待して、ビルシャナ大仏が鎮座する東大寺も釈迦仏が鎮座する全国各地の国分寺も、ひとしく金光明四天王護国之寺という名をもちました【写真N-6】【写真N-7】。現在、国分寺跡は、北は東北・陸奥(むつ)国から南は九州・薩摩(さつま)国まで、全国60箇所あまりで確認されています。
この詔には、諸国の神社を整備させたとありますが、実際には、天神地祇ばかりに頼っていてはラチがあかず、大仏建立の仕儀となったのでした。 |
〈国分寺と大仏の合体=理想の仏国土〉『続日本紀』は光明皇太后の没年記事(760年)において、 東大寺および天下の国分寺の創建は、もともと光明皇后が(聖武天皇に)勧めたものである。
と述べていますが、国分寺を主導したのが光明皇后で、大仏建立を主導したのが聖武天皇とみることができるでしょう。 |
【図N-1】:定方 晟 『インド宇宙論大全』 春秋社
【図N-2】:石上英一 「コスモロジー――東大寺大仏造立と世界の具現」(上原・白石・吉川・吉村編『列島の古代史7 信仰と世界観』 岩波書店所収)
《第15・16・17回 参考文献》
■美術・コスモロジー
定方 晟 『インド宇宙論大全』 春秋社
宮治 昭 『仏教美術のイコノロジー――インドから中国まで』 (吉川弘文館)
石田瑞麿 『梵網経』 大蔵出版
松本伸之 「東大寺大仏蓮弁線刻画の図様について」(『南都佛教 第55号』 南都佛教研究会・東大寺)
石上英一 「コスモロジー――東大寺大仏造立と世界の具現」(上原・白石・吉川・吉村編『列島の古代史7 信仰と世界観』 岩波書店)
長岡龍作 『日本の仏像』 中公新書
神野志隆光 『古事記の世界観』 吉川弘文館
■歴史
『続日本紀 2』 直木孝次郎他訳 平凡社東洋文庫
奈良国立博物館編 『特別展 国分寺』 奈良国立博物館
杉山二郎 『大仏建立』 学生社
笹山晴生 『奈良の都――その光と影』 吉川弘文館
吉田 孝 『日本の誕生』 岩波新書
渡辺晃宏 『日本の歴史4 平城京と木簡の世紀』 講談社
吉川真司 『天皇の歴史2 聖武天皇と仏都平城京』 講談社
森本公誠 『聖武天皇――責めはわれ一人にあり』 講談社
飯沼賢司 『八幡神とは何か』 角川選書
■著者関連文献
武澤秀一 『マンダラの謎を解く――三次元からのアプローチ』 講談社現代新書
武澤秀一 『伊勢神宮の謎を解く――アマテラスと天皇の「発明」』 ちくま新書
武澤 秀一(たけざわしゅういち) 1947年群馬県生まれ。建築家/博士(工学・東京大学)。東京大学工学部建築学科卒業。同大学院を中退し、同大学助手をへて建築家として独立。設計活動の傍ら、東京大学、法政大学などで設計教育指導に当たった。20代、30代はヨーロッパ志向がつよかったが、40代に入りインド行脚をはじめる。50代以降は中国、韓国および日本列島各地のフィールドワークを重ねている。著者に、『マンダラの謎を解く』(講談社現代新書)、『空海 塔のコスモロジー』(春秋社)、『法隆寺の謎を解く』(ちくま新書)、『神社霊場 ルーツをめぐる』(光文社新書)、『伊勢神宮の謎を解く——アマテラスと天皇の「発明」』(ちくま新書)などがある。 |