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コスモロジーと出会うよろこび【編集部から】

本連載エッセイでは、人類共通の記憶の宝庫ともいうべきコスモロジー(=世界観・宇宙観)の豊かさを武澤秀一先生が探究します。
建築家である先生は、ご著書『空海 塔のコスモロジー』『マンダラの謎を解く』『神社霊場ルーツをめぐる』に見られるように、3次元の存在である建築を歴史・宗教・文化の位相のなかに捉え、塔やマンダラや神社霊場が聖なる力を帯びていく様相を明らかにされてきました。そして今年3月に刊行された新著『伊勢神宮の謎を解く』は、とくに日本の特性を浮かび上がらせていて注目されます。本連載エッセイにあわせて、ぜひごらんください。これからの連載でも、日本列島において育まれてきたわたしたちのこころの特性に、さまざまな場面で気づかせてくれることでしょう。
さあ、コスモロジーに出会う旅に出発することにいたしましょう。わたしたちが無意識の底に置き去りにしてきた大切なものに、今、再び出会うために——。

建築家 武澤秀一のフォトエッセイ 世界遺産を巡る ― 時空を超えて

 

第3回 インドのストゥーパ vs ローマのパンテオン (中)

あなたが回る――ストゥーパの場合

前回からインドの仏教遺産とローマの多神教遺産の比較をはじめましたが、今回はいよいよ、その内奥に入ってゆくことにいたしましょう。
門の前でストゥーパを拝した時、ストゥーパの中心から、何か聖なるものが漂ってくるように感じられました。ところがプラダクシナー・パタの中に入りますと、ストゥーパの中心はまったく見えないのです。あなたは見えない中心のまわりをぐるぐると回ることになります【写真S‐7】
 


【写真S‐7】 基壇上のプラダクシナー・パタ。回るとつねに右側に半球体がある。だが、半球体の頂部に立って中心をつらぬく 《アクシス・ムンディ》 は見えない。プラダクシナー・パタを回りつづけていると方向感覚が失われ、やがて忘我の境地に入る。意識は半球体と同化し、その中心に到達する……。

 

やがて方向感覚が失われてきます。感知されるのは、つねに右手にある半球体の巨大な石の塊だけ……。それ以外、よくわからなくなってくる。それでも歩きつづけますと、無意識のうちにも、石の塊が膨らんでくるようで、自分が包まれるような感じになってきます。
この身を世界にあずける。同時にこの身に世界が入ってくる。つまり世界が「内部化」されるのです。こうなることによって、自分と世界がひとつになります。もうこれ以上、望むものはない……。

 

半球体の外側をぐるぐる回ることによって意識は半球体の内部に入り込んでゆき、やがて中心に到達します。プラダクシナー・パタを回ることは、中心に至るためのアプローチだったのです。
回ることによって中に入る! 直進して到達するのではないのです。中に入ってゆけない物体のまわりを回ることにより、意識が中に入ってゆく。なんという驚きでしょう!!
回っているうちに方向性を失い、意識は浮遊して、いつしか忘我の境地にいたります。そう、ただ無心に、ひたすら回っているあなたは、すでに瞑想状態にあるといえないでしょうか。つまり、歩くという瞑想のなかで、あなたと中心は徐々に一体化してゆくのです。

 

ストゥーパはダートゥ・ガルバとも呼ばれます。ダートゥとは世界、ガルバは子宮。世界を内に蔵しているのです。そしてストゥーパの半球体部分はアンダと呼ばれ、卵を意味します。この部分は甕(かめ)や鉢に由来するともいわれ、中国や日本では覆鉢(ふくばち)(=伏鉢)と呼びます。
子宮にしろ、卵にしろ、甕にしろ、鉢にしろ、みな空洞をはらんでいます。そう、そこは世界をはらみ、世界を産みだす源なのです。その中心と一つになる……。 
さて半球体の中心には、一体、何があるのでしょうか?
気になりますが、その前に、いったん、パンテオンにもどることにします。

 

太陽が回る――パンテオンの場合 

パンテオンでは、ポルティコから入って直進し、すぐにでもドーム直下の中心に立つことができます。しかし、中心の意味を実感するには、あなたはしばらくそこにじっとしている必要があります。
いえ、そんなことをいわれるまでもなく、そこに足を踏み入れるや、あなたは驚嘆のあまり、ことばを失い、茫然と立ちつくすにちがいありません。
「人工の洞窟」の内部は神々しいまでの光の微粒子に満たされている……。ドーム頂部に開けられた直径9メートルもの大きな円い穴から太陽の光が静かに射しこんでいるのです【写真R‐5】。そしてこの光の束が時々刻々と角度を変え、ドーム天井、円筒の壁、そして床面へと、照射面を移動させていることに気づくでしょう【写真R‐6】

 


【写真R‐5】 「人工の洞窟」の内部に足を踏み入れるや、驚嘆のあまり、ことばを失い、立ちつくすことだろう。ドーム頂部に開けられた直径9メートルもの大きな円い穴から太陽の光が静かに射しこみ、ドームは神々(こうごう)しいまでの光の微粒子に満たされている……。

【写真R‐6】 頂部の円い穴から射しこむ光の束は時々刻々と角度を変え、ドーム天井、円筒の壁、そして床面へと、照射面を移動させる。太陽が不動の大地のまわりを音もなく回っている……。ここは宇宙の中心であり、まさに天動説の宇宙を実感することになる。

この時、まるで太陽が不動の大地のまわりを音もなく回っていると感じられます。あなたは今、自分が宇宙の中心にいることになんの疑念も抱かないでしょう。まさに天動説の宇宙を実感します。

目を落とすと、円筒形をなす厚さ6メートルの壁体には大きな壁龕(へきがん)が7つ穿たれています(壁龕とは厚い壁が包含する凹状の空間)。かつてそこには1週を構成する7曜の神、つまりディアナ(=アルテミス、月)、マルス(火星)、メルクリウス(水星)、ユピテル(=ジュピター、木星)、ウェヌス(=ヴィーナス、金星)、サトゥルヌス(=サターン、土星)、アポロ(太陽)がまつられていたとみられています。
その上のドーム天井は現在、素材の褐色がむき出しですが、かつては青く彩色され、一面に金色の星が散りばめられていたともいわれています。
まさに宇宙が現出していたのです。現代のプラネタリウムのように――。

さきほどパンテオンを「人工の洞窟」といいましたが、それは宇宙を内包する至高の洞窟でした。ドームからつい、プラネタリウムを連想してしまいましたが、それは現代人の発想です。あくまでこの大地、つまり地球が宇宙の中心とつよく認識されていた点で、現代の宇宙観とは大きな隔たりがあります。しかしながら実感として、現代のわれわれに通じるものがここには確かにあります。
サーンチーのストゥーパが外部に開かれた「昼」の世界だとしたら、この人工の洞窟は、さしずめ「夜」の世界といえるでしょう。

中心に何があるか(その1)――パンテオンの場合

中心にある巨大な穴から射しこむ光が宇宙の全てを照射しています。光があってはじめて存在が露わになるのです。光がなければ、知覚も認識も不可能であり、つまり、世界は存在しないに等しい……。
ドーム頂部に穿たれたこの穴に、ガラスなど嵌められていません。雨が降れば、当然吹き込みます。床面には微かな勾配がとられ、排水が考慮されています。光も雨も、天からの恩寵なのです。

降りこむ雨に関して興味深いエピソードがあります。皇帝ハドリアヌスはさきに述べましたようにキリスト教以前の多神教を奉じていましたが、「エレウシスの密儀」という秘密の儀式に参加しています。エレウシスとはギリシャはアテネの西20キロほどにある、大地の女神デメテルをまつる地です。そこで女神と天空の男神ゼウスが聖婚をはたすのですが、密儀の参加者は天を見上げてつぎのように叫んだというのです。
「雨よ、降れ!」
そして、大地を見て、
「受胎せよ!」
雨は精液、大地は女性。天と地の交合による豊饒を祈願する儀式であったのです。

ハドリアヌスがこの「密儀」にはじめて参加したのが124年10月でした。パンテオンはちょうど工事中でしたが、竣工は125~8年ころですから、この経験が、壁の開口を塞ぎ(外壁にそう見て取ることも可能な痕跡あり)、ドーム頂部に穴をあけるという大胆な設計変更をもたらしたのではないか、とわたしには思われるのです。そう思わせるほどに、雨をもたらすドームというのは、「秘教」的です。
だいたいにおいて、ドームに外光を採り入れる場合、ドーム頂部にはふつう、明り採り用の小塔(ランタン)を載せる程度で、大きな開口はドーム下部の壁のほうでとるものです。じっさい、ドームの頂部に巨大な穴をあけるというのはきわめて異例な事態です。

ところで原始の住居において、煙出しの穴は特別の意味をもっていました。住居内で煮炊きをし、そこで発生した煙を出すために設けた穴でしたが、煙は穴をとおって天に昇ってゆきます。やがてそれは地上から天に通じる垂直軸であり、世界の中心と観念されるようになりました。これは 《アクシス・ムンディ (=世界軸、宇宙軸)》 と呼ばれます。

「祈りは煙のごとく穴を通って神々の座するあの虚ろな空へと立ち上るであろう」

とは、フランスの女流作家ユルスナールがパンテオンを建設したハドリアヌスに述懐させていることばです(『ハドリアヌス帝の回想』多田智満子訳)。
天に通じる煙の道はソリッドとしての実体をもちません。それを 《アクシス・ムンディ》 と感じとるのは、歴史的・文化的記憶のなせる業です。宇宙の中心をつらぬいて、「虚」の垂直軸が立ち上るさまが幻視されていたのです。
そして、その直下に皇帝ハドリアヌスが座し、法律に基づいて裁判をおこない、審判を下しました。その時、周囲の目に皇帝は神にも等しい存在に映ったはずです。建築家皇帝は自らを神として演出したのでした。

中心に何があるか(その2)――ストゥーパの場合

ここで話題をサーンチーに転じましょう。
懸案となっていたストゥーパの中心ですが、そこには何があるのでしょうか?   

半球体の中心を垂直につらぬいて、ユーパと呼ばれる柱が立っています。その下には聖者の舎利(=遺骨)が納められ、仏教が理想とする涅槃の境地を象徴しています。
ユーパは祭儀の場に立てられた木の柱に起源をもちます。それは地上と天をつなぐ垂直軸、そう、 《アクシス・ムンディ (=世界軸、宇宙軸)》 なのでした。
インド最古のバラモン教聖典『ヴェーダ』は、木柱ユーパをつぎのように謳い上げています(辻直四郎訳に基づく)。
 
「大いなる幸運のために直立せよ。大樹よ、大地の高みに。
神を敬う人々が建立したる汝ら祭柱、大樹よ。
天と地と――神々は一致してわれらの祭祀を支援せよ。
祭儀の柱を高く掲げよ」         

ここに謳われている祭儀の柱に近い例として、諏訪大社の御柱をあげることができます。この讃歌のなかで祭りの場に立てた柱を「大樹」と呼んでいますが、御柱と同じように、この柱も木の幹だったことがあきらかです。柱を讃えるベースには、大地に立つ樹木への信仰がありました。

そして、柱のまわりに土や煉瓦が盛られてマウンドが築かれました。それがストゥーパの半球体の部分です。サーンチーでは煉瓦を積み上げ、表面を石で固めています。それは、すでに述べましたように、アンダと呼ばれました。卵という意味ですが、宇宙は卵から生まれたと観念され、それは宇宙卵と呼ばれました。
宇宙卵は世界を産みだすとともに、世界を内包するものでもありました。地上に見える半球体は生まれた宇宙の上半分であり、その表面は卵の殻であるとともに、天の輪郭(=天窮〔てんきゅう〕)を示してもいるのでした。

半球体はまた、原初の海の深みから浮かび上がってきた土塊が、次第に拡大して出来た「山」でもありました。この山は最初、海に漂うばかりでしたが、 《アクシス・ムンディ》 につらぬかれることによって固定され、ここに秩序が形成されて世界が誕生したのです。

さて、土や煉瓦を積んで半球体を大きくしてゆくことは功徳を積むことでもありました。半球体はどんどん大きくなってゆき、やがてユーパを隠すほどになります。この時、さらに柱が付け足されます。この、半球体頂部に立つ柱はヤシュティと呼ばれます。
その柱頭には三層の傘が付いています。日射しのつよいインドでは、貴人には傘をかざす習慣がありました。柱の下に眠る聖者をつよい日射しから守っているわけです。
この傘は樹木の枝ぶりをも表しています。柱のルーツが樹木であり、柱を立てることが樹木信仰に由来することを想うなら、こうした意味合いも腑に落ちます。
ユーパ・ヤシュティは半球体の中心をつらぬいて天に向かって伸び、 《アクシス・ムンディ》 として世界の中心に立っているのです【写真S‐6:前掲】。なおユーパ―ヤシュティの起源は木の柱でしたが、サーンチーでは石に置き換えられています。恒久性をもとめてのことでしょう。この点はプラダクシナー・パタを囲う柵においても同様です。

《アクシス・ムンディ》 の条件

パンテオンの 《アクシス・ムンディ》 はドームの頂点に開けられた穴がつくるヴォイド、いわば「虚」の軸でした。これにたいし、ストゥーパの 《アクシス・ムンディ》 は半球体の中心をつらぬく柱というソリッドによる、いわば「実」の軸でした。

サーンチーのストゥーパでは東西南北に4つの入口がありました。東西軸と南北軸、直交する2軸の交点に聖者の舎利が納められ、そこに、世界の中心であることを宣言する 《アクシス・ムンディ》 が立つのです。

ローマのパンテオンでは入口は一つで、北にポルティコがあるのみ。入って奥に進むと正面、つまり南に神像(ユピテル)をまつっていたと考えられている大きな壁龕があります【写真R‐7】。進入方向である南北軸にたいし、東西にも神像(マルス、サトゥルヌス)をまつる大きな壁龕があり、東西軸も意識されていることがわかります。これにより東西南北の4方位が明確に固定されました。
(ポルティコのある北以外の3方位と中間4方位の計7箇所に壁龕がつくられ、さきの7曜神の像がまつられたとみられます)

【写真R‐7】 北のポルティコから入って突当りの正面にある大きな壁龕。ここにユピテル(ジュピター) 像がまつられていたと考えられている。進入方向である南北軸にたいし、東西にも神像をまつる大きな壁龕があり、東西軸も意識されていた。

南北軸と東西軸、これら直交する2軸の交点こそ、パンテオンの中心であり、そこに立って見上げれば、真上にドーム頂部の大きな穴があいています【写真R‐8】。サーンチーと同様、パンテオンでも、南北軸と東西軸の交点に 《アクシス・ムンディ》 が立ち上がっているのです。そこもまぎれもなく世界の中心なのでした。

【写真R‐8】 南北軸と東西軸が交わる点こそ、パンテオンの中心だ。その真上がドーム頂部にあたり、大きな穴があいている。ここから光も雨も降り注ぐのである。一方、祈りは穴をとおって天に昇ってゆく。ここはまぎれもなく世界の中心であり、 《アクシス・ムンディ》 が立ち上がっていた。

南北軸と東西軸の交点に立つ 《アクシス・ムンディ》 は、洋の東西を問わず、環境世界を認識するのにきわめて有効な装置であったといえましょう。同時にそれは認識する主体、つまり、わたしたち一人ひとりの心の空間構造でもあるように思われるのです。心と環境世界、それぞれの空間構造が響きあい、融合するとき、ひとは世界とひとつになる至福を得るのではないでしょうか。                     
                                                                          (つづく)

武澤 秀一(たけざわしゅういち)

1947年群馬県生まれ。建築家/博士(工学・東京大学)。東京大学工学部建築学科卒業。同大学院を中退し、同大学助手をへて建築家として独立。設計活動の傍ら、東京大学、法政大学などで設計教育指導に当たった。20代、30代はヨーロッパ志向がつよかったが、40代に入りインド行脚をはじめる。50代以降は中国、韓国および日本列島各地のフィールドワークを重ねている。著者に、『マンダラの謎を解く』(講談社現代新書)、『空海 塔のコスモロジー』(春秋社)、『法隆寺の謎を解く』(ちくま新書)、『神社霊場 ルーツをめぐる』(光文社新書)、『伊勢神宮の謎を解く——アマテラスと天皇の「発明」』(ちくま新書)などがある。